そもそも、生理面は自律して機能している。
 それは、直に経験し続けている自分自身の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 備わっている知能で、感じ意識し識別し思考し、経験し学習し理解できるようになり、相応の振る舞いをし、相応の結果になる。
 そこまでは誰でも共通だが、経験や学習や理解の内容しだいで人生の理由は変わる。
 知らないことは想像もし、それゆえに勘違いもし思い込みもし、他に目を奪われもするし心まで奪われもし、肝心な自分を見失いさえする。
 以上のうちの、誰でも直に経験し続けていて共通することや普遍的なことが、当ブログのテーマです。
はじめに 更新2013/01/21
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カテゴリ : 草稿「おまえはボケてはいない」

Ⅵ. 病院からの帰り



 軽トラを、病院の玄関前に止めた。
 ガラスのドアの向こうで、こっち向きで俯いて長椅子に腰掛けていた母。
 軽トラに気づき、母は腰を上げて、ゆっくり歩るきだした。
 助手席のドアを開け、
「『今度からは、家族の誰かに付き添ってもらって来てください』って言われた……」
 と言いながら母は乗った。
 その、なにもかもが、憔悴していた。
 来るときは、バス停までは送ったが、路線バスで来たのに……。
 薬を貰いに病院に行ってくると言って家を出ただけに、少なくとも普段と変わりなかった……。
 病院で具合が悪くなった、ということか……。
「入院……、必要なのか?」
 母は首を小さく横に振った。
「え……。じゃ、今度、いつ来いって?」
「言わなかった……」
「え……。帰ってもよくて、いつ来いとも言わなかった。なのに、付き添いが必要って……、どういうこと……」
「……」
「今度来るとき、付いて来ればいいのか?」
 母は頷いた。
 高齢だから、すでに諦めるしかない状態なのか……。
「じゃ、そうするから……」
「……」
 歳だけに、医者や看護婦に『付き添いが必要だ』って言われれば、落胆するのも当然かもしれない……。
 軽トラの助手席で、背を丸め深く俯き小さくなっている母は百歳過ぎに見えた。
 あんなに憔悴した母を見たのは初めてだった。
 付き添いが必要な具体的な理由は不明で、釈然としなかった。が、私は軽トラを発進させた。

「そんなに心配するな。もう歳だから付き添いが必要なんだろ……」
「……」

「心配するだけじゃ、自分で寿命を縮めるようなものだ……」
「……」

「俺が言うことなど……、あいかわらず聞く気も無いか……」
「……」

 でも……、自分は知っているのに、母と話す機会自体が無くなってしまうと、自分が悔やむことになるだろう。
「ま……、俺の都合で言うわけだが、言うだけ言っておく……」
「……」
「誰でも、知能も備わって産まれ、学習でき、相応のことは随意にできるようになる。が、生後に習得するわけだから、その内容は、個人的にも変化し、個人ごとには千差万別になる。つまり、どんな大事なことを知らなくても不思議ではないし、何でも知っている人は存在しないし、何でもできる人も存在しない。医者だって、誤診もする。おまえも、親父も、病院を替えたことで治ったこともあった。そんな例は珍しくないから、そうしたんだろ」
「……」
「親父は、写真を撮った結果、医者の診立てが違っていたことが判ったが、すでに手遅れだった。従兄弟の義政は、病院側から和解の申し出があったことで判ったらしいが、医療ミスで早く死んだ」
「……」
「そもそも、特別に勉強し研究した名医でも、治療には限度があるし、老化は阻止できないし、死は受け入れるしかない」
「……」
「つまり、生後に習得することに関して言えば、人は何様でもありえない」
「……」

「知能も備わって産まれるので、生きていることがどういうことかは、誰でも直に経験し続ける。学習力もあり、記憶にあることだけを参考に会話できるようになり、思考力も理解力も発揮するようになる。でも、そうであることをすら、理解するとは限らない」
「……」
「思考力も理解力も発揮するから、会話上でも納得できなかったり納得したりする。直に経験し続けている自分のことに関しては精通していても不思議ではない。が、会話上で納得できなかったり納得したりしていることをすら、具体的に理解するとは限らない」
「……」
「それどころか、勘違いだってある。思い込みもする。俺も一時はそうだったが、勘違いしていることに気づけず、思い込んでいるに過ぎないことに気づけなかった。つまり、勘違いや思い込みに関しても、具体的なことは未理解だったりする」
「……」
「俺も、自分で考えたことによって、自分で困った。なのに、その事実関係さえ把握できず解決できなかったこともある」
「……」
「上辺だけ尤もらしく見せかけもし、必死で本当であるかのように見せかけもするし、競い争ってまで優れているかのように見せかけもする。それが、人生上では的外れなことでも、そうであることに気づけなかったりもする。むしろ、根拠も理由も無く実績も実力も無いのに、勝手に何様かのつもりになったりもするし、慢心もするし、有頂天になったりもする」
「……」
「長生きしたところで、肝心なことを隠し偽り、私利私欲を貪るだけだったりする」
「……」

「人の親も、無条件に尊いわけではない。親が、子供を殺すことだってある。妊娠しても中絶もする。家族計画もある。産んでも子供を虐待したりもする。当然に、上辺を繕っているに過ぎなかったりもする。幸せそうに見せかけているだけだったりもする。つまり、最も肝心なことが欠けていたりする。そうなんだということをさえ、分かっていない親だったりもする」
「……」
「でも、子供は親を選べない」
「……」
「猫でさえ、相手を見分けて仲良くし、相手しだいで喧嘩もする。人の法律上では、訳が分からず身勝手過ぎると死刑にされる」
「……」
「でも、訳が分からない親を殺せば、刑務所に入れられる。法律にも思い上がりが感じられるが、暴力的に片づけることは、訳の分からない親以上の身勝手なことであることは事実だ」
「……」
「未熟な子供にとっては、人生経験が十分なはずの親の在り方が、いかいに重要であるかを物語っている。が、そんなことをさえ未理解な親だっている」
「……」
「もちろん、俺が勘違いし思い込んでいるにすぎない場合もある。だから、自分の考えを押し付けることさえできない……」
「……」
「結局、自分がどういう生き方をするか、ということに行き着くわけだが……」
「……」
「もちろん、おまえがどうするかは、おまえの気持ちや考えしだいだ」
「……」

「ただ、生後に習得したことを以ては、どうすることも出来ないことが存在する。理解するだけでも容易ではないことも、存在する。誰もが直に経験し続けることでもある、生きていることはどういうことかもそうだ」
「……」
「が、その人生の基礎や基本を未理解だったり、最も肝心なことを疎かにした生き方をしてしまったりするということだ……」
「……」
「もちろん、生後に習得したことを以ては、一般的には傷病にも対応できない。老化を阻止できるはずがない」
「……」
「知能も備わっていて、生きていることがどういうことかは直に経験し続け、数十年も生きたのに、心の準備すらできていないまま、死を受け入れるしかなかったりもすることになる」
「……」
「生きている状態でさえそうであり、なす術が無いからこそ老化し死ぬわけだから、死んでからは何かができるはずがない。むしろ、死ねば腐敗が始まる。なので、翌日、焼かれる」
「……」
「もちろん。二度と産まれてくることは無い。そうであることは、俺たち三人を産んだおまえならよく分かるはずだ……」
「……」
「つまり、産まれる機会に恵まれ、生きていること自体が尊い。そうであることすら理解するとは限らない。直に経験し続ける肝心なことを知らなかったり、それゆえに勘違いしていたり思い込んでいたりさえする。まさに、生後に習得したことに関しては、人は何様でもありえない」
「……」
「だから、生後に習得した内容の是非が、死によって問われる。最後の審判は、自ら下すことになっている」
「……」

「おまえにとっては、あくまでも俺は馬鹿息子なのだろう。俺がいくら言っても、おまえには聞こえてすらいないんだろう。でも、俺なんかが言わなくても、生後に修得することを以てはどうすることもできないものの存在は歴然としている」
「……」
「的外れことを習得するほど、無駄どころか、自ら災いを招く。そういうことも、生前に十分に経験する……」
「……」
「親子なんだから、はっきり言う。おまえは、俺よりも馬鹿なんだよ。このままでは、くそ婆や鬼婆のままで終わるんだよ」
「……」


「親父が死んだ歳と同じ歳になるのは、来年か?」
「……」
「ん?今年か!」
「……」
「じゃ、今月の末で、八十八か」
「……」
「親父が逝って、もう四年にもなるのか。早いな」
「……」
「おまえも、長生きだけはしたな。あんなに早くから、『長くは生きられない』と言うのが口癖だったのに」
「……」
「いずれにしても、誰でも逝く。こればっかりは、誰も拒否できない。誰でも、受け入れるしかない。そうであることは、おまえの方が多く見ているし知っているはずだ」
「……」
「覚悟ができていた方が楽だぞ。心の準備ができていないと、苦しむ。逆らえば、もっと苦しむ。逆らうから、苦しむ。死ぬとき、失うものが多いほど苦しむことになる」
「……」
「そういうことは、生きているうちに十分に経験するからでもある。考えるだけで分かることだからでもある。心の準備をするためには、余るほどの時間があったからでもある。つまり、生きているうちに心の準備をやっておく必要がある」
「……」
「死ぬ際に苦しむ原因になりそうなことは、生きているうちに解決しておくしかない」
「……」
「馬鹿息子が言うことなど、聞く気は無いか……」
「……」
 前方の信号が、黄色に変わった。
「人の言葉は、どういうことを話しているのかを聞こうとし解析すればこそ理解することもできる。内心で糞食らえとでも思って聞こうとすらしないと、どんなことを言っていたのかさえ記憶に残らない」
「……」
 信号が、赤に変わった。


 止まった軽トラの助手席で、母は深く落ち込んだままだった。
 ん!?。
 落ち込んでいる……。
「もしかして……。ボケたから、付き添いが必要なんだって思っているのか?」
「先生も看護婦さんも『付き添いが必要だ』って……」
「ああああああ、そういうことか。それで、落ち込んでいるのか」
「……」
「でも、それは違う。たぶん、おまえの勘違いだ。おまえは、ボケてはいない。前に、何回も言っただろ。そんなに心配している。それは、精神面が正常に機能している証拠なのだ」
「……」
「見聞きもできる。意識もしっかりしている。記憶も大丈夫だ。分別力も発揮できている。だからこそ、心配にもなるし苦にもなる。しかも、感情も正常に機能している。すべて、ボケてはいない証拠だ」
「……」
「今朝だって、普段どおりだった。路線バスで来た。薬をもらいに来ただけだ。その、病院から帰るのに、何でこんな状態になったんだろうと思ったよ」
「……」
「『付き添いが必要だ』って言われたのは、ボケたからじゃない。これは間違いないはずだ。おまえは、また勘違いしている」
「……」
 信号が青に変わった。
 右折して国道を南に向かう。

「そういうことだったのか。でも、医者や看護婦にそう言われたんじゃ、馬鹿息子が言うことは、耳にも入らないよな」
「……」
「保険証を失くしたとき以来だから、ほぼ二年間も、やっていなかったのに……」
「……」
「あれ以来、『ボケた』とは言わなくなったし、馬鹿げたことでしかないことが解ったから、やらなくなったのだと思っていたのに」
「……」

「ま……、俺も……、勘違いする」
「……」
「さっきも、もう歳だから諦めるしかないのかと思っていた」
「……」
「『付き添いが必要だ』って言われたときは、急に具合が悪くなって入院が必要になったのかとも思った。入院の準備をさせるために、一旦、帰すのかなって」
「……」
 あ……、付き添いが必要な本当の理由が明らかになれば、むしろ母の心配を煽ることになりかねない。
「ボケてはいない。付き添いが必要なのも、ボケたからでもない。それだけは間違いない」
 とは言ったものの、母は落ち込みから這い上がれない。
 母にとっては、俺はあくまでも馬鹿息子なのだ。俺が言っていることなんか、そもそも聞くに値しないのだ。
 母のことなんか気にしていない振りをして運転した。


 二十年以上も前、地方中心都市の内科医院に入院して回復した母は、以後も、毎月一回、路線バスを利用して通院していた。
 同市内の、整形外科にも、毎月一回、路線バスで通院していた。
 その整形外科の近くの、眼科にも行くようになり、白内障の手術も行った。
 十年ほど前の網膜剥離も、その眼科で明らかになり、大学病院で緊急手術をしてもらい成功した。
 その後も、その眼科にも時々行っていた。

 三年前、父は、地方中心都市の国立病院に入院し、間もなく八十八歳になり、一ヶ月あまりの入院で、秋に他界した。
 その病院の駐車場から院内の長い廊下を歩いて病室まで杖をついて毎日のように往復した母(当時八十三歳)は、杖を使わずに歩くようになっていた。
 そんなこともあって、あえて送迎も控えめにした。

 ところが、母は、ボケたと言って落ち込むようになった。
 でも、保険証を失くした時以来、「ボケてきている」とは言うものの、思い込んで落ち込むことは無くなった。
 馬鹿げていることを繰り返しただけに、母は学習したのだと考えられた。

 正月過ぎ、母のかかりつけ内科医院が、後継者問題や都市開発などで予定通り廃院することになった。
 以来、距離が半分以下の、近くの町の町立病院に母は通院することになった。
 その町立通院に三度めか四度めに通院した際の帰りのことだった。


「仮に『ボケた』と言われても、『ボケてなんかいない』って言い返すくらいのほうがいいんだよ」
「……」
「疑問も抱かず、否定もしないで、逆にそうだと思い込むから、心配になるし苦にもなり落ち込むわけだから」
「……」
「否定したり、疑問を抱くだけでも、思い込まずに済むわけだし、落ち込むこともないんだから」
「……」
「『バスに乗ってきたんだ』って、言えばよかったんだよ」
「……」
「『付き添いは必要ない』って、先生に言えばよかったのに」
「……」

 真正面の10キロ以上も先に、タケノコ採りで馴染みの山が雨で霞んでいた。
「村の方は雨だな……。家を出るときには降っていなかったのに」
「……」

 緩い右カーブになり、国道の右側は、家並みは途切れ、川に替わった。上流で大きく蛇行している川は、進行方向とは逆に流れ下ってきている。
「川の水、多いな、今日は」
「……」
 国道に接している、川に架かった橋側が感応式信号になっている。
 その先は、国道の両側に家並みが続き、先のほうで上り坂になっている。

「いつも言うが、想像に過ぎないのに、それを基に心配し、更に苦になり、落ち込んでいるなんて、馬鹿げている」
「……」
「いつも、一時的だった。結局、平常に戻る。平常に戻らなかったことは、一度も無かった」
「……」
 私が言うことは、母の心には届いていなかった。
 ほとんど反応しない母の落ち込みは、いつもよりも深く、いままでとは違う真剣ささえ感じられた。

 坂を上り切り、左にカーブすると交差点がある。その先で右にカーブして橋を渡る。橋の先は、長い上り坂が続く。
 上り坂の途中からは路面が濡れていた。
 坂を上ると、水溜りもあった。
「雨、この辺りにも降っていたんだな」
 坂を下り始めると、左のほうに村が見える。


 家に着いても、消沈したままだった母は、ゆっくり居間に入り、
「『家族の誰かに付き添ってもらって来て』って紙にも書いてくれて、持たされたんだけど……」
 と言いながら、ショルダーバッグの中を探した。
「あ、これだ。『家族の誰かに渡して』って……」
 その紙には、難聴だから付き添いが必要だ、という内容のことが書かれていた。
「おまえ、これを読みもしなかったのか!」
「付き添いが必要だからって……」
「だけど、難聴だから、付き添いが必要だって書いてある。いつも言うが、見るだけで分かることだろ」
「え……」
「ボケたからだとは、どこにも書かれていない」
「耳のこと!」
「そうだ。納得したようだな」
 母は笑顔をこぼした。
「見るだけでも分かったはずだ。それだけで、勝手な想像はする必要もなかったし、落ち込むことも無かったのに」
「見なかった。読まなかった……」
「笑っている場合じゃないだろ。馬鹿げているだろ。まさに、見れば分かることを、見もしないで、勝手な想像をして、ボケたと思い込んで落ち込んでいたに過ぎなかった」
「あははっ」
「いいかげんに憶えろよ。確かめずに、勝手な想像をして、思い込んで、落ち込むなんて、馬鹿げているだろ。いい加減に止めろ。頼むよ。確かめる癖をつけろよ」
「……」
「補聴器、幾つもあるのに、持たずに行ったのか?」
「小さくても、しょっちゅうつけていると、耳が痛くなるのよ」
「テレビを見るときより、医者の話を聞くときこそ必要だろ」
「忘れた。だからボケてきてるんだよ」
 視線が合うのも避けていたが、母の笑顔は止まらなかった。
「普段から、いい加減だからだろ。しかも、狡い。聞く耳持たない。反省することが無い。だから繰り返す」
「着替えてくる」
 笑顔のまま母は寝室に向かった。


「今回は、今までで一番分かりやすい。いいかげんに憶えろ。実に馬鹿げたことなんだから」
「分かってきてたのよ。だけど、先生と看護婦さんに、あんなことを言われたから」
「うん。今回は、そういう先入観もあったからだ……。でも、他人の所為にしたら、解決できない。自分で、確かめなかったことや、想像して勘違いし落ち込んでいたに過ぎなかったことなど、事実関係が分かったからこそ、笑っちゃうわけだろ」
「お昼ご飯、食べよう」
「え……」
「お腹空いた。何か作って」
 これ以上、言う必要はないか……。
 こんなに分かりやすい経験は、めったにできない。
 あんなに深く落ち込んでいたのに、事実関係が分かったからこそ、母は笑わずにいられないのだ。
「何か買ってくれば良かったな」
「有るものでいいから」
「スパゲッティなら有るけど」
「それでいい」
 母の笑顔が止まらない。
 想像し思い込み落ち込んでいた愚かさまで分かったからこそ、自嘲するしかないのだろう。
 備わっている能力を最低限は発揮しなければ、自分で困ることをさえ考えるし行うんだから。
 ボケに関しては、もう大丈夫だろう。


 以来、四年経った。
 九十二歳になった母は、野良仕事はするものの、老化は否めなず、病院の往復は、すべて送迎している。
 でも、母が「ボケた」と嘆き落ち込むことは、無くなった。

 ほとんどは反面教師だったが、俺は学ばせてもらった。
 だから、俺は、おまえのようなことは、せずに済む。

 でも、礼は言わない。
 おまえがいい気になると、逆効果になるだけだから。

 思えば、かつて、帰郷した自分は、上辺や見せかけを非難し、学習や知識の重要さを主張したものだった。
 嫁いだ姉が、時々やって来ては、その都度、手土産を目の前に広げて安易に母の肩を持つ。他方、親の言いなりにならずに厳しいことを言う俺を、非難したものだった。
 都会に就職していた弟も、正月には帰省し、来るたびに小遣いをあげて母の肩を持つ。仕事をしながら大学を卒業した報告をし、昇進した報告をし、嫁を貰った、が即離婚。それでも、親の言いなりにならずに厳しいことを言う俺を、非難したものだった。
 上辺や見た目だけで判断しがちな母が、すっかりいい気になったものだった。もともと俺を馬鹿息子扱いしていた母は、ますます俺を馬鹿息子扱いするようになった。
 つまり、母は、棚に上げておいた自分の無知や愚かさを認め難くなるようなことばかりしていたことになる。
 もちろん、母が、娘や次男を批判視することも至難になっていったことになる。
 当然に、俺のことも、馬鹿息子扱いするほど、母は自分の考えを覆し難くなっていったことになる。
 そんな自縄自縛こそが、最大の要因だったのだろう。

 だからこそ、俺がいくら「くそ婆」「鬼婆」と言っても、母は悟れないのだ。
 日常的に全面的に協力しているのは、俺なのに。
 姉も弟も、都合の良い時だけやってきて、上辺を繕うだけで、無責任なのに。






テーマ : メンタルヘルス・心理学
ジャンル : 心と身体

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プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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