そもそも、生理面は自律して機能している。
 それは、直に経験し続けている自分自身の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 備わっている知能で、感じ意識し識別し思考し、経験し学習し理解できるようになり、相応の振る舞いをし、相応の結果になる。
 そこまでは誰でも共通だが、経験や学習や理解の内容しだいで人生の理由は変わる。
 知らないことは想像もし、それゆえに勘違いもし思い込みもし、他に目を奪われもするし心まで奪われもし、肝心な自分を見失いさえする。
 以上のうちの、誰でも直に経験し続けていて共通することや普遍的なことが、当ブログのテーマです。
はじめに 更新2013/01/21
主観的とは 客観的とは  客観的な考え方の特徴は  主観的な考え方の特徴は
「心を開く」とは 「心眼を開く」とは
「悟り」とは 2016/12/27
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カテゴリ : 趣味の写真「普遍に臨む」

愚痴?否否!模索

 
 台風一過の今朝に期待したのだが……。
 残念だが、まだ成果は無い。


日の出-1(拡大表示)



朝焼け-1(拡大表示)



 かつて……、
 ケータイにカメラ機能が付いた頃だった。
 それで撮った小さな画像を掲載していたブログがあった。
 その画質は、いわばノイズだらけで、サイズも小さかったし、写っていたビルは傾いていた。
 それが、都会に疲れた人が撮ったようなイメージで、心に響いた。

 それが記憶に残っていた。思い出しもしたのだが……。
 クリアな画像にも興味があり、発売まもない頃に Nikon D200 を購入した。
 記憶に残っている、ケータイで撮った画像を思い出すからだったのか、D200 の画像はクリア過ぎて味気なかった。
 なかなか心に響く画像も得られなかった。
 ああでもない。こうでもない。などと考えばかりが先行し、模索するするしかなかった。
 いわゆる、レンズ沼にも嵌った。

 撮るテーマを絞ろう。
 自分の人生上のテーマは、精神面に関することを可能な限り具体的に理解することだ。
 それは、今でも変わらない。精神面を把握できなかったばっかりに、三年間も不本意な生活を余儀なくされたからに他ならない。
 もちろん、その精神面に基づいて振る舞い生活をしている。
 精神面は、紛れもなく存在する。
 でも、その表情は撮れるが、その基である肝心な精神面は内面的な存在であり直に見ることすらできない。
 内面的な存在だけに、写真にも写せない。
 だからこそ、嘘を考えることもでき、嘘を吐くこともでき、理解を困難にさえする。
 それゆえに、省み難くもなり、自縄自縛にも陥る。
 結局、自縄自縛から抜け出すために、記憶に残っていることや考えなどを、より具体的に捉えることが必要になる。
 もちろん、言葉にして話せることだけに、把握も理解も可能だ。それは、学歴も要らないことだし、資格も不要だし、資金すら必要無い。むしろ、記憶や考えを整理するだけでできることだけに、何時でも可能なことであり、何処にいても可能なことでもある。

 つまり、知らなかったことを憶え、できなかったことも随意にできるようになる。それが、基本だからだ。
 相応の喜怒哀楽も表情になる。
 相応の考え方をするようにもなる。
 観察したり確かめたり試したりすほど、詳しく憶えることもでき、上達もする。
 相応の振る舞いもするようになり、相応の結果も伴う。
 その、結果的なことや成果なら、目にも見える。
 しかも、そんな結果や成果だけに、相応の学習や努力も、おのずと表現されているようなものだ。
 要は、その結果や成果のために、何を学習するかだ……。

 空間とか空中とかスペースと言われるものも、紛れもなく存在する。
 それは、日常的には特に意識しないが、行動上では意識しないわけにはいかないことでもある。
 周囲の条件しだいでは、目に見えているかのように感じることもある。
 そんな空間とか空中とかスペースと言われるものを、撮れないものだろうか。
 そう思い、その模索をしはじめた。
 もちろん、それは透けている存在なので、ピントを合わせられない。仮に、空間とか空中とかスペースと言われるものに、マニュアルでピントを合わせたとしても、実際に写るものにはピントが合っていないだけに、ただのピンぼけ写真になる。
 手がかりは一向につかめず、空ばかり撮っていたようなものだった。

 そこで、朝焼けや日の出の写真にテーマを移行した。
 劇的な変化を見せる時間帯だけに、初心者にも向いていると聞いたこともあった。
 仕事にも支障が無い早朝にできることでもあった。
 パソコンで衛星画像を確認して、東の空に雲が無ければ、暗いうちに撮影ポイントに出かける。
 ところが、望む劇的な変化には、なかなかなってくれない。

 身体は一つしかない。

 憶えはじめたに過ぎなかった写真は諦めた。
 未練も捨てるために、機材もほとんど処分した。

 つまり、言葉に依る表現を選択した。
 気持ちや考えなどの精神面は、画像には写せないが、もともと日常的に話していることであり、文章化もしているわけであり、具体的に説明することも可能だ。
 言葉で説明できることにも限度はあるが、言葉があったからこそ、かつて自分の考えの無理や矛盾を解明でき、三年間の葛藤も解消できた。そこまでは日本語は熟している。
 書きたいことも、記憶の中にだけでも未整理なまま沢山あった。
 もちろん、文章も、独学で練習中だった。
 もちろん、内容は、思春期には理解可能なことばかりだ、なので、あえて難しい言葉は憶えないことにしたのだった。

 そんなこともあったからだろう、長文傾向が強くなった。
 短文の練習をしなければ……、そう思いながらも……。


 そうだったからなのか……、
 写真は諦めて久しかったのだが、写真ブログを覗きはじめた。
 掲載画像に、一見しただけで心が動かされた。見た瞬間、画像相応のイメージを感じる。なぜだろう……。
 この画像から感じることは、言葉で言い表すならどういうこと……。が、具体的なことは、言葉では説明できない。
 否、もともと言葉でも言い表せることには限度がある。
 信号や、記号や、図形だってある。
 画像でしか表現できないことだってある。いわば、視覚的に感じる雰囲気やイメージなども紛れもなく存在するからだ。
 それは、かつての自分は、気づかなかったことでもあった。
 今更のように、ブログの写真に魅了された。

 天候は、なかなか好転しなかったのだが……。
 中古のカメラをヤフオクで探し始めていた。

 心は見えないが、心の基本は学習だ。
 知らなかったことを憶え、できなかったことを随意にできるようになることだ。
 観察し確かめ試したことほど詳しくもなるし、上達もする。
 その理由をより具体的に理解することが、自分の人生上のメインテーマだ。
 しかも、未熟なことにトライするときほど、学習の成果は顕著で目にも見える。
 ただし、写真は、あくまでも余暇限定とする。
 というわけで、中古のカメラを入手した。

 新たな撮影ポイントも見つけた。
 天候も好転し、いよいよだと思ったら、見事な快晴。
 今日こそはと思ったら、日の出近くに朝霧が発生。
 しかも濃霧になり、カメラまでが……。
 今朝も、台風一過に期待したのだが、残念。

 始めたばかりなのだ。
 まだまだ、これからなのだ。
 台風一過の今日、更に新たな撮影スポットも見つけた。
 自分が未知な世界にこそ埋もれている可能性を、埋もれたままにしておくわけにはいかない。
 今日からは好天が続く。
 秋の空に期待しよう。

 
カテゴリ : 趣味の写真「普遍に臨む」

意識の切り替え中

 
 沢山の応援アクセス、ありがとうございます。
 きわめて個人的な内容の当ブログだけに、恐縮しております。

 応援アクセスに励まされて、草稿「おまえはボケてはいない」の書き出しを終えることができました。
 もちろん、自分には勘違いや思い込みもある。勘違いし思い込む理由や性質も分かっている今では、それをあえて利用したりもします。
 なので、当草稿からは、一旦、離れます。
 いずれ、再編集や推敲を重ね、分かりやすく整理し、完成度を上げます。


 意識の切り替えが必要だと思い始めた頃、天候はまだ好転しなかったのだが、ヤフオクの中古のデジタル一眼を覗いてみた。
 かつて、写真は早々に諦めたのだが……、私の人生は学習が基本でもある。
 八年前後前に発売された中古だと、思っていた以上に安い。それでも、使いこなせないほど高性能だ。
 意識の切り替えには好都合だということで、買った。
 届いたデジタル一眼レフを久しぶりに手にし、雲間から青空が見えた日、野良仕事もサボった。
 しかも、衝動的に出向き、家から25キロほど先を目指した。


現地-2016(拡大表示)

 現地は、標高700m余のブナ林。
 かつては、下見にまで来た場所だった。

山アジサイ-2016(拡大表示)

 なんと、ちょうど開花中。
「お久しぶりです。すっかりご無沙汰して恐縮です」
 っていう感じでした。

山アジサイ-2016(拡大表示)



 意識の切り替えのために、次の構想も開始しました。
 カテゴリー◆無知の悟「俺は、病気じゃない、異常でもない」
 この内容は……

 かつて、自分が精神的に深く落ち込み(当時の名称では精神分裂病)見えない壁に直面しているような状態を3年間も余儀なくされた。
 が、それは、好ましいことではなく、望んでいることでもない。
 しかも、知能を構成している各感覚器官や意識や記憶力や思考力などが平常通りに機能していることに気づき、「俺は、病気じゃない、異常でもない」かもしれないと思った。
 つまり、それまでは、「俺は、病気かもしれない、精神面が異常かもしれない」と思っていた。が、逆に、そうではないかもしれないというイメージを意識し始めた。
 もちろん、知能を構成している各感覚器官や意識や記憶力や思考力などが平常通りに機能していることを今更のように確認し、「俺は、病気じゃない、異常でもない」んだと実感した。

 そのことを基に、それまでの3年間のことを考えると、「俺は、病気かもしれない、精神面が異常かもしれない」と思っていたのは、それを否定したり覆すだけの具体的なことを知らなかったがゆえだったということも判った。
 もちろん、逆に「俺は、病気じゃない、異常でもない」かもしれないと思ったことの方が的を得ていたことになる。

 それらを更に整理して具体的に解明してゆき、「俺は、病気じゃない、異常でもない」んだと納得し確信した。
 それどころか、未理解だった肝心な自分に関することを、いよいよ具体的に理解しはじめただけに自信を得ていった。

 結局、超個人的な世界に入っていったわけだが……、
経験や学習上は個人毎に千差万別になる面が整理されたことで、
「経験や学習以前に存在し自律して機能している生存上の基礎や基本的なことこそ普遍的で共通なのだ」ということまで理解を深めます。

 その根拠や理由で構成された内容になります。
 今度の冬に、書き出す予定で準備を進めています。


 夏場は、野良仕事優先&老化には厳しい暑さが続いております。
 でも、投稿のノルマは毎月2回、これは守ります。
 応援アクセス、よろしくお願いします。

 
応援アクセス、ありがとうございます。
応援アクセスに、とても励まされております。
好みや価値観は千差万別ですが、
それゆえの好刺激も戴いております。
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拍手ボタン等は非表示中です。
よろしくお願いします。

こちらからのお礼の応援アクセスは、
冬期間は随時&随意に致します。
プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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