FC2ブログ
 生命生理は、自律して機能していて、生存の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 生きていること自体が絶妙にできていることを直に経験し続ける知能も備わっていて、相応の学習もでき、上達し、基本動作や日常会話などは熟練する。
 約束やルールや信頼や尊重や愛や幸福などの目には見えないことでも理解し合えるようになり、よって協力し合い信頼し合い尊重し合えるようにもなる。
 しかも、理解は、無料で、誰でも可能だ。むしろ、売買すると崩壊する。
 以上の、普遍的なことや誰にでも共通することが、当ブログのテーマです。
 でも、進化・自身が形成された経緯・自身の生命生理などは、通常は知らない。
 直に経験し続ける知能や学習力や理解力をさえ、具体的に理解するとは限らない。
 知らないことだからこそ、想像もする。自分のことでも、勘違いし思い込みもする。
 自分以外のことに目を奪われると、自分を見失う。心まで奪われると、自分の人生も見失う。つまり、そういう状態に陥っていることに気づけなくさえなる。
 普遍的ではなく、共通でもなく、異なることほど、理解し合うことは困難になる。
 私利私欲を貪り、相殺して蝕み合い、競争で優劣を決め、転嫁し暴力で片づける。
 非理解、非協力、非信頼、非尊重、そういう非知的なことは、むしろ避けたい。
 いずれも、マスメディアが発達した現代では歴然としていることなんですから。
はじめに 更新2013/01/21
目次:無知の悟「俺は、異常ではなかったんだ、病気でもない」
主観的とは 客観的とは  客観的な考え方の特徴は  主観的な考え方の特徴は
「心を開く」とは 「心眼を開く」とは   「悟り」とは 2016/12/27
アルバム「普遍に臨む」  アルバム「趣味の園芸」  アルバム「その他」
Copyright (C) 2012 心を開く 心眼を開く All Rights Reserved.
カテゴリ : 創作下書き 仮題「恋愛とか結婚にまだ関心がある……」

◆恋愛とか結婚にまだ関心があるんだけど……


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地の天候、好転しないまま、最近は連日雨です。

 下書き終了済みの、カテゴリー:創作の下書き 仮題「人生を語りに来た」の後半の、調子に乗って書き足した予定外だった部分である「恋愛や結婚の信頼関係に関する部分」。
 この部分は、第5章にしようと思っていましたが、新たな創作として次の新カテゴリーにて下書きにトライします。
 新カテゴリー:創作下書き 仮題「恋愛とか結婚にまだ関心がある……」

 新たな創作上、4~5回ほどに分けて投稿します。
 なお、下書きしか書けない年寄りの妄想創作であり、内容的にも、関心がある方は稀かと思われますが、相互応援アクセスは歓迎します。とても励みになりますので、よろしくお願いします。
 また、まだ下書きしか書けない年寄りにとっては、とてもいい経験になり、そこそこの学習もできることが分かってきましたので、下書き重視で、実力が無いリアリティや各種設定は二の次で進行します。
 また、夏場は、野良仕事の関係で、ブログの方はペースダウンしそうです。あしからず。

 
 
 
     もくじ (当ファイル内リンクです)

◆恋愛とか結婚にまだ関心があるんだけど……


 応援すると言いたいところだが……
 真由のお父さんは山荘で結婚式を挙げた
 わたしもまだなんとかなるかなって……
 要は自分
 
 
 

◆恋愛とか結婚にまだ関心があるんだけど……


「わたし、もういい歳だけど……、もういい歳だからなのかな……、恋愛とか結婚にまだ関心がある……」
「真由はまだ若い。大丈夫だよ、真由」
「もう歳よ」
「そんなことはない。いまは、みんな長生きだ。女は特に長生きなんだから」
「確かに、そうだけど……」
「関心があるんだろ?」
「はい」
「うん。じゃあ諦めちゃダメだ。何事も、諦めたら、そこで終わってしまうんだよ、真由」
「うん」
「俺は、長年やってきたことを、この歳になってもまだ諦めていないよ」
「うん」
「生きるための仕事などを優先するだけに、やりたいことは二の次になりがちだ。それでも、諦めさえしなければ、そのことに関することは仕事中でも気づいたり発見があったりする。つまり、諦めなければ、その可能性を頭の片隅ででも模索し続けている。ということになるだろ」
「わたしも。仕事中でも、いつのまにか考えている……」
「だったら、育てなきゃ」
「うん」


 応援すると言いたいところだが……

「ここは……、『応援するよ』と言いたいところなのだが、俺の女関係は五十年以上も前の二十歳代だけで、しかも騙し合いばかりだった。『応援するよ』と言ったところで、口先だけで騙すようなものだ」
「わたしは、躊躇するようなことばかりだった……」
「だったら尚更だ。残念だが、恋愛や結婚に関しては、有意義な話は、俺にはできない……」
「積極的になれるような、奨励されたり公認されたりするような具体的な、そういう恋愛関係や子育てって無いの?」
「おお、そんな目標になるような考えまで持っているんだったら、育てた方が好い。……とは言ったものの、俺が言えることは、俺のようには、なっちゃダメだ、と言うことだけだ」
「……」
「このあいだも話したが、俺は、三十歳以前は、大事なことや肝心なことを知らなかったがゆえに、確かめもせずに想像し、だから勘違いし思い込み、その思い込みを基に更に想像していたわけだが、そうだったことに気づくこともできなかった」
「……」
「三十歳になってから、自分の想像や勘違いや思い込みの個々の特徴や因果関係を具体的に解明できたことで、確認もしない根拠も理由も伴わない想像や勘違いや思い込みから解放された。しかも、固定概念や先入観なども解消できるようになった。よって、自分の勘違いにすら気づけなかった二十歳代は、肝心なことも大事なこともほとんど知らなかったことも具体的に明らかになった。もちろん、女関係も、上辺だけ大人振っていただけだったことが具体的に明らかになり、騙し合いばかりだったことも具体的に明らかになった。むしろ、恋愛や結婚では信頼関係が重要だったことにも今更のように気づき、それにも反するようなことをしていたわけだから、わざわざ失格するようなことをしていたようなものだったことも判明した。結局、自分がやるべきだったことが明らかになり、女関係は諦めざるをえなくなった」
「生後に知り得る性質上、その内容は、限られているし、偏りもするし、勘違いや思い込みまである。なので、生存上、どんなに重要なことを未学習でも不思議なことではないし、どんなに大事なことをまだ出来なくても不思議なことではない。って、このあいだ教えてくれた……」
「うん。経験済み勘違いや思い込みを解明し解消できるようになったことによって、他の、経験済みなのに具体的なことは未理解だったことも次々に分かった。つまり、自分のことであり、経験済みで、理解も可能だったのに、そんなことを未理解だった自分は、精神的にいかに未熟だったかが明らかになっていった。そんな事実を基に、いま真由が言ったようなことも分かるようになった」
「うん」
「だから、本来は、生存上、直に経験し、必要なことで、自ずと学習したり理解したりすることだった、と考えられることの解明や、自分で自分を育て直すことを優先した。もちろん、その他のことは二の次になった」
「……」


 真由のお父さんは山荘で結婚式を挙げた

「当時、真由のお父さんは、山荘で結婚式を挙げた。やがて、真由が産まれた。歩けるようになった真由が、子守役の真由のお婆さんに連れられてよく遊びに来た」
「……」
「憶えて、いないよな?」
「……」
「真由は、まだ言葉数が少なかった頃だから。でも、俺が言ったことを、真由は理解できていた。あれは不思議だった」
「……」
「あれ、憶えてる?。当時、真由が持って来たジグソーパズル?」
「……」
「真由は、個々のピースがどの位置のものかをほとんど憶えていた。俺が、一個だけ裏返しにして置いて『これはどこ?』って言うと、すぐに小さい指で摘まんで表に返して在るべき位置に真由は置いた。しかも、角度が違う。なので、俺が回転させて確認したら、合っている。あれも、不思議だった。『すごいな、真由。どうしてそういうことができるの?』って、とっくに三十歳を過ぎていた俺が、二歳前後の真由に尋ねた」
「……」
「当時、俺は、固定概念や先入観などの解消も進んだので、そもそも知らなかったことを憶えたり上達したりするのはどうしてなんだろうとか、いわゆる学習ってどういうことなんだ、などと思い学習自体の仕組みなり法則なりに関心が向きはじめていた」
「……」
「しかも、俺がまだ法則や理由などの具体的なことを理解できていないことなのに、二歳前後の真由が実際にできる。姪っ子の留美は、ソロバンの三級だったか二級だったかに合格したと言い暗算も得意だと言う。飼い始めた猫も、はじめは警戒心丸出しだった野良だったが、しだいに慣れて、家の中に入って一緒に暮らすようになった。その子供は、戸を開けることことを憶えて、上達もした。猫も、仲良くなると、同じことで叱られると、手だけを出して『これやっちゃいけないんだよな』って確認しているかのようにも見える躊躇した動作をするようになり、軽く『め』と言っただけでも出した手を戻すようにもなる。もちろん、『好い子だ』って褒められ頭を撫でられるからでもあるのだろう。だから、そういうことがどうしてできるようになるのか、その解明に駆り立てられた」
「……」
「つまり、自分も子供の頃に経験し学習し上達し、日常会話で思考力や理解力を発揮するようになった。なのに、そういうことができるようになった事実関係や因果関係や法則的なことに関しては未理解だった。現に実行していることなのに、その事実関係を理解できていない。理解できていないのに、そういうことを現に行っている。その解明や具体的な理解などを三十歳を過ぎてから今更のようにやるしかなかった。そんなわけで、俺の学習は、『なぜ?どうして?』と理由を問うようになった小学生の頃で止まっているんだと思い、俺の精神年齢は小学生程度なのだと思った。もちろん、結婚や子育ては、とても無理だと考え、ますます諦めるしかなくなっていった」


 わたしもまだなんとかなるかなって……

「でも、キー(喜助)が手伝いに来てくれるたびに、畑で休憩時間にもいろんなことを話してくれた。それを聞いて、わたしの勘違いも解消されていった。このあいだ話してくれたことでも、わたしのイメージや考えが変わった。キー(喜助)が話してくれた、現状以上の物事が存在する自分がまだ知らない世界を、意識するようになったし重視するようになった。なので、まだなんとかなるかな、って……」
「その気持ちや考えは育てた方が好いよ、真由。俺も、自分に必要な解明や更に理解を深めることはやってきた。だから、成果もあったし、真由に話すこともできるわけだし、自信も得たし、そういうことに関しては言い訳は必要なくなる」
「……」
「目には見えない事実であっても、事実は雄弁だ。俺の心を動かすんだから。だから、いまでも俺は諦められない」
「……」
「諦めたら、成果も実績も無いし痕跡すら残らない。だから、説得力が無い。だから、口先だけの言い訳が必要になる……、もちろん後悔する……」
「まだなんとかなるかなって思うようになったら、つい考えてしまう……」
「そういうものだということだよ、真由。そういえば、俺も、学習に関する基本的なことが分かりはじめただけに、俺にも子育ての可能性はまだあるような気がしたものだった。つまり、経験相応のことが記憶に残り、その記憶に残ったことを参考にして識別や思考や予想や判断などをして、相応の確認や試みや行動をして、より確かな情報を得ることで、より高度なことができるようになってゆくことが分かった。だから、猫も独自に戸を開けることを憶えたし上達もした。もちろん、教えなくても、むしろ頭の中でやる識別や思考や取捨選択などは教えようが無いのに、できるようになる。人も、大人でも教えようが無いことを、乳幼児期に独自に学習しはじめるようにできている。これも、まえにも話したことだが、そんなことも自分のこととしても分かったので自信も得たからだった」
「……」
「当時、自分の考えの無理や矛盾などを自分で解明したり解決したりした経験や、経験済みなのに未理解だったことを理解した経験などを基に、その解明や理解ができた要でもある自分に備わっている学習能力や思考力や理解力や解決能力などを具体的に理解できた。例えば、確認して整理したことは理解できるが、そうしないことは未理解な状態にあるんだとかだ。それらの解明でき理解できた事実に裏付けられた、自分にもともと備わっていた能力の可能性を信じられるようになり、自信ってこういうことだったのかと初めて実感した」
「わたしも、諦めそうだった。でも、キー(喜助)がいろんなことを話してくれて、わたしも、いろんなことが分ってきたから……」
「真由は、もともと諦めらることができないことなのに、無理に諦めようとしてきた。そんな感じがするけど……」
「ええ……、わたし……」
「あ、今は前向きなのに、俺が馬鹿なことを言った。ごめん」
「わたし、もう、諦めるとかは考えられないかも……」
「でもな……。俺は、恋愛や結婚に関しては、しだいに考えもしなくなった。むしろ、次々に知ったことが、経験済みだったり直に経験し続けていて歴然としていたはずなのに、こんなことも知らなかったのかと思うようなことばかりだった。その都度、自分の精神的な未熟を痛感し、自分を自分で育て直すことを優先した」
「……」
「子供の頃は、教育も躾も、子供に強いるばかりで、子供の気持ちや考えを理解しようとしなかった。言いなりにならないと、叱られた。だから、子供なのに、大人を疑問視し批判視していた。なのに、中卒後は上辺だけ大人振るようになった。この中卒後に一転した理由も解明できたので、むしろ子供の頃の自分の気持ちや考えが正しかったことを、三十歳を過ぎてから自分で理解することになった。当時も、子供の成長に関わってみたいとも思ったりした。でも、子育ては、最低でも十五年、できれば二十年は、元気で責任を果たす必要があるし、それなりの経済力も必要だ。そういう点でも、俺は諦めるしかなくなっていった」
「……」
「生後に知り得ることだけに、その内容は限られもするし偏りもするし、勘違いや思い込みもあるだけに、それを以ては、健康管理も思うままにはならない。老化に対しても、死に対しても、無力だ。それどころか、最期の時を予測すらできない。しかも、その時が来る確率は高くなる一方だ。親父も親父の兄弟もほとんど他界したわけだから。従弟もすでに四人他界している。真由の爺さんも他界した。だから、せめて、その時のための心の準備だけはしておきたい。そんなことを気にしないわけにはいかない歳になった……」
「……」


 要は自分

「要は、自分?」
「そうだ。要は、真由の気持ちや考えや決心しだいだ」
「自分はどうありたいか、自分はどうしたいか、そのために自分はどうすべきか?」
「うん。俺の場合は、何かを解明する都度、新たな課題が明らかになった。だから、まだ解明できていない課題がある。そういうことに関しては、俺はまだ諦めていないよ」
「うん。要は、自分。自分はどうありたいのか、自分はどうしたいのか、そのために自分はどうすべきか」
「うん。そもそも、他人を気にしてもしょうがないだろ。生理面や生存の基礎や基本は共通だが、育つ環境は異なり、経験内容は異なり、学習内容は異なり、好みや価値観は百人百様になると言っても過言ではないわけだから」
「うん」
「一見、同じようなことをしているようでも、個人毎に異なる思惑や意図や考えや目的に基づいたことをやっていることになるわけだから、それぞれ違うことをやっているようなものなんだから」
「うん」
「当然に、生後に知り得たことは限られ偏りもし勘違いや思い込みもあり、それを以て出来るようになることも限られている。だから、健康管理もままならなかったり、名医といえども死ぬわけだし、坊主だって死ぬんだから。つまり、誰でも、若い頃であっても自分のことだけでも思うようにならないんだよ。しかも、思うようにならないことこそが重要なことだったりするわけだろ」
「うん」
「若い頃でもそうなんだから、子育てが終わる頃には、親は子供のことを考える余裕は無くなってゆくんじゃないの。むしろ、子供の自立を重視するなら、過保護は厳禁だから」
「本当は、誰でも、孤独で寂しかったり哀しかったりするの?」
「それどころか、日常でも後悔したりする。絶望的にもなる。被害妄想や疑心暗鬼にも陥るんだよ」
「あ、そうか」
「どこかが異常なわけではなく、単に自分の考えの無理や矛盾を整理できず解決できないがゆえに、パニックにも陥るし狂気の様相も呈するんだよ」
「ああ……」

「でも、本来は、産まれてきて、経験でき、学習でき、会話ができるようになり、目には見えない気持ちや考えを理解し合えるようになり、次々に人と出逢う」
「ああ、それが現実、なのに……」
「なのに、誰とも理解し合えず、誰とも仲良くなれずに、死んで逝くとしたら、それも寂しいどころではないよ。死んだのは家族で、自分が死ぬわけではないのに遺族でも哀しむだろ。俺は、猫とでさえ具体的な会話をしてみたいとさえ思った」
「会話ができるようになり、理解力を発揮するようになれたんだから、本当は、誰かと話したいし、誰かと理解し合いたいし、誰かとは仲良くしたい?」
「そうなんだと思う。会話ができるようになり理解し合えるようになり、その準備は誰でも整うんだから。目にこそ見えないことだが、これは、誰でも直に経験する事実なんだから」
「うん」

「鳥類は、孵化後に初めて見た動くものに、その後ついて歩くという」
「テレビで見たことがある」
「俺も、テレビで知った。畑の小屋の屋根裏で産まれていた野良猫の子供も、好奇心が旺盛な子猫ほど俺に馴れやすかった。ところが、好奇心旺盛だったり、親以外の生き物に馴れると、警戒心は薄れ、他の動物の餌食になりやすいのだろう、いなくなった。そうなることを母猫は恐れるからだろ、子猫を他に運ぶ。そのくらい、母と子の信頼関係が、生存上重要なのだということだろ」
「うん。母性本能と言われるものまである」
「人の赤ん坊は、幼い頃から母親にしがみつくようになる」
「あ、そうか。人の赤ちゃんも……」
「うん。人の場合は、誕生当初は、言葉も知らないし具体的に理解し合っているわけでもないのに、母親が一方的に面倒をみてくれる。その安心感や信頼感を、その後も理想の信頼関係として抱き続け、それを求めているものなのかもしれない」
「お母さんが仲良くしてくれるから、まだ赤ちゃんなのに嬉しいんだ。赤ちゃんの頃は、お母さんと仲良くしたくて仕方がないのかも」
「うん。猫とでさえ、仲良くなると、具体的な会話をしてみたいって思う。まして、人は赤ん坊のうちから笑顔を見せるようになるわけだから。しかも、自分の身体から産まれた子供だとなると、母親は話したいと思うだろうし、もちろん話しかける」
「やっぱり、本当は、誰かと仲良くしたいし、誰かと理解し合いたい?」
「うん。話しかける母親との関わりの中で、目には見えない気持ちを伝え合ることに、赤ん坊の方が気づくのだと思う。だから、そうであることを確かめるように、いわゆるウソ泣きをし、母親が応え、それを繰り返すことを以て目には見えない気持ちを伝え合るんだということを赤ん坊が確信してゆく。更に、具体的に伝え合うことができる言葉に気づく。だから、自ら模倣して言葉を憶える。目には見えない気持ちや考えを言葉で伝え合えるからこそ、自ら、『これは何て言うの?』、『それは?』、『あれは?』と、うるさいくらい盛んに尋ねて言葉を憶えようとする」
「うん。『お母さんには内緒だよ』と言って秘密にする約束をしても、そう言われたことまでもお母さんにだけは子供は全部伝える」
「子供って、そうだよな。お母さんとは理解し合えていたいわけだから」
「だから、お母さんとは、内緒はありえないんだ」
「そうなんだと思う。むしろ、目には見えない気持ちや考えをもっと具体的に理解し合いたいから、生存環境で使われている文法も自分で憶えるし、それだけ説明も上手になる。そして、日常会話で分別力や理解力を発揮するようになり、記憶に有ることや気持ちや考えを具体的に説明できるようになる」
「すごい」
「これも、真由と話したから気づいた。気づいたことを整理しながら話したに過ぎないが、母親と子供の間には、自ずから理解し合え信頼し合え尊重し合えるようになれる条件が、もともと整っていることになるし、他よりももともと充実していることになる。これは、生存上重要で備わっていることだ、とさえ考えられるだろ」
「なのに、それができていなかったんだ……。なぜ?」
「むしろ、いま俺が言ったことが本当かどうかは、これから、真由が子供を産んだ場合に明らかになる。まず、目には見えないことなのだが、誰でも、理解し合え信頼し合え協力し合え尊重し合えるだけの能力が備わって産まれ、日常会話が出来るようになり理解力を発揮するようになった段階で、理解し合え信頼し合え協力し合え尊重し合える準備は整っていることになる。これは、もう間違いない。ただ、その根本的なことでもある、いま俺が言ったことが、本当かどうかは、真由が赤ん坊を産んで育てる際に、まだ言葉を知らない赤ん坊の方が表情や振る舞いを以て物語ってくれることになる。それを、真由が読み取れるかどうかが重要になる」
「うん。このあいだ話してくれた。大人の方が物知りだと決めつけていたり思い込んでいたりすると、むしろ赤ちゃんからの大事なメッセージを読み取れなくなってしまうって」
「うん。生物はみんなそうだが、赤ん坊自体は、人工的には到底作れないほど高度な存在だ。他方、大人が生後に知り得たことは、限られ偏りもし勘違いや思い込みもあるからこそ、生活がままならなかったり、健康管理がままならなかったりするわけなので、大人が生後に知り得たことは赤ん坊自体よりも劣っていることは歴然としているわけだから」
「ああ、このあいだよりも具体的に分かった」
「言葉を話せない猫も、いろんなことを見分け考え確かめ試しているからこそ、できなかったことも出来るようになるし、上達もする。だから、警戒心を捨てて、人とも仲良くなるし、もっと仲良くしたくて仕方ないくらい仲良くなる」
「うん。赤ちゃんが、わたしを本来の大人に育ててくれる?」
「そうだ。躊躇している真由が生後に知り得たことは、その程度だということだから。それよりは、生命生理が自律して機能していること自体が優れているわけだから。真由に限らず、人が生後に知り得たことよりは、産まれてくる赤ん坊自体の方がはるかに優れている。真由が言ったように、赤ん坊を育てることによって、真由が本来の大人になれる。赤ん坊が、大人を更に成長させるメッセージを運んでくる。真由が産んだ赤ん坊が、真由の精神面を本来の大人に育ててくれるはずだ」
「その可能性は、わたしにもまだある」
「ある。だから、真由が赤ん坊を育てる、という考えは、ほぼ間違いだと言っても過言ではない。もちろん、父親も同様だ」
「うん」
「そもそも、真由の気持ちや考えしだいなんだから」
「あ、そうだった」
「人が生後に知り得たことを超越して、生命生理は自律して機能している。猫も、人の赤ん坊も、産まれるように、育つように、もともとできているわけだから」
「うん」
「たしかに、赤ん坊より、大人の方が物知りであることは事実だ。でも、生後に知り得たことは限られ偏りもする。つまり、あることに関しては、無関係な無駄な知識ばっかりだったりもする。もちろん、勘違いや思い込みまである。それよりは、生き物自体の方がはるかに優れている。そんなことも、真由が赤ん坊を産んだ際に、赤ん坊が教えてくれる」
「うん。すごい。子供を育てるって言うけど、本当はそういうことだったんだ」
「もちろん、子育ての経験が無い俺が言うことよりは、言葉を話せない赤ん坊の方がはるかに雄弁だということだ。赤ん坊が運んでくる大人へのメッセージは、とてもこんな程度ではないはずだから」
「うん。それを、わたしが読み取れるか否かよね」
「うん。そこまで分かっていれば、真由は、精神面ではお母さんになれる準備は整ったようなものだ」
「うん。嬉しい。でも、要は、わたしの考えや判断や決断しだいなのよね」
「うん。ちなみにだけど、他を侵害した場合は、責任を問われたり補償や弁償が必要になったり鉄格子がある部屋に拘束されたりする。でも、そういうことでなければ個人の自由だ。しかも、理解し合うことも信頼し合うことも協力し合うことも尊重し合うことも可能だ。その準備が、日常会話ができるようになった段階でで十分に整っていることになる。つまり、それは誰にでも許されていることだということになる」
「うん。なのに、そういうことができていない……」
「もちろん、真由の身体も、そういう可能性を秘めた子供を産めるようにできる」
「うん。でも、躊躇するようなことばかりだった。だけど、いろんなことが、すごいことが、すでに可能性としては存在している。その可能性を無駄にしてしまうのも、可能性を育てるのも、要は、わたしの気持ちや考えしだいだった」
「うん。真由の人生を管理しているのは、真由の気持ちや考えなんだから」
「うん。要は、自分」
「諦めるな、真由。俺は、恋愛や結婚に関する有意義な話はできない。が、俺のように堕落しないために必要なことだったら知っている限りのことを教えるから」
「……うん。それも大事なことだから」
 
 
 
カテゴリ : 未分類

今月はブログは小休止


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 春になっても好転しなかった当地の天候。
 6月下旬になって日差しは見られるようになったものの好転したとはいえず。
 日照不足気味です。

 今月は、ブログは小休止にします。
 野良仕事では無理をしているわけでもなく、歳の所為にしたくはないのですが、具体的でもない明確でもない疲労感やら老化に包まれている感じです。




 
応援アクセス、ありがとうございます。
応援アクセスに、とても励まされております。
好みや価値観は百人百様ですが、
それゆえの好刺激も戴いております。
夏場は、相互応援アクセスは中断します。
拍手ボタン等は非表示中です。
プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
リンク
アクセスランキング
応援アクセス、ありがとうございます。
クリックは不要です。

[ジャンルランキング]
心と身体
154位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
メンタルヘルス
31位
アクセスランキングを見る>>
カレンダー
06 | 2020/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
検索フォーム
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR