生理面は、自律して機能していて、生存の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 生きていることが絶妙にできていることを直に経験し続ける知能も備わっていて、相応の学習もするわけだから、生きる理由を学習するようなものだ。
 記憶を参考に識別し思考し、学習し上達し熟練し、見えない約束やルールや法則なども理解でき、理解し合い協力し合い信頼し合い尊重し合えるようにもなる。
 生存や経験や学習や思考や理解、信頼や尊重や愛や幸福、それらは理解上成立する。しかも、誰でも理解可能で、無料だ。むしろ、売買すると崩壊する。
 以上の、普遍的なことや誰にでも共通することが、当ブログのテーマです。
 もちろん、進化や自身が形成された経緯や生命生理などは、通常は知らない。
 誰でも共通な知能や経験や学習や理解に関することも、理解するとは限らない。
 知らないことは想像もするし、自分のことでも勘違いし思い込みもする。目を奪われ心まで奪われ、自分を見失い人生も見失い、そうであることに気づけなくさえなる。
 よって、好みや価値観は百人百様になる。
 が、普遍的ではなく、共通でもなく、異なるほど、理解し合うことは難しくなる。
 私利私欲を貪り、相殺して蝕み合い、競争で優劣を決め、転嫁し暴力で片づける。
 非理解、非協力、非信頼、非尊重、そういう非知的なことは、むしろ避けたい。
 そうであることは、マスメディアが発達した現代では歴然としているわけですから。
はじめに 更新2013/01/21
目次:無知の悟「俺は、病気ではない、異常でもない」
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「悟り」とは 2016/12/27
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カテゴリ : ◆無知の悟 「俺は、病気じゃない、異常でもない」

7-先入観や固定概念があったからだった。





 自分の思いや考えの無理や矛盾が問題だった。
 その、目には見えないものの解明も可能であることが実証された。
 自分の思いや考えの無理や矛盾だけに、じっくりと確かめさえすれば捉えることはでき、自分で解明でき解決できる。
 何かが解明されるたびに、自分の思いや考えに関することなのに、いかに知らなかったも具体的に明らかになっていった。
 無理や矛盾が解明されるほど、加速的に進展するようになり、思いや考えが頭の中で錯綜するようになった。
 遅れを取り戻そうという焦りもあった。
 直に経験し続けている自分のことなのに、知らないことばかりなので、自分だけが遅れているような気もしていた。

 やっと気づいたり分かったりしたことなのに、想い出せなかったり、忘れていたりもした。
 それを、惜しむようにもなった。
 そして、メモをするようになった。
 ハガキくらいのサイズのメモ用紙を使用した。

 もともと、何かを思い浮かべる都度、記憶自体が曖昧なものであることは分かる。なのに、そんなことすら知らなかったのだ。
 そんなことにも気づき、ますますメモをするようになった。
 自分が思い出す手がかりになれば用が足りるのだからと、ほとんど言葉の羅列だった。漢字を知らず、ひらかなで書くことも多かった。

 何かが解り、それをメモしようと思うと、知っている言葉は思い浮かぶのだが、その意味に該当する具体的な物事を知らない。そんなことに頻繁に直面するようになった。
 中学校に進学した頃にはほとんど勉強しなくなっていたが、テスト用に暗記したに過ぎない言葉や意味は単に記憶されているに過ぎないからだと考えられた。
 そんなときは、想像・妄想・勘違い・思い込みなど同様に、言葉の意味に該当すると思われる自分の経験上の事実を、当てはめた。
 仮の言葉でも、事実確認や整理を繰り返すことが容易になり、繰り返すほど具体的に解っていった。

 当時、日常では話すことが無い精神面や内面的なことが問題で、その解明が必須だった。
 それが、イメージ上で分かって、それをメモをしたくても、相応の言葉を知らないことが多かった。
 経験上の自分のことなのに、専門用語的な領域のことになるからだった。
 そんなときは、自分が解れば用が足りるので、知っている漢字を組み合わせた造語を用いた。造語も多用した。

 人は、絵や図や標識や記号や信号や合図なども使う。
 合図などの意味を知っている同志間で、情報伝達媒体として使っている。
 そんなことに気づき、言葉ではなく、もっと単純で分かりやすい、自分専用の記号を作ろうと試作もした。
 でも、個人的にも、それがどういうことを指示しているのか、どういう意味なのか、そういう最低限のことを知っていてこそ使える。
 だったら、すでにある言葉でいい。
 いつかは、誰かに理解してもらえるかもしれない。
 というわけで、いわゆる「てにをは」とも言われる助詞の使い方を調べ、それぞれの特徴に基づいた統一した使い方をすることにした。
 地方訛りで有名な地に住んでいるだけに標準的な日本語も意識し、練習も兼ねて文章化が増えていった。
 記憶自体が曖昧で、勘違いや思い込みもあり、思い出せなかったり、忘れたりもする。が、記録は、そのまま残る。むしろ、説明不足が惜しかったりする。
 自分が使い慣れない難しい象徴的な言葉や総称なども調べて使おうとも思ったが、むしろ自分が解明をより明確にするための記録であり、説明文にすることを優先し、自分が後で読んでも解るような文章であることを心がけた。
 この文章化が、理解を深める上で、とても有効であることにも、やがて気づく。
 
 

先入観(固定概念)


 
 想像や妄想や勘違いや思い込みの類だったことに気づき、具体的なことを次々に解明できたことで、思いや考えの無理や矛盾はかなり解明できたような気がするようになった。
 その、翌日だったような気がするが……。
 当時は、日にちや時間は関係なくなっていた。
 そう考えると、数日は経っていたのかもしれない。

 腑に落ちないことがあることに気づいた。

 想像するにしても、全く無関係なことを想像することは、むしろ難しい。
 なんらかの関係がある想像をする。
 不明なことがある場合も、なんらかの関係すると思われることを手掛かりにして連想や類推や確認などをする。
 それが、的外れだと妄想や勘違いや思い込みへと発展したりする。

 かつては、すっかり一人前だと思っていた。
 それが、子供たちの言葉によって、勘違いや思い込みの類だったことに気づき、自分というイメージが崩壊し、深い孤独に陥り、平常心を取り戻せなくなった。
 だから、異常かもしれないと想像しはじめた。
 実際には、自分のことを知らな過ぎたからだったが……。

 買い漁った本に書かれていることに、自分の状態は殆ど該当した。被害妄想にも該当した。
 が、精神異常的な扱いだった。
 だから、精神異常者扱いされることを恐れ、死んだほうが増しだと思った。

 精神異常者扱いと言うよりは……、差別的な扱いを恐れた。そうだ。こっちのほうが適切だ。
 感情やイメージだけに、それを言葉にする際に思いつくまま似たような「精神異常者扱い」という言葉を使いはじめたが、「差別的な扱い」をされることを恐れた。

 こういう捉え方ができるようになったのも、想像や妄想や勘違いや思い込みに関することを具体的に知った後だからこそだ。

 でも、自分を、誰かが差別的に扱ったわけではなかった。
 ということは、自分の記憶に、差別的なイメージがあることになる。
 そうとは知らずに、異常者扱いされることを想像するようになり、自分の記憶にある差別的なイメージも思い出したので、自分を異常者扱いされることを恐れ、差別的な扱いをされることを恐れはじめたことになる。
 つまり、自分の記憶に差別的なイメージがあったから、それを基に、自分で差別扱いされることを恐れたことになり、自分で自分を差別的に扱わざるをえなくなった。
 それゆえの葛藤でもあったことになる。
 それが、想像や妄想や勘違いや思い込みの類だとは知らなかったわけだから……。
 やっぱり、記憶内に有ることだったり、精神的には経験している自分のことなのに、知らないことが多過ぎるのだ。

 あ、これを、先入観とか固定概念とかいうのか……。
 すでに勘違いしていたり思い込んでいたりするイメージが、気持ちに影響したり、想像や考えの前提になってしまっていたりする。そのイメージのことを、先入観とか固定概念とかいうのだろう。
 そう言う言葉を知る以前に、そう言われるようなものも、すでに記憶内には有るということになる。


 思えば、優る人は持て囃され、劣る人は脅かされがちだ。
 テレビでも、何かが優っている人は持て囃され褒賞までされる。が、劣る人は脅かされがちだ。
 優ると持て囃され、劣ると脅かされる。そんなイメージが、記憶にある。
 だからこそ、劣等感も感じる。

 でも、きわめて限られたことだったりする。
 むしろ、誰かに都合がよいことが基準だったりする。
 つまり、差別的だったりもする。
 だからこそ、思い知らせたくもなる。
 自分がされて嫌だったことを仕返したくもなり、見返そうともする。
 だからこそ、見返しもし、優越感も感じ、有頂天にもなり、見下しもする。

 結局、競い、争って、優劣を決める。
 なのに、何かが優っていれば、持て囃され褒賞される。
 もちろん、優越感も感じ、有頂天になり、見返し、見下す。

 でも、脅かされることを警戒もするし、恐れもする。

 こんな固定概念や先入観も記憶されていたのだ。

 が、それこそ想像や勘違いや思い込みの類だ。
 きわめて限られたことであり、しかも誰かだけに都合がよい基準であり、しかも差別的だ。
 そんなことのための努力は、褒賞するに値しない。
 結局、競い争って優劣を決める。が、喧嘩は両成敗なはずだ。もちろん、褒賞するようなことではない。
 そもそも、羨むようなことではないし、本来は劣等感を感じるようなことですらなかったことになる。
 だからこそ、そういうことをする人は限られる。

 競い争って優劣を決める象徴が戦争だ。
 そんなことをする指導者も限られる。
 むしろ、戦争を嫌う人こそが多いはずだ。
 誰もが差別的だというわけでもない。
 自慢することでさえ、嫌ったりする。
 個人毎に好き嫌いが違うんだから。

 というより、人は仲良くしたはずだ。
 社会的にも、分業化し、専業化し、組織化し、間接的にだったりするが協力し合っていることこそが進歩し発展してきたはずだ。
 真意は、認め合い理解し合い協力し合い信頼し合い尊重し合いたいのだ。
 努力をするのなら、そういうことを目指してこそ……。が、それも自分には欠けていた。

 でも、真意と、努力してまで差別することとは、矛盾している。
 まして、競い争って優劣を決めることは、妄想や勘違いや思い込みの象徴だとさえ思える。
 戦争は、相手の生存をすら否定し、破壊することなんだから、真意とは全く矛盾する。


 もちろん、あくまでも自分の記憶にあることが、自分の気持ちや考えに影響する。なので、自分にとっての問題だ。
 本来は、自分の記憶にあることだからこそ、自分で解明でき、自分の記憶にあることだけに覆すこともできる。なのに、そうできなかったことが問題だったのだ。


 あくまでも私見だが、現在は次のように捉えている。

 先入観
 識別や想像や思考や判断などの情報処理をする際に、その前提にしてしまっているイメージや概念。
 特に、外れていたり間違っていた場合に問題視されるだけに、勘違いしていたり思い込んでいるイメージや概念も含まれる。

 概念
 例えば「愛」や「信頼」や「尊重」などは物体ではないので、その意味も五感では捉えることができないのだが、思考上では相応のイメージをむしろ構成することができる。その思考上で構成されたイメージのこと。
 よって、勘違いしているイメージも思い込んでいるイメージも含まれる。

 固定概念
 概念(思考上で構成されたイメージ)が、疑問も抱かず覆されず思い込んだ状態になり、識別や想像や思考や判断などの情報処理の前提として使われるようになったもの。

 もちろん、勘違いや思い込みとは限らないので、その内容が重要になる。


 先入観や固定概念の存在に気づいた日の夜だった気がするが……。
 小学生の時の夢を見た。
 俄かに起きて、メモをした。

 知らないことや出来ないことばかりで、保護養育を必要とする子供同士だからこそ、仲良くしたかった。
 でも、子供を、大人は、唆し、御機嫌取りをし、煽てた。
 子供が言いなりになると、大人は褒め、子供が逆らうと、大人は脅し叱った。
 学校では、子供同士に競争させた。優ると持て囃して褒賞までし、子供だから知らないことは計り知れず間違っていたり劣っているのが当たり前なのに×を付けてまで、競争させた。
 テストであれ、仲良くするためには教え合いたい。が、仲良くすることや教え合うことは、罰され叱られた。
 大人は、子供のことを見下していて、理解しようとすらしなかった。子供同士が仲良くすることに関しては論外だった。
 つまり、大人は、大人の都合良く子供たちを行動させようとしているに過ぎなかった。大人が、子供をいじめていた。

 そんなことを、子供たちは見抜いていた。
 そんな大人の、言いなりになることには危険をさえ感じていた。
 そんな大人の、言いなりになる子供をさえ、嫌う子供もいた。
 テストをやらされるので、知らないことはできないことや、練習相応のことしかできないことなども、分かっていたからだった。
 難しい言葉は知らなくても、根拠や理由が不十分だったり、無理や矛盾があると、理解できないし納得できない。根拠や理由が十分で、理に適っていると、理解でき納得もできるようになったからだった。
 だからこそ、大人が上辺だけで騙そうとしていることを、子供は見抜いていた。

 そもそも、あの頃は、劣等感を感じてすらいなかった。保護養育が必要であり、知らないことや出来ないことが計り知れないほど多かったからだ。
 ましてや、羨んでなどいなかった。大人の、言いなりになる子供をさえ、嫌う子供もいた。
 大人に、抗議もした。反抗もした。非行を以てまで抗議した。
 それでも、大人は逆上して子供の口封じをした。
 優れば持て囃され、劣れば脅かされるどころか、逆らうことも危険だった。

 あれこそが、差別的な固定概念の元だったのだ。
 しかも、口封じされた状態になったのだ……。記憶に残っていたのに、想い出したことは無かったわけだから。
 でも、気持ちや心理に作用していたことになる。
 これこそが、固定概念の特徴なのか……。


 この夢を機に、次々に夢の中でも解明するようになった。
 そんなときは、すぐに起きて、メモをするようにもなった。
 枕元にはメモの用意をして寝るようにもなった。
 むしろ、夢の中で何かが解明されることに期待さえした。


水恐怖症だったのか。


 
 解明できたことをより具体的に把握しておこうと思い、それが仕事であるかのように、再確認や再整理が行うようになった。
 そんな中、突然、思い出したことが、意外なことだった……。

 都会でリース会社に見習いで就職し、やがて独り歩きを始めた頃、海の埋め立て現場に行くことになった。
 その現場までは、小型の漁船のような船に乗ってゆく。その際に、目の前の海水に恐怖感が起こった。
 その時のことを、突然、思い出したのだった。

 なぜ、突然、こんなことを想い出すのだろう。
 そう思い、考えはじめたら、似たようなことを思い出した。
 会社で海水浴に行った際に、プールもあった。
 そのプールに入り、泳ぎを憶えようとした。すると、急に恐怖感が起こり、慌ててプールから上がったことがあった。


 更に、ダムの水を見た際にも同様の恐怖感が起こった。その時のことを思い出した。


 考えたことも無かったことだが、まとめて思い出されただけに、共通点に気づいた。
 水・恐怖感・理由不明。


 そして、同様の夢を見たことがあったことを思い出した。
 目線の高さに水面があって、水が荒れているわけでもないのに、恐怖感で目覚めた。その夢は幾度も見たことがあった。

 その夢の微かな光景から、小学生の頃に川で溺れたことがあったことを思い出した。
 その溺れた場所を、記憶内から探し、思い出した。
 現在は川の両岸がコンクリートの堤防になっているが、それは、中学生の頃に洪水が連続してあったからだった。
 堤防が築かれた部分は、溺れた小学生当時は河川敷のような状態だった。川との境と思われる辺りにアカシヤの木が幾本もあって、その向こう側が川で、手前側は砂地で野菜畑だった。
 その側の道を通って川下に向うと、川に堰を作って水田に水を引いている場所がある。
 そこで溺れた。

 更に思い出した。堰の手前だけに、流れも穏やかで、程よく深いので、そこで水泳を覚えようとしたのだった。
 ところが、川の流れが堰によって右へと流れを変えて用水路に向かう。その流れが変わる内側には砂が堆積していたが、用水路に流れている方は急に深くなっていて、流れも速くなる。そんな場所の水中の砂だけに、足がかりを失い、溺れ、水を飲み、このまま死ぬのかと思った。

 そのときに見ていた光景を思い出した。しかも、夢で見る光景そのものだった。
 つまり、その溺れた時に見ていた光景が記憶に残っていて、それを夢で見ていたことになる。



 もがいた結果、かろうじて足がかりを得て、命拾いをした。

 でも、溺れたことを知られると、親には叱られる。
 友達にも、笑われる。
 そう思い、溺れたことは知られまいとした。
 そのことも微かだが憶えていた。


 つまり、溺れた頃には、何かで優れれば持て囃され劣れば脅かされるという差別的なイメージが概念としてすでに記憶にあったことになる。
 もちろん、あの頃に、大人は自分の思い通りに子供を行動させようとして御機嫌取りをしたり脅したりし逆らうと逆上することを見抜いていたし、大人は間違っていると思っていたわけだから。
 よって、溺れたこと知られまいとし、自分でも思い出すまい考えまいとしたことで、いつしか自分でも想い出さなくなったのだろう。

 幾度もその夢を見ているのに、溺れたことは一度も思い出したことが無かったわけだから。

 海面を見て恐怖感が起こったときも、プールに入った時の恐怖感も、ダムでも、理由が解らなかったので不思議でさえあった。

 もちろん、口封じされた状態で、差別的なイメージは概念として記憶に残った。

 でも、溺れたときのことは、記憶に残っていた。想い出さなくなっただけだった。
 そして、生死に関わる恐怖感だっただけに、海の埋め立て現場に小船で向かった際には、目の前の海水を見ただけで、溺れたときの恐怖感だけが想起された。
 プールに入った時にも。
 ダムの湖面を見た時にも。



 ということは、記憶にあることは、むしろ心理や気持ちや考えを左右していることになる。
 そんなことは知らなかった自分に、身の安全を確保することを促してくれていたとも言える。


 それにしても、都会では恐怖感は想起されたが、溺れたことは想い出さなかった。
 溺れた郷里に戻ったから、溺れたことを思い出したのか……。
 というより、思いや考えの無理や矛盾が解明され解消が進んだだけに、その基になっている記憶にあることまで捉えられるようになったのだろうか……。
 いずれにしても、自分の思いや考えに関することをやっと理解し始めた頃は、記憶にあることに振り回されていたようなものだったとさえ思ったが、無知だった自分にとっては大発見だ。



 このことが解って以来、ダムの水で恐怖感が生じても、溺れたときの記憶ゆえの恐怖感であることや、安全確保が促されているようなものであることを意識できるようになり、わけの分からない恐怖感ではなくなった。

 しかも、溺れる夢はみなくなった。




 更に、それらの経験していることから、パターン的なことも解かっていった。
 経験相応の印象が記憶に残り、それが状況に応じて想起され、感情が伴った心理を左右し、ときには識別や思考判断や発想をし、それに基づいた行動をし、相応の結果になる。

 つまり、子供の頃に、大人に逆上された。よって、大人は自分でも認め難いことをしていることを、子供の頃には見抜いていた。
 当然に、大人には言えなかった。

 そんな大人の言いなりになる同級生たちにも、知られたくなかった。


 結局、自分も、不利だと思うことや不都合なことは、知られまいとするようになったのだった。

 過去のことを思い出しただけでも、腹が立つ。
 が、反抗もし、主張もし、自分の考えや意思に因る結果だ。

 それを、誰かの所為にしてしまったら、解決不能になる。



 むしろ、すでに自分の記憶にあることが問題なのだ。

 想い出して考えるだけで、把握でき、覆すこともできる。

 想い出すまい考えまいとすると、把握もできないし、覆すこともできない。しかも、記憶に残っていることに、気持ちや心理は左右されるわけだから。


大人振った


 
 子供の頃の気持ちや考えは、成就しなかったのだ……。
 難しい言葉は知らなくても、根拠や理由が十分で、理に適っていると、理解でき納得もできるようになった。
 根拠や理由が不十分だったり、無理や矛盾があると、理解できないし納得できない。
 だからこそ、大人は上辺だけであることを、見抜いていた。
 御機嫌取りをしたり脅したりするのも、逆らうと逆上し口封じするのも、子供を思い通りに行動させるためなんだと、見抜いていた。
 なのに、差別的な概念をいだいていた。悪いことなのだという処理はされていなかった。

 結果的に、口封じされた状態になったということか……。

 大人の言いなりにはならなかったのに……。
 中学に進学した頃には、ほとんど勉強しなくなった。
 反抗までしたのに……。

 差別的な概念は、悪いことなのだという処理はされないまま記憶に残っていた。


 中卒後、大人と一緒に肉体労働をし、当たり前のようにタバコを吸い、酒も飲み、大人振りはじめた。
 えっ、こっちか。
 上辺だけ、大人振りはじめた……。
 つまり、子供の頃には、大人が上辺だけで騙そうとすることを、批判視し、抗議し、反抗し、非行でも抗議したのに……。
 社会人になり、自分も上辺だけ大人振るようになった。

 差別的な概念が、具体的に悪いことなのだという処理はされないまま記憶に残ったからだ。
 もちろん、自分の意思や考えで、大人振った。
 当然に、不利だと思うことや不都合だと思うことは、知られまいとし、隠し偽りもした。
 あっ、そういうことだったのか。大人に口封じされたのではなく、自分で隠し偽るようになったからだったのだ。



 そういえば、都会での女性関係は、まさに上辺だけ大人振っただけだった。

 つまり、子供の頃の気持ちは成就しなかったので、大事なことも知らなかったからだ。
 上辺だけで、大人振るしかなかった。映画やテレビドラマや歌詞などから想像したことを、真似て、大人振った。
 でも、上辺だけや見せかけだけでは、結局、騙し合いでしかなく、関係を続ける意味も理由も無く、結果的に無責任だった。
 しかも、それが大人になることなのだと自分に言い聞かせ、開き直ろうとし、異性に対してだらしなくなっていった。
 だから、二の足を踏むようにもなった。

 なのに、すっかり一人前になったような気がしていた……。
 肝心な自分のことを、あまりにも知らなかった。
 だからこそ困窮し、その解明や反省が必須になった。それゆえの、葛藤でもあったのだ。

 異性関係は、自分はとっくに失格だ。


 テレビのドラマや映画は、好きで観ていたが……。

 視聴者は、テレビ画面の向こう側で行われていることの事実確認をすることは容易ではない。
 つまり、視聴者は、事実確認はせずに、想像するしかない。
 しかも、テレビでわざわざ放送することなのだから、本当なのだと思い込みもする。

 創作だと分かっていても、観る以上は、ストーリーや展開上、ある程度は思い込む必要がある。
 むしろ、ストーリーや展開を思い込まないと、見る意味が無いと言っても過言ではない。

 自分にとっては、テレビは、想像や妄想や勘違いや思い込みを育てる温床でもあったのだ。
 詐欺に騙されやすくなる練習をしているようなものでもある。

 そもそも、テレビドラマなどは、NGを繰り返して撮影し、編集して、尤もらしく、いかにも本当らしく、むしろ優れたことであるかのように見せかけ、そのために大金まで投じている。
 まさに、視聴者の目を奪うためだ。
 そうだと分かっていても、そんなテレビに見入るわけだから、それだけで目を奪われているようなものだ。
 目を奪われると、すでに自分のことを疎かにしている。そうであることに気づけないようだと、自分を見失っていることになる。
 自分が困窮したのは、まさに自分のことを見失っていたからだった。

 自分にとって必要なことは、自分が経験していることを知り理解することにほかならなかった。
 それは、テレビからは得られないし、テレビで放送できることでもない。

 都会での女性関係では、テレビドラマや映画や歌詞から知り得たことを真似して、大人振った。
 もちろん、肝心な知識が自分には無かったからだった。
 が、真似て上辺だけ尤もらしく本当らしく見せかけるための情報は、それ以前に得て記憶に有った。
 でも、上辺だけでは騙し合いにしかならず、続ける意味が無く、大人としてはあるまじき無責任なことだった。

 もちろん、テレビは、見るのも、見ないのも、もともと本人の自由だった。
 なのに、自分が見たわけだから……。

 そう思って以来、テレビは、半ば嫌いになった。


 だいぶ後のことになるが……。

 中卒後から吸いはじめたタバコも、四十年間も続け、止めようと思ったが止められず、むしろ喫煙本数が増えてゆき、喉の不快感が苦痛に変りそうになった。
 そんなことから、上辺だけ大人振る小道具としたタバコを吸い始めたことを思い出した。
 しかも、止めたいのに止められないくせに、好きで吸っているなどと言って正当化してまで吸っていたことにも気づいた。
 結局、喫煙に関する自分の思いや考えの無理や矛盾が解明し、まだこんなことが残っていたのかと思わされた。
 よって、即、開封済みのタバコも買い置きのタバコも父にあげて、絶煙した。
 自分は、タバコに関する勘違いや思い込みを解明できたことによって即絶煙できただけに、父が吸っても、まったく誘惑されなかった。
 タバコを止めた頃は非営利団体の会議にも出るようになっていたが、自分以外の、六人全員が喫煙する。そんなタバコの煙が充満する会議室でさえ、自分は、吸い始めた理由や止められない理由を知ったことによって即絶煙でき、本来は余計なことを止めることができたこともあって、精神的には爽快でさえあった。

 でも、それ以前に、自分の思いや考えの無理や矛盾が解明した後で、何も考えない状態になることもできていた。
 意図的に、固定概念や先入観の打開にも取り組むようになった。
 そして、学習の法則など、本来の自分に関することをすでに理解しはじめていた。
 それゆえの爽快感でもあったのだろう。

 
カテゴリ : ◆無知の悟 「俺は、病気じゃない、異常でもない」

6-想像・勘違い・思い込み、その類だった。





 当時は、良いと思えることがあると、俄かに躁状態になった。
 が、そうではないとなると、落胆し落ち込んで鬱状態になりがちだった。
 躁鬱状態を乱高下していた。
 表面的なことや限られた一面に、気を取られがちでもあった。

 後に、備わっている知能(各感覚器官や意識や記憶力などの特徴や関係など)に関することを知り、経験でき学習でき上達もし熟練する理由や法則を知り、思考上で記憶にあることを整理して理解し納得できるようになることを、具体的に理解していった。
 よって、知的なことが可能になる法則や理由に裏付けられた自信も得ていった。
 それらは精神面の基礎であり基本であることも知り、しかも誰にも共通することだということも知り、それまでは未経験だった精神面の安定も得ていった。
 いわば、本来の自分に関することを知るほどに、相応の識別や対処対応や活用なども可能になり、相応の基準になる思いや考えが確立されてゆき、とても自然な感じの精神の安定を得ていった。

 つまり、躁鬱状態を乱高下していた当時は、本来の自分に関することを知らず、基準になる思いや考えも未熟だった。
 もちろん、まだ自分の思いや考えの無理や矛盾をやっと解明しはじめただけであり、当時のレベルの平常心も取り戻せなかった。
 それゆえに、精神面が不安定だったのだと考えられる。


 自分のことをあまりにも知らないことも、すでに明らかだった。

 自分のことは直に経験し続けていて、思いや考えを直に知り得る立場にあるのは、唯一、自分だけである。
 自分の思いや考えの無理や矛盾にも、感情も心理も行動も結果も左右される。
 なのに、自分の思いや考えの無理や矛盾も把握できないからこそ、解決もできず、三年以上も困窮した。
 自分の思いや考えの無理や矛盾を把握できていないからこそ、死んだほうが増しだとさえ思った。
 その把握や解明や解決だけに、些細なことで躁鬱状態を乱高下しがちだった自分にとっては簡単なことではないことは歴然としていた。

 生理面が自律して機能していることにも、死ねなかったことによって、たまたま気づいた。
 よって、思いや考えに無理や矛盾があることにも、気づけた。
 つまり、自分の思いや考えを把握できていなかった。
 そんなことに気づき知っただけで、思いや考えが一転した。

 知能自体が平常どおりに機能していることも、やっと気づいた。
 気づいてみると、異常があれば直ちに気づくことであり、日常的に知り得ることだった。
 そんなことも、知らなかった。
 でも、知ったからこそ、そうだったことも分かる。知能自体が平常どおりに機能していることも、何時でも確認でき、何処にいても確認できるようになった。

 自分が把握し解明し解決すべきことは、自分の思いや考えや、その無理や矛盾であることが、一層明らかになった。
 しかも、知るほどに、気は楽になっていった。

 自室にこもっているのに、他人に気を取られていたことに、気づいた。
 よって、自分のことが疎かになっていたことも、解った。
 そもそも人間関係を断って、せっかく自室にこもったのだから、他人を気にすることは余計なことであることも解った。

 知られれば不利だとか不都合だと思うことを隠し偽ろうとする思いや考えに囚われていたことも解り、それは事実関係の把握や解決や改善を困難にすることだったことも解った。
 それは、思い考えが囚われる傾向が強いことであることも解り、自分でも理解が困難になることだったことも解った。
 あの時は、心の中に明かりが射し込んだのが見えた気がした。心の中のことだったが、確かに明かりが射し込んだ。
 あれは、解明や解決上では、最も矛盾する思いや考えの解明だった。それを解明できたわけだから、自分の思いや考えの無理や矛盾の解明が可能だという証でもあった。

 これらも、自分で切り開いたわけではなく、思い知らされ、気づかされるようにして、進展した。
 そんなことから、自分の五感では捉えることすらできない誰かによって導かれているのではないか、とさえ思うようになる。

 いずれにしても、進展はしていた。
 自分のことをほとんど知らなかった理由も、三年余りも困窮したのに解脱できなかった理由も、解明しはじめた。
 目には見えないが、英知の扉は、すでに開いていた。


 自分の思いや考えを直に知り得る自分こそが、自分の思いや考えの無理や矛盾を解明するには最適任者でもあった。
 思考力も理解力もあるのに、直に経験し続けていたはずの自分のことを、ほとんど知らないまま三十歳になってしまった。そんな、焦りもあった。

 ただ、五感では捉えることができないことでもあり、ようやく整理がはじまった程度で、勘違いや思い込みや無理や矛盾したイメージや思いや考えはほとんど混在したままだったことになる。
 まだ、非内向的なことである対他的なことや対環境的なことに、まだまだ気を取られがちだった。
 でも、それは、自分の思いや考えや、その無理や矛盾を解明すべく、内向に集中しようと思うようになったからこそ、必要になったことだった。
 その可能性に臨む期待も膨らみ、鬱陶しさや困難をも押し退けつつあった。


 俺は、悪いことをしたわけじゃない。
 逃げ隠れしているんじゃない。
 誰かを侵害しているわけでもない。
 誰かを脅かしているわけでもない。
 むしろ、自他ともに、そうなることは避けたい。
 そういう意味でも、人間関係を断ったことも、自室にこもったことも、理に適っている。
 自分の場合は、こうしないと出来ない。こうすることに因って、やっと可能になる。そんなことを、しようとしているんだから。


 学習や根拠や理由を頼みの綱にしたわけだが、その具体的なことは、当時はほとんど未理解だった。

 実際には、会話上でも、根拠や理由があって理に適っていると、理解でき納得もできた。
 根拠や理由が乏しかったり、無理や矛盾があると、理解できないし納得もできなかった。
 だからこそ、必要に応じて不明な部分を尋ねもし、「冗談だろ」と言って笑い飛ばしたり、場合によっては妥協したりもしていた。

 でも、そうしていることをすら、当時は未理解だった。
 理解や納得上、根拠や理由が必要で、理に適っていることが重要であることも、具体的に理解していたわけではなかった。
 だからこそ、思いや考えに無理や矛盾が多かった。

 その、把握や解明や解消が必須になり、自分の思いや考えの整理が必要になった。
 そして、把握や解明や解消が可能であることも、具体的に解りはじめた。
 三十歳の誕生日も過ぎ、今更のように焦りもした。
 相応のイメージや思いや考えが頭の中で錯綜するようになった。
 手がかりを得るために模索しては内向し、手がかりを捉えては確かめるために内向するようになった。


 思えば……、事実か否かは、確かめていない……。
 異常かもしれないと思い、異常者扱いされることを恐れたが、自分の頭の中だけで、そう思っていただけだった……。
 想像に過ぎなかった……、っていうことなのか。

 本に書かれていたことと、ほぼ一致していた。
 が、本では異常者扱いだった。俺は受け入れ難かった。少なくとも自分が異常だと断定するだけの根拠や理由は無かった。

 先日までは気づかず知らなかったが、知能自体は平常どおり機能していることも分かった。
 分かってみると、日常的に確認できることであり、何時でも何処にいても確認できるようになった。
 もちろん、俺は異常ではないし病気でもない。
 やっぱり……。想像や勘違いや思い込みの類だったのか……。

 自分の思いや考えには無理や矛盾や勘違いや思い込みがあることも解り、自分で把握できていないことも解っている。
 が、勘違いは、よくあることだ。
 え~っ……。想像や勘違いや思い込みの類だったなんて……。

 三年余りの困窮の理由が、想像や勘違いや思い込みの類だったのかと思ったら、唖然とした。
 でも、すでに安堵していた。


 再確認するほど、想像や勘違いや思い込みの類だったことが明らかになった。
 自分の思いや考えの無理や矛盾が、また一つ解明できた。
 自分が知らなかった、自分に関することも、また知ることができた。
 と同時に、自分のことをいかに知らなかったかも、また具体的に明らかになった。


 こんなことで、三年余りも困窮したなんて……。
 まさに、自分のことを、あまりにも知らな過ぎる。
 俺は、単なるアホだったのだ。

 そう思ったが、笑ってしまうほど気は楽になった。
 自室に独りでいるのに、気まずかった。


 でも、知能自体は平常どおりに機能していることが分かったとき、俺は異常ではないし病気でもないと思った。
 あの時点で、想像に過ぎなかったことは分かったはずなのに……。
 なぜ……、気づけなかったのだ……。


 二度と迷い込みたくもなかった。
 自分の思いや考えに無理や矛盾があったがゆえに迷い込んだ世界だっただけに、もっと詳しく知りたかった。
 解明できたことは、相応の識別も対処も可能になり、相応に気も楽になる。

 子供の頃に使った辞典が、当時も有ったが、言葉や意味を調べることは少なかった。
 自分の、思いや考えや、その無理や矛盾を、より具体的に把握や解明や解決する必要があったからだった。
 自分の経験を、メモするようになったのも、解明できると解決も伴うことが分かるようになったからだった。


想像


 具体的な識別や判断ができないことで、事実確認も容易ではない際に、頭の中だけで思いを巡らすこと。類推や空想の類。

 そもそも、異常かもしれないと思ったが、具体的な知識があったわけではない。つまり、もともと想像だった。
 でも、当時は、想像という言葉は知っていた。が、想像とはどういうことか具体的なことは知らなかった。なので、自分が頭の中だけで思いを巡らせていたことこそが、想像なんだとは判断できなかったし、気づくこともできなかった。

 異常か否かに関しても具体的な知識は無かっただけに、異常かもしれないと思ったら、覆すこともできなくなった。
 でも、異常だと、納得したわけでもなかった。むしろ、異常だとは、受け入れ難かった。だからこそ、葛藤した。

 異常かもしれないというイメージを前提に思いを巡らすと、当然に相応のことばかりが思い当たり、心配になり苦にもなる。が、事実は、想像と一致しているとは限らない。
 反対に、異常ではないかもしれないというイメージを前提に思いを巡らすと、相応のことばかりが思い当たるので、心配や苦にはならない。でも、事実は、想像とは違っていたりする。
 期待できるイメージを前提に思いを巡らすと、それだけでも楽しくなったりする。が、それが想像の段階だと、事実はそうではなかったりする。
 そんなことも、当時は、考えたことすら無かった。

 個人的には、知っていることは限られ、錯覚もあり、想像もし勘違いもし思い込みもし、嘘も考えることは可能なので、自分の思いや考えに無理や矛盾もありえる。
 が、そうであることも、当初は知らなかった。
 なので、自分の思いや考えに、疑問を抱くことも無かったし、自分の思いや考えを確かめることもなった。
 よって、異常かもしれないと思ったが、それが本当か否かも確かめなかった。
 つまり、具体的なことや根拠や理由も、必要としなかったし、重視していなかった。

 となると、頭の中だけで思いを巡らすわけであり、想像し放題の状態だったことになる。
 当然に、外れている確率の方が高い。むしろ、当たっている確率はきわめて低い。
 事実確認をしない頭の中だけでの想像には、そういう性質や特徴があることも、知らなかった。

 他人に知られる前に、自分で判断しようと、本を買い漁った。
 もちろん、救いを求めたからだった。つまり、異常ではないという文章を探した。
 ところが、自分が、平常心を取り戻せずに、躁鬱を彷徨い、自室にこもることを、どの本も異常者扱いしていた。
 もちろん、自分は受け入れ難かった。が、本に書かれていることを、自分が覆せるはずがない。
 ということは、極度に拒めば、それだけでも精神異常者扱いされかねない。そう思い、そうなることを恐れた。
 葛藤はピークに達した。
 そういう扱いをされて生きて、結局、死ぬくらいなら、さっさと死んだほうが増しだと思った。

 ところが、死ねなかった。
 むしろ、生理面は自律して機能していることに気づき、思いや考えには無理も矛盾もあることが明らかになった。
 にもかかわらず生理面は機能しているわかだから、生理面が自律していることは明確になり、思いや考えに無理や矛盾があることも明確になった。
 しかも、そんな無理も矛盾もある自分の思いや考えを、自分で把握できていなかったことも明らかになった。それに気づいたときは恐怖を味わった。
 一転して、眠ってしまうことさえ怖くなった。
 生きるしかなくなった。
 よって、問題の解明や解決が必須になった。

 自分の思いや考えに、無理も矛盾もあることが明らかになり、把握できていなかったことも、すでに明らかだった。
 そんなことを知っていればこそ、自分の思いや考えに疑問を抱くし確かめもする。

 そして、知能自体は平常どおりに機能していることに、気づいた。
 今更のように確認し、知能自体は平常どおりに機能していることを納得した。
 よって、何時でも何処にいても確認できるようにもなった。
 もちろん、俺は、異常ではない、病気でもない。
 明らかに気が楽になった。

 結局、確認するようになった。
 そして、他人を気にしていたことに気づき、自分のことを疎かにしていたことが分かった。
 自分のことを理解するにあたっては、最大の矛盾も解明できた。
 英知の扉が開いた。
 それは、想像し放題を止めて、確かめることや、根拠や理由や、理解や納得などを、重視するようになったからだった。

 自分の経験を基に、自分が知らなかった自分に関することに次々と気づき、相応のことを知り、相応に迷いは解消してゆき、かなり気も楽になった。
 よって、異常か否かは確かめていないことに、気づいた。
 しかも、確認を繰り返したことによって、自分の経験を基に、想像の類に関しても具体的に知ることになった。

 確かめるようになり、知らなかった自分のことを知り、根拠や理由を必要とするようにもなり、根拠や理由などによって思いや考えの無理や矛盾が解明され、理解や納得を重視するようになり、無理や矛盾が解消し、無理や矛盾から思いや考えが解放された。
 根拠も理由も無い想像や妄想や迷いは減少し、相応の対応も可能になっていった。
 知能は正常に発揮され始めた。


妄想


 頭の中だけで思いを巡らしている(類推や想像や空想の類)に過ぎないことを判断できず自覚できないまま、頭の中だけで思いを巡らしていること(類推や想像や空想の類)。
 
 会話上でも、相手が話す道順や目的地を、自分も知っている場合は、そのことに関しては理解でき納得もできる。

 つまり、個人的な好みや是非や可否は別として、根拠や理由があって理に適っていると、理解でき事実認定もできる。
 言い換えると、構成要素や関係や理由などを整理しながら考え、理に適っている場合は理解でき認定もできる。
 理解できている(具体的なことを知っている)ことは、具体的に肯定することもでき具体的に否定することもできる。

 当然に、根拠や理由が乏しかったり、無理や矛盾があると、理解できないし納得できない。
 具体的なことは知らず、確認も簡単ではない場合などは、具体的な否定も肯定もできない。

 そんなときは、類推や想像をする。

 つまり、具体的なことは知らず、確認も簡単ではなく、具体的な否定も肯定もできないからこそ、類推や想像をする。
 そういう性質上、想像上の内容が、事実と一致している確率は、かなり低いことになる。
 それに基づいて行動するとなると、躊躇する。

 しかも、類推や想像上の内容が、事実と一致しているか否かを確かめなかったりする。
 ということは、具体的なことや根拠や理由を必要としていないことになる。
 この場合は、頭の中だけで思いを巡らし放題になる。
 つまり、想像し放題になる。
 そういう性質上、外れている確率の方が高くなる。むしろ、当たっている確率はきわめて低くなる。
 それに基づいて行動すると、後悔したり、損をしたり、困ったりさえする。

 想像自体に、そういう性質があることになる。


 そんな想像に関することを、自分の経験を基に具体的に理解できている場合は、自分が思い考えていることに対して、自分で疑問も抱くし確認もするので、想像に過ぎないことを判断することも自覚することもできる。

 でも、想像に関することを、理解できていない場合は、想像に関する具体的なことを知らない。
 よって、自分が頭の中だけで思いを巡らしていることこそが想像なんだということを判断できないし自覚できない。

 しかも、思いや考えには無理も矛盾もありえることも、知らないと、自分の思いや考えに疑問を抱かないし確認もしない。
 むしろ、自分で思い考えていることなので、疑問は抱かない傾向もあり、確認もしない傾向がある。
 それどころか、すっかり一人前になった気がしていた。つまり。自分で思い考えて判断しているだけに、過信している場合もある。

 そうなるほど、自分が思いを巡らしていることは想像に過ぎないんだということには、気づくことが難しい。
 想像しているに過ぎないんだということを、判断できず自覚できないと、想像し放題どころか暴走状態になる。

 こういう場合を、妄想と言うのだと考えられる。


 つまり、自分は、三年余りも妄想に陥っていたのだった。


勘違い


 類推や想像や空想上のことなどの、事実ではないことを事実だと思ったり、本当ではないことを本当のことだと思ったりすること。
 
 そもそも、異常かもしれないと思ったことは、想像に過ぎなかった。

 ただし、想像に関する知識は、自分には無かったので、想像に過ぎないことを判断することができなかった。
 もちろん、自分には、異常か否かを判断できるだけの知識は無かったので、想像上の異常かもしれないという思いを、覆すこともできなかった。

 よって、本当に異常かもしれないと思うようになり、心配になり苦にもなった。
 想像に過ぎなくても、それによって生じる感情はリアルタイムで生じ、心配や苦などの感情自体はまぎれもない事実でもある。
 よって、混乱し、本当に異常であるかのような気がしてきた。
 つまり、事実ではないことを、事実だと思い、勘違いしはじめた。


 想像に過ぎない段階でも、感情が伴う。その際の感情は、事実だけに、勘違いもする。

 日常的にも、大事なものが無いことに気づくと、にわかに記憶を辿ったり推理したり想像したりする。
 つまり、まだ想像の段階であり、具体的な事実が明らかになっていないからこそ、必死で類推や想像をする。
 思い当たる所を次々に探す。でも、無い。となると、類推や想像に拍車がかかる。
 失くしてしまった。どうしよう。などと、失くしてしまったことを前提にした想像までする。

 つまり、想像に過ぎないことでも、その内容しだいでは心配にもなるし苦にもなり、その感情は事実なので、本当のことであるかのように勘違いもする。
 逆に、有頂天になったりもする・
 相応の行動までしたりもする。
 相応の結果になったりもする。

 よって、日常でも、良かれ悪しかれ事実が明らかになると、少なくとも想像や妄想は必要無くなるので、想像や妄想から解放される。
 内容しだいでは、落胆したり、喜んだりもする。


思い込み


 類推や想像や空想上のことなど、事実ではないことを事実だと勘違いするほど疑問を抱かなくなったり、本当ではないことを本当のことだと思うほど疑問を抱かなくなる。
 そして、類推や想像や空想上のことを事実だとか本当だと思い込むと、それに基づいた行動までしてしまう。

 
 想像上のことは非現実でも、それによって生じる心配や苦などの感情はリアルタイムで生じる事実なので、当時は、本当に異常かもしれないと勘違いしはじめていたことになる。
 でも、想像上の勘違いの場合は、納得しているわけではない。なので、躊躇したりし、相応の行動はしない。この場合は、まだ勘違いという段階で、異常だと思い込んではいないと考えられる。

 異常だと思い、それを基に行動してしまう場合は、異常だと思い込んでいるからだと考えられる。

 つまり、異常者扱いされると思い込み、死んだほうが増しだと思い込んだから、そうしようとしたことになる。


 想像に過ぎなかったことが解ってことによって、妄想、勘違い、思い込みまで、それらの基本的なことは、その日のうちに解明できた。
 想像や妄想や勘違いや思い込みの類だったことが、自分の経験を基に具体的に解っただけに、相応の無理や矛盾からは解放された。
 ここまで具体的に把握できたのは、この日以降も、再三、確認や整理を繰り返したからだった。

 結局、異常なわけではなく、直に経験し続けている肝心な自分に関することを知らな過ぎることが原因なのだと、確信してゆく。
 そんな経緯上、思いや考えの錯綜が加速していった。

 
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プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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