そもそも、生理面は自律して機能している。
 それは、直に経験し続けている自分自身の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 備わっている知能で、感じ意識し識別し思考し、経験し学習し理解できるようになり、相応の振る舞いをし、相応の結果になる。
 そこまでは誰でも共通だが、経験や学習や理解の内容しだいで人生の理由は変わる。
 知らないことは想像もし、それゆえに勘違いもし思い込みもし、他に目を奪われもするし心まで奪われもし、肝心な自分を見失いさえする。
 以上のうちの、誰でも直に経験し続けていて共通することや普遍的なことが、当ブログのテーマです。
はじめに 更新2013/01/21
主観的とは 客観的とは  客観的な考え方の特徴は  主観的な考え方の特徴は
「心を開く」とは 「心眼を開く」とは
「悟り」とは 2016/12/27
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集中できてる?!

 
 というより、記事にするようなネタが無い?!
 そもそも、違うことをやっている。

 じゃ、その、自分がやっていることに、集中できいる?!
 できている。集中できているから、相応の行動もしている。
 精神的に集中し始めないことは、行動し始めることも無いわけだから。

 じゃぁ、自分がやりたいことに、集中できているか?!
 自分がやりたいことには、集中できていない。違うことをやっているんだから。
 普段でも、他のことが気になって、やりたいことには集中できなかったりする。
 その、気になる他のことをやっている。

 でも、やりたいことへの集中が優先し始めると、他の気になることは振り払うようにさえなる。
 気になってやっていたことを一旦止めて、こうして記事を書いたりもする。
 書き始めていることは、記事に集中し始めたことの証だ。

 日常的にも、やり続けたことなのに、途中で断念したりもする。
 が、誕生当初は、誰でも不器用そのものだ。
 箸の使い方にしても、鉛筆の持ち方にしても、字を上手に描くことにしても、本人が試行錯誤を重ね取捨選択を繰り返して修正や微調整など重ねただけ、より確かな多くの手掛かりを得るからこそ、学習し上達もする。
 誕生当初には話せなかった言葉も、片言で話し始め、口や唇や舌や声帯や呼吸などを微調整して上手に話せるようになった。
 だからこそ、知らなかった外国語を憶える時も、幼い頃に言葉を憶えたのと同様の方法で憶える。
 その要になっているのは、内面で行われる識別や思考や予想や確認や取捨選択などの情報処理だが、その内面で行われることが上達したからに他ならない。
 つまり、内面で試行錯誤を重ね取捨選択を繰り返しただけ、より確かな多くの手掛かりを得られるからこそ、相応のことは実現してゆく。
 それらは、本来は好奇心を旺盛にする理由でもある。未知なことに夢中になる理由でもある。自発的なものであり、子供の頃には楽しいことだったことになる。
 誰もが、器用になり、饒舌になるわけだから、そうなるまでは諦めなもしなかったことにもなる。

 相応の能力が誰にでも備わっていることも、歴然としている。
 でも、誕生当時は、知らず随意にできなくて困るだけの状態だった。しかも、まだ言葉を知らない乳幼児期には、大人も教えようが無い。誕生当時は、いわば逆境だった。
 だからこそ、必然的に試行錯誤を重ね取捨選択を繰り返し、より確かな多くの手掛かりを得て、相応のことは随意にできるようになった。
 つまり、大人でも教えようが無いことを、誰もが乳幼児の頃に独自に学習し始めたことになる。
 もちろん、本人が試行錯誤を重ね取捨選択を繰り返し、より確かな多くの手掛かりを得たことほど、相応の識別や可否や是非の判断や的確な予想も可能になるからこそ、相応のことは随意にできるようにもなる。
 本人がそうしなかったことは、そうならないんだから。
 当然に、知る内容や随意にできるようになることは、個人的にも年々増え、個人毎には千差万別になる。
 手足を器用に使えるようになったのも、饒舌になったのも、相応の内面的な情報処理も、子供の頃に繰り返し練習して微調整をして学習したからこそ随意にできるようになり上達もした。
 その内面的な情報処理こそが、行動上の中枢であり、しかも内面的なことだけに本人が独自に学習するしかないことでもある。むしろ、大人が教えようが無いことを、乳幼児期に独自に学習した証でもある。
 もちろん、身体は自律して形成され、誕生後も生理面は自律して機能している。

 思えば、ほとんど乳幼児の頃に学習したことを基に生活している。

 大人になると、結果が重視されがちだ……
 収入に繋がるのかも重視する……
 でも、行程や過程や集中が無ければ、結果も生じない。
 行程や過程の集中しだいで、上達もし熟練もする。
 行程や過程や集中があってこそ、相応の好結果にすることもできる。
 その基本的なことは、結果や収入などを気にしない乳幼児期に学習し上達する。
 むしろ、結果や収入を重視し過ぎると、やる気が無くなる。
 家畜や奴隷じゃないんだから。

 いつのまにか、的外れな基準で勘違いし、勘違いに気づけずに思い込みもし、プライドも形成される。
 でも、乳幼児の頃には、それが無かった。
 むしろ、知らないことや随意にはできないことばかりで、逆境に相当する状態だったわけだから、失敗を恐れることは無かったし、恥を気にすることも無かったことになり、見栄など張りようが無かった。
 だからこそ、随意にはできないことばかりで失敗ばかりを繰り返して、手がかりを得ていった。
 知らなかったことを憶えることができ、随意にはできなかったことも随意にできるようになれる。それがどんなに凄いことかを、子供の頃にこそ分かっていたことになる。
 誰もが、上達もし、熟練もする。そんな能力であることも、子供の頃にこそ体験していた。
 その可能性の限界も、誰も計り知ることなどできない。
 だからこそ、好奇心旺盛になり、素直に夢中にもなれたのだ。
 内向的なことに集中するにしても、論理的に解明することに集中するにしても、行動が必要なことに集中するにしても、巧みな動作が必要なことに集中するにしても、好結果が最優先されることに集中するにしても、いずれも要になるのは精神的な集中力なのだ。
 つまり、プライドこそ、本来の精神を蝕む癌のようなものであり、余計なものでしかない。

 社会人になってから、実は自分が無知で愚かだったことを痛感し、それを自認して以来、いろんなことを知った。
 無知で愚かでは、自分が困る。だからこそ、知ろうともした。
 それが、理に適っているんだと理解することもできた。
 それまでは必要がなかったことだったが、何も考えない状態になることもできた。
 そして、子供の頃にこそ凄かったのだと理解できたのだが……

 今、自分が一番やりたいことに没頭できない。
 それは、振り払うべき余計なものが、まだ記憶の中にあるからに他ならない。
 というより、幼い頃に試行錯誤を重ね取捨選択を繰り返して確かな多くの手掛かりを得るほどに随意にできるようになったはずだが、当時の純真だった精神を十分に理解できていないために、まだ戻れないからなのかもしれない。

 ならば、パソコンの修理や再生を、もう4~5台やろう。
 不具合を直すことには、自分でも不思議なくらい集中できる。もちろん、収入にはならない。が、学習ができるからだったのだ。
 だから…… 余計なことでもなかったのだ。
 むしろ、あんなことをやっていられるのも、今の内だ。
 最近は好天続きで、雪解けがかなり進んだ。


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ブログのテンプレート故障?

 
 だいぶ前、このブログの表示が乱れていた。
 が、自分がテンプレートをいじったわけではない。なので、様子をみた。
 すると、直っていた。自分は何もしなくても……

 でも、また表示が乱れていた。
 また、自分は何もしなくても、直るのだろうと思った。
 むしろ、この時点で自分が勝手にいじると、前回のように自分以外のほうで直した時に、自分が勝手に直した部分を戻さなければならなくなる……

 ところが、何日経っても、直りそうにない。
 インフォメーションを探したが、それらしい記事も無い。
 自分で直すしかない……


 このブログの header 自体は center 表示だったのに、左寄せ表示になっていた。
 そうなった理由は、自分には分からない。
 が、自分なりのやり方で center 表示にすることができた。

 container の background の背景色も、表示されなくなっていた。
 container の background の背景画を center bottom に表示していたのだが、それも表示されなくなっていた。
 が、これらは支障はないので、このまま様子を見る。

 footer も center 表示でなくなっていた。もともと左に余白を設けてあるので、気づかなかったが、実際には左寄せ表示になっている。そうなった理由は、分からない。
 が、これも自分なりに header と同様に直そうと、思いついたことを幾つか試した。が、自分には無理だった。
 この際、とうぶん様子をみる。


 待てよ。自分のパソコンに問題があるのか……
 だとしたら、問題点は見当もつかない。
 むしろ俺自体で無理なことが、年々、増えている!

 もちろん、新品を作ることは、自分にはできない。が、歪んでいた心を修正した経験上なのか、何かを修理しはじめると嵌る。
 昨春、パソコンの修理も多少は憶えておこうと思い、再生品を売れば元は取れるとも思い、故障しているものなど(主に vista ノートパソコン)を10台以上入手した。
 それを分解しながら機械的な面の構造を憶えつつ部品を外し、少し故障しているだけで程度の良いものは直した。
 キーボードの故障が最も多く、次が光学ドライブの故障で、液晶画面は劣化が目立つものも交換した。
 修理は必要ない vista PC もあったが、Win7 と office2010 をインストールして12台再生した。
 内、1台は知人にあげて、他は入手先のオークションに出品して先日までに7台は売った。
 残りは、春になってから出品する。
 再生品を全部売っても赤字だが、簡単な修理なら自分でできるようになった。
 相応のことは憶えたから、できるようにもなった。

 でも、ソフトウエアは…… そもそも中身が目に見えない……
 ま……いいか…… 日照時間は、明らかに長くなってきたし…… 春は必ずやってくる。
 残念ながら、今日は吹雪だから、こんなことを書きはじめたわけだが、今日の吹雪までが春の兆しのような気がした。

 2月に入ったことは間違いないのだ。

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kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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