そもそも、生理面は自律して機能している。
 それは、直に経験し続けている自分自身の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 備わっている知能で、感じ意識し識別し思考し、経験し学習し理解できるようになり、相応の振る舞いをし、相応の結果になる。
 そこまでは誰でも共通だが、経験や学習や理解の内容しだいで人生の理由は変わる。
 知らないことは想像もし、それゆえに勘違いもし思い込みもし、他に目を奪われもするし心まで奪われもし、肝心な自分を見失いさえする。
 以上のうちの、誰でも直に経験し続けていて共通することや普遍的なことが、当ブログのテーマです。
はじめに 更新2013/01/21
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野良仕事をしながら思ったことだが……


 知人の考えは十人十色だ。ブログが千差万別であるのと同様だ。
 理解し合えないことが多々ある。親子でさえ理解し合えることは限られ、家庭内が惨状と化すことだってあるわけだから、当然なのかもしれない。

 でも、支障が無いことが殆どだ。
 妥協だってする。
 逆説的であっても、良い刺激になったりもする。
 むしろ、仕事では協力もする。
 仕事と言っても、報酬目的の仕事ではなく、親戚の農家同士の助け合いだが……

 農協に出荷する仕事には、相応の規定がある。
 その規定に基づいたことを行うから、協力も成立する。
 規定は、その仕事をする人にとっては共通することだからだ。

 幾度か世話になった大工が、生前に言った愚痴を思い出した。
「俺は、兄貴の農作業に手伝うことができる。でも、兄貴は、俺の大工仕事を手伝うことはできないんだから」
「なるほど」
 と、あの時、納得した。

 でも、農作業も、規定の内容を分かっていない場合は、協力できることは限られるのだ。
 いずれにしても、内容や決まりを具体的に知っているほど、具体的な協力もできる。

 つまり、共通なことを具体的に理解していることほど、積極的な協力も可能なのだ。

 共通なこと、と言えば……

生存上の基礎や基本的なことも共通だ


 生理面は、本人が未理解でも、つまり自律して機能している。
 もちろん、生後に習得したことを以ては(人為的には)変えようが無いのだから、普遍的であり誰にも共通する。

 各感覚器官や意識や記憶力などで構成されている知能も、誰にでも備わっている。
 そうであることも、普遍的なことであり、誰にも共通する。

 しかも、誰もが直に経験し続けることでもある。
 という点でも、共通している。

 知能が備わっていることによって、知らなかったことを憶えることができ、相応のこともできるようになる。
 つまり、知能が備わっていることによって、経験相応の印象が記憶に残り、そんな記憶を参考に識別や思考や予想などが可能になる。だから、相応の振る舞いも可能になり、それらに結果が左右される。
 この点も、誰でも共通する。

 そもそも、誕生当初は、寝返りもできない。
 が、寝返りができるようになり、這って移動できるようになり、掴まって立ち、二足で歩き、二足で全速で走るようになる。
 ちなみに、無重力状態の宇宙滞在で、骨や筋肉に負荷をかけない日が続くほど骨や筋肉は衰弱することも判り、地球上でも実験されて実証され、いまでは無重力状態の宇宙でも運動が必須になったと言われる。
 それ以前に、基本動作を学習することが重要だということになる。

 不器用だった手も、器用に使えるようになる。先に器用に使えるようになった方の手を優先的に使うから、右利きになったり左利きになったりする。
 大人になってからでも、利き手ではない不器用な方の手を器用に使う練習をしてみるだけで分かることもある。

 知らなかったことを憶えることができる知能の性質上、繰り返したことほど、記憶に残る印象は確かになり詳しくもなり、その記憶を参考に識別や思考や予想が可能になるだけに確かで詳しい情報処理が可能になり、それだけ積極的で具体的で振る舞いが可能になり、より着実に結果をだせるようになる。
 そういう、知能の性質や、学習経験をしていることに、気づくからこそ、観察したり確かめたり試したり練習したりする。
 つまり、経験上知った知能の性質を、随意に活用するようになる。
 そうしたことほど、確かに詳しく憶え、上手にできるようになり、いわゆる習熟し上達する。
 つまり、独自に、内面的な情報処理上で、不具合を修正し、より信頼できる確かな詳しいことを憶え浄化するからこそ、巧みなことも随意にできるようになる。
 だからこそ、基本動作が上達する。
 よって、この点も誰でも共通する。

 知らなかった言葉も、片言で話し始める。
 大人になってから、未知だった外国語を新たに習得するときも、同様のことをする。口・唇・舌・声帯・呼吸などを調整することを新規に学習すると言っても過言ではない。

 文法も憶えるから、説明できるようになる。
 つまり、記憶にあることや気持ちや考えを、言葉で整理しつつ文法に基づいた文章化ができるようになる。だから、言葉で説明できるようになる。
 よって、相手が話したことも、自分の記憶にあることを参考に整理しつつ解析でき、理解できるようになる。
 だからこそ、不明な部分があると、納得できなかったり、妥協したりもする。が、不明な部分は尋ねて確認したりしてでも理解し納得したりもする。

 基本動作や会話ができるようになるのは、相応の情報処理を内面でできるようになった証でもある。
 基本動作や会話や、そのために内面で行う情報処理は、誰でも日常的に発揮するようになる。

 経験相応の印象が記憶に残り、相応の識別や思考や予想などの情報処理が可能になるから危惧したり期待したりし、よって避けたり躊躇したり積極的になったり相応の振る舞いが可能になるし、相応の結果にもなる。
 上達するるためには、相応のこコツなどを習得する必要があり、そのためには相応の練習や観察や確認などが必要だ。
 そう因果関係や法則も普遍的であり、自身の行動面を左右するわけだから、その法則や因果関係も理解できるようになる。

 実際には過ぎ去ってしまったことの残像とも言える記憶を参考にし整理することによって理解できるだけに、五感では捉えることができない関係や法則なども理解できるようになる。
 約束がどういうことことも理解できるようになり、計画的なことも可能になり、ルールなども理解でき、その理解し記憶に残っていることを基に相応の振る舞いもできるようになる。
 理解したことも記憶に残るだけに、活用も可能になる。

 学習し繰り返し実用される日常生活上の基本的な動作や会話は、記憶にあることだけを基に識別や思考(理解)や予想までできるようになからこそ可能になる振る舞いにほかならず、まさに熟練する。
 基本的な動作や会話や相応の情報処理が熟練することも、誰にも共通する事実だ。
 しかも、基本動作や会話や相応の情報処理は、日常的に発揮するようになる。そうであることを、誰もが直に経験する。

 見方を変えると、生存上、知らなければ困ることがあることを経験し、相応のことを憶え、できなければ困ることも随意にできるようになる。それだけ、困ることは減少する。
 その行動上の中枢が、自分の記憶にあることを参考にして行う識別や思考や予想などの情報処理であり、振る舞いや結果を左右することでもある。だからこそ、その結果に一喜一憂する。
 リスクが伴うからこそ、不明なことは、確かめようとし知ろうともするし、研修や教習や学校にまで通いもする。
 その内面で記憶を参考に行われる識別や思考や予想などの情報処理が要であり、その思考力や理解力も上達し熟練する。
 その基本的なことほど、日常的に繰り返される。
 よって、その情報処理(行動上の中枢)に関係する法則や因果関係は、年々、本人は詳しく理解できる条件が整ってゆくことになる。

 学習上では、個人的に経験していることや学習して随意にできるようになるなことそのものが重要なのだが、人間関係に関することも学習する。
 されて嫌なことは、自分がすれば、相手は嫌がられるだろうという判断は容易だ。
 個人的にも、より信頼できる確かな詳しいことを知ろうとするように、友達や親友も信頼できるか否かが重要になる。
 信頼できず尊重できないのであれば恋人としては成立しないし、子供を産み育てるパートナーは厳選せざるをえない。

重要なことは


 知的面は、小学生の頃までに学習して実用するようになる。
 それを基に、大人の営みがある。これらの知的性質や運動機能も、更に応用や活用して鍛え強化することも可能だ。
 が、あくまでも、赤ん坊の頃から小学生の頃までに、大人の営みの知的面の基礎や基本を学習する。
 もちろん、不具合や勘違いなども独自に修正し自浄能力も発揮するからこそ、上達し、熟練する。
 これが、重要でないはずがない。

 まだ言葉を知らない赤ん坊の頃に、頭の中で、記憶を参考に識別や思考や予想などの情報処理を行えるようになれないと、相応の振る舞いもできるようにはなれない。
 その頃の、中枢である内面的な情報処理に関することは、大人でも教えようが無い。
 つまり、大人でも教えようが無いことを、赤ん坊の頃に独自に学習する。
 もちろん、大人が教えないことも、子供は憶える。大人が憶えて欲しくないと思うことも、子供は憶える。
 大人になってから、未理解だったり、勘違いしていたり、的外れなことを思い込んでいるよりは、幼い頃の自浄能力も発揮する学習能力自体の方が優っている。

 備わっている知能も、どこかの天才が創ってくれたのではない。むしろ、天才には創れないほど高度な知能が誰にでも備わっている。

 自律して機能している生理面も、どこかの名医が創ってくれたのではない。むしろ、名医でも治療し尽せないほど巧妙にできている。
 絶妙にできていることは、健康な時にこそ誰もが直に経験し続けている。
 つまり、生後に学習し理解し習得することよりも、自律している生理面自体の方優っている。
 そうであることを未理解なまま大人になったりするわけだから。

 また、誰もがそうである、ということも重要なことである。つまり、人為的には変えようが無く、普遍的だからこそ共通するわけだから。

 むしろ、外見上、尤もらしく、いかにも本当らしく、優れたことであるかのように工作し、競い争ってまで、人の目を奪い心まで奪うことこそが、本来は普遍的で共通で歴然としていて重要で尊いことを見失わせてしまう。
 経験し学習する性質上、影響を受けやすいからこそ、知能を誤用するようにもなるし悪用さえするようになる。

共通なことを未理解だから解決が困難な状態にも陥る


 経験し、学習し、理解できるようになる性質上、経験する内容は個人毎に異なり、好みや価値観の相違も生じるので学習する内容も個人毎に異なり、理解する内容も個人毎に異なる。

 経験し学習する性質上、影響を受けやすいからこそ、直に経験し続けていることといえども、具体的に理解するとは限らない。
 経験し、学習し、理解できるようになったのに、そうであること自体をも、その法則的なことも、未理解だったりする。
 経験し、学習し、理解できるようになること自体は共通でも、それを理解し合えるとも限らない。
 常用し、上達し、熟練し、日常的に発揮している思考力や理解力に関しても、理解し合えるとは限らない。
 つまり、普遍的で共通で誰もが直に経験し続けている生存上の基礎や基本に関することなのに、理解し合えるとは限らない。

 肝心なことを未理解なのに、確かめもせずに、勝手な想像をする。それゆえに、勘違いし、確かめないからこそ勘違いだとも気づけず、むしろ思い込む。
 内面こそが行動上の中枢なのに、外見で判断する。
 つまり、記憶にあることだけを基に情報処理が可能になるだけに、事実確認を要しない安易な想像を頼りがちになる。
 しかも、日常的に繰り返すことは熟練する性質もあるだけに、思い込みも強固になる。
 外見上、尤もらしく、いかにも本当らしく、優れたことであるかのように工作し、競い争ってまで、人の目を奪い心まで奪い、私利私欲を貪る。
 見栄だのプライドだのが絡むと、更に強固になる。
 言い訳もする。嘘も吐く。
 つまり、事実や真実を歪めもする。
 不都合だと思うことを隠し偽ることも、慣れる、上達もし、巧みにもなる。
 強情を張る。逆上さえする。口封じまでする。逃げ隠れする。
 つまり、知能を誤用もし悪用さえするようにもなる。

 生存上の基礎や基本に関することは共通なことなのに、親子で理解し合えなくても不思議ではない。
 生存上の基礎や基本に関することは普遍的で共通で重要なことなのに、学校では9年間も全く違うことを憶えさせようとする。
「大人は間違っている。大人は子供を洗脳しようとしている」
 そう叫んでも、餓鬼扱いされる。
 最低限平和であってほしい家庭内が惨状と化す。
 偏見は、打開が困難で、厄介だからだ。

 あ! そんなことは言っちゃダメ。
「無免許運転は、事故を起こすのは当たり前だ」的な言及をするから、相手を身構えさせてしまう。
 つまり、軽薄な言及は逆効果になる。
 そんな自分の軽薄さこそが、厄介だ。ということになる。


 だから……
 こんなことに、取り組もうか。
 この冬場には……

 
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そろそろ

 
 思考モードを切り替えなきゃ。

 何かをやりだし、継続するほど、思考モードを切り替えるのが難しくなった。

 陽は短くなり、すっかり寒くなった。その所為でもあるのかなあ。

 が、言い訳は止そう。

 とにかく、思考モードを切り替える努力をしよう。

 それだけを考えて、余計なことを考えなければ、それだけで切り替わってゆくわけだから。

 そのために気を紛らすのなら、それはOKだ。

 もちろん、肝心なことを忘れちゃ駄目。

 あ! そうだ。基本心だ。思考自体の基本的な構造も変わらないんだった。

 
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冬期間は随時&随意に致します。
プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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