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 生命生理は、自律して機能していて、生存の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 生きていること自体が絶妙にできていることを直に経験し続ける知能も備わっていて、相応の学習もでき、上達し、基本動作や日常会話などは熟練する。
 約束やルールや信頼や尊重や愛や幸福などの目には見えないことでも理解し合えるようになり、よって協力し合い信頼し合い尊重し合えるようにもなる。
 しかも、理解は、無料で、誰でも可能だ。むしろ、売買すると崩壊する。
 以上の、普遍的なことや誰にでも共通することが、当ブログのテーマです。
 でも、進化・自身が形成された経緯・自身の生命生理などは、通常は知らない。
 直に経験し続ける知能や学習力や理解力をさえ、具体的に理解するとは限らない。
 知らないことだからこそ、想像もする。自分のことでも、勘違いし思い込みもする。
 自分以外のことに目を奪われると、自分を見失う。心まで奪われると、自分の人生も見失う。つまり、そういう状態に陥っていることに気づけなくさえなる。
 普遍的ではなく、共通でもなく、異なることほど、理解し合うことは困難になる。
 私利私欲を貪り、相殺して蝕み合い、競争で優劣を決め、転嫁し暴力で片づける。
 非理解、非協力、非信頼、非尊重、そういう非知的なことは、むしろ避けたい。
 いずれも、マスメディアが発達した現代では歴然としていることなんですから。
はじめに 更新2013/01/21
目次:無知の悟「俺は、異常ではなかったんだ、病気でもない」
主観的とは 客観的とは  客観的な考え方の特徴は  主観的な考え方の特徴は
「心を開く」とは 「心眼を開く」とは   「悟り」とは 2016/12/27
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カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

第一章 第3節 自分で考えて行っていたことなのに知らなかった

 
 
 経験や学習や理解の性質上、自身の生命生理に関することは、もともと知らない。
 経験相応の情報が記憶に残り、記憶に残っている情報を参考にした識別や思考や予想などが可能になる。

 内面的なことである、記憶や、記憶を参考にした識別や思考や判断などは、対環境的な感覚器官である五感では捉えることはできない。
 でも、「知らない」、「知っている」、「憶えていない」、「憶えている」などと言うようになる。記憶にある情報を参考に識別や思考や判断をしているだけに、該当する情報が記憶にあるか否かも判断できる。
 識別や思考や判断などの情報処理は、行動を左右し結果を左右することだけに、行動上の中枢でもある。対環境的な感覚器官である五感では捉えることはできない内面的な存在である性質上、口先だけの言い訳を考えることもでき、相手を騙し欺く嘘を考えることもでき、強行してしまったりもする。五感では捉えることはできない内面的なことだけに、具体的な内容は他者は知り得ないが、本人は意識上のことであり意思に基づくことでもあるだけに直に知り得る。
 記憶を参考にした思考上では(刹那的時間制約が無いこともあって事前と事後の比較もでき理由も分かり)密接な関係がある一連のこととして理解することも可能になる。
 何かを理解し、それを基に、理解自体の法則や性質などに関することを客観的に理解することも可能になる。
 通常の経験や学習上、自ずから、内面的な個々の性質や条件や因果関係や理由などに関することを理解可能な準備が整う。

 五感では捉えることができない内面的な性質や条件や因果関係や理由なども、思考上で整理できた場合は理解でき納得などもできる。
 理解したことは記憶にも残る。
 記憶に残るので、それに基づいた行動も可能になり、相応の結果にもなる。

 そういう性質上、思考上で整理をしたことが無いことは、未理解な状態にある。準備が整った理解可能な内面的なことも、例外ではない。
 未理解なことは、記憶に無い。
 記憶に無いことは、記憶を参考にすることはできないので、記憶を参考にする識別や判断や自覚はできない。
 内面的なことは、意識上のことであり意思に基づいたことだが、対環境的な器官である五感では捉えることはできない。

 識別や思考や判断などの情報処理上で生じることでもある、「勘違い」とはどういうことか、「思い込み」とはどういうことか、などに関しても同様だ。内面的なことで、五感では捉えることができない。
 相応の自分の経験や記憶に残っていることを、思考上で整理した場合は、それらが生じる理由や性質や条件や特徴や事実関係や因果関係など(対環境的な感覚器官である五感では捉えることができないこと)を理解することは可能だ。
 理解できた一連のことは、記憶に残る。
 記憶に残っていることは、本人は何時でも何処でも随意に想起可能なので、それを参考にした識別や思考や判断が可能になる。相当の自覚も容易になり、理解したことを参考に、自分が勘違いしていないかとか思い込んでいないかを独自に確認することも可能になる。
 そういう経験も記憶に残り、更に理解を深めることも容易になる。理解を深めたことほど、確かで詳しいことが記憶に残る。
 そういう経験を基に、もともと備わっている本質や法則的なことや、能力的に基本的なことも、客観的に理解することが可能になる。


 識別や思考や判断などの情報処理上で生じることである、「勘違い」とはどういうことか、「思い込み」とはどういうことか、などに関することも、思考上で整理をしたことが無い場合は、それらが生じる理由や性質や特徴などは未理解な状態にある。
 未理解なことは、記憶に無い。
 記憶に無いことは、思考上で参考にすることもできないので、識別や自覚をし難いので、勘違いしていることや思い込んでいることを自覚し難い。
 そういう性質に関することを理解することも難しい。

 事実とは違う勘違いや思い込みに過ぎず、事実が伴わないからこそ事実確認もできない、そういうことであることをも自覚できない。
 自分の情報処理に関することであり、精通可能な条件が十分に整っているのに、思考上で整理したことが無いがゆえに未理解で、識別や自覚や判断ができないからこそパニックに陥たりもする。


 本人は直に知り得ることである自分の記憶や意思や思考に関することで、経験も十分にあり必要な情報も十分に記憶に溜まっていて、精通可能な条件が整っていることであっても、例外ではない。
 五感では捉えることができないことであり、内面的なことである性質や条件や因果関係や理由などに関しては、思考上で整理をしたことが無いことは未理解な状態にあり、未理解なことは自覚もできない。

 日常会話が可能になり、思考力や理解力は日常的に磨かれ、経験も十分にあって必要な情報も十分に記憶に溜まっていて、本人は直に知り得ることである記憶や識別や思考や判断に関することでも、思考上で整理をしたことが無いことは、客観的なことは未理解な状態にある。


 もともと備わっている知能の、本質的なことは自ずから経験し、能力の基本的なことは繰り返し経験する。
 そんなことに、凉香と理於は気づきはじめる。
 余計なことに捕らわれていたことにも気づき、余計なことに捕らわれていた事実確認をし、次に悪循環に陥っていたことを具体的に解明したことで悪循環から脱っする。この事実関係や因果関係を客観的に理解することで、すでに備わっている知能の性質や条件や機能や能力などを理解しはじめ、理解する準備がすでに整っていたことも理解する。
 

◆自分で分かっていなかったことが問題だった


理於「まだ曖昧なので、不思議なんだけど……。自分の気持ちに反する状態に、自分がなってゆく。なのに、具体的なことは分かっていなかった。つまり、自分で考えて行っていたことに関することなのに、具体的なことは知らなかった。ということなんだよな」
凉香「理於と、一年生のときから話したかった。なのに、声をかけづらくなってゆき、いつのまにか理於との間に距離を感じるようになった。なので、自分の気持ちや考えに反する方に向かっていることに気づいた。それは嫌だった。けど、なぜ、そうなってゆくのか具体的なことは知らなかった。むしろ、具体的なことは分かっていんだということをすら、具体的には知らなかった。そうなってゆく理由があるんだとも思わなかったし、改善が必要だとは思いもしなかった」
理於「俺も、そうだった。このあいだから凉香と話すようになったことで、自分の気持ちや考えに関することなのに分かっていなかったんだということや知らなかったんだということが具体的に分かってきた。以前は、本当の気持ちや考えを言えなくなっていたことも、分かっていなかった。そうだったことが、具体的に分かった。改善は、論外って言うの、そういう状態だったことも分かった。本当の気持ちや考えとは違うイメージを抱きはじめていたことも分かってきたし、そのイメージに基づいたことをしはじめていたんだということも分かってきた」
凉香「わたしも、理於と話すようになったので、いろんなことが具体的に分かってきた。距離を感じるようになったことなど、普段はイメージ上では見分けているけど、言葉にすることは無かったことも多くある。そんな、イメージ上で見分けていただけだったことも、理於と話すようになったので、言葉にして話すようになった。ちゃんと説明しようと思うので、考えて整理するようにもなった。だから、イメージ上のことだったのに、具体的に分かってきた」
理於「そうなんだよな。俺も、凉香と話すようになったから、事実確認もするようになったので、具体的なことも分かってきた。つまり、以前は、話す機会も無かったし事実確認をすることも無かった。だから、具体的なことをほとんど分かっていなかったし知らなかった。ということも、分かってきた」
凉香「一年生のときから、理於がわたしのことを気にしていることは、見て分かっていた」
理於「凉香が俺のことを気にしていることは、俺も見て分かっていた」
凉香「けど、一年生の頃からお互いに話したかったんだということは、理於と話すようになったから、具体的に分かったことよね」
理於「うん」
凉香「話すようになったから、信頼関係が成立するからだったことも分かってきたし、一年生の頃の気持ちの方が素直だったことも分かったし、正しかったことも分かった。けど、あの頃は、そういうことは知らなかった。しかも、声を掛けづらくなっていった」
理於「いつのまにか距離を感じるようになった」
凉香「自分の気持ちに反する方に向かう一方で、嫌だった。けど、そうなってゆく理由は知らなかったし、改善は思いもしなかった」
理於「俺も、もちろん理由は知らないし、改善は論外だった。むしろ、自分の気持ちに反する方に向かう一方だった」
凉香「けど、予想外のことを基に、理於と話すようになった。話すようになったから、一年生の頃の気持ちも、具体的に分かってきたわけだし」
理於「そうなんだよな。予想外のことを基に、凉香と話すようになった」
凉香「保護養育があってこそ生きられる子供は、信頼関係が大事なので、子供同士でも仲良くしたい。なので、子供同士で競争することや敵対関係を煽られることは、嫌う。そんなことをする大人の、言いなりにはなりたくないし、勉強も嫌うので、成績は良くない。けど、そういう子供同志間には信頼関係が成り立つ。反対に、大人の言いなりになり、競争すると敵対関係が増し、そんな子供同士は理解し合うのが難しくなるし仲良することも困難になるし、友達は限られ親友は更に限られる。だから、勉強はしないし成績は良くないけど平気だった理於と、わたしは話したかったんだということも、実際に理於と話すようになったから分かった」
理於「うん。凉香と話すようになったことで、いろんなことが分かってきた。だから、以前は、自分で考えて行っていることに関することなのに、具体的なことは知らなかったんだということも具体的に分かってきた」
凉香「うん。自分の気持ちに反する方に向かっていたことが、具体的に分かってきた。自分の考えや行っていることに関することなのに、知らなかったことも具体的に分かってきた。それは、具体的なことは分かっていなかったんだということを、裏付けるようなことが分かってきたからよ」
理於「初めて具体的なことを知るたびに、それまでは具体的なことは知らなかったんだということが明らかになる。当然のことでもあるよな」

凉香「実際に理於と話すようになったから、もともとお互いに話したかったことも具体的に分かったし、いろんなことが具体的に分かってくる。事実はすでにあるし、当然に理由もあるはずなのに、それは知らない。だから、それを知りたい。解決や改善ができるのなら、そういうこともしたい」
理於「うん。上辺だけで判断するようになっていたことは事実だし、そうなった理由などがあるはずなのに、なぜそうなったのか具体的なことは分かっていない。だから、それを知ろうとしてしまう」
凉香「うん。信頼関係を深め合えることも分かったので、どんどん話す。頭の中では未整理なことが錯綜しているって言うの、それを整理しながらどんどん考えるし、どんどん話す」
理於「うん。話すために考えもするし、話すことを考えて整理もする。だから、曖昧だったことが、具体的に分かってきた。だから、どんどん話す」
凉香「一年生の頃の方が素直だったけど、具体的には分かっていなかったので、上辺だけで判断するようになっていることにも気づけなかった。そうだったことも、理於と話すようになったことによって、明らかになってきた。本当の気持ちとは違う、多数派だとかの上辺だけのイメージを優先するようになったことも分かってきた。それで、距離感を感じるようになったのだとも思う。だから、素直だった頃に戻りたいのかも」
理於「そうかもしれない。直ぐに確かめることができないこともあり、具体的な判断ができないと、上辺だけで判断する。仲良くしたいので、競争は嫌いで、勉強も嫌いだ。なのに、成績が良い方が良いことであるかのように思えてきていた」
凉香「人柄よりは、身なりが良い方が良いような気がする。だから、おしゃれもしたくなり、流行まで気にしたりする。値段が、安いものよりは、高い方がいいような気がする」
理於「本当の気持ちとは違う、見た目だけで判断しているに過ぎない上辺だけのイメージを、優先するようになった。それが問題だったのなら、解消したい」
凉香「理於わたしは、五感では捉えることができない気持ちや考えに関することを、分かっていなかった知らない。だから、本当の気持ちや考えとは反する方に進み、距離を感じるようになったのよ」
理於「見た目だけで判断しているに過ぎない上辺だけのイメージを、優先するようになったことが、重要な問題だったことは間違いない。見た目や上辺なんかを気にしている場合じゃない」
凉香「うん。五感では捉えることはできないけど、気持ちや考えに関することのほうが重要なのよ。解明したいし、解消したい」
理於「凉香が、笑顔じゃなくて、冷静で真剣だから、信頼感がある。しかも、いろんなことが分かってくるのですっかり期待している」
凉香「ときどき冗談を言って笑わせている理於の、冗談が全く無いから、冷静になれるし真剣にもなれる」
 

◆もともと知らないことなんだ


凉香「ね、理於。もともとは、知らない。会うと、顔などを憶える。名前を聞くと、名前も憶えるのよね」
理於「うん。経験相応のことは、記憶に残る、憶えている、知っている。経験が無いことは、記憶に無い、知らない」
凉香「『知らない』とか『知っている』とか『憶えていない』とか『憶えている』などとも言うようになる」
理於「知らない場合は、必要に応じて尋ねもする。『なぜ』とか『どうして』とかも言うようになり、理由を知ろうとする」
凉香「理由や法則的なことなどは、目には見えない」
理於「自分が考えていることも、内面的なことなので、目には見えない」
凉香「自分が考えて行っていることに関しても、もともとは客観的なことは知らない。ということよね」
理於「学校でも教えない。家でも教えない。自分も、どこかで憶えるようなことをしたか、そんなことも無かった」
凉香「もともとは知らないことなのよ」
理於「そういうことになるよな。しかも、余計なことも学習する。もちろん、肝心なことを学習するとは限らない」
凉香「わたしたちは、まだ保護者が必要な子供。これから知るべきことがあるのよ」
理於「そういうことだよな」
 

◆でも知らないと自分が困ることにもなってしまう


凉香「もともと言葉を話せない子供は、言葉を憶えるほど気持ちや考えを伝え合えるようになるから、自発的に盛んに言葉を憶えようともする。聞いてくれる人がいるから、話す。そうだと、信頼関係もますます確かになる。分かってもらうために、整理して説明する。そうすることで、子供の気持ちや考えは、育つようにできているんだと思う」
理於「うん。でも、実際には、口封じする人はいたが、聞いてくれる人がいなかった。信頼回復もできなかったし、話すことも無くなった。だから、自分で考えて行っていたことに関することなのに、知らなかった」
凉香「うん。自分で考えて行っていることに関することは、理於と話すようになって初めて話すようになったことだから」
理於「うん。こういうことは、俺も、凉香と初めて話す。家庭でも話し合うことは無かったことだし、学校でも教えない」
凉香「うん。だから、自分で考えて行っていることに関することなのに、具体的なことは分かっていなかった」
理於「躾や教育は、大人の考えを一方的に子供に強いたり、煽てたり脅したりしてでも子供を言いなりにならせようとしているだけだから。この悪影響も、無視はできないよな」
凉香「大人の所為にはできないことも、もう分かっているけど、子供の気持ちに理解の無い大人の悪影響は無視することはできないよね」
理於「自分で考えて行っていることに関することだが、具体的なことを知らなかったとしても、まだ中学生なら別に不思議でもない。ということでもある」
凉香「けど、知らないと、自分の気持ちや考えに反する方に行ってしまったりするし、そうであることをすら知らなかったりする。ということよね」
理於「自分の考えや行っていることに関することだけに、自分が知らないと、自分が困ることにもなってしまう」
凉香「うん。自分の気持ちに反する方に進んでいたことは事実よ。その理由もあるはずだけど、知らない。知らないから、改善もできなかった。けど、理於と話すようになったことで、けっこう分かってきている」
理於「うん。やっぱり、自分の気持ちに反する方に進んだ理由は、解明したい。解決や改善もしたい」
凉香「うん。それができることに、もうすっかり期待しているもの」
 
 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

第一章 第2節 本当の気持ちを言えなくなってきている

 
 
 人は、目には見えないことでも、理解できるようになる。

 教えてもらった道順も記憶に残り、それを頼りに目的地に向かうこともできるようになる。
 教えてもらった道順が不確かな場合は、迷ったり、目的地に到達できなかったりする。

 日常会話でも、根拠や理由が乏しかったり無理や矛盾があったりすると、理解できないし納得できない。
 理解できなかったり納得できないと、会話は滞る。理解できないことや納得できないことを、強行したり勝手に歪曲させたりすれば、損をしたり痛い思いをしたりする。
 そういう経験上、必要に応じて尋ねたり確かめたり、調べたりする。教えてもらった道順が不確かな場合は、現地で尋ねたりする。知る必要がある内容しだいでは、教習所に通ったり学校に行ったりする。
 教えてもらった道順が適切な場合は、目的地に到達する。日常会話でも、思考上で、事実関係や因果関係に基づいた整理ができた場合は、相応の関係上や構成上で理解でき納得もできる。
 理解できたことは、記憶に残る。目的地に到達できた場合は、相応の道順に関する情報が記憶に残る。
 自分の記憶に残っていることは、何時でも何処でも想い出すことが可能で、想い出したことを参考に識別や思考や自覚なども可能になる。道順を知った所へは、迷わずに到達できる。
 繰り返し行くほど、道順は詳しくなる。日常でも、繰り返し見聞きしたことに関する記憶は確かになり、繰り返し確かめたりしたことに関することは詳しく記憶に残る。
 詳しい情報が記憶にあることほど、具体的に的確に可否や是非などの判断が可能になる。感覚的なことも記憶に残るので、繰り返し試して修正したり微調整したことほど上達し、繊細な識別や判断や俊敏かつ的確な動作などが可能になる。更に熟練すると、一々確認しなくても、記憶に残っている情報だけを参考に識別や思考や判断が可能になるだけに、条件反射的な速さで繊細な識別や判断や俊敏かつ的確な動作などが可能になる。
 具体的で的確な識別や思考や判断が可能なことほど、適切な動作や説明や行動も可能になる。記憶に残っていることだけを基に、道順を詳しく的確に教えることも可能になる。
 適切な動作や説明や行動などが可能なことほど、悪しき結果になることは避けることが可能になるとともに、より好結果にすることも可能になる。
 こういう経験も、本人の記憶に残る。基本的なことほど、繰り返し経験する。繰り返したことほど、本人の記憶に確かに残る。自分の記憶に残っていることは、何時でも何処でも想起可能なので、こういうことを思考上で整理するだけで客観的に因果関係や理由などを理解することも可能になる。
 備わっている各感覚器官や意識や記憶力などで構成されている知能の機能や本質や能力上、学習力や思考力や理解力など自体は、日常会話で発揮するようになるだけに、日常的に磨かれる。
 日常会話は、記憶に残っている情報だけを参考に識別や思考や判断が可能になったことを物語っていて、それを基に条件反射的な速さで口や唇や舌や呼吸などを俊敏かつ的確に操作できるようになったことを実証しているとも言える。
 経験し、記憶に溜まっていることを、思考上で客観的に整理する場合は、現在と言う時間に捕らわれることなく、時間経過上の一連のこととして客観的に捉えることも可能で、事実関係や変化や因果関係や理由などを関連していることとして理解することも可能になる。備わっている知能の機能や本質や能力上、独自に客観的に理解できる準備は自ずから整う。

 凉香も理於も、独自に客観的に理解できる準備は十分に整っていた。
 そんな、客観的に捉えることが可能になったことに、凉香と理於は気づきはじめる。
 ただ、躾や教育の内容は、それ以外のことばかりで半ば強制的なだけに、そんなことに気を取られがちだった。
 

◆本当の気持ちを言えなくなっている事実確認


理於「凉香」
凉香「ん?」
理於「俺も、自分の本当の気持ちを言えなくなってきている」
凉香「理於は、先生にでもあんなことを言えた。わたしは、あの日は何もできなかった。次の日も、やっと言えた。皆の目ばかり気にして、余計なことばかり考えてしまい、自分の本当の気持ちを言えなくなっている」
理於「俺も、そうだ。凉香が言うように、本当の気持ちは、仲良くしたい。だから、競争は嫌いだ。競争を強いる大人の、言いなりにもなりたくない。でも、競争を強いる大人の、言いなりになって競争する方が多数派で、言いなりにならない方は少数派だと考えられる。もちろん、友達は限られ、親友は更に限られ、理解し合える人は更に限られる。むしろ、気持ちや考えが違う人が多数派だから、気にもなるわけだよな」
凉香「うん。もともと、保護者が必要な子供は、協力関係や信頼関係が必要なわけでしょ。それで、自分を守ることもできるわけだから。だから、子供同士でも仲良くしたい。だとすると、競争を強いる大人の言いなりになること自体が、自分の素直な本当の気持ちや考えを捨てることになる。敵対関係を煽られて競争するほど、協力関係や信頼関係に背くことになる。現に、理解し合うことは難しい」
理於「うん。保護者が必要な子供は仲良くしたい。なのに、言いなりになったり競争したりすることは、自分らしさを見失うことだったり、自分らしさを捨ててしまうことだったりするわけだからな」
凉香「だから、登校したくない子だっているんじゃない。それでも、『学校へ行け』とか『勉強しろ』と言われる家庭だと、保護者が子供を保護しているとは言えない。親子間の協力関係や信頼関係も成り立たない。保護者が必要な子供にとっての最低限の信頼関係も成り立たない。だから、死んだほうがいいと思う子だっているのかも」
理於「それ、当たっていると思うよ、凉香」
凉香「もともと、保護者が必要な子供は、仲良くしたい。だから、競争や勉強が嫌いで、大人の言いなりにはならない。もちろん、成績が悪い。けど、平気。仲良くしたいから、競争は嫌いなので、そんな子供同士間には信頼関係も成立する。だから、話したいとも思う」
理於「俺も、そうだった。だから、一年生のときから凉香と話したかった。なのに、本当の気持ちや考えを言えなくなり、皆の目を気にするようになり、余計なことばかり考えるようになった。いつのまにか距離感を感じるようになったのも、同じことだったんじゃないかな」
凉香「うん。距離感を感じるようになったので、寂しかった。こうして話しはじめたら、こんなに話し合えるわけだから、一年生の頃に話したかったのは素直な気持ちや考えだったし本当だったのにね」
理於「うん。なのに、話せないでいるうちに、いつのまにか凉香に嫌われたのかと思ったりした」
凉香「わたしも。いつのまにか、理於が近づくのを避けているような気がしたり、理於が目が合わないようにしているような気がするようになった」
理於「え、俺も、そうだった。この事実関係もよく分かっていなかったが、本当の気持ちや考えに反している感じがするようになった。それなりの理由があったことになるよな」
凉香「皆も、本当の気持ちや考えを言えなくなっているんだと思う。先生が作った問題が間違っていたことには、わたしよりも成績が良い人たちは気づいていたはず。だから、気づいていた人は少なくなかったはずよ。なのに、誰も先生に言わなかった。たぶん、大人の言いなりになっている人や、自分の本当の気持ちや考えを言えなくなってしまっている人は多いんだと思う」
理於「凉香は、そんなことにも気づいていたんだ」
凉香「けど、他人のことは確かめようが無い。自分の気持ちに反する状態になってゆくし、それは嫌だったのに、具体的なことは分からないし解決できなかったんだから」
理於「俺は、凉香と話し始めてから、いろんなことが分かってきた。自分の本当の気持ちや考えを言えなくなっているんだということには、俺は気づいていなかった」
凉香「理於は、あんなことでも言えた。だからなんだと思う。理於は、自分の本当の気持ちや考えを先生にでも言えたんだから」
理於「誰でもいいから、俺の言い分を聞いてほしかったような気がする。そして、目鎮先生は聞き入れてくれそうな気がした。もちろん、凉香がどんな反応をするのかも気になった。だから、言えた」
凉香「わたしは、自分の本当の気持ちや考えを言えなくなっていることには気づいて、なんとかしたい気がしたりした。だから、理於が先生に言ったことで、打開されかけた。けど、言いなりになっているような人の目が気になったり、後ろ指を指すような目で理於を見ている人のことを気してた。だから、理於にでもやっと言えた」
 

◆理由が分かっていないし解決できていない


理於「いつのまにか距離感まで感じるようになったのに、こうして凉香と俺が話すようになったのは、先生が逆上したからであり、予想外のことを基にこうなったわけだよな」
凉香「そうよね。もともとは話しかった。けど、自分の本当の気持ちを言えなくなる一方だった。なのに、こうして理於とわたしは話すようになった」
理於「うん。距離感を感じるようになった具体的な理由が分かったからではないし、本当の気持ちを言えなくなった具体的な理由が分かったからでもないし、解決できたからでもないんだよな」
凉香「うん。予想外のことを基とはいえ、こうして話すようになった。だからなのか、本当の気持ちを話しているような気はするけど、一年生の頃に話したかったことは思い出せないし、的外れなことを話しているような気もする」
理於「だよな。話せるようにはなったが、もともと話したかった内容は話せていない」
凉香「たぶん、誰も言えなくなっていて、少なくとも誰も言わなかった。そういうことを、理於は、先生に言った。理於は本当の気持ちや考えを言えた。あのことは、わたしには衝撃的だった。けど、先生は逆上した。なので、わたしは自分の本当の気持ちを示すことはできなかった。あの日は、自分の気持ちを理於に言うこともできなかった」
理於「俺も、先生が逆上して口封じしたので、そのことに気を取られた」
凉香「けど、先日、理於が確認してくれたので、距離感は無くなり、こうして理於と本当の気持ちや考えを話すようになった」
理於「凉香には伝わり、凉香は聞き入れてくれた。でも、先生には、伝わらず、逆上された。ということだったんだ」
凉香「うん。先生が作った問題に無理があるとか間違っていることには、たぶん皆も気づいていたはずよ。けど、誰も言わなかった。だから、たぶん本当の気持ちや考えを言わなくなり、大人の言いなりになるようになって誰も言えなくなってしまっていた。わたしも、自分の本当の気持ちや考えを言えなくなってしまっていた。それを、理於が言ってくれた」
理於「俺は、予想外の展開に気を取られたが、凉香は、あの時点で共感してくれていたんだ」
凉香「もともと、やらされることは嫌いで、競争させられる勉強は嫌いで、本当の気持ちや考えを大事にしていたことや、だから話したいと思っていた点も、共通していたからだと思う。なのに、距離感を感じるようになったわけだから」
理於「もし、先生が逆上しないで、聞き入れてくれたとしたら?」
凉香「理於が言った時点で、わたしは感動した。けど、先生は逆上した。先生が、台無しにしたのよ」
理於「凉香と俺は、普通に話すようになったんだ」
凉香「そうなったと思う」
理於「一気に距離感は無くなった、ということか」
凉香「だから、余計に目鎮先生を嫌いになった」
理於「俺も、一転して嫌いになった。でも、もし、そうだったとしても、距離感を感じるようになった具体的な理由が分かったわけではないし、本当の気持ちを言えなくなった具体的な理由が分かったわけでもないし、解決できたわけでもないよな」
凉香「うん」
 

◆でも本当の気持ちや考えを言えてきている


凉香「理於が聞いてくれるから、わたしはこうして本当の気持ちや考えを言える。理於には、愛想笑いをする必要も無い」
理於「凉香が聞いてくれるから、俺も本当の気持ちを言える。でも、凉香が言ったように、本当の気持ちを話しているような気はするんだけど、一年生の頃に話したかったことは思い出せない」
凉香「わたしも、的外れなことを話しているような気もする」
理於「でも、凉香が聞いてくれるから、俺も本当の気持ちを言える。だから、いままで気づいていなかったことにも気づくし、確かめたりもするので分かっていなかったことも具体的なことが分かったりする。それなりに本当の気持ちを言えているっていうことだよな」
凉香「うん。理於が聞いてくれるから、しだいに本当の気持ちを言えるようになっている。本当の気持ちを聞いてくれる人がいるだけで、子供の気持ちや考えも健康的に育つのだと思う」
理於「これはなに?あれは?なぜ?どうして?って自分が知りたいことや必要なことは自発的に憶えようとしたんだからな」
凉香「本当の気持ちを聞いてくれる人がいて、どんどん本当の気持ちを話せば、距離感を感じるようになった具体的な理由もきっと分かるし、本当の気持ちを言えなくなった具体的な理由もきっと分かる」
理於「だよな。具体的な理由が分かれば、具体的に打開や解決や解消もできる。的外れなことに気を取られているだけかもしれないし」
凉香「うん」
理於「本当の気持ちや考えを言えなくなって、自分の意に反する状態になっていっていたのに、具体的なことは自分で分かっていなかった。っていうことなんだよな」
凉香「わたしも。なんとかしたい気はしたが、どうすればいいのかも分からなかった。だから、それ以外のことに気を取られていた」
理於「うん。理由などは自分で分かっていなかった。だから、打開や解決はできるはずがなかった。むしろ、それ以外のことに気を取られていた。でも、聞き入れてくれそうだった先生に向かって、とりあえず本当の気持ちや考えを言った」
凉香「それが基で、理於と話すようになった。そして、自分の意に反する状態になっていっている事実を認め、本当の気持ちや考えを言えなくなっていることを確認して、この理由も知ろうとしている」
理於「理由を具体的に理解できるほど、具体的に解決や解消もできる」
凉香「具体的な理由を見つけて、具体的に解決できたら、理於とわたしの心からはモヤモヤは無くなって、本当の気持ちや考えを普通に話し合えるようになる」
理於「逆上したり口封じする人とは、話したくない。相手しだいで、話せる内容が限られる。俺と凉香とだけでも、余計なことを気にせずに、本当の気持ちや考えを話し合えるようになれたらいいよな」
凉香「もともとは、できそうだった。なのにそうではなくなった。そんなことでもある」
 

◆逆上して口封じする大人の所為ではない


理於「自分の気持ちや考えとは違い、実際には、あんな結果になった。ああなると、ああいう先生とは、もう口は利きたくなくなるよな」
凉香「大人の言いなりにならない子供を大人は口封じをするから、子供は本当の気持ちを言えなくなる。そして、大人の言いなりになり、やらされたことをやるようになる」
理於「俺も、本当の気持ちを言えなくなったから、距離感を感じるようになるなどしたのか。距離感を感じるようになるなどしたから、本当の気持ちを言えなくなったのか。この関係も、具体的には分からないけど、関係はしてるような気がする」
凉香「うん。保護者が必要な子供同士は、仲良くしたいわけだし、これが本当の気持ちだと思う。競争が嫌いだと成績は悪いけど、仲良くしたい本当の気持ちや考えは共感もしやすいんだと思う。けど、信頼を回復したいのに反抗だと決めつけられ、大人の言いなりになり、更に暴力的に口封じされたりすると、本当の気持ちや考えを言えなくなってしまう」
理於「口封じする先生とは口も利きたくなくなるが、話を聞いてくれる凉香とはどんどん話したくなる」
凉香「本当の気持ちや考えなのに、暴力的に口封じしてしまうのは横暴過ぎるけど、それに屈服して本当の気持ちや考えを言えなくなってゆくって、大変なことなんだと思う」
理於「言いなりになるだけで、危険だ。だから、大人の言いなりにはならなかった。大人の上辺だけや横暴さを批判視していた。だから、本当の気持ちを言えなくなったことや距離感を感じるようになったのは、大人の所為だとは言えない」
凉香「そうよね。大人を批判視していたし、大人の言いなりにはならなかったんだから。逆上されたり暴力的に口封じされたりすると、そういう人とは口を利きたくなくなるけど、信頼関係を回復しようともした。反抗だと決めつけられるようなことも言っていた。反抗だと決めつけられて、理解し合えず、信頼回復もできない。けど、本当の気持ちを言えなくなった理由や距離感を感じるようになった理由は、他にあるっていうこと?」
理於「理由は他にあることになる。そう考えないと、本当の気持ちを言えなくなった理由や距離感を感じるようになった理由は見つけられないし、解決できない」
凉香「うん。母さんが作ったご飯だと、食べたくても、『いらない。食べたくない』って言ったりもする」
理於「えっ。俺も、そんなことを言ったりする。そして、気まずかったりする」
凉香「うん。自分で考えて言ったのに、気まずかったりする」
 

◆本当の気持ちとは違うイメージを真に受け始めたからだ


理於「逆上されるまでは、ちゃんとした先生だというイメージで見ていた。つまり、具体的なことは知らないまま、単に先生だという上辺だけの事実を基に、信頼できる人であるかのようなイメージで見ていたことになる。だよな」
凉香「うん。勉強も良いことなんだというイメージだった。けど、保護者が必要な子供たちは仲良くしたいのに、子供同士に競争させてでもやらせようとする。だから、勉強は嫌いだった。こっちが本当の気持ちなのに、上辺だけのイメージとして勉強は好いことなんだというイメージも抱いていた」
理於「子供が本当に憶える必要があることなら、子供同士が教え合ったり見せ合ったりしてでも憶えた方がいいはずだ。なのに、見せ合ったり教え合ったりすると、罰される。つまり、子供が本当に憶える必要があることを憶えてもらおうとしているわけではない、ということになる」
凉香「だから、点数をつけたり順位をつけたり表彰したりして子供同士に競争させて、子供同士の敵対心を煽ってまで子供を言いなりになるように仕向けている」
理於「だから、逆上して暴力的なことをしてでも口封じし、逆らうことを許さない。もちろん、大人は間違っていることは認めない」
凉香「子供たちは保護者が必要なくらいだから、仲良くしたい。なのに、それに反することばかり。だから勉強は嫌い。なのに、こんな自分の気持ちとは関係なく、いつのまにか勉強は大事なことなんだというイメージも抱いていた」
理於「凉香と話したかったのに、いつのまにか距離感を感じるようになった理由も、似たようなことなのかもしれない。一年生の頃には、成績が良い方ではなく、勉強が嫌い、という理由で凉香に近づくのは、気が引けた。そして、いつのまにか、勉強も大事なことであるかのようなイメージを抱きはじめていたわけだから」
凉香「わたしも。距離感を感じてしまう元になるようなイメージを抱きはじめていたんだと思う」
理於「うん。自分の気持ちや考えがあるのに、それとは違う上辺だけの事実を基にしたイメージを抱くようになり、そっちが優先するようになった。歌手だとか俳優だとかも、肝心な人柄は知らないのに、テレビに出ているだけで、それなりに優れた人なんだというイメージで見るようになっていた」
凉香「わたしも。歌だとかテレビドラマのような恋だとか愛だとか、ああいうことだとは思われたくなかった。なのに、テレビに出ているとか沢山お金を稼いでいるとか見た目や上辺だけで、優れた人なんだというイメージを抱くようになっていた」
理於「俺も、歌だとかテレビドラマのような恋だとか愛だとか、ああいうことだとは思われたくなかった。なのに、凉香とは距離を感じるようになった。本当は、凉香と話す機会が来ることに期待していたのに」
凉香「わたしも、そうだった。本当の気持ちや考えで捉えていたことがあるのに、それとは違う、しかも見た目や上辺だけを基に判断したイメージを抱くようになっていたことになる」
理於「俺も。自分の気持ちや考えを大事にして、言いなりにはならなかったのに。保護者が必要な子供だから、仲良くしたい。だから、競争させられることは嫌った。なのに、高校進学や学歴は大事なことであるかのようなイメージを抱きはじめていた」
凉香「わたしも。言いなりになったり、競争させられているのに、そんなことに夢中になったり成績が良いことで優越感を感じたりしているような人は嫌いだったのに」
理於「自分の気持ちや考えとしては、肝心なことを見抜けていたことになる。なのに、いつのまにか、それとは違う上辺だけの事実を基にしたイメージを抱きはじめていた」
凉香「自分の気持ちや考えを大事にする方は少数派で、言いなりになる方は多数派なので、少数派は多数派に圧倒されて、そっちに流されそうだったのかも」
理於「うん。やっぱり、自分の本当の気持ちや考えの方が大事なんだ。大事なことを見抜けていたんだから。大人が上辺だけで騙して子供を言いなりにさせようとしていることも見抜いていたわけだから。な、凉香」
凉香「うん」
理於「凉香と俺の気持ちや考えが少数派だから、多数派が気になり、多数派のイメージを抱くようになり、それが優先するようになったのかもしれない。だから、自分の本当の気持ちや考えを見失いそうだったくらい、余計なことを気にしていた。つまり、多数派の方に移行しかけていた、っていうこと?」
凉香「仲良くしたいから、つい上辺だけ愛想良くしたりしていた。けど、後ろめたかったから。本当の気持ちではなく、それとは違うイメージを基にして考えたり判断したりするようになっていたっていうこと」
理於「だと思う」
凉香「自分で考えて行っていたことなのに、知らなかった」
理於「うん。大人は、煽てたり脅したりしてでも子供を言いなりにならせようとし、敵対関係が煽って競争させてでも勉強させようとする。だから、大人の言いなりになるのを嫌い、自分の気持ちや考えを大事にしていたから、成績が悪くても平気だった。そういう子供同士間には信頼関係が成り立つわけだから」
凉香「もともと保護者が必要な子供同士は仲良くしたいわけだし」
理於「凉香と話したかったのに、勉強が嫌いで成績が悪いことを理由に近づくようなものなので、気が引けた。あの時点で、すでに間違ったイメージを抱きはじめていたからだったことになる」
凉香「うん」
 

◆言いなりにはならなかったのに同じような結果に……


凉香「うん。自分の本当の気持ちや考えを大事にして、もっと確かに育てよう、理於」
理於「うん。自分の本当の気持ちや考えを、もっと確かなものに育てないと。肝心なことを見抜けないと、つい見た目だけで判断して、そっちに流されてしまう」
凉香「まだ保護者が必要だし、子供なのよ。だから、知らないことや出来ないことばかりなのよ。だから、自分の本当の気持ちや考えを、これからもっと確かなものに育てないといけないのよ」
理於「そうだよな。まだ、保護者が必要だし、知らないことや、出来ないことばかりだし、子供だ。自分の本当の気持ちや考えも、未完成なんだ。これからもっと確かなものに育てないと」
凉香「わたし、理於だけが頼り」
理於「俺も。凉香だけが頼りだ。萎えてしまいそうだった自分の本当の気持ちや考えが、凉香と話せるようになったので救われたわけだから」
凉香「わたしも。理於と話すようになったから気づいたけど、あのまま話さなかったら気づけないまま、多数派に流されたと思う」
理於「本当の気持ちや考えとは違う見た目や上辺のイメージの方を、メインにしはじめていた、ということだよな。俺は、凉香が『余計なこと、気にする必要ない』って言ってくれたのだ、間違いない、と思ったのに、余計なことばかり気にしていた。だから、むしろ大事なことを、凉香に確かめることができなかった」
凉香「よく分からないんだけど、わたしは自分の気落ちに反する方に行っているような感じがして、それをなんとかしたいような気もしたりした。だから、先生にああいうことを言えた理於を、応援したかった。けど、次の日になって、やっと言えたから、ちゃんと言えなかった。理於の反応も無かった。もう一度、ちゃんと言わなきゃとも思った。けど、皆の目ばかり気にして、言えないままになった」
理於「俺だって、あそこの桜の木の下でやっと確かめて、凉香が『応援した』って言ったのに、訳の分からない複雑な余計な考えが一瞬よぎった。こうして話ながっら考えると、俺も、余計なことばかり気にして余計なことばかり考えるようになっている。あの次の日、俺の前を通った凉香は、俺の方を見て、一瞬だったが俺の目をしっかり見て、何とか言って、去った。凉香は、笑顔ではなく、無表情に近かった。そうだったことを思い出しながら、それに当てはまる言葉を考えていたら、『余計なこと、気にする必要ない』って凉香が言ってくれたんだと思った。あの時の雰囲気とも一致していた。この部分だけは間違いないと思った。なのに、余計なことばかり気にしていたから、何日も、凉香に確かめることができなかった」
凉香「わたしだって、皆の目を気にして、余計なことばかり気にして、本当の気持ちを言えなくなっている。けど、理於は、あんなことでも言えた」
理於「先生だって、聞き入れてくれるかもしれないとも思ったから言えた。凉香とも、大事なことだとか、確かめる必要があるとか、気づいたから、話し掛けたが、やっとだった」
凉香「いろんなことを気にしたり考えたりするから、相手によっては話す内容も限られるし、話せる相手も限られる。わたいも、理於とは一年生のときからずうっと話したかったのに、やっと話せた。話しはじめたら、話しながら、他の話したかったことも思い出そうとしていた」
理於「俺も。話すことが途切れたらどうしようと不安で、頭の中で常に話題を探しているような感じだ。信頼回復したいのに、反抗だと決めつける大人に対しては、言わずにはいられないこともあるが、あれとは違っていた。大人に対して言うときは、逆に口封じされるかもしれないという思いが少なからずあるわけだから。逆上した先生とは、もう口は利きたくない」
凉香「生徒の本当の気持ちを、踏み潰してしまうような先生なんて、最低、最悪」
理於「でも、先生に呆れて気づかなかったし、できなかったけど、逆上や暴力的な口封じにこそ抗議すべきだったのかも。でも、目鎮先生は聞き入れてくれると思ったから言ったわけだから、逆上に抗議する準備はしていなかった。だから、呆れて言葉を失った……」
凉香「大人は、自分にとって都合がよくないことが育ちそうなだけで、その芽を摘み取ったり踏み潰したりしてしまうのよ」
理於「だから、逆上に対する抗議や説得の準備もできないんだ」
凉香「けど、あれで十分よ。自分がされて嫌なことなのに、自分がするのは抵抗があるし、仕返しや喧嘩は両成敗されることだから。先生こそ、間違いを指摘されたのに、反省できなかったり自分の間違いを正せないのなら、本当は先生の資格が無いんだと思う」
理於「俺、小学校6年生のときも、同じようなことを言って、先生に逆上されて、逃げた……」
凉香「同じようなことって?」
理於「友達と中庭で遊んでいた。その中庭を、直角に曲がった渡り廊下が囲んでいる。その渡り廊下を通る先生が帽子を被っていた。子供たちには『校舎内では帽子を取りなさい』と常に言っていた先生だったので、そのことを言った。そしたら、先生は血相を変えて外に出てきた。だから、走って友達と一緒に校庭を走り一気に校門を抜けて農協の前まで逃げた」
凉香「それでよかったのよ。暴力的なことはしちゃダメ。そんなことがあったのに、このあいだも理於は先生に言うべきことは言えたことが大事だと思う」
理於「逆上に対する抗議や説得はせずに、逃げてばかりだ」
凉香「けど、暴力沙汰になってしまうのを、理於たちが避けたことになるわけでしょ。暴力的なことに反感があると、暴力的なことはできない。暴力的なことを自分が嫌っているのなら、自分で暴力的なことをすることは無理だし。このあいだも、先生は、暴力的に片付けようとした。そのことに、理於が呆れた。だから、暴力的な対抗はしなかった。自分がされて嫌だったことだから、同じことを仕返すことも理於はしなかった。だから、暴力沙汰にはならずに済んだ。理於の気持ちや考えの方が理に適っているのよ」
理於「格好だとか見た目だとか、余計なことを気にしていた。暴力的に片付けようとすることには、呆れるしかないわけだ」
凉香「言葉で指摘できるだけで十分なのだと思う。理於が言ったことは正しくて、先生が間違っていたことも、先生は分かったわけだから。なのに、更に間違ったことを先生はしてしまったのよ。わたしも、余計なことを気にし過ぎて、上辺だけの間違ったことをするようになったからだと思うけど、自分の本当の気持ちの方が説明できないくらい萎えているような気がする」
理於「俺だって、やっと凉香に確かめることができた。最近、余計なことを気にして、それに巻き込まれたり流されたりしている感じがしたこともあった。やっぱり、多数派の方に移行しかけていたのかな」
凉香「わたしも。余計なことばかり気にして、そっちに流されそうな感じだった」
理於「大人が強いることには反感があるのに、進学とかを気にしていたりする。そんなことは、俺にとってどうでもいいことなのに……」
凉香「理於。余計なことは気にする必要ないよ」
理於「だよな、凉香。大人の言いなりになる人もいるんだから」
凉香「あることを支持る人たちがそれを、それを持て囃している。誰もが持て囃しているわけではないし、誰もが支持しているわけでもない。それを嫌っている人だっているわけでしょ」
理於「俺は、悪いことをしているわけじゃない。勉強以外のことを重視している。自分の気持ちや考えを大事にする」
凉香「わたしも。理於と一緒。勉強以外のことを重視する。自分の気持ちや考えを大事にする」
理於「誰かに言われなくても、自分で考えて判断できるようになることが大事なわけだから」
凉香「自分の本当の気持ちを大事にするのは自然よ当然よね」
理於「一年生のときから、できなかったことや見失いかけていたことを、一気にやっている感じだ」
凉香「このあいだ、話し始めたときは、一年生のときからそうすればよかったと思ったけど、全然、遅くない。もう、友達関係を超えたよね」
理於「数日で、友達関係を超えた」
凉香「親友関係とも、ちょっと違うよね。もう、親友関係も超えちゃったのかな」
理於「大事だと思うことが共通な関係だから、こういう関係って、同志とかって言うんじゃない。凉香、『俺たち』って言っていい?」
凉香「同じことを重視する、『わしたち』って言おう」
理於「うん。自分で考えて判断できるようになることを大事にしよう」
凉香「自分の本当の気持ちを大事にするんだから、これからだよね。よろしくね、理於」
理於「うん。よろしく、凉香」
 
 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

第一章 第1節 やっと話せた

 
 
 記憶を参考にした識別や思考や理解などの機能的なこと関すること、機能上で処理される情報の具体的な内容。
 それらは、本人だけが直に知り得ることでもある。
 それらは、行動や結果を左右する中枢であり、意思に基づくことでもあり、中学生になると、独自に客観的に理解できる条件も整う。

 記憶を参考にした識別や思考や理解などの、基本的なこと。
 これは、誰でも日常会話で理解力を発揮するようになることであり、共通なことなので、理解し合うことも可能になる。

 そういうことだからなのか、中学三年生の凉香と理於に対する躾や教育には、行動上の中枢に関することは盛り込まれていない。
 凉香と理於に対する躾や教育の内容は、行動上の中枢に関することは無く、それ以外のことばかりで、しかも半ば強いていた。
 凉香と理於も、自分が考えていることや自分が行っていることことに関することでもあり、わざわざ考えたことは無かった。

 本人は直に知り得る自分の記憶や思考に関することであっても、理解できる準備が整っていることでも、思考上で整理をしたことが無いことは、性質や特徴や関係などの具体的なことはほとんど未理解な状態にあり自覚もできない。
 そういう性質がある自分の精神面に関することを、未理解なだけに、そうであることに、凉香と理於は気づくこともできずにいた。
 精神面に関する具体的なことを未理解な状態にある凉香と理於は、精神的な悪循環に陥りはじめていて、矛盾ゆえの葛藤を余儀なくされていたが、そうであることに関しても気づけずにいた。
 
 

◆やっと話せた



 休み時間。
 左の方から近づいてくる凉香に、理於は気づいたが、凉香は一向に理於と視線を合わせない。
 数日前に同じように近づいてきた凉香は声をかけてくれただけに、意図的に視線を合わせまいとしているように理於には見えた。
 凉香は、そのまま目の前を通り過ぎようとする。
 俺が声を掛けることに凉香は期待しているのか……。むしろ、こんな状況になることを俺が待ち続けていた……。
理於「あ……凉香……さん」
凉香「なに? 理於君?」
理於「ああ……。理於でいい。俺、呼び捨てでいいよ」
凉香「……わたしも。『すず』でいい」
理於「え……。凉香は、香もあったほうがいいよ、凉香」
凉香「皆、『すず』って呼ぶよ」
理於「俺は、凉香、って呼んでもいい?」
凉香「いいよ、理於。理於に、凉香って呼ばれるのって、新鮮」
理於「凉香に理於って呼ばれるのも、いい感じだ」
凉香「呼び捨てで呼ぶからなの、ちょっと嬉しい」
理於「俺も。凉香が呼び捨てにしてくれたから」
凉香「呼び捨ては、親しい人同士がすることだからかな」
理於「一年生のときから一緒のクラスで、もう三年目なのに、やっと話せたから」
凉香「そうだよね。こうして話すの、初めて」
理於「三年目で、やっと話せた」
凉香「理於。これからは、ちゃんと話そ?」
理於「うん」
凉香「わたし、理於と話したかったの」
理於「俺も。凉香と話したかった」
凉香「理於と話したかったことが、いっぱいあったのに……。皆の目も気になるし……」
理於「俺も。皆の目が気になる。凉香と話したいこともいっぱいあって、やっと話せたのに……、話が途切れることばかり心配している」
凉香「わたしも。何を話したかったかを思い出せない……」
理於「俺も……。凉香、昼休み時間に、ちゃんと話そ?」
凉香「理於、これから、どんどん話そ?」
理於「うん。これから、どんどん話そ、凉香」
凉香「うん。約束よ」
理於「うん。約束する」

 昼休み時間。
凉香「さっきは、皆の目が気になって、あんまり話せなかった」
理於「俺も。皆の目を気にしてたから」
凉香「ね。あそこ。あの桜の木の下。あそこへ行って、座って話そ?」
理於「うん」

凉香「さっき、これからどんどん話す約束までしたから、理於とのことばかり考えてた。これまでちゃんと話せなかったことがなぜだったのかとか」
理於「俺も。もっと早く声を掛ければよかったとか、なぜそうしなかったんだろうとか、凉香とのことばかり考えていた」
凉香「一年生のときから、ずっと、理於と話したかった。なんでもいいから、理於と話したかったのに」
理於「俺も。ずっと、凉香と話すきっかけが欲しかった。さっきみたいに凉香に声を掛けやすい状況になることにずうっと期待してた……」
凉香「理於と話せなかったから、小学校で理於と同級生だった千恵ちゃんに、理於のことをいろいろ訊いた」
理於「俺も、凉香を知った一年生の時とは全然違っている。後ろから見ても凉香だって分かる。声だけでも凉香だって分かる」
凉香「わたしも。一年生のときから、なにかを話したくて、いつも理於のことを気にしていたから」
理於「一年生の時、凉香は鉛筆の持ち方を直した」
凉香「鉛筆の持ち方が変だと言われて、自分でも気にしていたんだけど、理於に見られてるのが気になったから直した」
理於「こうして話すのは、今日、初めてだけど、学校に来ると凉香と会える。そうなってから、三年目なんだよな」
凉香「うん。だから、今日、初めてちゃんと話すのに、初めてじゃないような気がする」
理於「俺も。もういろんなことを知っているから。こうして話すと、凉香が言葉にしたこと以上のことも伝わるし」
凉香「うん。理於の、息づかいとか、言葉の間隔とか、言葉の微妙な抑揚だとか、そういうことからも理於の気持ちを感じる」
理於「凉香の、ちょっとした手の動きとか、振り向いたときとか、そういうことから、言葉にはならないことも伝わるから」
凉香「『相手の目を見て話しなさい』って大人は言うけど、こうして同じ方を向いている方が、わたしは自分の本当の気持ちや考えは言いやすい」
理於「俺も。自分の本当の気持ちや考えは、目には見えない。だから、目に見えるものに気を取られると、自分の本当の気持ちや考えは、自分でも捉えらるのも難しくなるわけだろ。大人は、強制的だったり支配的だったりするだけだ」
凉香「理於、ちゃんと話すって、いいね」
理於「うん。大人は子供の話は聞いてくれなかったから」
凉香「ちゃんと説明することさえ許されなかったから。子供が本当の気持ちや考えを言っても、大人は聞く耳持たないどころか口封じする」
理於「凉香。俺と仲良くしてください」
凉香「はい。わたしと、仲良くして。理於」
理於「たくさん話そう、凉香」
凉香「理於、これからはたくさん話そう」
理於「凉香、ありがとう。今日は好い日だ」
凉香「ありがとう、理於。今日は最高の日だわ」
理於「こうなるんだったら、一年生のときに頑張って話し掛ければよかった」
凉香「わたしも。ね、ね、一年生の時、音楽の先生がコーラス部を作ると言って、わたしたちが呼ばれた時のこと、憶えてる?」
理於「黒板の前に並ばされて、後ろの一段高い列に左側から凉香が上がって、その次が俺だった。俺の足元を見ていた凉香は小刻みに足を動かして右に移動して、俺の場所を空けてくれた。そして、まっすぐ下したままの左手をチョコチョコチョコチョコと動かして手招をきして小声で『もっとこっちに……』と言ってくれた」
凉香「理於と隣になれることが嬉しくて、自然にああした。つい、手を貸そうとした」
理於「うん。凉香の指先が俺の方に向いて、腕も少し俺の方に動いて、俺が上がるとき凉香は思わず手を貸そうとした」
凉香「子供の頃に自然にしていたように、理於と手を繋ぎたかった。だから、残念だった」
理於「俺も、小さい頃にしていたみたいに、凉香の手を掴みそうになった。でも、子供みたいだと気になって、そうしなかった。凉香と初めて並んだけど、何もできなかったことを惜しんでいた」
凉香「あの時は立った状態だったけど、今と同じように並んだ」
理於「そうだ、同じだ」
凉香「理於。今度、自然にそうしたくなった時は、自然にそうしよう?」
理於「うん」
 二人は手を繋いだ。
凉香「ね、自然にくっつきたくなったときも?」
理於「うん」
 凉香が理於との間隔を詰めた。
凉香「あの頃は、もう理於と話したかった。理於は、成績が悪いことは気にしていなかったから」
理於「俺は、あの時から、一気に凉香のことが気になりだした。そして、凉香も、成績が良い方ではないのに気にしていないことが分かった。あれから、凉香と話す機会が来るのを待つようになった。いま気づいたけど、成績が良い方ではなく、勉強が嫌い、という理由で凉香に近づくのは、気が引けた」
凉香「わたしも、そうだった。理於に話し掛けられないでいるうちに、皆の目を気にするようになって、ますます理於に話し掛けられなくなった。更に、歌だとかテレビドラマのような恋だとか愛だとか、ああいうことだとは思われたくないと思うようになった。すると、理於との間に以前よりも距離が空いたと感じるようになった」
理於「俺も、そうだった。やらされたことをやって、競争までさせられて、成績が良くても、優れたことだとは、俺には思えない。言いなりにならない方が当然に成績は良くないが、自分の気持ちや考えを大事にしているからだ。だから、そんな成績が良いことを羨ましいとも思わないし、そんな成績なんか悪くても平気だ。そういう人とは、話も合うはずだし気持ちも通じるはずだし、そうなることに期待もする。だから、歌やテレビドラマのような恋だとか愛だとかは違う。ああいうことだと思われたくない。そう思うようになった頃から、凉香が遠く感じるようになった」
凉香「自分の気持ちや考えを大事にすると、そういう人同士間には信頼関係が成り立つ。だから、理於と話したかったし、こうして話し始めると話も合うし気持ちも通じる。むしろ、実際には、歌手や俳優も、歌やテレビドラマのようには、いかないし、できない」
理於「逆に、やらされたことをやる場合は、危険だ。やらされたことをやる場合は、嫌なのに嫌だと言い得なかったり、自分の気持ちや考えを大事にしないわけだから、俺だったら後ろめたい。しかも、そういうことをやらされ競争させられるわけだし、競争すること自体が助け合うことや仲良くすることとは逆のことだよな」
凉香「そういうことには、抵抗があるほうが自然よね。保護者が必要な子供は、助け合うことが必要だし、仲良くしたいわけだから。そういうこととは反対のことを、競争してまでやるようになり、夢中になるほど、そういう人同士は敵対関係になる。学校へ行きなさい、勉強しなさい、と言う親とも信頼関係が怪しくなるし敵対関係にもなる」
理於「うん」
 
 

◆気になっていたことを確かめた



理於「凉香?」
凉香「ん?」
理於「このあいだ、応援……してくれた?」
凉香「応援した……」
理於「やっぱり。そうだったんだ」
凉香「わたしも、あの時のこと、気になっていた。次の日になってからだったし、それでもやっと言えたし、理於みたいに大きい声では言えなかったし、あの後で理於の反応も無かった……」
理於「こめん。あの時は休み時間で、皆が騒いでいたし、俺が皆の前で先生に屈服させられた次の日だったから……」
凉香「皆が騒いでいたから、わたしは言えた。皆の目を気にしてたから……」
理於「俺も。皆の目を気にしていた。しかも、今日みたいに、凉香が俺の前を通り過ぎながらだったから……」
凉香「立ち止まれなかった。だから、理於は聞き取れなかったかもしれないとも思った」
理於「俺も、聞き返そうと思った。でも、皆、まだ俺を避けているようだった……」
凉香「もう一度ちゃんと言おうとも思ったけど……、わたしも皆の目が気になって、言えなかった。だって、先生が作った問題が間違っていたのよ。成績が良い人たちは気づいていたはずなのに、誰も先生に指摘しなかった。理於が指摘したのに、誰も応援もしなかった。先生が逆上して暴力的に理於の口を封じようとしても、誰も止めようともしなかった。わたしは、立つだけでもいいから気持ちを示そうと思った、けどできなかった。あの後も、皆は理於を遠巻きにしている感じだった。あの日は、わたしも本当の気持ちを、理於に言うことはできなかった……」
理於「俺も、そうだった。凉香は応援してくれたような気がした。でも、前の日、皆の前で先生に俺が屈服させられた。それに関係することであることは間違いなかった。しかも、凉香とは、会話らしい会話をしたことが無かったわけだから。だから、まさかとも思い、凉香に確かめることはできなかった。でも、気になって、記憶に残っているあの時のことを思い出して凉香が何と言ったのかを何度も知ろうとした。凉香が応援してくれたような気がした。なのに、俺の勘違いかもしれない、と思った」
凉香「あの次の日なのに、皆は理於を遠巻きにしているような感じがあった。わたしだって、本当の気持ちを言えなくなっている。でも、理於は、あんなことでも言えた。次の日になってこんなことに気づくなんて、と思った。それでも、理於にでも、やっと言えた……」
理於「俺も余計なことばかり気にしていた。思った通りだとしたら大事なことなのに、凉香に確かめることができなかった。でも、何と言ってくれたのかを知りたくて考えてしまう。不確かな記憶をさまざま自分なりに補っていたら、『余計なこと、気にする必要ない』って凉香が言ってくれた気がした。あの時の雰囲気とも一致していた。この部分だけは間違いないと思った。でも、俺がそう思いたかったから、そう思えたのかもしれない。そんなことばかり考えていた」
凉香「あの日、ギッて椅子が床を擦る音がした。理於だと思って見たら、理於が立って、先生に向かって『問3は、断層の左右の地層をどこまでずらしても一致しない。だから、問題として成立しないと思います』って言った」
理於「でも、俺は、皆の前で先生に屈服させられた」
凉香「あんな先生、大嫌い。先生が間違っていたのに、黒板拭きを手に持って睨み据えて理於に近づくなんて、大人げないと言うより、まるで異常者だった。わたしは、立つだけでもいいから気持ちを示そうと思っていたけど、できなかった」
理於「俺は、勉強しないのに、あんなことを言ったから」
凉香「全面的に先生が間違ってる。理於に言われたので、皆の前で先生も問題を確認したのよ。自分で作った問題が間違っていたことも分かった。なのに、逆上して暴力的に理於の口を封じた」
理於「勉強しない俺も、先生の逆上には呆れた。大人は、上辺だけで、威張ろうとさえする。強引に、暴力的に。大人は上辺だけだ」
凉香「上辺だけで御機嫌取りをしたり脅したりして騙して、子供を自分の思い通りに行動させようとする。だから、思い通りにしない子供は気に入らない。子供は、そんな信頼関係を回復したい。子供は保護者が必要なんだから。なのに、反抗だって決めつける。子供が逆らうことを許さない。そんな大人なって、大嫌い」
理於「信頼関係を回復したいのに、反抗だって決めつける。もちろん、俺は、言いなりにはなりたくないし、勉強なんかしない。でも、あの先生は、聞き入れてくれるような気がした。だからこそ言えた。ああなるとは、予想もしなかった。だから呆れるしかなかった。屈服させられたことは、俺は問題外だった」
凉香「そうよ。理於は悪いことをしたわけじゃない。先生が、間違っていた。しかも、生徒に期待されたのに、それを裏切ったのよ。あんな先生、最低、最悪。先生は、理於に『ありがとう』って言うべきだったのよ。あの後でもいいから、みんなにも、『ごめんなさい』って言うべきなのよ。そうしないから、理於が悪いことをしたような状態になっている」
理於「生徒には、一方的なことをやらせて、間違っていると罰点をつけて直させる。だったら、先生は、問題を作った段階で採点をするように自分で確認すべきだったわけだし、直すこともできたわけだろ」
凉香「ただ威張りたくて、中学生を相手に強引なことまでする大人なんて、先生の資格無い」
理於「信頼関係の回復を拒否するどころか、逆上して口封じする。上辺だけで騙す大人の、言いなりになって利用されるなんて糞食らえだ」
凉香「皆、言いなりになり、やらされたことをやっている。けど、理於は、勉強しないし成績が悪くても平気だし、あんなことでも言えた。わたしは、理於を応援しなきゃ、って思った。次の日になってからだったけど、皆は騒いでいたので、やっと『先生が間違っているんだから、理於君は余計なことは気にする必要ないよ』って言えた」
理於「あああ。やっぱり、そうだったのか」
凉香「そうだけど」
理於「記憶に残っていることを何度も思い出して、ついに『余計なこと、気にする必要ない』って言ってくれたんだ、この部分だけは間違いないって思った。やっぱりそうだったんだ。なのに、余計なことばかり気にしたばっかりに、凉香に確かめることができなかった」
凉香「『余計なことを気にする必要ないよ』って言いかけた時、本当の気持ちを言えなくなっている自分に言い聞かせるべきことだと思えて、言葉を飲み込みそうになったから」
理於「でも、応援してくれたのは凉香だけだ。ありがとう。凉香」
凉香「もう一度ちゃんと言えばよかった」
理於「ごめん、凉香。俺のほうこそ、すぐにでも確かめるべきだったんだ。大事なことなのに、いままで確かめられなかった。余計なことばかり気にしていた」
凉香「わたしも。余計なことばかり気にするようになって、本当の気持ちを言えなくなってきた。友達と仲良くしたいのは本当の気持ちなんだけど、つい上辺だけ愛想良くしたりする」
理於「凉香が言ったとおりだ。余計なことは気にする必要ない」
凉香「あ。それ、わたしが理於に言ってほしかったのかも」
理於「余計なことは気にする必要ないよ、って?」
凉香「もう一回、言って」
理於「余計なことは気にする必要ないよ」
凉香「はい。やっぱりそうだった。ちゃんと話すことって、とても大事なことなのよね」
理於「うん。学校で教えることよりも大事だ。大人は逆上して口封じして、子供の話を聞いてくれなかったから」
凉香「ちゃんと話す機会さえ無かった」
理於「凉香に確かめて好かった。もっと確かめるようにしないと」
凉香「放課後にも、話そう?」
理於「凉香。これからは、毎日、話そう」
凉香「うん。毎日、毎日、話そう」
理於「ただ……、俺と凉香とは違って、自分の気持ちや考えを大事にしていない人もいるわけだよな。言いなりになり、やらされたことをやる人もいるだろうし。仲良くすることや協力することとは逆の競争することを好いことだと思っている人もいるだろうし。成績が良いことを好いことだと思っている人だっているわけだよな?」
凉香「うん。先生に間違いを指摘しなかった人たちは、ほとんど言いなりなんじゃない。先生に間違いを指摘した理於に、後ろ指を指すような目で見ていた人たちは、競争することや成績が良いことを好いことだと思い込んでいるんじゃない。わたしと理於のように、自分の気持ちや考えを大事にする人は少数派なんだと思う」
理於「それぞれ勝手な見方をしていることになる。だからこそ、皆の目も気になる」
凉香「そうよね。少数派だから、多数派に圧倒されてしまいそうだったのかも」
理於「たぶん、そうだ。だから、校舎内では本当の気持ちや考えは話しづらかった」
凉香「うん。話しづらかった」
理於「だから、校舎内では話さないようにしない?」
凉香「うん。自分の本当の気持ちや考えを、大事にしたいし話して育てたい。だから、余計なことは気にしなくてもいい場所で、話し合いたい。此処とか、放課後とか?」
理於「うん。余計なことは気にしなくてもいいようなこともして、自分の気持ちや考えを大事にしよう、凉香」
凉香「うん。自分の気持ちや考えを大事にするために、話し合って、助け合おう、理於」
理於「そうしよう、凉香」


 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

書き手用の「章立て兼あらすじ」

 

 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地、夏は雨不足でしたが、今度は必要以上に雨が降るようになりました。
 でも、すっかり秋です。これが何よりです。
 ところが、昨日7日と今日8日は真夏に逆戻りです。

 
 
 
 自分が、どういうことをしようとしているのか……
 やろうとしていることは、自分にとってはどういうことなのか……
 ああいうことではないし、こういうことでもないし、こういうことなのだ……
 といった把握でも、自分が臨んでいることが明らかになってくる。
 要は、自分は初めてのことにトライするだけに、出来ないかもしれないという先入観などの、雑念や邪念が邪魔になる。
 それを、解消したり解決することによって、自分がやろうとしていることが明確になってゆく。

 自分がやろうとしていることは、かつてのように、指図されたことをやることではない。指図されたことをやることでしか生きられない不満を癒すために、そうして得た給料をほとんど費やしていたが、そういうことでもない。
 あれから得た自分の知識や考えを基に自分で努力をして、その成果を出すことに臨んでいる。
 
 
 かつては、結果的に自分が困る道を選択していた。そうであることをすら知らなかった。
 自分が困る道を選択していたことに、せっかく気づいたのに、新たな勘違いをした。そうであることにも、三年間も気づけなかった。
 勘違いや思い込みに過ぎないことにも気づけなかったからこそ、死んだほうが増したと思い詰めた。
 だから、心の整理を、余儀なくされた。
 よって、生命生理は自律して機能していることに気づき、考えには無理や矛盾もあることに気づいただけに、一転して、そんな愚かなことで死ぬわけにはいかないと思うようになり、生きるために心の整理は必須になった。
 でも、自分の精神面に関することを理解するほどに、理解したことは記憶に残るだけに何時でも何処でも想起できるようになり、相応の識別や自覚が可能になるだけに、更に詳しくもなり、相応の自己管理が可能になっていった。
 が、整理して解明したり理解したことは、自分が考えて躊躇したり行ったりしていることで相応の感情も伴う自分の精神面に関することだった。成人なら十分に経験済みなことでもあり、最も多く記憶に溜まっているはずのことだった。そんなことを未理解だったのは、日常会話で理解力を発揮していることをすら未理解だったからだった。よって、記憶に溜まっていることを整理しただけで解明でき解決でき理解を深められることだったことも、今更のように知った。
 分かってみると、成人なら独自に精通していても不思議ではないほどの条件が整っていることだった。極めて個人的なことだった。そんなことをすら未理解だったがゆえに、悪循環に陥っていることにも気づけずに葛藤し、それらの解明を余儀なくされたんだということを、解明できたのは三十歳を過ぎてからだったっただけに、自分だけが理解しそびれていたような気さえした。
 すでに失格しているようなこともあって、自己管理ができるようになることで十分であるような気さえしていた。
 けれども、心の整理が相応に進んだことによって、学習能力や理解力などの可能性も明らかになった。相応の成果も欲しい気がした。
 今回の構想は、すでにあった。が、自分にとって重要だったことは、精神面を可能な限り具体的に理解することだった。それ以外の、まして事実でもないことを尤もらしく見せかk本当らしく工作することには、抵抗があった。
 抵抗がある類は抑制し、あくまでも自己管理を重視し、心の整理の最終段階として「他界に臨む心の準備」をするようになった。
 ところが、その条件も、自分は満たせないことが判明した。

 そこで、冥途への土産くらいは必要だと思い、抑制してきた成果に臨むことにした。が、これまでの自己管理重視にも反する。
 こんな、自分の心の中にある反するイメージとの関係も、解決する必要がある。
 よって、今回の創作は、意外にも心の整理の仕上げのようなことだと分かった。

 こんな自分の場合、創作とは、自分に課題などを課すようなことでもないようだ。
 指図されるまま言いなりになることでもないし、ましてや誰かの気に入られることをやることでもない。
 自分の知識や考えに基づいて自分で努力をすることであり、本来の自分をどれだけ育てることができるかでもある。

 そのために、現在の自分が、精神的に逸脱しはじめた中学生や小学生の頃まで可能な限り戻るわけだが……

 登場人物の二人は、まだ保護者を必要とする中学生で、理解や協力が必要なだけに、仲良くしたい。
 だからこそ、煽てたり脅したりして騙して言いなりに行動させようとすることは、嫌いだ。が、単に言いなりにならないだけで、大人は反抗だと決めつける。
 その言いなりになって、差別的なことをしたり、威張ったり、馬鹿にしたり、嫌がらせをしたり、そんなことを競い争ったり、逆上して口封じしたり、親子間でさえそうする、そんなことは嫌いだ。だからこそ、信頼を回復したい子供の気持ちを、大人は理解しようとすらしない。
 が、登場人物の二人は、大人の理解を得られないだけに、いつのまにか不都合なことを隠し、言い訳や嘘を吐いてでも上辺を繕うようになっていた。
 でも、共感するものがあった二人が、ついに会話する。
 会話したことによって、精神的悪循環に陥っていたことに気づき、共通の問題を解明し解決する。

 そして、猫も犬も、基本的には同じなんだと気づく。
 猫も犬も、経験や興味に相応する情報が記憶が残り、それを基に、現在地からは見えない所まで出かけもするし、帰っても来る。
 近道をして野菜畑の中を通りもするし、駆けても行くし、走っても行くわけだから、相応の気持ちや考えもあることになる。
 子供を命懸けで大事にするし、仲良くもしたがる。自分ができないことをしてくれる飼い主とは、仲良くしたいし、一緒にいたいし、一緒に寝たがる。そうであるほど、飼い主に叱られたことも、学習してやらなくなる。飼い主の反応を、気にするようにもなるし、相応の学習だってする。
 それとは逆の、差別的なことをしたり、威張ったり、馬鹿にしたり、嫌がらせをしたり、虐待したりすることは、猫や犬でも嫌う。そういうことは仲良くすることとは逆のことなので、そういう相手とは仲良くもならない。
 猫も犬も、仲良くなるためにこそ知能を駆使している。

 やがて、誰にでも共通する非人工的な法則の存在に気づき、非人工的なことこそが優れていて尊いことを協力し合いながら理解し合い、確信や自信を得ながら信頼し合い尊重し合うようになる道を歩み始める。

 実際には、子供の頃には躾や教育の悪影響が大きくてできなかったことを、創作の中では、二人が独自の考えを大事にすることによって自由に随意に展開してゆき、理解し合い、よって協力し合い信頼し合い尊重し合う。
 それを、書いている自分がどれだけ好とし楽しみ堪能できるかでもある。
 
 
 ただ、油断すると、意欲を自分で萎えさせるようなことに気を取られたり、そうであることに気づけなくなったりする。
 先日も、ふと気づいたことが、このイメージも切り替えた方がいいと思っただけに、意外で大事なことだった。が、そもそも気づけなかったことであり、以外だったこともあってか、以後、思い出せない。
 客観的な把握でも相応のことが明らかになってゆくが、記憶は勝手に消したり書き換えたりすることはできないだけに、邪念を解消するようなことも意外なほど重要だ。
 むしろ、こんなことを書きながら、実は、書き癖をつけられるのではないかとも思ったり、創作意欲も萎えさせず維持し育てられるような気もしている。
 
 
 いよいよ、「総概要」を基に、「章立て兼あらすじ」を整理する。
 必要に応じて、「総概要」も再調整しながら、「章立て兼あらすじ」の再調整を重ねることになる。

 この「章立て兼あらすじ」が整うと、これを基に、下書きを書き出してゆくことになる。
 次に、下書きを創作作品として仕上げるわけだが、創作作品として仕上げる行程は、想像も及ばないことであることが明らかになってきた。そんなことを目標にしようものなら、下書きで挫折しかねない。
 なので、下書きを書き終えることが、今回の目標だ。
 先走ったことに思いを馳せることは、可能なことを台無しにしてしまう一因にもなる。それも、邪心にほかならない。
 そもそも、過信するからこそ挫折する……
 
 
 
 タイトル 「凉香と理於の本当の気持ち」
 テーマ  「精神面を理解して自己南里が可能になる精神的自立」
 
 

序 章 発想構想



「戻れるものなら、あの頃に戻りたい」
 そんな思いに駆られたことが、一度だけあった。
 もちろん、実際には戻れない。
 ならば、仮想の世界で、と思い立った。そのときの構想だった。
 
 

第一章(起) 精神的悪循環からの解脱


 登場人物の二人は、自分の考えや行っていることを未把握・未理解だったので、精神的悪循環に陥っていることにも気づけずにいた。
 でも、会話しはじめたことによって、五感では捉えることができない精神的悪循環に陥っていることにも気づく。気づいたが具体的なことは不明だからこそ、記憶に残っていることを整理し始め、精神的な悪循環に陥っていたことを解明し、解明できただけに悪循環から脱する。

   第1節 やっと話せた
    一年生のときから話したかったのに……
    あの時……応援してくれた?
    うん。応援した。大きな声では言えなかったけど……
    俺もやっと確かめることができた。確かめて好かった。
   第2節 本当の気持ちを言えなくなっている
    大人が逆上して口封じするから。
    でも大人の言いなりにはならなかった。なのに……
    信頼回復したいのに、大人は反抗だと独断する。
    理解は得られない。
    子供が自分の保護者を批判するには限界がある。
    批判視が不十分だったからか。堰を切ったかの批判視。
    批判視できるわけだから、大人がどうこうではなかった……
    自分で考えて行っていたことになる。
   第3節 自分で感じ考えて行っていたことなのに未把握だった
    自分の記憶に残っていたことを、整理してみた。
    信頼回復のためだったのに、大人は反抗だと決めつけた。
    子供が自分の保護者を批判するには限界があり……
    上辺だけで騙すことを批判不能になり、自信が無くなり……
    人目を気にし、上辺を繕い、不都合なことは隠し偽り……
    皆そうしていると相殺して、正当化までし……
    勉強する気は無いのに、進学することにした。
    自分が批判視していたことを、自分もやるようになった……
    しかも考えるだけで分かることだったのに未把握だった……
   第4節 自分で把握を困難にしていたのだった 難関突破
    上辺を繕い、不都合なことは隠し偽ることは……
     それは把握や改善を困難にすることだ
     理解力に背くことでもあったのだ
     五感では捉えることができない心の中に明りが射した
   第5節 精神的な悪循環に陥っていたなんて 悪循環解明
    悪循環に陥っていたことも知らなかった
    二度と陥らないために悪循環を具体的に解明
     批判視不能になり自信も無くなる。 他人の目を気にする
     本当の気持ちを言わなくなり、見た目を比較 子供劣等感
     相殺正当化、批判視不可無秩序
     上辺を繕う 不都合は隠し偽る 把握や改善を困難にする
     目に見えない内面でも思考上では理解でき改善もできる
    本当の気持ちを話すことでも理解は進む
    話せて好かった。確かめて好かった。もっと早くに

   第5節 もし大人の言いなりになっていた場合は
    未知・不能なことばかりで要保護者の子供は劣等感に苛まれ
    競争社会で不都合なことを隠し偽り上辺を繕うようになり
    されて嫌なことを仕返し合い 競い争い 地位や名誉 独裁
    暴力的に優越感を得るか 知的に優越感を得るか
    自分が考えて行っていることに関して無知だとは認め難く
    愚かで卑劣だとは認め難く逆上して口封じ 自ら実証
    悪魔の僕になりかけていたことに気づけなかったなんて
 
 

第二章(承) 理解力の蘇生・理性の復活


 精神面が悪循環に陥っていたことを知らなかったが、気づき、事実関係を整理したことで悪循環に陥っていたことを解明し、解明できたことでだすることもできた。その経験上、精神面の把握を重視する。
 そして、悪循環を解明した経験を基に、事実関係を整理できたことは理解できること自体を理解し、精神面をより具体的に理解することを重視する。

 日常会話で思考力や理解力を発揮しているのに、そうであることを具体的には理解していなかった。そんなことにも、会話をすることによって登場人物の二人は気づく。
 未理解だった理由・理解できた理由・未理解な場合と理解した場合の決定的な違い、そんなことも経験済みなのに、具体的には理解できていなかったことにも、気づく。
 そこで、経験済みで記憶に溜まっているのに、未整理で未理解だったことを、整理し始め、具体的に理解する。
 思考よりも優先的に機能している理解の法則や理性などの経験済みなのに未理解だったことも、思考上で捉え整理して具体的に理解する。
 具体的に理解することによって、相応のことが記憶に残り、自分の記憶に残ったことは何時でも何処でも想起可能になるだけに、相応の識別や自覚や活用などが随意に可能になる。いわば、理解力が蘇生されて本来の能力を発揮できるようになり、理性も復活して理に適った判断をするようになる。

   第1節 自分の精神面を未理解だったことが問題だった
    自分が考えて行っていることを未理解だった。
    だから悪循環に陥っていたことにも気づけなかった。
    もちろん悪循環に関することも未理解だった。
    でも、理解できた。だから悪循環から抜け出せた。
    しかも、考えるだけで分かることだった。
    嘘を見抜けることは重要だったのに未理解だった。
   第2節 精神面を具体的に理解することこそが重要なのだ
    発揮しているのに理解力の重要さも未理解だった
    日常会話で理解力を発揮するようになったのに未理解だった
     第1項 未理解だった理由・理解できた理由
      考えて整理できたことは理解でき納得もできる
      記憶に有っても考えないことは具体的なことは未理解
     第2項 未理解な場合と理解した場合の違い
      理解したことは記憶に残る
       記憶に残ったことは何時でも何処でも自覚できる
      考えず未整理で未理解なことは記憶にも残らない
       未理解なことは識別もできないし自覚もできない
     第3項 目には見えないが思考上では理解できる
      行動上の中枢こそが重要だから要理解
   第3節 独自に精通できる条件が整っている
    考えて行い結果に一喜一憂し記憶に溜まり独自に精通可能
    理解相応の自己管理が可能になるだけに相応の自信にもなる
    目には見えないことこそが優れている

   第4節 でも理解するとは限らず弱点もある
    目には見えない 思考上で整理しないと理解できない
    理解力の性質上、精神的悪循環に関しても未理解だった。
    日常会話で発揮している理解力を未理解だった。
    経験や学習や理解の内容は個人毎に異なる。
    精神面を未理解なほど、好みや価値観は百人百様になる。
   第5節 精神面を未理解で考慮できない躾や教育もありえる
    大人は精神的な悪循環に陥っている
    悪影響を未理解だと悪循環に陥りやすい
    親子の信頼関係が確かなら子供は自殺しない
     親子の信頼関係が未確立だkら子供は自殺する
    目を奪い心まで奪う人工的なことは二の次でいい
    悪魔の僕にはならない
 
 

第三章(転) 知能の基本能力の蘇生


 備わっている知能の能力上、誰でも独自に学習し日常会話ができるようになり理解力を発揮するようになる。それを知能の能力の基本とし、その基本をより具体的に理解することを重視する。
 経験済みで記憶に溜まっていることを整理して、非人工的なことで普遍的で誰にでも共通する知能の基本的な機能や能力や法則などを理解する。
 五感では捉えることができないが、思考上で理解できることであり、非人工的な理由や法則などこそが優れていて尊い。

   第1節 知能の構成器官を理解
    人工的には創れない知能が誰にでも備わっている
   第2節 誰でも共通な知能の能力の基本を理解
    独自に経験し学習し好奇心旺盛になる
    誰でも経験し学習し上達し熟練する。
    ここまで基本的には猫や犬も同じだ。
    人は、事実関係や因果関係や理由や法則などを理解できる。
   第3節 誰でも日常会話で理解力を発揮するようになる
    もともと目には見えない記憶を参考にしているだけに
    目には見えない関係や因果関係や理由なども理解できる
    理解したルールなどを基に行動 結果
   第4節 普遍的だから共通で理解し合うことが可能だ
    理解する以前から存在していて人工的には変えようも無い
    普遍的だから理解し合うと信頼し合え尊重し合える
    自分の子供の頃の気持ちを理解すると子供に理解のある親に
    本来は家族なら精通できる条件が整っている
    非人工的な存在こそが優れていて尊い。

   第5節 理解しようとしない大人は阻害していることも未理解
    煽て脅し逆上して強い口封じする大人は
     子供の精神面を理解しようとしない
     自分の精神面をも理解しようとしない
    精神面を未理解な躾や教育は子供の能力の発達を阻害する
    天使の僕を目指す
 
 

第四章(結) 知能がここまで進化した理由


 生存や生態の背景に在る進化などの自律していることで人工的には変えようが無く、普遍的なことを理解する。
 未理解だっただけで、非人工的なことで植物や野生動物にも共通で歴然としていることを理解する。

   第1節 生命生理は自律して機能している
   第2節 簡単には死なない機構も備わっている
   第4節 生きることを大事にするほど世代交代の確率も高い
   第5節 世代交代を重ねて種族を存続し進化も継続される
   第6節 遺伝し個体も成長し強化され
   第7節 知能も備わっている
   第8節 理解し協力し信頼し尊重するほど存続され継続される
   第9節 本来は人類規模で精通できる条件が整っている
    普遍的で誰にでも共通な理由や法則こそが優れている。
    もともと神様が用意してある約束がある。
     理解力もあり、理解するだけで……
    目には見えず物体でもない、理由や法則こそが優れている。

   第5節 なのに物欲を優先して破壊を止めない
    野生動物や植物よりも劣る
    猫や犬でさえ
 
 

終 章 冥途への土産


 はたして冥途の土産になり得るものか……


 

予想もできず思い通りになることでもない朝焼けや夕焼けに期待して臨む写真と、自分の知識や考えや努力次第の創作とでは、精神的エネルギーの使い方が全く異なる。
いつのまにか、趣味の写真は二の次に……
しかも、いよいよ秋の農繁期です。
画像は、しばらく使いまわしになります。




2019 夏の早朝の文明


 

カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

書き手用の「総概要」

 

 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地、台風10号が温帯低気圧になって通過時は真夏の再来でしたが、その後は徐々に秋の気配を感じられるようになりました。
 雨が降ると、創作上でも助かります。
 りんご「つがる」が色づき始めました。稲も、豊作間違いなしのようです。
 8月27日朝、気温11.5℃。高温が続き過ぎたせいか、数日で急転。要暖房です。

 
 
 
 備わっている知能の本質は変えようが無く、変えようが無い法則もある。
 考えたが、躊躇して実行できないことだったりもする。強行したものの、後ろめたかったり、つい隠し偽ったり、悪しき結果になったり、相応の心理や感情も生じる。
 つまり、目には見えないが、考えよりも優先的に機能している法則などがある。

 これらは、自分が理解する以前から備わっている精神機構(知能)の能力や機能や本質などに基づいて生じる。
 この精神機構(知能)の能力や機能や本質などに基づいた法則的なことが、さまざまなシーンで生じる。

 知られれば不都合だと思うことは知られまいと上辺を繕ったり隠し偽ることは可能だが、理解する以前から存在している知能(精神機構)の能力や機能や本質など自体を変えることはできない。

 でも、自分が考えて、自分が行い、それゆえに結果に一喜一憂し、自分の記憶に溜まってゆくことであり、これは本人だけが直に知り得ることでもある。その事実関係や因果関係や理由などを思考上で整理することも、日常会話ができる程度の思考力や理解力があれば可能だ。
 整理すればこそ、事実関係や因果関係や理由などを具体的に理解することもでき、理解したことは記憶にも残る。
 記憶に残ったことは、何時でも何処でも想起可能になるので、知識相応の識別や自覚も可能で、改善なども可能になる。
 そういう経験青基に、未理解だったことを理解する工程をも理解することができ、未理解な場合と理解した場合の相違も解り、理解力を活用できるようにもなる。
 これも、精神機構(知能)の能力や機能や本質などに基づいた法則的なことであり、未理解でも機能している。

 これらの、理解する以前から存在している知能(精神機構)の能力や機能や本質や法則などを、理解することが、当創作のテーマだ。
 
 
 テーマは決まったので、ストーリーの概要である「あらすじ」の整理を予定通りに始めた。

 ストーリー上では、当初は、登場人物の二人(中学三年生)はテーマに該当することには気づいていない。
 つまり、自分が考えて行っていることであり、後ろめたさなども経験済みで、記憶にも溜まっている。が、それらの事実関係や因果関係や理由などを整理したことも無く考えたことすら無いので、それらの事実関係や因果関係や理由などを分かっていない。

 でも、知能が備わっていれば誰でも経験はしている。相応のことが記憶にも残っている。しかも、目には見えが、考えよりも優先して心理に作用する。
 内容しだいでは、悔やんだり、パニックに陥ったり、絶望したり、望まない結果も生じる。
 つまり、目には見えないが考えよりも優先的に機能している。
 それらの存在に、中学三年生の二人は気づき、未把握であるがゆえに把握しようと、その事実関係を整理しはじめ、具体的に解明し理解してゆく。

 その根拠である知能の基本的な能力や機能も理解する。
 それらの基本的なことは日常会話で発揮するようになるだけに誰でも共通であり、言葉は話せない猫や犬なども基本的なことは共通であることをも理解する。

 そんな知能が形成された進化にまで思いを馳せる。

 これが、当創作のストーリーになる。
 
 
 ところが、創作初体験の自分は、創作に臨む精神姿勢を整える必要があったり、余計なことは解消する必要があったりで、スムーズには先に進めない。
 実際にやり始めたことによって、集中するための自分の精神環境の整備が重要だということが日に日に解ってきた。

 当テーマは、目には見えないことだ。が、創作上では、目に見えるかのように文章を構成する。これは、初心者の自分の場合は、あくまでも最終的な理想論だ。長年、進展させっれなかったことであり、今回も下書きを終えられるかも不明なんだから。
 当創作では、書き手である自分が、目には見えないテーマをいかに具体的に捉えることができているかに左右されることは間違いない。なので、こっちを重視する必要がある。これでさえ、雑念を解消しないと進展できないわけだから。
 雨不足の今夏は、雨が降ってくれても、助かる……

 ストーリーは、登場人物の二人が模索し解明してゆくわけであり、自分が行った精神整理が基になるだけに、この点は楽だ。
 ところが、一進一退を繰り返すばかりで、予定していた「あらすじ」が一向に進まない。
 というわけで、更に大まかな全体の把握が必要になった。
 そこで、「あらすじ」と並行して当「総概要」を整理しはじめた。

 つまり、創作作品内の因果律や展開は、不本意だったことに気づいて未把握だったことを把握し、その理由や因果関係や法則などを理解し、理解する以前から存在する知能や能力の基本的なことを理解して、進化上形成されたことを理解するに至る。
 その書き手としては、展開を把握している方がやりやすい。むしろ、展開の要になる法則や因果関係を具体的に把握できているほど、創作は容易になる。そういうことだと考えられた。
 というわけで、予定していた「あらすじ」を整理する前に、まず「総概要」の整理を優先した。

 初めてのことを実際に始めてみると、自分の未熟さが明らかになってゆく。でも、未熟さゆえに、こうした方が好い、ということにも思いつく。思いついたことを、懲りずに解決してゆくしかない。
 目には見えない創作意欲も、育てなければならない。油断して創作意欲を萎えさせるわけにはいかない。

 行ったことが無い目的地を目指して初めて出かけ、早々に迷っているようなものだ、と思ったことが幾度か思った。
 迷いなどは、逐次解消必須だ。懲りずに迷いから脱して徐々に目的地に向かって進み続けないと、目的地には到達できない。
 道順も、繰り返し行った道ほど詳しく記憶に残り、やがては実際に行かなくても記憶にあることだけを基に道順を教えることが可能になるわけだから。
 長年できなかったことを、いよいよ行うからでもあるが、様々なことを行わないと進展できない。なので、自分の場合は、必要に応じて様々なことを行うことが重要なのだと考えた方がいいようだ。

 まだまだ、迷いもし、修正や再調整は要することは明らかだ。
 予定外のことでも、面倒くさがらずに、やる。
 その結果、創作上のイメージが整理され、各章ごとの内容が因果律に基づいて要約されて、道が開けてゆくような感じさえした。
 なので、「総概要」はほぼ決定とした。

 当創作の書き手用の「総概要」は以下のようになる。

 

第一章(起) 精神的悪循環からの解脱



 登場人物の二人は
 自分が考えて行っていることであり、相応のことは記憶に溜まっていることなのに、それらに関する具体的な事実関係や因果関係や理由などは未把握だった。
 そうだったがゆえに、日常会話で理解力を発揮していることも未把握で、考えて行っている内容が理解力に背いていることにも気づけず、精神的な悪循環に陥っていたことにも気づけずにいた。

 でも、やっと会話できた。
 そんなこともあって、本当の気持ちを言えなくなっていることが二人の話題になる。
 本当の気持ちを言えなくなったことことにもやっと気づいただけに、そうなった具体的な理由も未把握だったことから、そうなった経緯や理由などを捉えようと、記憶内の相応のことを整理しはじめる。
 後ろめたかったり、強がってでも隠し偽らざるを得なかったり、積極的にもなれなかったことなどが、記憶に残っていた。
 なのに、後ろめたかった具体的な理由や、強がってでも隠し偽ってしまう具体的な事実関係や因果関係や理由なども、分かっていない。などといったことをイメージ上で捉え始め、話す。
 整理しながら話すことによって、しだいに具体的に捉えてゆく。

 つまり、自分が考えて行っていることであり、不本意だったりもし、記憶に残っていることなのに、その事実関係や因果関係や理由などは分かっていない。
 自分が考えて行っていることの事実関係や因果関係や理由などは分からないまま、そういうことをしていた。
 むしろ、自分が考えて行っていることの事実関係や因果関係や理由などを分かっていないからこそ、後ろめたいことや不本意なことでもやってしまう。
 そうであることをすら、分かっていなかった。
 などといったこともイメージ上で捉え、その事実関係や因果関係や理由などを具体的に捉えようと、思考上で記憶に残っている事実関係を整理しはじめ、もともと発揮すべきだったことに思考力や理解力も発揮しはじめる。

 そして、考えて行っていることの事実関係や因果関係や理由などを捉えたことによって、気づき難くもある悪循環に陥っていたことを具体的に解明する。
 つまり、後ろめたかったり、強がってでも隠し偽らざるを得なかったり、積極的になれなかったりした。
 しかも、自分が考えて行っていたことだった。記憶にも残っていた。それどころか、後ろめたかったり、二の足を踏んだり、自分の考えよりも優先して機能していた。それに逆らうようなことを、考えて行っていた。
 なのに、その事実関係や因果関係や理由などを未把握だった。自分が考えて行っていることや、抵抗が生じることや、それらの理由などを、未把握だった。精神的な悪循環に陥っていたが、そうであることにも気づけなかった。
 その、事実関係を未把握だったがゆえに陥っていることにも気づけなかった悪循環を、記憶に残っていることを整理して、事実関係や因果関係や理由などを解明する。

 解明できただけに、悪循環から抜け出する。
 
 
 この段階では、「未理解だったことを理解する」ということは、こういうことなんだということまでは、まだ理解できていない。
 が、この章で経験した、思考力や理解力を発揮したからこそ精神的悪循環を解明できた事実関係や日常会話などを、次章では客観的に捉えて整理して、「未理解だったことを理解する」ということはこういうことなんだということを具体的に理解する。
 
 

第二章(承) 理解力蘇生・理性復活



 第一章では、精神的悪循環を解明し解決している。
 その第一章で理解力を発揮して解決できた経験などを基に、「未理解だったことを理解する」とはどういうことかとか、未理解な場合と理解した場合の違いや、理解する以前から存在する「理解自体に関する法則的なこと」を、第二章では理解する。

 日常会話上でも、理解し、理解し合いもする。つまり、「未理解だったことを理解する理解とはどういうことか」に関しても、誰でも日常会話上で経験済みで、相応のことが記憶にも残っている。
 それらも参考にして、思考上で整理して、その事実関係や因果関係や法則を具体的に解明して、関連したことで構成されている知識として理解してゆく。
 理解自体に関することを理解したことによって、理解相応の関連したことで構成された知識が記憶に残る。
 記憶に残ったことは何時でも何処でも想起でき、想起した知識を基に識別や自覚や思考や再検証や理解を深めることなども可能になる。つまり、理解して記憶に残っている理解の法則(理解力)を、何時でも何処でも活用できるようにもなる。
 そうなったことを基に「未理解な場合と、理解した場合の、違い」をも理解する。

 五感では捉えることができず、思考上で整理しないと捉えることができないが、思考上で整理すると事実関係や因果関係や理由などの関連したことで構成されていることを理解できる。
 そんな、理解自体に関することも未把握だった。が、未理解だったことを、思考上で整理できた場合は、事実関係や因果関係や理由などの関連したことで構成されていることとして理解できる。そんな、未理解だったことを理解する工程を具体的に理解した場合も、理解したことは記憶に残るだけに、記憶は随意に想起できるだけに何時でも何処にいても理解に関することを自覚できるようになり、よって理解力を随意に発揮することも可能になり、理解力が蘇生されてゆく。

 本人は未理解でも、人工的なものではない法則は存在していて、誰に対しても適用されている。
 そんなことを知らなかった当初は、理解力に背くようなことを考えて行っていた。が、考えよりも優先的に心理に作用する法則的な存在に気づき、それを捉えて順応し、具体的に理解して活用するようになる。

 そんな、五感では捉えることができず、思考上で整理することによって捉えることができることを重視するようになった二人は、それ以外の五感で捉えることができる人工的なことを、異質もののとして大別するようになる。
 特に、尤もらしく見せかけ本当らしく工作し優れたことであるかのように祭り上げて、目を奪い惑わして心まで奪い勘違いさせたり思い込ませたりしていることは、知能を誤用したり悪用していると考えられるだけに、二人は敬遠する。
 いわば、以前は人為的なことに目を奪われ心まで奪われそうだった二人は、理解自体に関することを理解したことによって理解力が蘇生されたこともあって、非人工的で普遍的な法則などを重視するようになり、意識改革なり軌道修正が決定的となる。
 
 
 つまり、自分が考えていることや行っていることに関することを理解するだけに、理解したことは自覚も容易になり、自制も可能になり、実際には精神面の自己管理が可能になる。この第二章で可能になったことを、その理由でもある学習の法則や知能自体に関することを第三章では具体的に捉えることで決定的にすることで、精神面の自己管理が可能になる。
 
 

第三章(転) 知能の基本能力の蘇生



 この章では、知る以前から存在していて、しかも人工的には創れないものであり、理解し尽すことも容易ではない、そういうものこそ優れていることを重視し、優れていることを具体的に理解して、その知識を基に人知よりも優れている存在を尊ぶ。
 人工的には創れない物事に基づいて生じる法則は、いわば「神様が用意してくれた約束」のようなものである。それを理解した人の精神世界に開かれて明らかになってゆくのは未来や未知への道ようなものでもある。
 二人は、躾や教育そっちのけで、誰でも直に経験していることを重視し理解する道へと歩んでゆく。

 すでに備わっている知能自体の、構成や各構成要素の性質や特徴などを、経験上の事実や因果関係を基に整理して理解する。

 知らなかったことを憶えたり上達した理由でもある、学習や上達の法則などの知能の機能や能力に関することを、経験済みで記憶に残っていることを基に事実関係や因果関係や理由などを整理して理解する。
 よって、誰でも日常会話で発揮するようになる知能の基本的な機能や能力を理解する。
 そして、普遍的な根拠と理由に基づいた確信や自信が確立することを体験する。

 誰でも(猫なども)共通な、知能の構成と知能の基本的な能力を理解する。

 本人が未理解でも、筋肉や骨は、運動して負荷をかけると強化する性質がある。日常的な運動をすることによって、相応の筋力などが維持されている。だから、最低限の負荷をかけないと、衰弱する。
 誕生当初は、筋肉や骨も未熟だ。が、寝返りができるようになり、這うことができるようになり、座り、掴まって立ち、ヨチヨチと二足歩行をし、走るようになり、運動相応に骨や筋肉も強化されてゆく。
 同時に、相応の学習もしている。

 それ以前に、本人は未理解でも、つまり生命生理は自律して機能していることを具体的に理解する。

 自分が考えていることや行っていることに関することであり、思考力や理解力は日常で発揮するようになり、それが結果を左右するからこそ結果に一喜一憂し、それらが自分の記憶に溜まってゆく。
 そういう性質上、これらに関しては、本来は精通していても不思議ではない条件が整っていることになる。

 誰でも共通な知能自体や基本的な能力を、二人は具体的に理解し合い信頼し合い尊重し合う。
 子育ての際には、精神面の保護すべきことが明確になる。
 子供は親を選ぶことはできないが、精神的には自分の親よりは増しな親になれるようにできている。
 生存上の基礎や、日常会話で理解力を発揮するようになる精神面の基本に関しては、普遍的で共通なことでもあり、理解し合うことも可能であり、世代を超えて精通できても不思議ではない条件は整っている。
 そんな、知る以前から存在している法則的なことを、二人は理解し合う。
 
 

第四章(結) 知能が備わっている理由



 自分が知る以前に誕生していて、自身の内臓は見たことすら無いのに生命生理は絶妙な秩序に基づいて自律して機能していることになり、自分の理解力を超越している高度な精神機構(知能)もすでに備わっている。
 そんな、自身が誕生するに至った(現在の成体の)背景である進化に思いを馳せる。

 世代交代を重ねて種族としては生き続け、よって進化の可能性も継続される。
 動物に限らず植物でも進化上共通する。そんなことを理解する。

 進化上の未来に思いを馳せる。
 進化上形成された知能を、誤用し悪用さえしていることに気づくことさえできず、むしろ慢心したり有頂天になったりする人類は、あまりにも不完全で、進化の途上にあることは間違いない。

 

悪天候と高温続きで、撮影に出向かなくなった……
そして、撮影とは逆とも言える創作に初めて臨み……
いつのまにか、趣味の写真は二の次に……




2019 夏の早朝の文明


 

カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

テーマ

 

 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地、高温続きとはいえ、日照不足も心配になるくらい曇りが多く、気温も35℃に達したことは無かったのだが……
 8月4日 朝から好天で最高気温36.5℃。アッヂィ。
 8月5日 朝の気温20℃。日中は35℃。
 8月6日 朝の気温24℃。日中、幾度見ても35℃。グラグラしていた臼歯(虫歯)が抜け、スッキリ。
 8月7日 朝の気温20℃。朝のうちに、ジャガイモ掘り。土は乾いていたので、ゴム手袋をして手掘り。最高気温34℃弱。
 8月8日 朝5時頃一時雨。最高気温38℃。深夜でも28℃。台風8号崩れの影響か。
 8月9日 最高気温32℃。雨が欲しい。
 8月10日 午前中30℃以下。秋の気配も……

 
 
 
 創作では、テーマを直に書くことは無いのかもしれない。
 書き手が想定した物事やイメージやテーマが、読み手のイメージ上に浮かび上がるように、書き手は文章を構成する。それが創作作品の魅力なのだ、とも考えられる。

 とはいうものの、実際にどうやるのか具体的なことは知らない。
 自分は、創作は未経験だ。

 個人的な精神整理上では、模索し、文章化することを以て事実関係を整理して、無理や矛盾を解明して解決してきた。
 こんな経緯上、体験談的な下書きは幾つかある。
 でも、読み手のイメージ上に、書き手が想定したイメージが浮かび上がるように、書き手が文章を構成する文章とは、いわば逆だ。

 創作としては、温めてきたものも当品のみだ。
 が、当品も構想だけで、具体的な進展はなかった。
 個人的な精神整理が必須で優先だっただけに、模索や確かめることが重要で、事実や根拠や理由を重視したからだった。
 口先だけの言い訳や、事実とは異なることを事実だと勘違いさせたり思い込ませたりする嘘や、生存上は重要ではないことを尤もらしく見せかけたことや、本当らしく工作することに終始し投資し競い争いさえすることなどは、敬遠せざるをえなかったからでもあった。

 精神整理は進んだが、創作は二の次になっていた。
 でも、精神整理は進んだ本来の自分の中枢は、学習力や思考力や理解力だ。
 この証とも言えるもの、成果とも言えるようなもの、これがまだ無い。
 
 
 こんな自分が、テーマが浮かび上がるように構成した文章を書くとなると、まず自分のイメージ上でテーマを見失うわけにはいかない。
 当創作のテーマは、理由や法則や因果関係や基本的なことであり、物体としては存在しないので、五感では捉えることはできない。が、思考上で整理することによって、理解できる。
 こんなテーマの性質上、書き手である自分のイメージ上では、可能な限り具体的に明確にしておくことも必要だ。

 自信は無い。道に例えるなら、早々に迷っているということだ。
 創作は、今回が初体験になる。下書きを書上げたことすら無く、あらすじを整えたことも無いんだから。
 むしろ、不安なのだ。
 だから、避けてきたような感じさえする。
 ただ、こんなことを書きながらでも、気持ちや考えは整理され、やる気にもなる。

 創作だけに、拡声器で「お願いします」と言いながら頭を下げて回れば、できることとは違う。
 有権者を買収して、先生と言われる立場に立つことでもない。
 自分の不正を、投票した有権者の所為にするような、常軌を逸したことを目指すのでもない。
 そんなこととは、縁を切るくらいでないと、自分の場合は達成できない。
 こんなことも、明確に捉えて、迷いを解消しないと、自分の場合は達成できない。

 他に対しては許されないことだが、自分に対しては、煽てるようなことや脅すようなことも活用した方が進展するのかもしれないとさえ思える。
 否、そんなことをするから、肝心なことを見失う。そんなことは慎むべきなのだろう。
 自分が謙虚に丁寧に準備を積み重ねたぶんだけは進展する。
 思い上がりの類は、一切禁止だ。

 創作なんだから、非現実の仮想の世界であり、作品中や内容上では規制は無いに等しいのかもしれない。
 文明や文化だって、変化している。
 自分が子供だった頃、自動車は珍しく、国道は舗装ではなく砂利道だった。
 子供の頃に、農業用の水冷の低速回転の発動機が普及し始め、高速回転型に移行し、空冷エンジンや2サイクルエンジンが普及するようになった。
 そもそも、一世代でできることは、高が知れているわけだから。
 計り知れないほどの世代交代を重ねて進化したからこそ、現代のような身体や生態になったのだろう。
 むしろ、生後に知り得たことを以ては、健康管理もままならず、死を余儀なくされる。
 進化や生命生理などの自律していることに比べると、非現実的な仮想の世界を創作するだけなら、小さいことは気にする必要が無いのかもしれない。

 勘違いや思い込みもあり、生存上は的外れなことに夢中になったりもする。尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作もするし、騙し欺きもする。
 男女関係でも、親しいとは限らないし、殺しもし、死体損壊や死体遺棄さえしたりする。
 家庭内の親子でさえ、尊重し合えず、信頼し合えず、理解し合えず、競い争い、殺し合いまでする。
 刑罰や死刑や法律が必要だと分かっているはずなのに、自分でも認め難いことをしている。だから反省できない。すべて相手の所為にする。そして暴力的に片づけてしまう。
 国の指導者なら世界平和に貢献できる立場にあるのに、国民に殺し合いをさせる戦争を始めたりする。
 歴史上に、わざわざ汚名を刻むようなことをする。
 暴力的なことは後ろめたいからなのか、経済的なことで制裁したり、経済的なことで競い争おうとする。
 核兵器廃絶どころか、一気に大量殺人を行うための核兵器の開発が止まらない。
 平和に向かえば、核兵器は要らなくなるのに。
 太古から進化を重ねた結果であろう生命生理は、絶妙な秩序に基づいて自律して機能していて、誰でも直に経験し続けていて、この尊さや優れていることは歴然としている。それを守るべく進化したはずの知能で、社会秩序を維持できない。
 そんなことに比べると、創作はそもそも非現実だ。気楽に臨んだ方がいいのかもしれない。

 警戒心丸出しだった猫でも、俺を信用するようになり、痛いのを我慢してでも自分ではできないことを俺にやってもらうほど人を信頼するようになった。こういうことは尊重したい。
 皆、好い子なんだ。
 それを、狂わす。そんなことは慎みたい。
 
 
 嫌なのに、嫌だと言わなくなるどころか、言いなりになる。一転する。要は、ここだ。
 中卒後、上辺だけ大人振り、工事現場で日雇いで働いた。
 でも、工事があってこそ、ビルも完成する。
 創作とはいえ、完成までは、工事現場と同じなのだ。
 自分が創作を行う場合は、工事の段取りに当たることも自分で習得しないと、完成はできない。やり始めたことによって、こんなことに気づいているんだから。
 創作作品上には直接現れることはない、背景にあるものも、創作上は重要になってくる。

 あ! 余計なことに気を取られず、いかに自分のペースでやるかだ。これだ。大事なことは。
 ということは、いかに自分のペースでやることに集中できるようになるかであり、この段取りを自分でどれだけできるかも重要だ。
 創作の外側でしかないこんなことを書き出しても、やろうとしていることが具体的になり、やる気にもなるわけだから。

 応援と受け止めることができ、励みになっているのは、当ブログのアクセスだけだ。
 ブログの更新は欠かせない。
 ほかの記事を書く余裕は無くなるから、ブログ上では創作のネタ丸出しでもかまわない。
 ブログ上では、下書きを書き上げるまではネタ丸出しでも、創作作品として仕上げる段階で、読み手のイメージ上にテーマが浮かび上がるように文章を構成する調整ができれば間にあうはずだ。

 テーマの性質上、資料収集などは行わない。
 え……、テーマ!
 あ! テーマを見失っていた!
 今回のタイトルは、テーマだった……
 暑さの所為か!
 否。何かに気を取られると、他のことはすっかり忘れる。こんな歳になったことこと自体を忘れていた。
 ここに来たのは、何をするためだったっけ、などと肝心な目的を忘れることが珍しくなくなった。こんな齢になったこと自体をすら、忘れるようになったなんて。
 かなりしっかりしないと、自分の場合は下書きを書上げるだけでも容易ではないということか……

 他界に臨む頃は、冥途への土産などは忘れてしまうのかな……

 否、否、テーマだ、テーマ。
 
 
 ゲームやスポーツなどのルールも、物体としては存在しない。なので、五感では捉えることはできない。
 観戦しているだけで、そのルールを理解できる、そんなゲームやスポーツだとも限らない。
 ルールを知らないゲームやスポーツと、ルールを知っているそれとでは、観戦でも大差がある。
 ルールを知らないまま、参加しようものなら、揉め事になるだけだ。ルールを知っているはずのプロのスポーツ選手でさえ、乱闘になったり退場させられたりする。監督やコーチに問題があっても、その選手やチーム出場や参加に影響したりするわけだから。
 物事が成り立っているのは、相応の秩序があるからだ。秩序が崩壊すると、成立も崩壊する。

 当創作でも、主人公が、知らず自覚できないがゆえに、無理や矛盾がある方に向かう。
 が、積極的にはなれず、むしろ違和感を感じている。
 そうだったことに気づき、確かめ、事実関係を整理して無理や矛盾を解明してゆき、方向転換をして、根拠も理由もある因果関係や法則や基本を理解して自信も確立してゆく。

 尋ねたり調べたり確かめたりしながら、初めて行く目的地に到達するのに似ている。
 繰り返すほど詳しくなり、やがては実際に行かなくても記憶に残っている道順を教えることもできるようになる。

 ゲームやスポーツのルールも、五感で捉えることができない。知りたい場合は、尋ねたりルールブックを調べたりする。
 基本的な構成や各ポジション別に許されていることなどを、思考上で整理するほどルールを理解できる。
 それでも不明な部分あった場合は、誰かに尋ねたり確かめたりして、詳しくもなる。
 思考上で整理して理解し詳しくもなるだけに、それらは記憶に残る。
 だからこそ、記憶に残っているルールに基づいて、ゲームやスポーツに興じることもできるようになる。

 つまり、思考上で整理して理解し・理解したことに基づいたことが可能になり・相応の結果になる

 この、五感では捉えることができない内面的なことである、情報処理を中心に因果関係で連なっている基本的なこと自体も、整理すると理解することができ、理解した場合は相応のことも可能になる。
 よって、ここまでを、情報処理を中心に因果関係で連なっている基本的なことと考えられる。
 この基本的なことが、当創作のテーマだ。
 
 
 内面的な情報処理を中心に因果関係で連なっている基本的なことの要は、思考上で整理して理解することだ。

 日常会話で思考力や理解力を発揮していても、考えないことは、事実関係や因果関係に基づいた整理はされないので、未理解なままだ。
 思考上で事実関係や因果関係などに基づいた整理ができたことは、理解でき納得したりする。

 何かを理解した際、その理解したことを基に、未理解だったことを理解する因果関係や理由を理解することもできる。未理解な場合と、理解できた場合の、違いや理由も具体的に明らかになる。
 理解自体に関しても、具体的に理解するほど具体的なことが記憶に残るだけに、記憶に残っていることを基に自覚できるようになり、活用なども可能になるので、相応の結果にもなる。

 この、内面的な情報処理の要である未理解だったことを思考上で整理して理解する行程が、テーマ中のテーマになる。
 
 
 当テーマは、人工的なルールや規則などではなく、人が理解する以前から存在している理由や因果関係や法則の類でもある。

 無理や矛盾があると内容しだいでは葛藤が生じたりするように、本人が望まないことも生じる。
 その具体的な因果関係や理由などを本人が未理解でも、違和感を感じたり、不本意だったりもする。
 つまり、知識や考えよりも優先して因果関係や法則は心理上では機能している。

 情報処理を中枢とする因果関係は基本的なことだけに、会話ができるようになれば誰でも繰り返し経験していることでもある。

 だからこそ、そうであることに気づくこともでき、確かめて因果関係などを整理すると解明や理解もできる。

 でも、そういう性質であるがゆえに、そういうことに本人は気づかなかったり未理解だったりする。
 この未理解な面が、逆説的なテーマの裏付けになる。
 
 
 日常会話ができるだけの思考力や理解力があっても、考えもしないことは、事実関係や因果関係に基づいた整理はされないので、未理解なままだ。
 思考上で事実関係や因果関係などに基づいた整理ができたことは、理解でき納得したりする。

 そうであること自体も、思考上で整理した場合は理解できる。
 つまり、そうであることも、考えもしない場合は未理解なままだ。

 こういう性質上、誰でも繰り返し経験している情報処理を中枢にして因果関係で連なっている基本的なことであっても、考えたことが無い場合は未理解だったりする。

 理解する以前から存在していて機能していて、人工的なものではない法則的なことや基本的なことは、人工的には変えようが無い。
 それでも、未理解だったりする。

 つまり、すでに存在しているどころか、繰り返し経験していて、学習力も思考力も理解力もある。
 が、単に、考えず、思考上で整理したことが無いだけに、未理解なだけだ。ということもある。
 こんなことの理由や、この法則的なことも、整理することによって明らかになる。が、明らかになる以前から存在し機能しているわけであり、未理解なだけだったりする。

 未理解だと、不具合や問題が生じる。よって、気づき、確かめ、解明し理解して解決してゆく。
 
 
 次回は、「あらすじ」を整理しようか。
 あらすじは、因果律が重要なので、たぶん時間を要する。が、そうであるだけに、あらすじの整理ができれば、下書きの準備が整う。
 迷走的な下準備だが、整うほど、やる気にもなる。

 

悪天候と高温続きで、撮影に出向かなくなった……
初めての創作に臨み、すっかり写真は二の次に……




2019 夏の早朝の文明


 


カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

 

 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地は、雨不足に、高温続きで、大変な夏です。

 
 
 
「戻れるものなら、あの頃に戻りたい」
 そう思ったことが、一度だけあった。
 あの頃に、自分を見失い、上辺だけ大人振るようになり、人生が狂い始めた。あの前は、大人が煽てたり脅したりして子供を騙して言いなりにさせようとしていることを見抜けるようになっていたわけだから。
 そうだったことが、解ったからだった。

 大人の嘘を見抜いていたあの頃なら、事実関係を把握できていたようなものだった。が、無理や矛盾がある方に向かいはじめた。あの頃なら、深入りしていないので、気づきやすくもあり、無理や矛盾の解明も容易で、改善もしやすかったはずだ。
 あの頃、確かめたかったのに、言い出せないままになったこともあった。

 彼女の家に電話し、彼女の現在の電話番号を尋ねた。
 電話に出た彼女の母親が、電話番号を教えてくれた。局番は、彼女が就職すると言っていた、都会だった。「結婚したので、今は松本です」とも教えてくれた。
 彼女に電話をかけることはできなくなった。
 そもそも、自分は、勘違いや思い込みが基だった生き方に挫折し、無理や矛盾だらけだった生き方は破綻し、信頼関係では失格している。

 あの頃、確かめたかったのに、言い出せないまま、独断的に処理して意に反する方に向かった。あれも問題だった。
 人生をやり直すためには、確認して事実関係を整理する必要がある。精神的に、あの頃に戻る必要がある。
 戻りたい。

 数日後。
 意を決して電話した。
「はい。松本です」
 電話から聞こえてきたのは女の子の声で幼稚園児くらいの子だと感じた。
 お母さん、元気? と口から出そうになったが、「ごめんね。間違いました」と言って電話を切った。
 戻れるはずがない。

 でも、狂い始めたあの頃まで戻るくらいの精神整理ができてこそ、人生をやり直せる。
 子供の頃には大人の嘘を見抜いていたわけだから。だからこそ、信頼関係を回復したくて問い詰めもした。それが受け入れられないから、言いなりにはなるまいとした。なのに、反抗だと決めつけたのも大人たちだった。
 そんな大人たちに反感を感じていたにもかかわらず、同じように上辺だけ大人振る大人に自分もなっていた。
 人生をやり直すためには、分岐点だったあの頃の精神状態まで戻ることは必須だ。

 大人の理解を得られなかった幼い頃の自分の本心を、十年以上経た今の自分なら理解してやれる。
 もともと、自分こそが自分の無二の理解者でありえる。
 理解して救うなり自分で育て直すなりすることこそが、人生をやり直すことだ。
 自分で育て直すことができてこそ、精神的にも本来の大人になれる。
 が、自分の愚かさや卑劣さを認めることは容易ではなく、あの頃に独自に戻ることは容易ではない。

 そうだ。仮想の少年と少女に戻ってもらおう。
 認め難いほどの愚かなことや卑劣なことはしていない、中学三年生の同級生なら、不本意なことをしはじめていることに気づきやすい。気づいて、その事実関係や因果関係を整理しはじめ、理由などを解明して改善してゆく。
 そして、話し合うことによっても、事実関係や因果関係が整理され理解できることに気づき、それを重視する。
 そして、自己理解こそを重視し、それ以前の大人の嘘を見抜けるようになった頃の精神状態まで戻る。よって、自己理解こそが子育てをする際に子供の精神面の理解を左右する重要だったことを理解し、大人はそれを妨げているようなものであることを知る。
 更に、誰にも共通することを理解し合い、お互いの考えに基づいた生き方をしてゆく。
 仮想上でだったら、遠慮のない具体的なことも可能なはずだ。

 凉香 創作上は母子家庭が都合がいい
 理於 創作上は三世代家族 動物好き
 二人の理性を刺激する天の声は、当然ながら俺の役目だ。が、俺の出幕ってあるのか……

 時代想定は、昭和。テレビや電話はあるが、パソコンやケータイはまだ無い。
 むしろ、もともと誰でもできることである会話を重視しよう。会って表情や仕草なども見ながら話し合うことを重視しよう。
 
 
 実は、この構想を思いついたのは、自分の考えの無理や矛盾を解明し解決しはじめた後で三十歳を過ぎていた。
 解明できたことが間違いではないことを確かめ整理して理解を深め、数年後に普及しはじめたワープロ専用機で文章を書く練習をしながらこの構想も育て続け、三年後にパソコンに移行した。
 実際には、自分の意識改革や人生の軌道修正の完成度を上げることだった。内面的なことであり、極めて個人的なことだったが、必須なことだった。目には見えないことだが、行動上の中枢を修正することであり、実践の極みだった。必須だったからからこそ進展した。
 それとは逆のことである、尤もらしく見せかけ本当らしく工作して、誰かの目を奪い心まで奪い、つまり誰かに勘違いさせたり思い込ませたりすることで、私利私欲を貪ることも、自ずと明らかになり敬遠せざるをえなくなった。
 この構想を創作作品にすることも常に意識内にはあった。が、創作作品は、まさに尤もらしく見せかけ本当らしく工作することそのものだったりもする。このことも、常に意識内にあった。
 結局、個人的には進展したが、いつのまにか七十歳代になった。
 この構想に関しては、あの頃に戻るどころか、あの頃からは遠退くばかりだった。

 年齢上、「他界に臨む心の準備」優先するようになった。
 警戒心を捨てて俺を信用し信頼するようにまでなってくれたモッちゃんは死に、死んだモッちゃんに考えさせられて気づき、死んで逝く際に確かな信頼関係が築かれている環境であることが重要であることを知った。が、その条件は満たせそうにない。
 結局、「他界に臨む心の準備」として知り得た、いずれの条件も自分は満たせそうにない。

 ならば、せめて冥途への土産でも用意しなければ。という思いと共に浮上したのがこの構想だった。
 この構想にトライしたい理由は他にもあるからだったが……

 トライするとなると、尤もらしく見せかけ本当らしく工作するというイメージと、対峙することは必須になる。
 四十年間、生き続け育ち続けたことは事実だが、育ち続けているわけだから、未熟だということも無視できない……
 いわば四十年間も温め続けた卵を孵化させるようなことをすることになり、飛び回るようなことに期待したいが、そんなことができるものか否かも不明だ……
 下書きを書上げられるか否かも怪しいわけだから……
 冥途への土産になり得るものか否かも定かではない……

 が、構想のテーマは、目には見えない内面に関することであり、行動上の中枢である学習力や思考力や理解力などの情報処理だ。
 この情報処理上、いまの自分が最も期待できるもので頼れるものが、これなのだ。
 やってみないと、結果は出ない。
 目的地に到達するまで進み続けた場合にだけ目的地に到達するわけだから。
 とりあえず下書きを書上げるという結果を出してみるか。
 その上で判断した方が、可否にしても是非にしても具体的に的確に判断できるわけだから。

 


人の文明文化……




2019 夏の早朝の文明


 


応援アクセス、ありがとうございます。
応援アクセスに、とても励まされております。
好みや価値観は百人百様ですが、
それゆえの好刺激も戴いております。
夏場は、相互応援アクセスは中断します。
拍手ボタン等は非表示中です。
プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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