生理面は、自律して機能していて、生存の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 知能も備わっていて、生きていることがどういうことかは、誰でも直に経験し続け相応の学習もするわけですから人生の理由に相当する。
 感じ意識し、記憶を参考に識別し思考し、学習し上達し、見えない約束やルールや法則なども理解でき、理解し合え協力し合え信頼し合い尊重し合えるようにもなる。
 経験や学習や思考や理解、ゆえの信頼や尊重や愛や幸福、それらは売買は不可能だ。
 以上の、普遍的なことや誰にでも共通することが、当ブログのテーマです。
 けれども、進化や自身が形成された経緯や生命生理などは、通常は知らない。
 誰でも共通な知能や経験や学習や理解に関することでも、理解するとは限らない。
 知らないことは想像もするし、自分のことでも勘違いし思い込みもする。目を奪われ心まで奪われ、自分を見失い人生も見失い、そうであることに気づけなくさえなる。
 好みや価値観は百人百様になる。
 普遍的ではなく、共通でもなく、異なることほど、理解し合うことは難しくなる。
 理解し合えず、私利私欲を貪り、相殺し競争で優劣を決め、転嫁し暴力で片づける。
 非理解、非協力、非信頼、非尊重、そういう非知的なことは避けたい。
 つまり、自律して機能している生理面は高度で絶妙な秩序に基づいて成立している。
 が、経験し学習し理解する内容は、限られ、偏りもし、錯覚や間違いや勘違いや思い込みもあり、隠蔽も抹消も偽装も捏造もし、知能を誤用もし悪用さえするようになる。
 そうであることは、マスメディアが発達した現代では歴然としているわけですから。
はじめに 更新2013/01/21
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カテゴリ : ★草稿「おまえはボケてはいない」

Ⅵ. 病院からの帰り



 軽トラを、病院の玄関前に止めた。
 ガラスのドアの向こうで、こっち向きで俯いて長椅子に腰掛けていた母。
 軽トラに気づき、母は腰を上げて、ゆっくり歩るきだした。
 助手席のドアを開け、
「『今度からは、家族の誰かに付き添ってもらって来てください』って言われた……」
 と言いながら母は乗った。
 その、なにもかもが、憔悴していた。
 来るときは、バス停までは送ったが、路線バスで来たのに……。
 薬を貰いに病院に行ってくると言って家を出ただけに、少なくとも普段と変わりなかった……。
 病院で具合が悪くなった、ということか……。
「入院……、必要なのか?」
 母は首を小さく横に振った。
「え……。じゃ、今度、いつ来いって?」
「言わなかった……」
「え……。帰ってもよくて、いつ来いとも言わなかった。なのに、付き添いが必要って……、どういうこと……」
「……」
「今度来るとき、付いて来ればいいのか?」
 母は頷いた。
 高齢だから、すでに諦めるしかない状態なのか……。
「じゃ、そうするから……」
「……」
 歳だけに、医者や看護婦に『付き添いが必要だ』って言われれば、落胆するのも当然かもしれない……。
 軽トラの助手席で、背を丸め深く俯き小さくなっている母は百歳過ぎに見えた。
 あんなに憔悴した母を見たのは初めてだった。
 付き添いが必要な具体的な理由は不明で、釈然としなかった。が、私は軽トラを発進させた。

「そんなに心配するな。もう歳だから付き添いが必要なんだろ……」
「……」

「心配するだけじゃ、自分で寿命を縮めるようなものだ……」
「……」

「俺が言うことなど……、あいかわらず聞く気も無いか……」
「……」

 でも……、自分は知っているのに、母と話す機会自体が無くなってしまうと、自分が悔やむことになるだろう。
「ま……、俺の都合で言うわけだが、言うだけ言っておく……」
「……」
「誰でも、知能も備わって産まれ、学習でき、相応のことは随意にできるようになる。が、生後に習得するわけだから、その内容は、個人的にも変化し、個人ごとには千差万別になる。つまり、どんな大事なことを知らなくても不思議ではないし、何でも知っている人は存在しないし、何でもできる人も存在しない。医者だって、誤診もする。おまえも、親父も、病院を替えたことで治ったこともあった。そんな例は珍しくないから、そうしたんだろ」
「……」
「親父は、写真を撮った結果、医者の診立てが違っていたことが判ったが、すでに手遅れだった。従兄弟の義政は、病院側から和解の申し出があったことで判ったらしいが、医療ミスで早く死んだ」
「……」
「そもそも、特別に勉強し研究した名医でも、治療には限度があるし、老化は阻止できないし、死は受け入れるしかない」
「……」
「つまり、生後に習得することに関して言えば、人は何様でもありえない」
「……」

「知能も備わって産まれるので、生きていることがどういうことかは、誰でも直に経験し続ける。学習力もあり、記憶にあることだけを参考に会話できるようになり、思考力も理解力も発揮するようになる。でも、そうであることをすら、理解するとは限らない」
「……」
「思考力も理解力も発揮するから、会話上でも納得できなかったり納得したりする。直に経験し続けている自分のことに関しては精通していても不思議ではない。が、会話上で納得できなかったり納得したりしていることをすら、具体的に理解するとは限らない」
「……」
「それどころか、勘違いだってある。思い込みもする。俺も一時はそうだったが、勘違いしていることに気づけず、思い込んでいるに過ぎないことに気づけなかった。つまり、勘違いや思い込みに関しても、具体的なことは未理解だったりする」
「……」
「俺も、自分で考えたことによって、自分で困った。なのに、その事実関係さえ把握できず解決できなかったこともある」
「……」
「上辺だけ尤もらしく見せかけもし、必死で本当であるかのように見せかけもするし、競い争ってまで優れているかのように見せかけもする。それが、人生上では的外れなことでも、そうであることに気づけなかったりもする。むしろ、根拠も理由も無く実績も実力も無いのに、勝手に何様かのつもりになったりもするし、慢心もするし、有頂天になったりもする」
「……」
「長生きしたところで、肝心なことを隠し偽り、私利私欲を貪るだけだったりする」
「……」

「人の親も、無条件に尊いわけではない。親が、子供を殺すことだってある。妊娠しても中絶もする。家族計画もある。産んでも子供を虐待したりもする。当然に、上辺を繕っているに過ぎなかったりもする。幸せそうに見せかけているだけだったりもする。つまり、最も肝心なことが欠けていたりする。そうなんだということをさえ、分かっていない親だったりもする」
「……」
「でも、子供は親を選べない」
「……」
「猫でさえ、相手を見分けて仲良くし、相手しだいで喧嘩もする。人の法律上では、訳が分からず身勝手過ぎると死刑にされる」
「……」
「でも、訳が分からない親を殺せば、刑務所に入れられる。法律にも思い上がりが感じられるが、暴力的に片づけることは、訳の分からない親以上の身勝手なことであることは事実だ」
「……」
「未熟な子供にとっては、人生経験が十分なはずの親の在り方が、いかいに重要であるかを物語っている。が、そんなことをさえ未理解な親だっている」
「……」
「もちろん、俺が勘違いし思い込んでいるにすぎない場合もある。だから、自分の考えを押し付けることさえできない……」
「……」
「結局、自分がどういう生き方をするか、ということに行き着くわけだが……」
「……」
「もちろん、おまえがどうするかは、おまえの気持ちや考えしだいだ」
「……」

「ただ、生後に習得したことを以ては、どうすることも出来ないことが存在する。理解するだけでも容易ではないことも、存在する。誰もが直に経験し続けることでもある、生きていることはどういうことかもそうだ」
「……」
「が、その人生の基礎や基本を未理解だったり、最も肝心なことを疎かにした生き方をしてしまったりするということだ……」
「……」
「もちろん、生後に習得したことを以ては、一般的には傷病にも対応できない。老化を阻止できるはずがない」
「……」
「知能も備わっていて、生きていることがどういうことかは直に経験し続け、数十年も生きたのに、心の準備すらできていないまま、死を受け入れるしかなかったりもすることになる」
「……」
「生きている状態でさえそうであり、なす術が無いからこそ老化し死ぬわけだから、死んでからは何かができるはずがない。むしろ、死ねば腐敗が始まる。なので、翌日、焼かれる」
「……」
「もちろん。二度と産まれてくることは無い。そうであることは、俺たち三人を産んだおまえならよく分かるはずだ……」
「……」
「つまり、産まれる機会に恵まれ、生きていること自体が尊い。そうであることすら理解するとは限らない。直に経験し続ける肝心なことを知らなかったり、それゆえに勘違いしていたり思い込んでいたりさえする。まさに、生後に習得したことに関しては、人は何様でもありえない」
「……」
「だから、生後に習得した内容の是非が、死によって問われる。最後の審判は、自ら下すことになっている」
「……」

「おまえにとっては、あくまでも俺は馬鹿息子なのだろう。俺がいくら言っても、おまえには聞こえてすらいないんだろう。でも、俺なんかが言わなくても、生後に修得することを以てはどうすることもできないものの存在は歴然としている」
「……」
「的外れことを習得するほど、無駄どころか、自ら災いを招く。そういうことも、生前に十分に経験する……」
「……」
「親子なんだから、はっきり言う。おまえは、俺よりも馬鹿なんだよ。このままでは、くそ婆や鬼婆のままで終わるんだよ」
「……」


「親父が死んだ歳と同じ歳になるのは、来年か?」
「……」
「ん?今年か!」
「……」
「じゃ、今月の末で、八十八か」
「……」
「親父が逝って、もう四年にもなるのか。早いな」
「……」
「おまえも、長生きだけはしたな。あんなに早くから、『長くは生きられない』と言うのが口癖だったのに」
「……」
「いずれにしても、誰でも逝く。こればっかりは、誰も拒否できない。誰でも、受け入れるしかない。そうであることは、おまえの方が多く見ているし知っているはずだ」
「……」
「覚悟ができていた方が楽だぞ。心の準備ができていないと、苦しむ。逆らえば、もっと苦しむ。逆らうから、苦しむ。死ぬとき、失うものが多いほど苦しむことになる」
「……」
「そういうことは、生きているうちに十分に経験するからでもある。考えるだけで分かることだからでもある。心の準備をするためには、余るほどの時間があったからでもある。つまり、生きているうちに心の準備をやっておく必要がある」
「……」
「死ぬ際に苦しむ原因になりそうなことは、生きているうちに解決しておくしかない」
「……」
「馬鹿息子が言うことなど、聞く気は無いか……」
「……」
 前方の信号が、黄色に変わった。
「人の言葉は、どういうことを話しているのかを聞こうとし解析すればこそ理解することもできる。内心で糞食らえとでも思って聞こうとすらしないと、どんなことを言っていたのかさえ記憶に残らない」
「……」
 信号が、赤に変わった。


 止まった軽トラの助手席で、母は深く落ち込んだままだった。
 ん!?。
 落ち込んでいる……。
「もしかして……。ボケたから、付き添いが必要なんだって思っているのか?」
「先生も看護婦さんも『付き添いが必要だ』って……」
「ああああああ、そういうことか。それで、落ち込んでいるのか」
「……」
「でも、それは違う。たぶん、おまえの勘違いだ。おまえは、ボケてはいない。前に、何回も言っただろ。そんなに心配している。それは、精神面が正常に機能している証拠なのだ」
「……」
「見聞きもできる。意識もしっかりしている。記憶も大丈夫だ。分別力も発揮できている。だからこそ、心配にもなるし苦にもなる。しかも、感情も正常に機能している。すべて、ボケてはいない証拠だ」
「……」
「今朝だって、普段どおりだった。路線バスで来た。薬をもらいに来ただけだ。その、病院から帰るのに、何でこんな状態になったんだろうと思ったよ」
「……」
「『付き添いが必要だ』って言われたのは、ボケたからじゃない。これは間違いないはずだ。おまえは、また勘違いしている」
「……」
 信号が青に変わった。
 右折して国道を南に向かう。

「そういうことだったのか。でも、医者や看護婦にそう言われたんじゃ、馬鹿息子が言うことは、耳にも入らないよな」
「……」
「保険証を失くしたとき以来だから、ほぼ二年間も、やっていなかったのに……」
「……」
「あれ以来、『ボケた』とは言わなくなったし、馬鹿げたことでしかないことが解ったから、やらなくなったのだと思っていたのに」
「……」

「ま……、俺も……、勘違いする」
「……」
「さっきも、もう歳だから諦めるしかないのかと思っていた」
「……」
「『付き添いが必要だ』って言われたときは、急に具合が悪くなって入院が必要になったのかとも思った。入院の準備をさせるために、一旦、帰すのかなって」
「……」
 あ……、付き添いが必要な本当の理由が明らかになれば、むしろ母の心配を煽ることになりかねない。
「ボケてはいない。付き添いが必要なのも、ボケたからでもない。それだけは間違いない」
 とは言ったものの、母は落ち込みから這い上がれない。
 母にとっては、俺はあくまでも馬鹿息子なのだ。俺が言っていることなんか、そもそも聞くに値しないのだ。
 母のことなんか気にしていない振りをして運転した。


 二十年以上も前、地方中心都市の内科医院に入院して回復した母は、以後も、毎月一回、路線バスを利用して通院していた。
 同市内の、整形外科にも、毎月一回、路線バスで通院していた。
 その整形外科の近くの、眼科にも行くようになり、白内障の手術も行った。
 十年ほど前の網膜剥離も、その眼科で明らかになり、大学病院で緊急手術をしてもらい成功した。
 その後も、その眼科にも時々行っていた。

 三年前、父は、地方中心都市の国立病院に入院し、間もなく八十八歳になり、一ヶ月あまりの入院で、秋に他界した。
 その病院の駐車場から院内の長い廊下を歩いて病室まで杖をついて毎日のように往復した母(当時八十三歳)は、杖を使わずに歩くようになっていた。
 そんなこともあって、あえて送迎も控えめにした。

 ところが、母は、ボケたと言って落ち込むようになった。
 でも、保険証を失くした時以来、「ボケてきている」とは言うものの、思い込んで落ち込むことは無くなった。
 馬鹿げていることを繰り返しただけに、母は学習したのだと考えられた。

 正月過ぎ、母のかかりつけ内科医院が、後継者問題や都市開発などで予定通り廃院することになった。
 以来、距離が半分以下の、近くの町の町立病院に母は通院することになった。
 その町立通院に三度めか四度めに通院した際の帰りのことだった。


「仮に『ボケた』と言われても、『ボケてなんかいない』って言い返すくらいのほうがいいんだよ」
「……」
「疑問も抱かず、否定もしないで、逆にそうだと思い込むから、心配になるし苦にもなり落ち込むわけだから」
「……」
「否定したり、疑問を抱くだけでも、思い込まずに済むわけだし、落ち込むこともないんだから」
「……」
「『バスに乗ってきたんだ』って、言えばよかったんだよ」
「……」
「『付き添いは必要ない』って、先生に言えばよかったのに」
「……」

 真正面の10キロ以上も先に、タケノコ採りで馴染みの山が雨で霞んでいた。
「村の方は雨だな……。家を出るときには降っていなかったのに」
「……」

 緩い右カーブになり、国道の右側は、家並みは途切れ、川に替わった。上流で大きく蛇行している川は、進行方向とは逆に流れ下ってきている。
「川の水、多いな、今日は」
「……」
 国道に接している、川に架かった橋側が感応式信号になっている。
 その先は、国道の両側に家並みが続き、先のほうで上り坂になっている。

「いつも言うが、想像に過ぎないのに、それを基に心配し、更に苦になり、落ち込んでいるなんて、馬鹿げている」
「……」
「いつも、一時的だった。結局、平常に戻る。平常に戻らなかったことは、一度も無かった」
「……」
 私が言うことは、母の心には届いていなかった。
 ほとんど反応しない母の落ち込みは、いつもよりも深く、いままでとは違う真剣ささえ感じられた。

 坂を上り切り、左にカーブすると交差点がある。その先で右にカーブして橋を渡る。橋の先は、長い上り坂が続く。
 上り坂の途中からは路面が濡れていた。
 坂を上ると、水溜りもあった。
「雨、この辺りにも降っていたんだな」
 坂を下り始めると、左のほうに村が見える。


 家に着いても、消沈したままだった母は、ゆっくり居間に入り、
「『家族の誰かに付き添ってもらって来て』って紙にも書いてくれて、持たされたんだけど……」
 と言いながら、ショルダーバッグの中を探した。
「あ、これだ。『家族の誰かに渡して』って……」
 その紙には、難聴だから付き添いが必要だ、という内容のことが書かれていた。
「おまえ、これを読みもしなかったのか!」
「付き添いが必要だからって……」
「だけど、難聴だから、付き添いが必要だって書いてある。いつも言うが、見るだけで分かることだろ」
「え……」
「ボケたからだとは、どこにも書かれていない」
「耳のこと!」
「そうだ。納得したようだな」
 母は笑顔をこぼした。
「見るだけでも分かったはずだ。それだけで、勝手な想像はする必要もなかったし、落ち込むことも無かったのに」
「見なかった。読まなかった……」
「笑っている場合じゃないだろ。馬鹿げているだろ。まさに、見れば分かることを、見もしないで、勝手な想像をして、ボケたと思い込んで落ち込んでいたに過ぎなかった」
「あははっ」
「いいかげんに憶えろよ。確かめずに、勝手な想像をして、思い込んで、落ち込むなんて、馬鹿げているだろ。いい加減に止めろ。頼むよ。確かめる癖をつけろよ」
「……」
「補聴器、幾つもあるのに、持たずに行ったのか?」
「小さくても、しょっちゅうつけていると、耳が痛くなるのよ」
「テレビを見るときより、医者の話を聞くときこそ必要だろ」
「忘れた。だからボケてきてるんだよ」
 視線が合うのも避けていたが、母の笑顔は止まらなかった。
「普段から、いい加減だからだろ。しかも、狡い。聞く耳持たない。反省することが無い。だから繰り返す」
「着替えてくる」
 笑顔のまま母は寝室に向かった。


「今回は、今までで一番分かりやすい。いいかげんに憶えろ。実に馬鹿げたことなんだから」
「分かってきてたのよ。だけど、先生と看護婦さんに、あんなことを言われたから」
「うん。今回は、そういう先入観もあったからだ……。でも、他人の所為にしたら、解決できない。自分で、確かめなかったことや、想像して勘違いし落ち込んでいたに過ぎなかったことなど、事実関係が分かったからこそ、笑っちゃうわけだろ」
「お昼ご飯、食べよう」
「え……」
「お腹空いた。何か作って」
 これ以上、言う必要はないか……。
 こんなに分かりやすい経験は、めったにできない。
 あんなに深く落ち込んでいたのに、事実関係が分かったからこそ、母は笑わずにいられないのだ。
「何か買ってくれば良かったな」
「有るものでいいから」
「スパゲッティなら有るけど」
「それでいい」
 母の笑顔が止まらない。
 想像し思い込み落ち込んでいた愚かさまで分かったからこそ、自嘲するしかないのだろう。
 備わっている能力を最低限は発揮しなければ、自分で困ることをさえ考えるし行うんだから。
 ボケに関しては、もう大丈夫だろう。


 以来、四年経った。
 九十二歳になった母は、野良仕事はするものの、老化は否めなず、病院の往復は、すべて送迎している。
 でも、母が「ボケた」と嘆き落ち込むことは、無くなった。

 ほとんどは反面教師だったが、俺は学ばせてもらった。
 だから、俺は、おまえのようなことは、せずに済む。

 でも、礼は言わない。
 おまえがいい気になると、逆効果になるだけだから。

 思えば、かつて、帰郷した自分は、上辺や見せかけを非難し、学習や知識の重要さを主張したものだった。
 嫁いだ姉が、時々やって来ては、その都度、手土産を目の前に広げて安易に母の肩を持つ。他方、親の言いなりにならずに厳しいことを言う俺を、非難したものだった。
 都会に就職していた弟も、正月には帰省し、来るたびに小遣いをあげて母の肩を持つ。仕事をしながら大学を卒業した報告をし、昇進した報告をし、嫁を貰った、が即離婚。それでも、親の言いなりにならずに厳しいことを言う俺を、非難したものだった。
 上辺や見た目だけで判断しがちな母が、すっかりいい気になったものだった。もともと俺を馬鹿息子扱いしていた母は、ますます俺を馬鹿息子扱いするようになった。
 つまり、母は、棚に上げておいた自分の無知や愚かさを認め難くなるようなことばかりしていたことになる。
 もちろん、母が、娘や次男を批判視することも至難になっていったことになる。
 当然に、俺のことも、馬鹿息子扱いするほど、母は自分の考えを覆し難くなっていったことになる。
 そんな自縄自縛こそが、最大の要因だったのだろう。

 だからこそ、俺がいくら「くそ婆」「鬼婆」と言っても、母は悟れないのだ。
 日常的に全面的に協力しているのは、俺なのに。
 姉も弟も、都合の良い時だけやってきて、上辺を繕うだけで、無責任なのに。






テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

カテゴリ : ★草稿「おまえはボケてはいない」

Ⅴ. 御浚


 今回は、母との会話の中に猫の話題が登場します。
 いつかは猫のことも書く予定ですが、まだ先になります。
 というわけで、私と猫との関係を、今回は少し盛り込んでみました。



 台所でインスタントコーヒーを飲み終えて、自室に戻ろうとしたときだった。
「おまえが言うとおりかもしれない」
 居間に居た母が、そう声をかけた。
「分かってきたのか?」
「なんとなく……」
 窓を背にして立膝を抱えて座っている母。その前には、冬には暖房で使っていた薪ストーブがまだある。
「簡単には憶えられないこともある。努力が必要だったり時間を要することもある」
「おまえが何回も言ったから……」
「繰り返したことは、詳しくもなるし上達もする。日常的に繰り返し実用する動作や会話は、条件反射的な速さでできるほど熟練する。進化や、文明の進歩は、世代を超えて実現したことになるわけだし」
「……」
「ただ、想像や思い込みや悪い癖も、繰り返すほど上達する。しかも、一旦、上達したことを、直す場合は、当然に努力と時間を要する」
「……」
「御浚、やるか?」
「いい……」
「……このあいだ、一応やったからな」
「……」
「……じゃ、雑談でもするか」
 雑談と言い換えたが、馬鹿げたことであることを母には憶えてもらう必要がある。
 困るのは俺なんだから。
 薪ストーブを間にして、母のほうを向いて私は座った。


「おまえは、俺たちを三人産んで育てた。だから、俺よりは知っているはずだ。誰にも、目や耳などの感覚器官や意識や記憶力などで構成されている知能は備わって産まれる。そうだろ」
「……うん」
「でも、誕生当初は、首も座らないわけだよな」
「うん。手も足もバタバタするだけ……。布団やタオルをかけてあげても、すぐに蹴飛ばしてしまうんだよ」
「そういえば、このあいだ、スーパーの駐車場で、おまえを待っていたとき……」
 その時のことを話した。
 私の、右隣の車の助手席のドアを開けたので、見た。
 助手席はチャイルドシートになっていて、そこに、進行方向とは逆向きに赤ん坊が乗せられた。
 母親らしき女性は、運転席に乗り、下を向いて何かをしていて、赤ん坊にはほとんどかまわなかった。
 赤ん坊の目の前には、いろんなオモチャを吊り下げてあった。
 が、赤ん坊は、手が届くオモチャも、まだ上手く掴めない。
 でも、目の前に吊り下げられていて手が届かないオモチャをも、見る。じっと見詰めるわけではないが、それにも触りたいのだろう、手足をバタバタさせるどころか身体ごと飛び跳ねそうなくらいバタバタしていた。
「そう」
「うん。重力や引力や自分の重さや平衡感覚などは、赤ん坊でも否応なく経験する。でも、誕生当時は思い通りには動けないから、もがくしかない。でも、もがくからこそ憶える。本人がそうして憶えるから、思い通りに動かけるようになってゆく。つまり、大人でも教えようが無いことを、赤ん坊の頃に自分で憶えはじめる。もちろん、大人になってからパソコンなどを憶える場合も、初めは探し、繰り返し、練習して、上達するしかない。本人がそうしたことしか憶えない」
「……」
「首が座るようになると、上下や前後左右が分かりやすくなる。むしろ、それが不安定になると大人は眩暈をするわけだろ」
「二か月もすると、声をかけると、振り向くようになるんだよ」
「このあいだ駐車場で見た赤ん坊も、そのくらいだったのかもしれない。声を掛けたり、音を出したりしても、すぐに振り向きそうな感じだったから」
「じゃあ、そうかもしれない」

「猫だって、人を見分けるようになる。家族が使っているバイクの音まで聞き分けるようになる。しきりに匂いを嗅ぐわけだから匂いでも識別している」
「タモ(猫)は、返事するようになった」
「うん。タモを呼んだ時だけタモが返事をすることを、みんなで交代して確かめたよな」
 母が、私を呼んでも、タモは返事をしないし、父を呼んでも、タモは返事をしない。が、「タモ」と呼んだ時だけタモは返事をする。
 そうであることを、家族が交代して確かめたのだった。
「何度も何度も呼ぶので、タモは振り向かないで返事だけするようになった」
「しまいには、頭も上げずに寝たままで返事をした」
「ついには声も出さないでお腹を動かすだけだった」
「うん」
「あれから、かなり年が経った……」
 あれは、忘れるはずがないことでもあった。


 あの頃……
 自分の心の歪みに気づき、新たな勘違いに気づけずに三年も葛藤を余儀なくされた。
 でも、その不本意さそれゆえに、その要を解明できた。
 だからこそ、本格的な改善が始まった。
 後に思うが、この頃から、まさに根拠も理由もある本来の生き方が始まったのだった。

 当時、関心を抱いたことは、学習とはどういうことなのかだった。
 知らなかったことを憶えることはどういうことで、できなかったことも随意にできるようになるのはどういうことなのかだった。
 それによって、自分の心が形成された。が、その性質ゆえに、肝心なことを理解しそびれもし、歪みもした。そう考えられたからだった。

 たまたま、近所の子供が、ダダをこね、子守り役の祖母が持て余していた。
 その事実関係から、次のように考えられた。
 その子供は、ダダをこねると好いことをしてもらえる、と憶える。
 だからこそ、その子供は、好いことをしてほしいときには、ダダをこねる。
 それを、祖母は甘やかす。
 だから、悪循環に陥ってゆく。
 もちろん、子供には悪意は無く、知らなかったことを憶え、できなかったことが随意にできるようになる。つまり、学習している。
 しかも、自分ではできないことを、大人にしてもらえる。当然に、学習は促進される。

 その後、家の傍を真っ白な野良猫が通った。子連れだった。
 母猫よりも、子猫たちの方が逃げ隠れするのが素早かった。
 知らない人に対しては警戒心を顕にする。そんな野良猫の気持ちは率直で、私には分かりやすかった。
 自分の母親は、世間体を気にし上辺を繕うばかりで訳が分からない。独裁者のような母に、父は頭が上がらない。そんな両親に、私はうんざりしていた。
 猫も、警戒し反撃もする。が、親子や兄弟姉妹は仲良くする。つまり、猫とはいえ、信頼関係を左右する法則なり暗黙のルールなりが存在することになる。
 その子連れの野良猫に、警戒心を解いてもらうとか、自分を信用してもらうとか、自分と仲良くしてもらうとかするには、どうすればいいのだろう。そう思って、相応の試みをはじめた。
 決して敵ではないことを知ってもらう。強いない。騙さない。直視しない。むしろ友好的であることを知ってほしい。食べ物を置いて、その場からは離れる。猫たちが警戒しない所まで離れる。
 来るのが待ち遠しかった。猫たちは、時々来るだけだった。食べ物は、その時に家に有る煮干しだったり干物だったりビスケットだったりした。(当時は現在のようにペットフードは普及していなかった)
 猫たちは、自分が傍にいても、食べてくれるようになった。
 猫たちは一斉に寄ってくるようになった。
 俺は、この猫たちを食べ物で騙しているだけなのか……。まだ、そんな迷いがあった。
 でも、信頼関係を築く法則に適ったことが行われるなり、警戒心が不用になるなどして、信頼関係を築く条件が満たされれば、猫とでも仲良くなれる。
 回数を重ねるうちに、子猫は四匹いることが分かった。
 やがて、子猫は、親と同じ色の真っ白な子猫(雌)と全身が黒っぽい縞の子猫(雌)と二匹だけになった。
 開放的な自然界とは違い、狭い家の中には、警戒して、なかなか入ってくれなかった。
 やがて寒くなり、薪ストーブで暖をとりはじめたころに、その猫親子が我が家に入ってくれた。
 真っ白な子は「チビ」、黒っぽい縞の子は「クロ」と名付けた。
 一メートル以上も雪が積もる冬は、薪ストーブの周りで暮らしてくれた。その寝顔に、当初の警戒心はどうなったのだろうと思わされたものだった。
 触ることも許された。
 真っ白なチビも黒っぽい縞のクロも、すっかり大きくなった。
 翌春、母猫には、野良に戻ってもらった。

 そして、真っ白な「チビ」が、家で五匹の子猫を産んだ。
 そのうちの一匹は、猫専用に設けた出入り口から入ってきたイタチのようなもの襲われ、チビに反撃されて糞尿を撒き散らして天井を駆けるほどの争いをした。
 が、可愛い盛りの子猫は首を噛まれていただけに、首から下が不随になり、その日のうちに死んだ。
 やがて、二匹がもらわれていった。
 更に、もう一匹ももらわれていった。
 残した子猫(雄)に「タモ」と名付けたのだった。

 タモとは、会話はできない。言葉で説明して何かを教えるということはできなかった。

 でも、人の場合、経験相応のことが、記憶に残る。
 だからこそ、別れた後でも、会っていたときのことを思い出せるし、相応のことを考えることも出来し、伝え忘れたことがあった場合には戻って伝えることも出来る。
 再会時には、記憶に残っていることを思い出すからこそ以前に会ったことを識別できるし、以前に会った時はどうだったかを話題にすることもできる。
 タモの祖母や母にあたるチビやクロたちは、数日毎に、やってきた。あれだって、記憶があるからこそできる。
 記憶を参考にして識別や判断をしているからこそ、現在地からは見えない遠い所にも行くし、小急ぎに野菜畑の中を近道もするし、駆け足で行ったりもする。
 少なくとも、俺は敵ではないことを憶えたからこそ、家にも入るようになり、薪ストーブの周りで眠るようにもなった。
 猫も、経験相応のことを記憶し、記憶を参考にして識別しているからこそ、相応の行動をしていることになる。
「チビ」も「クロ」も、食事を出すたびに食器を叩いて音を出していたら、その音を出すと急いで寄ってくるようになった。
 そこで、食事を出すたびに「ごはんだよ」と言うことにした。すると、「ごはんだよ」と言うと寄ってくるようになった。
 猫は、言葉は理解できない。が、猫も、経験相応のことは記憶に残り、その記憶を参考にしているからこそ識別でき、だからこそ相応の行動をしている。
 つまり、猫も、学習する。間違いない。

 ということは、タモにも、何かを憶えさせることは可能だ。
 タモが、その記憶を参考に、識別し、相応の行動をするようになる。
 そう考え、タモが『ニャー』と言うたびに、私の方が返事をすることにした。
 それを繰り返しすことによって、タモ自身が『ニャー』と言った際に私が返事をすることが、タモの記憶に残る。
 やがて、タモ自身が、その記憶を参考に、『ニャー』と言った際に私が返事をするんだということに、気づくかもしれない。
 気づければ、タモ自身が私に気づいてほしいときにも『ニャー』と言うようにもなるかもしれない。
 より確実に憶えてもらうためには、タモが『ニャー』と言ったときに、私が確実に返事するほど有効だということになる。
 そう考えた私は、タモが「ニャー」と言うのを待ち、すかさず返事をするようになった。

 タモ自身にも、「タモ」と呼べば、お前のことだし、お前に話しかけているんだ、ということも憶えさせようと思った。
 タモが傍にいるときは、タモの身体を軽くポン・ポンしながら「タ・モ」と呼ぶ。
 離れているときは、必ずタモを見て、「タモ」と呼ぶ。
「タモ」と呼ぶ際に手を叩いて、タモに気づかせるようなこともした。
 タモが振り返るまで呼んだりもした。
 タモが反応すれば、もちろん褒めた。

 そうしているうちに、人が引き戸を開け閉めするのを見ているからか、タモも引き戸を開けることを憶えた。
 タモが学習することは、間違いない。

 ところが、開けっ放しで出かける。外壁には猫専用の出入り口を開けてある。
 そこで、タモが引き戸を開けれらないようにした。
 すると、タモはガリガリひっかいても、戸は開かないので、戸の前で「ニャー」と言うようになった。
 早速、私は返事をし、「自動車に気をつけろよ」などと話しかけながら戸を開けてあげる。
 タモは小急ぎに出て、その先の猫専用の小さい出入り口を通って出かけてゆく。
 やがて、タモは、戸を開けようとせずに、戸の前に座って「ニャー」と言うようになった。
 タモが学習していることは、日増しに明らかになっていった。

 ならばと、タモが戸の前で「ニャー」と言っても、私は返事だけして対応しなかったりしてみた。
 すると、タモが私の傍まで来て「戸を開けてよ」と言わんばかりに私にすがった。
 タモは、言葉は話せないが、意思表示ができるようになった。
 タモにも、気持ちがあり考えもある。が、タモは、言葉では話せないだけなのだ。

 気持ちや考えなどは、内面的なことなので、直に見知ることはできない。だからこそ、人は、言葉で気持ちや考えを伝える。
 が、本来は、言葉を使わなくても、意思表示は可能だ。
 猫の場合は表情や振る舞いによる意思表示だけに、それを受け取るべき自分が識別ができるかどうかが重要なのだ。
 タモの振る舞いによる意思表示を、受け取るべき自分が見落としさえしなければ、適切な対応もできるし、意思疎通が成立する。
 もちろん、タモは、意思表示できるようになることによって、協力してもらえる。タモは自分ではできないことを、私にしてもらうことができる。
 だからこそ、猫も相応の学習をする。

 タモが「ニャー」と言えば、私は返事をし、タモの気持ちを察して応えることが、日常化していった。
 タモの気持ちを、もっと具体的に知りたい。タモは、どう思っているのだろう、どんなことを考えているのだろう。いつか言葉で具体的な意思疎通をしてみたい。そんな気さえするようになった。

 タモが、どういう行動をして活動エリアを広げてゆくのかか知りたくて、タモの後を付いて行ったりもした。

 両親に対しても、私は学習や努力を主張していた。
 そんな私を、上辺だけを基に判断しがちな母は一蹴し、私を馬鹿息子扱いして見下していた。
 私が、家に招き入れた猫たちをも、母は邪魔にさえしていた。
 そんな母に対しては、心を閉ざすしかなかった。
 言葉を話せるし、具体的に理解し合うことが可能なのに、言い訳や嘘ばっかりでは、言葉を話せない方がましだ。

 言葉を話せないタモに対しては、私は心を開き、むしろタモに期待し、タモと意思疎通をする試みまでした。
 そうしたことによって、私の心は育て直されていったのだった。

 そんな、ある日、母が気付いた。
「タモが、返事してる」
「えっ」
「タモ」
「ニャー」
「タモ」
「ニャー」
 家族が交代で、タモを呼んだ時だけタモが返事することを繰り返し確かめた。
 タモが「ニャー」と言えば、返事して話しかけ、状況を察して応えることが日常化していた私は、タモが返事をするようになっていたことに気づかずにいたのだった。

 言葉で説明して教えることはできないが、経験相応のことは記憶に残り、猫自身が自身の記憶を参考に識別して相応の振る舞いや行動をするようになる。つまり、学習する。
 人の赤ん坊にも、大人は教えようが無い。赤ん坊自身も模索するしかない。が、模索相応のことが記憶に残り、その記憶を参考にした識別や思考が可能になり、試行も繰り返せるからこそ、学習する。
 だからこそ、大人が教えようが無いことを学習し、大人が教えないことも学習し、大人が子供には憶えて欲しくないと思っていることさえも学習し、大人に抗議もし、拒否もし、反抗もする。
 そんなことにまで、タモが気づかせてくれたのだった。

 相応の知能が、すでに備わっているからに他ならない。
 学習の基本を理解できたことによって、もともと相応の知能が備わっていたからだという心の原点も明らかになった。

 言葉が話せるのに、訳が分からないことばかり言う母に対しては、本当に私を産んだ母親のかと疑問が増すばかりだった。

 獣医に往診してもらった。三度、往診してくれた。
 が、タモは死んだ。
 一匹の猫が死んだとは思えないほど哀しく寂しかった。
 訳が分からない母に向かって、「おまえが死んでくれたのなら、むしろせいせいしただろう」と吐いた。

 しかも、タモが死んだ寂しさの中で、思いがけない決定的な体験をした。
 その体験では、記憶の重要さが歴然としていた。しかも、日常的に繰り返したことほど記憶が確かになり、その確かな記憶を参考にするからこそ条件反射的な速さで(考えるよりも早い動作が)できるようになる(熟練する)んだということに気づいた。
 タモと、学習の基本を学んだ上だったからこそ、気づくことができたことだった。

 結局、知能はどういう器官で構成されているか、知らなかったことを憶えるとはどういうことか、できなかったことが随意にできるようになるのはなぜなのか、学習とはどういうことなのか、そんな根拠や理由に関する理解を深めつつ、私は自分の心を着実に育てていった。


 以来、三十年以上も経った。
 何様かのつもりでいた母は、何も憶えようとしないまま、現在に至っていた。
 それどころか、自分で「ボケた」と言って落ち込むようになったのだった。
 母は、自分の考えに関することなのに、想像に過ぎないことも思い込みでしかないことをすら理解できていない。
 むしろ、省みれないのだろう。自分で認め難いことを考え行ってきたし、それが記憶にあるからにほかならない。

 皮肉なことに、母が「ボケた」と言って落ち込むようになったことからも、精神面に関することを私は更に理解した。
 だからこそ、「おまえはボケてはいない」と、これでもかと説得することもできた。


 思えば、母も、三十年前のことを憶えていた。
 むしろ、俺たちが子供だった頃のことも憶えている。
 それ以前のことだって話したことがある。
 母にだって、学習能力もある。
 会話上では、納得しなかったり、納得したりするわけだから、思考力も理解力もある。
 母の繰り返しそうな気配は減少している。と感じたりもしていた。
 母が笑う時も、以前よりは明るくなった。そう感じたりもしていた。
 母も、多少は分かってきているのだ。

 ただ、改善できた確証は、まだ得ていない。

「人は、寝返りができるようになり、這うようになり、掴まって立ち、足だけで立ち、歩き、走り、跳び回るようになる。片言で話し始める言葉も、上達し、記憶にあることだけを基に会話するようになるわけだよな」
「……」
「もちろん、成長すれば、できるようになるわけではない。片言で話し始めた言葉も練習するから上達するし、箸の使い方も微調整するから上達するし、字も読めるような字を書けるようになる」
「……」
「繰り返したり練習したことは高度なこともできるようになる」
「……」
「自分の目が、何時ものように見えていないことなどに、気づくようになる」
「普段、どのくらい見えているか、憶えているから?」
「うん。分かってきた?」
「聞こえていた時のことは憶えているから、聞こえなくなったことも分かる……」
「おお、分かってきたんだ」
「何回も言われたから」
「何をやっていたのか分からなくなった。なのに、そうであることをさえ分かるんだから」
「そう言われると、そうかな……って思う」
「記憶には、いろんなことが溜まってゆく。それを思い出して、こうして話すことも出来る」
「……」
「つまり、記憶に残っていることを整理して考えるだけで、何故だったのか理由なども分かる」
「……」

「もちろん、突然、ボケることは、無いんだと思う」
「そうかもしれない……」
「おまえの方が、昔からの知り合いがボケたりしてるわけだから知っていると思うけど、急にボケた人はいなかっただろ?」
「けど……」
「そこの家の婆さんも、ボケた」
「うん」
「タモが死んで数年経った頃だったと思うが、自分の家が見えるそこまで来て、自分の家を見ながら、傍にいた俺に、『家に帰れなくなったから、連れて行ってもらえないか』というようなことを言った」
「……」
「ボケていると聞いていたこともあって、ボケているんだと俺も思った。家はそこだし、その家を見ながら言ったんだから」
「……」
「でも、気持ちや考えを文章化して話すだけでも知的に高度なことだ。話したこと自体は、文法にも適っていたし、理にも適っていた。そんなことを考えたら、ボケているわけではないんじゃないかと思った」
「……」
「ただ、自分の家が見えるところまで来ている。その家を見ながら言った。『家に帰れなくなったから、連れて行ってもらえないか』というようなことを。そこが不可解だった」
「……」
「でも、家に帰れない理由があるとか、連れて行ってもらった方が都合がいいから、そう言ったのだとしたら、ボケてはいなかったどころか、知能を駆使していたことになる。でも、そんなことは確認できなかった。だから、連れて行った」
「……」
「あれから何年後だったか、亡くなり、葬儀の手伝いにも行った。が、いまでも、俺は、ボケてはいなかったんじゃないかと思っている。おまえがボケたと言うようになってからも、そのことを幾度か思い出した」
「……」
「あの頃は詳しくもなかったが、おまえとは話すことができる。だから、詳しくもなった」
「……」
「もちろん、おまえは、毎回、平常に戻った。平常に戻らなかったことは、一度も無かった。むしろ、いつも一時的だった。それらからも、ボケているわけではないことは、明らかだ」
「……」

「おまえは、ボケた人ともけっこう接してきたわけだから、ボケた人に関しては、俺よりも憶えているはずだ。本当にボケ始めたのなら、おまえのように簡単には平常に戻れなくなるはずだ」
「いるよ……」
「え……」
「ユミ婆ちゃんは、文子(由美の嫁)が『お婆さんがボケた』と言って施設に入れたんだけど、わたしたちが会いにゆくと全然ボケているとは思えないんだよ」
「本当はボケていないからだろ。おまえと同じなんだよ。本人が心配するあまり思い込んでいるに過ぎないのに、家族までがボケ扱いしたら、本人はますますボケた思い込む。むしろ、ボケてはいないと思う方が難しくなる。そうだろ」
「……」
「おまえだって、自分で『ボケた』と思い込んで落ち込んでいたわけだから、俺までがボケ扱いしたら、おまえはますますボケたと思い込んだはずだ」
「そうかもしれない。ユミ婆ちゃんは、文子がトイレなどに行って目の前から居なくなると、文子の悪口を言ったりして、普通に戻るのよ。目の前に嫁がいると、ダメなのよ」
「反撃していたのか。それこそ、ボケてはいない証拠だ」
「施設に入れられる前、家にいた頃も、そうだった。嫁は、いっつもボケ扱いしていた。息子は、もっと酷かったのよ。ユミ婆ちゃんも負けまいとするからだけど……」
「悔しがって反撃までするくらいなら、ボケてはいない。そういえば、ユミ婆ちゃんは、施設に入れられてからも、家に帰りたがっていたって言ってたよな」
「いっつもそうだった。会いに行くと、一緒に帰るって言うのよ。荷物をまとめ始めたりするのよ。だから、帰るときは辛いのよ」
「たぶん、ボケてはいなかったんだよ。自分でボケたと勘違いしていたか、ボケ扱いされていたんだろ」
「ボケ扱いされたまま、死んじゃった……」
「いま言ったことは、よその家で軽々しく口に出しちゃ駄目だよ」
「言えないよ」
「そんな家では、おまえもボケ扱いされて片付けられるよ」
「……」

「俺は、いつも、ボケていないことにばかり気を取られて、考えもしなかったけど……。もしかしたら、おまえも、俺がボケ扱したら、怒って反撃するんじゃないのか」
「……」
「ま……、おまえがボケれば、俺の人生も台無しになる。俺だって、もういい齢なんだから。自分が困るようなことは、するわけにはいかない。おまえを施設に入れる金だって無い。だから、おまえが多少ボケたとしても、俺はボケ扱いはしない」

「心配になるのよ」
「え……」
「何をやっていたのか分からなくなったり、思い出せなくなったりすると、何がどうなったのか分からなくなるから、ボケたのかと思うし、ボケた人たちのことを思い出すから……」
「あ、そうか。小さい村だから、ボケた人たちも、若い頃からの知り合いし、記憶にあるよな」
「ボケはじめてからも話もしているし、すっかりボケてしまってからも話しているし、ああなるんだなって思うし、心配になるのよ」
「なるほど。ボケに関する知識は無いが、ボケればどうなるかは、おまえの頭の中には記憶されている。その記憶にある人たちのようになると思うしかない。否定する知識は無いんだから。当然に、心配になる。そういうことだったのか」
「なんにも考えられなくなる……」
「考えがそっちに行ってしまうから、ますますボケたかもしれないと思うわけだろ」
「自分も、ああなるのだと思うと、苦になるのよ」
「想像に過ぎなくても、そこまで行ってしまうと、苦になるのも当然だ。そうだったのか。想像に過ぎなくても、内容しだいでは、心配になるし、苦にもなる。だから、思い込みもするし、落ち込みもするんだ」
「本当にボケてしまったような気がしたんだから」
「そういうことだったのか。やっと分かった。落ち込んでしまう理由が曖昧だったんだ」
「でも、おまえが、おまえはボケてはいないって言うから……」
「ボケているわけではないからだ。そうだったことは、もう自分でも分かるだろ」
「なんとなくだけど、分かっていたのよ」
「いま話したことを、何時でも思い出せばいい。つまり、記憶にあるボケた人たちのようになるんだと真剣に想像するほど、配になり苦になる。でも、実際にそうなったわけではない。想像して、心配しているに過ぎない。だから、その想像を止めると、平常に戻る。もちろん、想像している時だけで、一時的なことで、平常に戻らなかったことは一度も無かっただろ」
「うん」
「そういえば、俺も同じような経験をしていた。なのに、気づけなかった。実は、山で、迷ったのかもしれないと思ったことがあって、あのときはパニック気味になった。まだ消防団員だったので、山岳遭難の救助に何回か出動したときのことなどばかり考えたからだった。あのときと、同じようなことだったということだ」
「そうかもしれない」
「実際には、想像しているに過ぎなくても、想像の内容しだいでは、心配にもなるし苦にもなるので、思い込みもする。パニックにもなる。恐怖感も、そうだ。群集心理も同じようなものなのだ。想像の内容しだいでは、失神する人だっている」
 ついに分かった。その重要性上、メモをしたいと思った。が、目の前の母のことをそっちのけで、私は理解を深め、繰り返すことで記憶に留めようともしていた。
「その、山で迷ったとき、どうした?」
「あ、あのときは……、パニック気味になって、動き回ることもできなくて、呆然としていた。そしたら、実際に何かが起きているわけではないので、しだいに冷静になった。そして、目の前にある鉈で切った小枝を見て、見覚えがあることに気づいた。だから、移動方向や位置関係など、現実的なことを確かめはじめ、結果的に想像は止めたことになる。そして、現実的な事実を基に迷っていたわけではなかったことに気づき、想像に過ぎなかったことが分かって、ほっとした」
「う~ん」
「想像に過ぎなくても、想像の内容しだいでは、思い込むどころか、パニックにもなるんだ。自分の生存に関わる重要なことだと、心配になるし苦にだってなる。当然だ」
「ボケてしまったら大変だし、苦になるばかりで、他は何も考えられなくなった」
「うん。群衆でさえ、パニックになるわけだから」
「ただわめきたくなる……」
「うん。ああ、どうすればいいんだー、っていう感じ。違う。どうすればいいのかわからず、訳が分からなくなってしまう」
「わかる……」
「そんなことに基づいて、実際に行動したら、大変なことになる。俺が山で迷ったと思った時も、パニックに陥ったまま実際に行動していたら本当に遭難したはずだ……」
「……」
「恐怖感も、実際に何かが起きているわけではない場合は、まさに想像に基づいた感情に過ぎない。そんなものに基づいて実際に行動してしまったら、それこそ大惨事になりかねない」
「それこそ怖い……」
「ボケ扱いしたり、ボケたと思い込んでしまっても、同じことだ」
「うん」
「逆に、冷静になるだけで、いろんなことが分かる」
「慌ててしまうから、分からなくなる……」
「うん。記憶にいろんなことが溜まっているので、その影響もある。でも、冷静なときは、こうして整理して考えただけで、いろんなことが分かった。つまり、いろんなことが記憶にあるし、相応の経験もしているわけだが、整理して考えないことは未理解なままなのだ」
「普段は、いい加減だから……」
「まあな。でも、実際に何かが起きているわけではなく、自分で想像しているに過ぎないのに、本当にそうだと思い込んでまうことって、馬鹿げているどころか、怖いことでもあるんだよな」
「せっかく分かってきたのに、またなったから悔しかった」
「あああ……、そう」
 母は、真剣だったのだ……。
「おまえから何回も聞いたのに……」
「記憶にあって、相応のことを実際にやっていても、理解できていないこともあるし、勘違いしたり思い込んだりすることだってある。だから、繰り返し考えないと理解できないこともある。しかも、俺も、物覚えは悪くなった。思い出せなくもなった。忘れやすくもなってる」
「うん」
「でも、老化だ。ボケではない。老化は、どうにもしようが無い。誰もが死ぬが、その類だ。むしろ、忘れたり、思い出せないことは、大事なことではないからだ」
「難しいことは分からないけど、ボケたと思うのは間違っているような気はしてきていたのよ」
「そうか。大事だと思うことほど、真剣に考えもする。それだけ記憶にも確かに残る」
「うん」
「投げやりになるなよ。よく見たり、確かめたり、考えたり、そんなことをするようになれよ。もともと分別できるんだから……」
「……」
「ま……、俺も、お前がボケたと言うので、ああだこうだと考えて、それなりに分かったことを言っているようなものだけど……」
「……」
「さっきの、想像に過ぎなくても、その内容しだいでは、心配になるし、苦にだってなるし、思い込みもするし、パニックにもなるんだということだって、自分でも経験していたのに理解していなかった。おまえが『ボケた』と言うようになったおかげで、気づいた。気づいたことは具体的に理解することもできる。理解したことは活かせる……」
「……」
「いま話したことを、あちこちでも思い出せれば、ボケたと思い込むことは無くなるはずだ……」
「……」
「話して、良かった。今日は、大収穫だ。でも、これで終わり。俺、やることがあるから……」


 思えば、以前、単に会話をしたことによって、平常に戻った、とも考えられないわけではない。
 母が『ボケた』と言うようになってからは、かつては無かったほど、話すようになったわけだから。
 会話だけでも、平常どおりであることを自覚することも可能だ。会話は、客観的な要素が満載だからかもしれない。


 やがて、母は、長年続けてきた白髪染めを止めた。
 母の頭髪は真っ白だった。






テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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