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 生命生理は、自律して機能していて、生存の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 生きていること自体が絶妙にできていることを直に経験し続ける知能も備わっていて、相応の学習もでき、上達し、基本動作や日常会話などは熟練する。
 約束やルールや信頼や尊重や愛や幸福などの目には見えないことでも理解し合えるようになり、よって協力し合い信頼し合い尊重し合えるようにもなる。
 しかも、理解は、無料で、誰でも可能だ。むしろ、売買すると崩壊する。
 以上の、普遍的なことや誰にでも共通することが、当ブログのテーマです。
 でも、進化・自身が形成された経緯・自身の生命生理などは、通常は知らない。
 直に経験し続ける知能や学習力や理解力をさえ、具体的に理解するとは限らない。
 知らないことだからこそ、想像もする。自分のことでも、勘違いし思い込みもする。
 自分以外のことに目を奪われると、自分を見失う。心まで奪われると、自分の人生も見失う。つまり、そういう状態に陥っていることに気づけなくさえなる。
 普遍的ではなく、共通でもなく、異なることほど、理解し合うことは困難になる。
 私利私欲を貪り、相殺して蝕み合い、競争で優劣を決め、転嫁し暴力で片づける。
 非理解、非協力、非信頼、非尊重、そういう非知的なことは、むしろ避けたい。
 いずれも、マスメディアが発達した現代では歴然としていることなんですから。
はじめに 更新2013/01/21
目次:無知の悟「俺は、異常ではなかったんだ、病気でもない」
主観的とは 客観的とは  客観的な考え方の特徴は  主観的な考え方の特徴は
「心を開く」とは 「心眼を開く」とは   「悟り」とは 2016/12/27
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カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

マイペースは正解だったようだ


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 かなり前だが、園芸や盆栽をはじめ、山菜取りもするようになった。そんなことから、雪解けの時期が早いかとか遅れているかなども気にするようになった。
 自室の窓の外に、他家のリンゴ園が見える。雪解けを気にし始めたこともあって、そのリンゴ園の雪が4月1日前後に無くなることに気づいた。
 そして、そのリンゴ園の雪解けを、雪解けの時期が早いかとか遅れているかを判断する基準にするようになった。
 そのリンゴ園の雪が、本日3月15日夕方の時点で、若干残った。
 今夜、低気圧が通過すると、明朝には無くなっているかもしれない。

 今冬は、雪が少なかった。

 数日前、声をかけ合いながら次々に当地の上空を通過して北に向かった白鳥たちの声も、すっかり聞こえなくなった。

 当地の、雪が早々に無くなった休耕田に、15羽だったり、翌日は20羽だったりして、昨日まで残っていた白鳥たちも、今日はいなかった。

 
 
 
 創作だが、未熟な老人でもあり、マイペース重視が正解だったようだ。
 
 下書きの下書き状態で終わったことによって知り得たことを基に、初心に戻って再整理を行った。
 まず、最も重要なことを整理した。
 その修正が必要なくなり、更に書き込みをしたくなった。なので、次に重要なことを別に整理した。
 その修正箇所も思い当たらなくなったので、いよいよ章立てを検討していた。
 怠けているのかと自分で思うほどゆっくりだったが……。
 重要なこと、次に重要なこと、と順に整理を行ったことによって、細部もかなり決まってしまっていることに気づいた。

 というわけで、決まってしまっている第一章の整理を行ってみた。
 やってみると、細部の起承転結的なことも把握できるようになっていた。なので、修正や再調整の繰り返している。原石を磨かいているかのような手応えを感じながら。
 未熟な老人は、もちろん修正や微調整などを懲りずに繰り返すしかない。

 新たな創作の構想も浮かんできた。それも、二つだ。これ、一つにできないだろうかなどとも考えている。
 やり始めたことに因って、未熟なりに単純なコツはつかんでいる、ということなのだろう。
 あくまでも、マイペースが重要だったのだ。
 それは、自分の能力や実力に適ったことだからなのだろう。
 今回は、創作はマイペース重視で、当ブルグの月に二回のノルマ投稿は気にしないことにした。

 欲まで出てきた。
 これは自制しなければならない。

 創作上の凉香と理於は、お互いの気持ちや考えを理解し合うことで、子供の頃の気持ちや考えを理解し合う。
 結果的に、子供の気持ちや考えに理解のある親になる準備をしていたようなものだった。

 そして、誰もが直に経験し続けている自身の生命生理が高度で絶妙な秩序に基づいて自律して機能していることや、生後に知り得ることを超越していることに気づく。

 更に、植物も野生動物も、世代交代を重ねて、種族を未来に継続させている。よって、進化も継続される。
 一世代である個体は例外なく死ぬが、種族としては生き続けていることになり、そうであってこそ進化も継続される。
 そのために、野生動物は、自分の子供を自分で命がけで守り、強固に自立を促す。

 植物や野生動物などと同様に、人も、太古から祖先や先祖が世代交代を重ねて存続し、進化してきた。
 その結果、自分たちが産まれた。
 太古から祖先や先祖が重ねて存続してきたことを、未来に継続させることは天命だ。
 生後に知り得ることは限られ、生後に知り得たことを以てできることは限られ、一世代である個体は例外なく死ぬ。

 人は言葉を話すだけに口先だけの嘘も言い、勘違いや思い込みまであり、洗脳され翻弄されていることに気づけなかったりもする。
 生後に知り得たことを以ては、生活がままならなかったり、健康管理がままならなかったりする。
 個人が生後に知り得ることを、生きていることは超越している。

 などということを理解して、祖先や先祖が行ってきたように、命や進化を未来に継続させることを尊び、それを念願とする。

 よって、その創作上でも、人工的かつ文明文化的な妙な欲は、その妨げになるだけだ。

 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

マイペースが好い


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 いよいよ春かな。


 
 
 
 いわば非公開では、全くやらなかった創作。
 ブログとはいえ、いわば公開だと、やる。が、体裁を気にし、つい無理をしてしまった。
 
 
 かつて、禁煙(絶煙)した際のことを思い出した。
 一度目は、簡単にできた。なので、再開してしまった。
 ところが、二度目は止められなくなった。
 それどころか、禁煙を試みるたびに喫煙本数が増えた。
 毎日40本は吸うようになり、喉が痛くなり、もう止めるしかないと思うようになった。ところが、止めることができない。

 そんなわけで、止められない理由や吸い始めた理由などを考えるようになった。

 すると、軽い煙草に変えたり、本数を減らそうとしたりしているわけだから、なんとか吸い続けようとしていることに気づいた。つまり、止めようとはしていなかったことに気づいた。
 更に、止めたいのに、止められない理由も分からないし、止めることができる具体的な知識も無いし、止められないとなると、体裁が悪い。というわけで、「好きで吸っている」と言って体裁を繕い、むしろ愛煙家を気取っていたことに気づいた。これこそが、喫煙本数が増えた理由だと思った。
 つまり、止めたいという気持ちとは逆に、実際には喫煙を正当化していたのだった。

 しかも、少年時代に吸い始めた理由が、上辺だけ大人振るためだった。

 具体的な知識も無く、自信も無いと、上辺を繕ってしまう。それどころか、上辺を繕ったに過ぎないのに満足してさえいたりする。

 そんな自分の無知や愚かさに、気づき、自認し、その改善にこそ意義があると思ったことによって、即、禁煙(絶煙)した。
 おもえば、禁煙(絶煙)というより、精神面の切り替えをしたのだった。
 
 
 創作も、やりはじめたら、未熟さを痛感し、自信が無いので、上辺を繕うしかなくなり、結局、下書きの下書き状態になった。
 でも、下書きの下書き状態にはなったものの、最終章まで達した。そういう意味では、貴重だった。

 こんな経験上、やり続けるべく、おのずからマイペースにすることにした。
 マイペースだと、怠けているような気もし、挫折さえ気になる。が、着実に進展する。

 傍目や体裁を気にしなくなったら、今回の経験上で知り得たことを基に、初心に帰るような再整理を始めた。
 建物で言うなら、発案的なことや、略図のようなこと、図面のようなこと、などなどと段階的なことがあるわけだが、いつのまにか発案的な最もシンプルなことの整理に戻っていた。
 未熟な自分にとっては、これが大事だったことが分かった。
 この発案的な最もシンプルなことが、しっかりできしだい、各部を加筆してゆくことになり、おのずから書き進めてゆくことになる。そういう点でも、この発案的な最もシンプルなことの整理が、むしろ重要なんだということが分かってきた。
 創作でも、未熟さなりにコツを掴んでいたことになる。

 また、自分が未熟だからだからこそ、マイペースが大事なんだということも分かってきた。
 
 
 

全体的に一貫すること


 登場人物の凉香と理於は中学生なので、すでに学習済みだから日常会話ができ、相応の記憶もあるから相応のことも発揮できている。
 もちろん、記憶を参考にした思考に関することは経験の中枢であり、言動や行動や、結果までも左右する。その基本的なことほど繰り返し経験していることになり、相応のことが記憶に溜まっている。その記憶に残っていることを、確認し整理すれば具体的に理解できる。その準備は整っている。
 が、そうであることや、その事実関係や因果関係などの具体的なことは、未確認で未整理なので、未把握で未理解な状態にある。
 そういう状態であることに、違和感を感じたり、気づいたりししだい、記憶内の該当することを確認し整理して解明したり具体的に把握したり理解したりしてゆく。

 第一章では、自分の考えに関することなのに、分かっていなかった(把握できていなかった)ことに気づく。よって、記憶内の該当することを確認し整理して事実確認をし、その解明や解決に臨む。
 この確認や整理も、日常会話で行っている。が、そうであることや具体的なことは、未確認で未整理だったために、未把握だった。でも、第二章で、日常経験上、記憶に残っていることの確認や整理を繰り返したことによって、勘違いや思い込みに関することなどを解明できた。
 その第二章での解明経験上、第三章では確認や整理の重要性に気づき、未理解だったり理解できていたりする理由でもある理解の法則や、それゆえに未理解な場合と理解できている場合の違いなどを具体的に理解する。
 理解力自体に関することを具体的に理解できたことによって、日常会話で理解力を発揮するようになっていることに気づく。その理由として、知らなかったことを憶えたことや、できなかったこともできるようになり上達もした、その理由や因果関係を確認して整理する。そして、内面的なことなので誰でも教えようが無いことである、記憶を参考にした識別や思考などを、乳幼児期に独自に学習して日常会話で理解力を発揮するようになり、独自に学習するからこそ大人の嘘も見抜けるようになることを解明する。その誰でもできるようになり誰にも共通する基本的な面を、いわゆる学習の基本として理解する。
 そして、すでに備わっていて自覚するだけで確認できることに気づいて、知能の構成器官に関することを理解する。
 更に、自分の子供の頃の気持ちや考えに関することを理解していたつもりが、自分が子育てをする際に必要になる子供の気持ちを理解する準備をしていたようなものだった。ということにも気づく。
 第四章では、生後に知る以前から存在していて、つまり非人工的な進化や生命生理に関することを理解して、生きていることこそが高度な秩序に基づいて自律して機能していて、理解することも容易ではなく、知り得ることを以ては維持管理もままならないほど優れていることを理解する。そうであることは、直に経験し続けていることであり、もともと歴然としている。そんなことも知らなかった、生後に知り出来るようになることは勘違いや思い込みだらけだ。
 一世代を超越している進化こそが、尊い。
 などといったことを具体的に理解する。

 これらの、気づいたり、具体的に理解したりすることによって、相応の精神的な変化が生じ、相応の言動や振る舞いをすることになる。その言動や振る舞いを以て、その理由であり目には見えない内面の変化などを表現すること目指す。
 そのために、自分が書く際の要点を更に加筆した整理をすると、以下の各章の直ぐ下のような内容になる。
 その下は、更に次の段階のために加筆したメモにあたる。
 
 
 

第一章 理性の覚醒


 重要なことを分かっていなかったことに、気づく。
 五感では捉えることができないが、行動を左右しているのは思考や判断であることに、気づく。そして、記憶に残っていることを、確認し整理し始める。

 記憶を参考にした識別や思考は、日常的に行っている。その経験上、記憶に残っていることを思考上では捉えることが可能なことであることは本人は分かっている。が、具体的なことは分かっていない。
 また、理解力があるからこそ、分かっていないことにも気づけるし、違和感も感じる。
 これらのことも、第三章で、記憶に残っていることを確認し整理して具体的に理解する。

第二章 悪循環の解明と解決


 五感で捉えることができることではなく、思考上で捉える必要があることだが、記憶や気持ちや考えに関することであり、行動や結果を左右することだけに、それを捉えるために内向するようになる。
 自分の考えや判断によることなのに、不本意な方に迷い込んでいたことをすら分かっていなかった。そうだったことに気づき、事実確認をし、その理由の解明と解決に臨む。

 思えば、不明なことを、確かめもせず、見た目や上辺のイメージを基に考えたり判断したり優劣を気にしたりしていた。だから、的外れな勘違いをし、思い込んだ。
 思い込んだから、それを基に考えたり判断したりするようになった。が、納得しているわけではなく、躊躇したり、後ろめたかったり、劣等感を感じたりし、不都合なことは隠し偽りし、悪循環に陥りかけていた。
 そういうこともしてしまう思考(情報処理)ゆえに、むしろ思考の健全性を重視し、勘違いや思い込みを解明でき解決できた能力を重視にする。
 備わっている能力に関しても、十分に把握すらできていなかったわけだから、十分に発揮できていない。未熟だが本心を取り戻す。
 そういうことから、小学高学年の頃の方が理解しやすかったことではないか、などとも思う。

第三章 理性の復活


 解明できた理解力に関する法則(知る以前から存在すること)を理解し、その準備が整っていて理解可能な状態だったことも理解し、なのに未理解だった理由も理解する。
 思考上で捉える必要があることや知る以前から存在する法則を重視するようになる。理解力があるからこそ、目には見えない約束や信頼関係や秩序を守ることもできることを理解し、理解力を尊重する。

 目には見えないことである勘違いや思い込みや精神的な悪循環を解明でき解決できたのは、記憶内の該当することを確認し整理したことによって事実関係や理由や因果関係などを具体的に把握でき理解できたからだった。このことを整理して、発揮していることを具体的には理解できていなかった理由や、それを具体的に理解する理由として、理解の法則も理解し、理解の法則ゆえの未理解な場合と理解した場合の違いを理解する。
 目を奪おうとし心まで奪おうとする環境上のことから離れて、そういうことに左右されがちな気持ちや考えを確認し整理すべく内向したから理解できたことだった。
 他方の、理解力を尊重しないで、五感で捉えることができることを尤もらしく見せかけ本当らしく工作し優れたことであるかのように祭り上げて、目を奪い勘違いさせ思い込ませ悪循環に陥れて心まで奪って、私利私欲を貪ることを敬遠する。

 むしろ、記憶に残っていることを、確認し整理するだけで理解できた。つまり、確認し整理するだけで理解できる、その準備が整っていたのに、確認や整理をしなかったばっかりに未理解だった。
 日常会話で発揮している理解力に関することを、未理解だったばっかりに、見た目や上辺だけで判断したからこそ勘違いし思い込み悪循環に陥った。備わっている能力に関しても、把握すらできていないわけだから、十分に発揮できていない。精神的成長は、小学生レベルだ。
 信頼関係が大事だ。そのためには相応の理解が大事だ。興味本位なことはできない。まだ子供の立場で考える。上辺だけ大人振ぶることは厳禁だ。
 経験していることの最たることでもある、思考力や理解力・学習の基本・知能・これらを具体的に理解する。

第四章 天意尊重


 理解力を超えているほど、高度な秩序に基づいて存在しているものを尊ぶ。
 知る以前から存在していて理解力を超越していて、高度な秩序に基づいて自律していることを尊ぶ。

 生後に知り得ることは限られ偏りもし勘違いも思い込みもあるが、生きていること自体はこんなに良くできている。仲良くし合ってこそ、そうであることを分かち合えるわけだから。
 
 
 この整理に納得し次第、更に加筆したものを整理する。
 こういう積み重ねをして具体的にしてゆき、それを基にした章立てをし、その章立てを基に下書きに進んでゆく。
 
 
 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

あ! そういうことだったのか


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地、立春が過ぎて、久しぶりに最低気温がマイナス12℃。
 6日から、思い出したかのような降雪。断続的に降り続き、9日朝にプラス50センチの大雪。

 その大雪の分は、すでに消えてしまいました。

 皆さんのブログには花の便りもあり、日本列島も結構な広さであることを感じます。

 
 
 日本列島も結構な広さだ、とはいえ、自分が行ったことがある所は限られている。
 かつて冬の出稼ぎで行った新潟県や石川県、冬の出稼ぎ先の埼玉県川口市で初めて就職して東京で数年暮らしたのでその近県、長野県や石川県、三重県や奈良県や和歌山県、四国、最も遠い所では山口県、そのくらいしか行ったことがない。

 27歳で精神面が一変し、仕事が手につかなくなり、見えない壁に直面しているような日々を送った。
 そんな三年間から解放されたのは、自分の勘違いや思い込みに関することを解明できたからだった。

 つまり、よく分からないことなのに、確かめもせず、見た目や上辺だけのイメージを基に考えたり判断したりするから、的外れな勘違いもする。
 それでも確かめないと、勘違いしていることにも気づけず、むしろ思い込んでしまう。思い込んでしまうと、ますます確かめない。
 思い込んでしまうと、疑問も抱かななくなり、その思い込みに基づいた考えや判断や振る舞いまでしてしまう。

 そうだったから、苦悩し困窮した。なのに、そうだったんだということも分かっていなかった。勘違いや思い込みに基づいたことでしかないのに、そうだということを判断できなかったからだった。
 まさに、自分の思考や判断に関することを、自分は分かっていなかった。
 生後に知り得たことの頼りなさを思い知らされ、自分が無知で愚かだったことを自認した。
 ところが、その後は、経験に基づいた本来の自分に関することを理解しはじめた。既に理解しているべきことであり、本来理解すべきことだとも考えられ、相応の自信や確信を得ていった。

 そんなことが分かった上で省みると、苦悩し困窮したということは、自分が知らないだけで自分が困ることになることも存在することを実際に体験していたのに、そうなんだということも判断できなかったんだ、という見方も可能になった。
 でも、そういう体験していたからこそ、その事実関係を確認し整理したことによって解明できた。
 分かってみると、冷静になることさえできれば生きているだけで自信や確信を得られるんだということも分かった。

 以前は、肝心な自分のことをあまりにも知らな過ぎた。だから、確かめもせず、ろくに考えてみもしないで、自分のことを勘違いし思い込み、そうだということに気づけもしなかったのだった。
 そうだったことは、理解力を発揮できたから解明できたわけであり、理解力は日常会話でも発揮していることであり、そういう本来の自分に関することを理解し始めたことによっても裏付けられていった。
 そもそも、自分のことは、唯一、直に経験し続けている。考えや判断に関することは内面的なことだけに、本人だけが直に知り得ることであり、行動を左右する経験上の中枢でもあり、結果まで伴うからこそ、一喜一憂する。基本的なことほど繰り返し経験していることになる。相応の情報が記憶に溜まっている。記憶に溜まっていることを整理するだけで、こういうことが分かる。
 むしろ、記憶に溜まっていることを整理するだけで理解できることは少なくない。こういうことも、以前は知らなかった。勘違いや思い込みに関することをすら、知らなかった。だから、勘違いや思い込みに囚われて、見えない壁に直面しているような日々を三年間も送ったことになる。

 自分の記憶に溜まっていることを確認し整理するだけで理解できることだが、当初は慣れないことでもあったが冷静になることは必須だった。
 冷静になることさえできれば、生きているだけで自信や確信を得られるだけの条件が既に整っている。
 こんなことも分かってきた経験上、これ以外のことは二の次になった。
 特に、内向が重要で冷静さが必須なことなので、目を奪おうとすることや、勘違いや思い込みを助長して心まで奪おうとしていると思われることは、敬遠するようになった。

 そして、社会復帰をした。よって、慰安のツアー旅行などにも行くようになった。
 が、遠くへ出かけることにも価値は感じなくなり、むしろ億劫だった。
 
 
 そんな自分の経験を基に、創作(仮想)を始めたのだが……
 下書きのつもりが、下書きのための下書きとしても不完全なことしか書けなかった。
 長年、できなかったことを、始めた。そうだったこともあって、未熟さの方ばかりが顕著になった。
 というわけで、小休止した。

 個人的に、「要は未熟なわけだから、しばらくは非公開で整理しようか」とも思った。

 そして、「創作の投稿は、時々休みながらやろう」と思った。

 もちろん、怠けているような気もし、挫折も気になったが……
 
 
 あえて、気分転換を兼ねて、古いオーディオを復活に臨んだ。
 実は、数年前に、中音が出なくなった。思い当たる簡単なことは試みた。が、直らない。なので、アンプの故障かと思い、お手上げになり、コンセントを抜き、重いこともあってそのままにし、数年は経ち、掃除をしないので誇りが積もっている。
 でも、久しぶりに、あれこれ考え、もしかしたらスピーカーのレベルコントロールが劣化して接触不良になったのかもしれないと思った。
 ならば、3ウェイスピーカーに個々にパワーアンプをつなげるようにもできているので、そういう状態にした。
 でも、アンプは1台しかない。なので、1台のアンプで駆動するように、3ウェイスピーカー3個ともに直に並列に配線した。
 そして、鳴らしてみた。
 予想通りだった。復活した。
 スピーカーに付属しているレベルコントロールは使えなくなったが、パソコン内の音楽再生ソフトのグラフィックイコライザーが使える。
 でも、すぐに飽きた。自分にとって、音楽も、目を奪い心まで奪う類でしかなくなっていたからだ。
 音が出た時の喜びは、不具合を自分で解決できたからだったのだ。
 
 
 気分転換ということで、次に、ノートパソコンの修理再生も、久しぶりにやった。
 以前、自分のパソコンが故障した時に備えて最低限のことは自分で対処できるようになりたいと思い、手始めに古い安価なノートパソコンを入手して、解体し修理し、リカバリしたりWindowsをインストールしたり、officeをインストールしたりして、その必要経費を回収しようと思い入手先のヤフオクに出品するようになった。
 というわけで、現役のノートパソコンを扱うようになり、i3はi5に換装し、HDDをSSDにするようになり、その出品台数が70台を超えたころ、Windows10 の無償アップグレードが開始された。
 ところが、自分が扱っていたノートパソコンは、Windows10 の無償アップグレードをしても、やがて不具合が発生する。ノートパソコンのメーカーでは、Windows10 のアップグレードには対応しないと言う。しかも、収入にはならない。
 というわけで、自分も修理再生を中断した。その後に、残骸の整理もした。が、捨てるには惜しいノートパソコン4台と使える液晶パネルが数枚などが段ボール箱の中に残されたままだった。
 そして、2020-01 に Windows7 が見捨てられるということで、昨年の暮れに、使用しているパソコンを有償で Windows10 にアップグレードした。しかも、一カ月以上経っても、無償アップグレードの時のような不具合は出ない。
 というわけで、捨てるには惜しくて残してあったノートパソコンを再生することにした。
 部品取り用として更にジャンク品を2台購入した。
 結果、5台は Windows10 パソコンとして再生した。内1台は、まだ光学ドライブが無い。
 思えば、不具合を改善すること、つまり本来の能力を復活させること、これが意外なほど集中できて充実感があるからやるのだ。
 
 
 気分転換などで他のことに集中しても、念頭にあることに関しても気づいたりすることが分かっているから、気分転換もするわけだが……
 気分転換中でも、創作に関しても、意外なことに気づく。
 その都度、創作内容の展開や要点などの整理も進める。
 当初のあらすじを基に、無理や矛盾を解消しつつ章立ての再整理を行っているだけだが、書き手として把握しているべきことは明らかに具体的になってゆく。
 これで好いのだ。自分のペースで進めることが重要だったのだ。
 マイペースにすることに決めたからだったのか、急がない方が、むしろ着実に進展することを実感している。

 創作内容も、凉香と理於は、自分たちの考えの不具合(勘違いや思い込みなど)を解明して改善し、よって本来の能力を具体的に理解することになり、生きていることはどういうことかも理解する。

 マイペースだと、怠けているような気もし、挫折が気になるくらいだが……
 思えば、ブログとはいえ未熟さを曝け出してしまっただけに、見栄を張りがちだった。だから、下書きのつもりが、更に下書きの下書き状態になってしまった。
 未熟なので、見た目も気にし、急いだ。

 しかも、これまでに分かったことである、目的地に向かう際には道順を憶えているか否かに左右されることや、建築などでは設計や工法などが重要であることなどに気づかされた。それを基に、創作の場合も、完成作品に直接書き出されることが無い、つまり背景にある構想や章立てなどの整理が進むと、細部を書き込むだけで完成ようなものであり、その背景にある構想や章立てなどの整理がが重要なのだと気づかされた。
 その背景にあるものを(直には言わず)浮かび上がらせるように文章を構成することこそが創作の面白さでもある。

 親と理解し合えなかったことを、誰かと理解し合えた。
 学校でも教えてくれなかったことだが、自分に備わっている能力や法則などを、誰かと理解し合えた。
 進化や、生きていることは、生後に知り得ることを超越している。このことを、誰かと理解し合えた。
 そんなときのお互いの気持ちが、浮かび上がるように文章を構成する。これが、最終的な目標になる。
 そのための準備として、今は、直に書いて整理している。

 そんなことも知らず、書き手として把握しておくべきことを、把握不十分なまま開始したことにすら気づかなかった。だから、道に迷った状態になったのだ。
 書き手として把握しておくべきことを、十分に把握できれば、やがて順調に進む。
 繰り返し行った目的地に関しては、記憶に残っていることだけを基に道順を詳しく教えることができることができるようになる。これに似ている。
 むしろ、書き手として把握しておくべきことを、最低限は把握していないと、順調には進められない。

 というわけで、「創作の投稿は、自分のペースで、無理はせずに休みながらでも、続けよう」と決めた。
 
 
 欲も出てきた。
 ここまで来れたのなら、裏側は非公開にした方がいいんじゃないか。などと思ったりもする。
 でも、創作内容上は、それは障害になる。
 邪心の無い赤ん坊が、やがて、見た目を気にしたり、見た目を比較したり、それ故に劣等感を感じるようになり、そういう理由で人並を目指したり、見映え良く見せようとして見栄を張ったりし、そういうことのために私利私欲に執着するようになるのだと考えられるが……
 創作上の主人公の二人は、見た目を気にすること自体が勘違いや思い込みの元であることに気づき、そうであることを具体的に解明して、そうではない非人工的で普遍的な根拠や理由に基づいた世界を理解してゆくわけだから。

 いずれにしても、自分は未熟であることは明らかだ。
 小休止というよりも、一旦休止にして、マイペースで熟成させるべきなのかもしれない。
 否、否、未熟なんだから、無理をすれば転びもするし挫折もする。そうならないようにしつつ育てるしかないのだ。

 

カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

今回は小休止


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 寒中が、こんなに雪が少なくて、こんなに寒くない、こんな真冬は初経験です。

 三年ほど前も雪が少なくて、春から水不足だった。が、当地では今年よりは雪が多かった。
 昨年は、夏場の雨不足で、水不足だった。
 今年も、水に関しては要注意だ。

 
 
 創作の方は、前回の投稿で最終章まで達したので、今回は小休止。

 が、最終章まで達したとはいえ、下書きのための下書きの状態になってしまい、みっともない……

 でも、書き始めることができた。
 だからこそ、長年できなかったのは、相応の知識や技術が無かったからだったことが具体的に分かった。今後も、相応の模索や習得をしないと進められない。
 また、抱え込んでしまっている勘違いや思い込みなどの邪心の、把握や整理も必須であることも分かった。これに関しては、他界に臨む心の準備上でも必要なことであり、これも行うことになることが分かっていたから、創作を始めたようなものだった。
 また、いわば非公開にしていたら、全く進展しなかったことになる。長年できなかったのは、いわば非公開だったからでもあった。みっともないことは、隠し、偽り、尤もらしく偽装し、そんなことに自己満足し独り善がり優越感をさえ感じたりすると、常軌を逸していることに気づけなくさえなる。
 そうなることを避けるべく、みっともなくても、ブログ記事ではあるがいわば公開して、進展させざるをえなくなる状態にしたことによって、下書きの下書き状態とはいえ進展させることができた。
 
 
 いずれにしても、創作よりも、そのための邪念の類の整理の方に多くの労力を費やしている。

 当創作内容の展開は、登場人物の凉香と理於が冷静になれるか否かに左右される。
 自分の内面を捉え整理し無理や矛盾を解明するなどのことを行うわけだから、環境上の物事を気にするようではできない。

 それを書く自分も、同等の冷静さが必要になる。
 見映えが気になったり劣等感を感じるなど、いわゆる邪心が騒ぐと、創作には集中できなくなる。
 それでも書こうと思えば、自分の邪心を捉えたり整理したりしなければならない。
 
 
 そもそも、赤ん坊の頃に、自分で寝返りをできるようになり、這ってでも行きたい方に進むようになり、捕まってでも立ち、ふらふらしながらでも二足歩行をはじめ、転ばなくなり、自分で行きたい方に行けるようになって喜び、走って行けるようになって歓声をあげ、現在地からは見えない所へも行けるようになり、やがては未知だった所を目的地として目指すようなこともするようになり、繰り返し行った所への道順は記憶に残っていることだけを基に教えることも可能になる。
 しかも、知能の構成機関(各感覚器官や意識や感情や記憶力など)は、誰でも直に経験し続けている。
 知能の能力である学習自体の基本的なことほど、繰り返し経験することになる。
 知能の構成要素や基本的な能力は、猫や犬などでも共通で、大人になっても変わらない。
 むしろ、生後に知り得ること以前から存在していて、生後に知り得たことを以ては変えようが無いどころか、生後に知るとは限らず理解するとも限らないことなどが、生存を成り立たせている基礎や基本だからだ。

 行おうとしていることは、基本上では、どの段階に相当することなのかが異なるだけだ。
 そういう内容の創作でもあり、書き手の自分が、そういう把握をできていないと、できない。より明確に把握できているほど、容易になるわけだから。
 
 
 人の場合は、直に経験し続けている知能の構成要素や、繰り返し経験することになる知的基本能力や、その能力上で発揮するようになり日常会話で磨かれる理解力など、それらに関することほど多くの情報が記憶に溜まる。つまり、それらの直に経験し続けていることに関しては、具体的に理解できる準備が自ずから整う。
 しかも、具体的に理解する適期は中学生頃だと考えられ、今回の創作内容も相応の展開を想定している。

 ところが、知らなかったこと憶えて相応のことが随意にできるようになる性質上、勘違いや思い込みも生じ、よって個人毎に異なる好みや価値観にも左右される。
 よって、直に経験し続けている知能の構成要素に関することでも具体的に理解するとは限らないし、誰でも直に繰り返し経験する知的基本的なことであっても本人が理解するとは限らないし、具体的に理解できる準備が自ずから整うことも理解するとは限らない。

 肝心な精神面を未理解でも、それ以外のことも成長とともに多くのことを経験し、五感で捉えることができる環境上のことに目を奪わがちにもなる。つまり、肝心な精神面に関することを未理解だからこそ、勘違いや思い込みに気づけず、 勘違いや思い込みに基づいたことをするようにさえなる。
 詳しく知らないことを確かめもしないで上辺や見た目で判断した場合ほど、的外れな勘違いをし、その勘違いを思い込み、それが確かになるほど上辺や見た目を比較しがちになり、見映えを気にするようになり、上辺や見た目の優劣を気にするようになり、そんなことに劣等感を感じたりするようになり、劣等感を癒そうとするようになり、優越感を感じたりするようにもなる。
 勘違いや思い込みに関することを未理解なほど、的外れな勘違いをしていることや思い込みや余計な先入観や邪心などに気づけず、むしろ抱え込んでしまう。
 そういう自分の情報処理に関することを自分で把握できないからこそ、疑問も抱くこともなく的外れな勘違いや思い込みや先入観などを基に考えたり判断したりするようになる。つまり、肝心な自分の情報処理に関することを、疎かにし把握できず自制できない。その要素も加わって、見映えが気になったり劣等感を感じたりするようにもなる。
 肝心な精神面を未理解だからこそだ。

 そもそも、赤ん坊の頃には、そういうことは無関係だからこそ、知らなかったことを次々に憶え、随意にできなかったことも次々に随意にできるようになる。
 むしろ、本来は、見映えは気にするに足らず、そんなことは劣等感を感じるに値しない。
 つまり、育つか環境が異なり、経験する内容が異なり、学習内容には相違があり偏りもし、的外れな勘違いや思い込みも生じ、それを基に劣等感や優越感を感じるからこそ、常軌を逸したほうに進んでしまう。
 本来は、思考や判断などの情報処理の仕方や方法や健全性の問題だからだ。それは、もちろん目には見えない内面で行われていることだが、思考や判断に関することであり、本人だけは直に把握可能なことでもあり、本人が把握できていないと自制できない。
 そんな肝心な情報処理に関することを未理解なまま更に疎かにして、見た目や見映えを気にしていることになる。
 それは、常軌を逸することに通じている。肝心な内面に、知られたくないことが溜まったり、 自分でも認め難いことが溜まるほど、反省し難くなり、改善し難くなり、理解し難くなるわけだから。
 
 
 凉香と理於も、いつのまにか根拠中の根拠を模索し、むしろ植物や野生動物は世代交代を重ねていることや、世代交代を重ねることができた系統の末裔が現存していることや、進化に思いを馳せるが……

 そもそも、自身が誕生した進化などの背景的なことは、誕生当初は知らない。
 受精卵は自律的に分化して進退が形成されると言われるが、当時のことも知らない。誕生当初のことも知らない。自身の内臓も、見たことが無い。
 自身の生命生理に関しても、ほとんど知らない。自分が知らなくても機能しているということは、自律して機能していることになる。自律しているということは、生後に知り得ることを超越した高度な秩序に基づいて機能していることになる。
 何かを知る以前に、知能が備わっている。知能が備わっているからこそ、経験でき、知ることもでき、思考や理解も可能になる。
 各感覚器官や意識や記憶力などで構成されている知能は、覚醒時には常に直に経験し続けている。しかも、識別や思考や判断などを行っている性質上、異常があれば気づきやすい。むしろ、覚醒時には何時でも自覚するだけで異常が無いかを確認できる。
 知る以前から存在しているこれらは、猫や犬でも直に経験し続けていることであり歴然としていることでもあり、本人が知る以前から存在し機能していることであり、生後に知り得ることを超越しているわけであり、生後に知り得ることよりも優れていて、生後に知り得ることよりも尊い。
 つまり、誰でも直に経験し続けていることであり、誰にでも共通なことであり、歴然としていることこそ、優れていて尊い。それ以外のことである見映えを気にするようになったり劣等感を感じるようになったりすることは、常軌を逸する方に進んでいることになる。
 
 
 かつての自分も、直に経験し続けていて歴然としていることをすらほとんど知らなかった。
 肝心な自分のことを、あまりにも知らなかった。だからこそ、むしろ自分のことを勘違いし思い込んでさえいた。
 そうだったことに、たまたま気づいた。動揺を通り越して当惑した。平常心を取り戻せなくなり、三年も経ち、ついに困窮した。
 思えば、劣等感を感じたどころか、劣等感に苛まれてしまったからだった。

 けれども、勘違いや思い込みに関することを具体的に解明でき、精神的な悪循環も解明でき、それらに関しては自分で確認でき自覚でき判断できるようになったので、それらからは脱した。
 それは、当時、冷静になることが重要だったことにも気づいたからでもあった。
 つまり、環境上のことでもなく他人がどうこうでもなく、自分自身に関することを理解する必要があったわけであり、そのためには自分自身を自覚したり意識したりすることが重要だったことに気づいたりしたことから、そのためには冷静になることが重要だったことに気づいた。
 それらができたから、自分の勘違いや思い込みに関することを解明できた。自分が無知で愚かだったことを、具体的に解明して自認した。でも、理解できたことは、自覚できるようになり、もちろん自制できるようになった。よって、脱することができた。

 実は、脱することができたことを、自覚することもできた。この経験上、「理解するとはどういうことなのか」を理解しようとした。
 しかも、理解自体に関することも具体的に理解できる条件は整っていたことになる。つまり、勘違いや思い込みを解明できたことによって脱することができた、その事実関係を整理するだけで、「理解するとはこういうことだったのだ」と理解でき納得することもできる、その準備は整っていたことになる。
 でも、この時点では、整理は不十分だった。だから、理解自体に関することは具体的には理解できていなかった。
 が、無知で愚かだったことを自認したほど具体的に解明できた。もちろん、無知で愚かでいいはずがない。そんな状況上、思考や判断の健全性を重視するようになった。
 もちろん、冷静になり、自分自身を意識し、しかも何も考えない状態になり、よって余計な考えなどをリセットする、このことも日常的に実践するようになった。

 ちなみに、現在も、夜、寝床に入って眠りにつく前に、創作上のことに関して大事なことに気づいたりする。
 眠る直前は、相応に冷静になれているからだと考えられる。
 もちろん、枕元にICレコーダーは欠かせない。忘れたりするからこそ、欠かせないことを痛感する。
 生後に知り得たことは、そんな程度なのだ。
 
 
 自分の場合は、こういう邪心の整理は必須で、ウォーミングアップなども行わないと、創作のための知識や技術的なことの模索や習得はできないことが分かってきた。
 でも、これは、他界に臨む心の準備にもなる。
 ここまでできたわけだから、この先は、いわば非公開で行った方が集中できるのではないか、などと思ったりもしている。


 

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第4章 第2節 知能が進化した理由


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 個人的には、今年は特に、肉体的な老化に精神的に屈しないように、精神的な成長や進歩を重視して生きたいと考えております。
 つまり、知らなかった何かを憶える。できなかった何かが出来るようになる。曖昧だった何かを少しでも詳しく憶える。下手だった何かが少しでも上達する。そんなことを重視します。
 相応のことを、幼い頃からするようになるし出来るようになる。大人が教えようが無いことを、幼い頃からするようになるし出来るようになる。相応の知能が誰にでも備わっているわけですから。
 猫や犬なども、学習しているからこそ相応のことができるようになるわけですから。

 言い換えると、そんなことを特別に重視しなければならない理由がある。
 創作上の凉香と理於とは違い、自分の場合は、肝心な自分のことは直に経験し続けているのに理解しそびれた。むしろ、中卒後に社会人になったことで、上辺だけ大人振るようになった。
 つまり、自分の場合は、成長とともに知的悪循環の深みに陥り、知的可能性を台無しにするようなこともしていたからこそ、そうであることに気づけなかった。
 が、そうだったことに気づいた。自分は、すでに二十七歳だっただけに、当惑し、困窮した。
 三年後に、勘違いや思い込みに過ぎなかったことをやっと解明できた。
 その解明や解決で、理解力などの本来の能力を発揮できたことから、知的基本能力を重視するようになった。
 自分の場合は、三十歳を過ぎてから、創作上の凉香と理於が解明し理解を深める道を辿った。

 けれども、知的基本能力発揮しようとも思っても、やっている内容によっては、道に迷っている状態に陥ったり、そうであることに気づけなかったりもする。
 つまり、知的基本能力を発揮するためには、すでに抱え込んでしまっている(記憶に有って随意には消すことができない)邪念(内面的な障害)を整理する必要があった。いつのまにか、老化に関することも加わり、加速ぎみでさえある。
 よって、何かを行おうとすると、心の整理は必須であることが、今回の下書きを行ったことによって今更のように思い知らされた。

 当創作も、当記事で最終章には辿り着きはしたが、下書きのための下書きのような状態になった。
 道に例えるなら、迷いながら初めて目的地に到達したものの、道順はほとんど曖昧な状態だ。
 建築物に例えるなら、未完成なのに、解体して建て直すしかないほど不完全な状態だ。
 つまり、当創作では、創作を成立させるために必要な背景にある実力の不足や知識の未熟さが具体的に明らかになった。
 建物に例えるなら、設計や施工や段取りなどの方法などに関しては無知だったことが明らかになった。
 道に例えるなら、目的地に着実に到達できるルートや交通手段などの段取りなどの方法などに関しては無知だったことが明らかになった。
 結果的に分かったことだが、下書きとはいえ、先に、あらすじや展開の因果関係などの整理を行うことが重要で、その無理や矛盾が無くなった後に細部の書き込みを行うべきだった。が、そんなことを知らないことをすら未知だった状態で始めたばっかりに、つい細部の書き込みを行い、創作方法としては本末転倒状態だった。

 結果的なことが成立するためには、その背景にある方法や段取りや技術や相応の知識などが必須だ。それらを、今更のように模索する必要があった。
 思えば、それらの背景にあるものが、結果を成り立たせている。それらは、もちろん目には見えないし、表面には出ない。そんな、背景にあって見えないことこそが、結果を成り立たせている。
 知識や技術や設計や施工方法や実際の段取りなどが的確であってこそ、自然災害にも耐える建築物が成立する。それは、その背景にあるものこそが成り立たせている。
 道順も、同じだ。繰り返し行くほど詳しくなり、記憶にあることだけを基に教えることも可能になる。が、そこまでになるのは、繰り返し行ったことで詳しくなったことなどの、結果的には目には見えない相応のことが存在するからに他ならない。
 スポーツも、目には見えないルールを熟知していて相応の知識や技術があってこそ、結果的に高度なことも可能になる。
 当創作も、実際にやってみたことによって、背景にある結果を出せるだけの行程に関する知識や技術こそが大事なんだということが初めて分かった。

 長年、できなかった理由も、知識不足や実力不足だったということになる。
 知らないことだからこそ、面倒くささが先に立った。

 でも、歩き始めた。
 初めてで、迷った。が、それゆえに、先に進むために必要ないろんなことが分かった。これが、歩き始めた証であり、未熟さ相応のささやかな成果でもある。
 下書きのための下書きの状態だが、最終章に達した。

 知識不足や実力不足を噛みしめながら、勘違いや思い込みからは一時的に離れて、リフレッシュしした方がいい。
 初心に戻って、面倒くさがらずに、再度、あらすじなどから整理し直すしかないわけだから。そうしないと、下書きをすら書き上げられないわけだから。
 
 
 
 
 下書きのための下書きのような状態であり、起承転結のスタイルを拝借して始めることができたことなどに因り、当初の章立てを次のように変更する。
 予定では当章は第5章でだったが、当章は第4章の第2節に変更して、第5章は無くす。
 
 
 前章 第4章の第1節
 
 知能はすでに備わっていることを具体的に理解する。
 大人でも教えようが無いことを、幼い頃から自ずから経験でき、内面的なことである記憶を参考にした識別や思考や判断などを独自に学習するようにできていることを、自分たちの経験を整理することを以て理解する。
 行動から察して、猫や犬なども学習しているんだということも理解する。
 
 
 当章 第4章の第2節
 
 前章で具体的に理解した知能が、すでに備わっている理由として進化に思いを巡らす。
 よって、現代人や一世代を超越している普遍的なことを理解し、生後に知り得ることを超越していることを理解する。
 その理解したことを基に、植物も野生動物も人が生後に知り得ることを超越していることを理解し、生きていること自体を尊び、それゆえの幸福感と、それゆえに守ろうとする愛を理解する。もちろん、勘違いや思い込みや嘘だらけで強制的でさえある知的なことは敬遠する。
 
 ここまでは、理解を深める。その理解を深めたことを基に、進化を根拠にして整理して、「生きていることはこういうことだったんだ」ということを理解する。

 
 
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第4章(結) 知能の基本能力の蘇生


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 新年は、誰にとっても健康的な成長や進歩の可能性に満ちた年でありますようご祈念申し上げます。
 新年も、応援アクセスよろしくお願いします。


 当地、27日朝、除雪。除雪後も吹雪&大雪で約30センチも積もったので一日に二度も除雪をしました。
 28日朝、また除雪。
 間違いなく真冬に突入したようです。約二か月間厳寒覚悟です。

 当創作の方は、前回、方法を変更したのが良かった。
 怠けて手抜きをしたような気もしたが、スムーズに先に進めるし、無理や矛盾の確認や修正も楽になり、精神的に楽になった。
 初挑戦であり、そもそも創作だけに、無理や矛盾の確認や修正の繰り返しが必須だ。
 創作内容も、前提になることがあって相応のことが展開し、それが新たな前提になって展開し、それを積み重ねることによって、当初は予想も及ばなかった精神的境地に凉香と理於は到達する。
 つまり、凉香と理於は確認と整理を繰り返しはじめたからこそ、まず不本意な方に進む一方だった事実が明らかになる。
 よって、精神的な障害になっていた勘違いや思い込みなどによる無理を解明し、不都合だと思うことを隠し偽る悪循環に陥っていたことを解明し、それらは把握や理解や改解決とは矛盾することだったことを解明する。
 自分で解明できたことは、自覚や識別が可能になり、よって再検証や自制なども可能になる。
 それらが可能になったのは理解力を発揮できたからに他ならなかったことに気づき、いよいよ、未理解なまま見失っていたことでもある本来の健全な精神(誰でも直に経験し続けていて発揮するようになっていて相応の情報が記憶にたまっていて実は歴然としていたこと)を具体的に理解してゆく。
 そういう展開をする創作内容上、あらすじを設定し、その章立てを行い、その無理や矛盾を処理しながら更に具体的にしてゆき、無理や矛盾が無くなってから細部を書き込む。こうした方が、細部の書き込みも楽だったはずだ。
 こんなことを自分が知らなかったばっかりに、つい細部を書き込んでしまい、その後に無理や矛盾に気づいて修正に困惑していた……
 こんなことを知らなかったことが、長年できなかった一因でもあったようです。

 
 
 
 前章では

 前前章で勘違いや思い込みや隠し偽る悪循環に関することを解明できたのは、思考力や理解力を発揮できたからに他ならなかったことに前章で気づく。
 確認も整理もしないことは未理解な状態にあり、確認したり整理したことは相応の具体的に理解でき、理解できたことは記憶にも残るから、自覚や再考や理解を深めることも可能になる。
 逆に、よく知らないことなのに確認も行わなわずに、上辺のイメージを基に判断するからこそ、的外れなことでも事実だと勘違いしたり、勘違いにも気づけないからこそ事実だと思い込んでしまったり、思い込むからこそ思い込みに基づいた行動までしたりする。
 実際には、そんな経験上の事実をに関することでも、むしろ記憶に残っていることを確認し整理しても解明できる。
 その思考力や理解力の性質や条件や法則的なことも、確認し整理を繰り返せば具体的に理解できる。
 そんなことを経験を基に理解して、その理解したことを基に考えることが可能になったことによって、思考力や理解力は日常会話などですでに発揮していたことに気づき、発揮しているけど未理解だったんだという事実関係を基に、未理解だったことを理解する行程である確認や整理の重要性を再確認する。
 よって、未確認で未整理で未理解な場合と、確認し整理して理解した場合との、歴然とした違いも経験を基に理解し、これも経験済みだったのに以前は未確認で未整理だったから未理解だったことを知る。
 もちろん、記憶を参考に整理して理解したことは記憶にも残るので、その理解した構造的なことを参考にして、随意に自覚したり考えたり判断したりすることなどが可能になることも理解する。
 そして、これまでは解明や理解が主だったが、その解明し理解したことを基にして関連することを検証するようになる。

 
 当章では

 考えても躊躇してできないこともあることなどもあることを捉えて、知識や考え以前に知能の能力的なことや法則的なことが機能していることを捉える。
 更には、もともと知能が備わっていることや、相応の能力や機能ももともと備わっているからだということに、凉香と理於は気づく。
 そこで、各感覚器官や意識や感情や記憶力などは、目覚めている状態では常に直に経験し続けていることであることに気づき、単に自覚するだけで確認できることだったことにも気づき、こんな歴然としていたことも知らなかったのかと思いながら、自覚することで確認して各感覚器官や意識や感情や記憶力など性質や特徴を理解する。
 これらも、知識や考え以前から存在していて、覚醒時には常に直に経験し続けていて、まさに歴然としていることだった。なのに、そうであることにさえ気づけず、確認も整理も行わなかったので覚醒時には常に直に経験し続けていて歴然としていたことだったことをすら知らなかった。
 よって、生後に知りえることは、限られ偏りもし、勘違いや思い込みもあり、悪循環に陥りもするが、それ以前に備わっている知能や能力の方が生後に知りえることをもともと超越しているんだということを理解する。

 更に、各感覚器官や意識や感情や記憶力などの絶妙な関係で構成されている知能を理解する。
 その理解した知能の各構成要素の性質を基に、既に経験済みのことを整理して、経験できる理由や知らなかったことを憶えることができる学習や上達できる理由や理解の法則や条件反射的な速さで反応できるようになる熟練の法則などを具体的に理解する。
 つまり、大人でも教えようが無いことを、乳幼児期から独自に経験し相応の学習もし始めるようにできている。
 誰でも基本動作や日常会話は熟練し、日常的に思考力や理解力は発揮するようになる。
 そうであることを具体的に理解する準備がおのずから整い、理解することが可能になる。だからこそ理解できたんだということを、凉香と理於は具体的に理解する。

 ここでも、以前は、あまりにも知らなかったことが明らかになる。その理由は、すでに解明済みだった。
 つまり、確認や整理を行わなってことは理解できる性質上、具体的に理解できる準備が整っていることであっても、確認や整理を行わないことは未理解な状態にある。
 もちろん、考えや判断に関すること以外のことを強いられ続けた場合も、考えや判断に関することを確認や整理しそびれ理解しそびれることもあり、それゆえに勘違いや悪循環に陥る可能性もあり、むしろ考えや判断に関することを理解することは困難になる。
 よって、内向を妨げ、目を奪い心まで奪おうとする躾や教育やテレビの悪影響も理解する。
 そもそも、考えや判断に関することは、直に経験し続けていることであり相応の情報が記憶に溜まっていることでもあるが、具体的に理解するためには内向する必要がある。つまり、環境上のことに目を奪われたり心を奪われたりするだけで、できなくなることでもある。
 そんなことも解明経験上ですでに分かっている凉香と理於は、誰かの所為にしてしまうと解決できないことも既に分かっているし、二人で内向したからこそ誰にでも共通なことを理解できたことも分かっているし、自分の考えや判断こそが重要であり、自分の考えや判断の健全性がいかに重要であることを捉える。

 生後に知りえることや考えよりも、知能や能力の方がもともと超越していることもすでに分かっている。
 よって、誰もが直に経験していることを更に深く理解することを選択する。
 そして、親を選ぶことはできないが、本来は親よりは理想的な親になれるようにできていることに気づく。

 
 次章では、誕生する背景である進化に思いを巡らす。


 
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第3章(転) 理解力の蘇生・理性の復活


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 12月05日朝、当地の積雪約30センチ。除雪機も今冬初出動。
 その雪も、徐々に消えてしまい、除雪も不要に……
 20日朝、積雪10センチ余。今冬二度目の除雪機出動。
 創作には本格的に臨めるようになったはずなのに……

 創作上、登場人物の凉香と理於は、
 不本意な方に進んでいたことに気づき、
 それは自分の考えや判断に因ることだったことに気づき、
 自分の考えや判断に関することを知らなかったことに気づいて、
 知らなかった要因である錯覚や勘違いや思い込みを解明し、
 更に不利なことを隠し偽ると悪循環に陥ることを解明して、
 その解明で発揮した理解力や客観視に関することを理解し、
 誰でも日常会話で理解力を発揮するようになることを基に誰にも共通する学習の基本を理解し、
 自分の知識や考え以前に発想も及ばないほど高度な知能が備わっていることに思いを展開させ、
 自分たちが誕生する背景である進化へと思いを展開させる。

 ところが自分は、創作は、そもそも、長年、出来なかったことだった。
 初挑戦だけに、創作上は必要なことなのに知らなかったことに次々に直面する。
 あいかわらず、初めて向かう目的地の途中で迷っていることを連想したり工事現場を連想したりする状態に陥っていたりする。
 つい「老化だ」と思ったり、老化は自覚しやすいこともあって「事実は素直に認めよう」と思ったりもする。が、そんなことを思わなくても、年齢上、諦観モードに陥っていたりする。
 そうなることは、避けたい。
 むしろ、成長や進歩が生涯可能な一面が存在することを確かめたい。
 が、格好の、山中での朝焼けや夕焼けの撮影は、冬は無理だ。
 というわけで、知能の活性化や若返りを期待し、否否、新鮮な刺激程度で十分だ、と考えて英会話をはじめることにした。

 創作上、登場人物の凉香と理於は、不明だったことを解明するために繰り返し回想し確認や整理を重ねることによって解明し理解を深めてゆく。
 その書き手である自分も、実は、創作上の無理や矛盾があると、書き進められなくなる。すると、尤もらしく繕う状態に陥っていたりする。そうだったことに気づくと、それは邪道だと自分を戒めるしかない。
 億劫でも、創作上の無理や矛盾を解消するために確認や整理を繰り返すしかない。
 個人的な経験談を書く場合とは違い、創作は仮想だからこそ、因果関係の無理や矛盾が生じることも分かってきた。
 無理や矛盾の修正や変更は、早々に行っておかないと、迷路に迷い込んだ状態になりかねない。
 よって、第一章は、分割して第二章までに変更しました。
 また、今回の予定だった第二章は、第三章に変更しました。
 なお、投稿済みの記事に関しては、下書きを書き終えた後で、再整理を行う際に変更します。

 また、下書きなのに、細部の書き込みをしてきた。
 これは、無理や矛盾の修正や変更が生じた際に、それを難しくすることだった。

 そんなことに時間がとられ、次章を書く時間が脅かされると、先送りも考えたりし、挫折しかねない。
 挫折は避けたい。そもそも、ネタを公開しているのも、下書きなのも、挫折することだけは避けたいからだ。
 挫折を避けるためには、みっともなくても書き進めるしかない。
 そもそも、下書きの段階なんだから、要点だけでいい。などと方法の検討が必要になったりもし、今回からは、要点だけにすることにしました。
 とにかく前進する。

 行ったことが無い場所を目指し、初回は迷いながら到達しても、二度目は少しは楽に行けるようになり、繰り返し行くほど容易になり、やがては実際に行かなくても記憶に残っていることだけを参考に道順を教えることも可能になる。
 下書きも、一旦書き上げることを経験すると、相応の学習もするだけに、次回からは楽になり、繰り返すほど再検証や再編集は容易になるはずだ。

 ちなみに、Win10 にアップグレードしたら……
 辞書学習も新規になった。が、入力は格段に便利になった。
 漢数字の「二」が、これまでのようには使えない。なぜ?
 残念なのは、訪問先ブログの画像のダウンロードが重くなった。
 が、そんなことの調整に、年内はかまっていられない。

 なお、ブログでは横書きなので算用数字に変更して第1章とか第2章にしました。最終的な縦書きでは漢数字で統一します。
 また、各節以下の各項と各目の小見出しは、自分(書き手)が下書き用として設けた仮項目につき、仕上げ段階では削除します。


 結局、今回からは、展開の要点の整理だけで書き進むことにし、書き込みはしたものの整理不十分な細部は非公開にしました。
 挫折は避けるべく、下書きを書き終えることを優先し、一層簡便な方法を選択しました。
 この方が、因果関係の無理や矛盾が発覚した場合でも、調整や変更を楽に行えることが分かってきました。
 また、因果関係の調整をした後で、細部を書き込んでゆく方が楽なのだとも考えられます。
 ということは、もともと先に計画的なことや段取り的なことをこそ十分に行った方が良かったのだ。
 でも、そんなことは知らなかったばっかりに、つい細部の書き込みをし、修正や変更を困難にしがちだった。ということだったようです。

 こうして考えてみると、道に迷っているのとは、違う。御託を並べがちなのも、冬場になり本格的な見直しをしはじめたからだ。
 いずれにしても、前進することに集中する。

 
 
 
 当章の前提になる前章までの概要
 予想外のことを基に凉香と理於は話するようになった。よって、不本意な方に進む一方だったことが明らかになった。
 不本意な方に進む一方だったことを左右していたのは、自分の考えや判断にほかならない。よって、自分の考えや判断に関することを未理解だったことも判明した。
 話すことによって相応のことが具体的に明らかになるだけに、盛んに話すようになり、事実確認や因果関係などの整理を重視しはじめた。
 更に、五感で捉えることができる環境上のことは敬遠して、五感では捉えることができない自分の内面を重視するようになり、記憶に残っていることを確認し整理じめる。

 確認や整理を重視するようになったことによって次々に具体的なことが分かったことから、以前は、肝心なことを知らないことなのに、確認もしないで、上辺のイメージを基に判断するようになったことや、自分の気持ちや考えに反することでも肯定するようになったことに気づき、よって的外れな錯覚や根拠お理由も無い勘違いをするようになり、そうだったことを未把握だったので、その錯覚や勘違いを基に考えたり判断したりするようになったことを解明する。
 しかも、錯覚や勘違いであることに気づけないと、そうだと思い込んでしまったり大事だと思い込んでしまい、疑問も抱かなくなって自分の考えや判断を過信した状態になり、思い込みに基づいた判断をするようになり、相応の行動までするようになり、ますます確認しなくなる。ということも解明する。
 つまり、具体的なことを未理解だった精神面の、まず弱点を具体的に理解した。よって、以前は精神面の弱点を未理解だったがゆえに知能を誤用するようになっていた状態だったので、気づくこともできなかったことを解明する。
 結局、肝心な自分の考えや判断に関することで、しかも把握や解明や理解が可能なことなのに、あまりにも未把握で未理解だったことが決定的になった。
 でも、解明が可能で、解明できただけで気が晴れる。というわけで、環境上の特に人為的なことは半ば無視することに決めて、あくまでも自分の考えや判断に関することの確認や整理や把握や理解を優先する。

 そして、保護者が必要な自分が保護者を批判することに矛盾を感じるようになり、少数派になることに不安を感じるようになり、孤立を恐れるようになり、多数派に不本意な雷同をするようになり、不利なことを知られまいとしはじめたことによって、そのことに気を取られがちになり、被害妄想的に不都合なことを隠し偽る悪循環に陥りかけていたことを解明する。
 それは、理解力に背くことであり、むしろ把握や解明や理解や解決を困難にすることだったことも解明した。
 いずれも、肝心な自分の考えや判断に関することなのに、あまりにも未把握で未理解だったことばかりが具体的に明らかになった。


 そんな前章までの経験を基に、当章では、
 知能を誤用していたともいえる勘違いに関することを解明できたことや知能を悪用していたともいえる悪循環に関することを解明できたのは、自分の考えや判断を客観的に捉えることができたからであり、思考力や理解力を健康的に発揮しはじめたからにほかならなかった。といったことに気づく。
 そして、その理解力そのものに関する事実確認や整理をしはじめる。
 五感では捉えることができないことでもあり未理解だったことでも、会話では理解し合えるし、記憶を参考にして思考上で確認や整理を繰り返したことは、関係することで構成されている一連のことを理解でき、理解したことは記憶に残るので更に理解を深めることができる。などのことを具体的に理解する。
 よって、確認や整理を行わないことは未理解で、未理解なことは自覚できない。が、確認や整理を行ったことは理解でき、理解したことは記憶にも残り、記憶を参考に自覚や思考や判断なども可能になる。といった、未理解な場合と、理解した場合の違いなども理解する。
 そして、凉香と理於の間で「理解」と言った場合は、そういうことを指すんだと仮定する。

 あまりにも未理解だった自分の考えや判断に関することの、本来の健康的な能力の理解し始める。
 よって、日常会話で理解力を発揮できるようになったことは事実であり、そうであることを理解することも可能だったのに、実際には未理解だった理由なども具体的に理解する。

 更に、理解する以前に知能が備わっているだけに、知能に基づいた機能や能力も備わっていることも理解し、学習や理解には知能や能力に基づいた法則があることも理解し、思考力や理解力や客観視などの特徴や性質や条件や法則などを理解する。

 よって、大人の嘘を見抜けるようになった子供の頃の本心は、理解力や理性に基づいたことだったことまで理解する。


 当章で理解したことを基にして、次章では、
 誰にでも備わっている知能自体の構成要素(各感覚器官や意識や感情や記憶力などの個々の特徴)や関係や構成を理解する。
 そして、誰でも日常会話ができるようになることや、誰でも日常会話で理解力を発揮するようになることに気づき、誰にでも共通する学習や理解の法則を理解し、誰にでも共通する知能の基本的な能力を理解する。
 よって、おのずから幼い頃ほど生存上重要なことを誰でも経験するようにできていて理解する準備も整うことを理解し、そうであることを具体的に理解するとは限らない理由は躾や教育の影響が絶大だからだということも理解する。


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第一章 第5節 精神的な悪循環に陥っていたなんて(悪循環解明


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 農繁期が終われば終わったで、気が抜けたような状態になる。
 歳には勝てない。
 でも、下書きの途絶えは、挫折になりかねない。
 初めて行き難儀した場所でも、次回は楽に到達できるようになるし、繰り返し行くほど容易に到達できるようになる。
 迷いだらけの状態でも下書きを続けて、書き終えればこそ、その先の可能性も成り立つ。
 みっともなくても、まず繋げよう。雪で行動が妨げられる冬場に。
 今朝の積雪10cm。

 
 
 事実確認をせずに、見た目や上辺のイメージを基に考えたり判断したりするようになるほど、根拠や理由を疎かにすることにもなるので、錯覚や勘違いや思い込みに過ぎないことも自覚し難くなり、錯覚や勘違いや思い込みを頼りがちになり、錯覚や勘違いや思い込みを基に考えたり判断したりするようになっていた。
 反対に、自分の気持ちや考えの確認も理解も疎かになり、本心は見失っていった。
 そんなことも、不本意な方に進む一方だったことの重要な要因だったことも解明した凉香と理於。
 五感で捉えることができる環境上の物事よりも、自分の内面の問題だったことを自覚し、自分の内面を未理解だったことを自覚し、客観的に、記憶に残っていることを参考に気持ちや考えを確認したり整理したりすることの有効性も具体的に捉えはじめる。

理於「お互いに気持ちや考えを話すようになったことによって、気持ちや考えを確認したり整理したりするようになったから、それなりに具体的なことが分かってきた。だから、確認や整理を繰り返すようになり、そうしただけ具体的なことが分かってきたわけだよな」
凉香「うん。一年生のときに理於とは理解し合えると思い話し合うことに期待した。なのに、気持ちや考えを話すことも無かったし、気持ちや考えを確認することも無かったし整理をすることも無かったので、お互いに具体的なことは分かっていなかった。むしろ、余計なことを気にするようになり、理於に声をかけづらくなってゆき、理於とは普通に会話したことも無かった。なので、不本意な方に進んでいることは感じていた。けど、気持ちや考えを話すことも無かったし、気持ちや考えを確認することも無かったし整理をすることも無かったので、不本意な方に進む一方だったこと自体に関しても具体的には分かっていなかった」
理於「俺も。不本意な方に進む一方だったのに、そうであることを具体的には分かっていないんだということをすら分かっていなかった。でも、予想外のことを基に、お互いに自分の気持ちや考えを話すようになった。だから、気持ちや考えの確認や整理をするようになったし、確認や整理をしたことは、それなりに具体的なことが分かってきた」
凉香「一年生のとき、お互いに理解し合えると思い、お互いに話し合うことに期待したことを、お互いに話したから、そうだったことが具体的に分かった」
理於「うん。一年生のとき理解し合えると思い話し合うことに期待したのに、実際には、しだいに声をかけづらくなってゆき、いつのまにか距離を感じるようになり、普通に話したことが無かった。そして、このまま卒業してしまうのかと思うようになった。ということも、お互いに話したから、具体的に分かった」
凉香「自分の本当の気持ちや考えを話し合うようになり、確認や整理をするようになったので、不本意な方に進む一方だったんだということが具体的に分かってきた」
理於「不本意な方に進む一方だったことが具体的に分かってきたから、記憶に残っていることを、確認しはじめた。確認しはじめたので、不本意な方に進む一方だったことは事実だったことが具体的に分かった。だから、以前は、経験していて事実であり不本意だったのに、そうであることを具体的には分かっていなかったことが次々に具体的に分かった」
凉香「以前は、不本意な方に進む一方だったことを感じていたのに、話したことも無かったので確認も整理もしなかったので、不本意な方に進む一方だったことは具体的には分かっていなかったし、具体的には分かっていないことばかりだった。なので、不本意な方に進む理由があるとは思いもしなかったし、解決や改善は考えも及ばなかったわけだから」
理於「話すようになったので確認したり整理したりするようになったから、不本意な方に進む一方だったのに、そうであることを具体的に分かっていなかったことが分かり、具体的に分かっていなかったことが不本意な方に進む一方だった一因だったことも分かった」
凉香「理於と話すようになったので、自分の気持ちや考えに関することも話すようになったから、自分の気持ちや考えに関することが次々に分かった。以前は、自分の気持ちや考えに関することは、家でも学校でも誰とも話したことが無かった。なので、事実確認もしなかったから、具体的なことは分かっていなかったんだということも分かった」
理於「自分の気持ちや考えに関することを誰とも話したことが無かった。これは、自分の気持ちや考えに関することなのに具体的に分かっていなかった一因だったことが分かった。しかも、不本意な方に進む一方だったことを具体的に分かっていなかったことの一因だったことも分かった」
凉香「自分の気持ちや考えに関することを誰かと話すことで確認したり整理したりすることで具体的なことが分かるんだということも具体的に分かり、大事なんだということも分かったので、お互いにどんどん話すようになった」
理於「お互いに話すようになり、自分の気持ちや考えに関する事実確認をしたり整理をしたりするようになったから、次々に具体的に分かった。以前は、確認も整理もしなかったから、具体的なことは分かっていなかった。だから、不本意な方に進んでゆく一方だったことも分かっていなかった」
凉香「自分の気持ちや考えに関することも、記憶に残っていることを参考に事実確認をしたり整理したりしたことは具体的に分かった。なので、自分の気持ちや考えに関することも、事実確認や整理をしないことは具体的なことは知らないままなんだということも分かった。なので、お互いに確認や整理を繰り返すようになった」
理於「事実確認や整理をしなかったことは、不本意な方に進む一方だったことの重要な一因だった」
凉香「お互いに話して、事実確認をしたり、整理したりするだけで、次々に具体的なことが分かる。なので、把握や解明や解決や改善に本格的に臨むようになった」
理於「結局、以前は、事実確認をしなくなったことも分かり、見た目や上辺だけのイメージを基に考えたり判断するようになったから、皆の目を気にするようになり見た目を気にするようになってゆき、自分の気持ちや考えに関することは考えもしなくなった。まさに、すっかり不本意な方に進んでいた。その重要な一因だった」
凉香「自分の気持ちや考えに自信が無くなり、事実確認もしなくなったので、見た目や上辺だけのイメージを基に考えたり判断するようになり、根拠や理由を無視するようになったので、錯覚だったり的外れな勘違いをすることが多くなった。事実確認もしなくなり、根拠や理由を無視するようになったので、錯覚や勘違いにも気づけなくかったので、錯覚や勘違いを事実であるかのように思い込んでしまったり、その錯覚や勘違いや思い込んだイメージを基に考えたり判断したりするようになったので、皆の目を気にするようになり見た目を気にするようになっていた」
理於「錯覚や勘違いや思い込んだイメージを基に考えたり判断したりするようになった。つまり、自分の気持ちや考えに関すること以外の、むしろ余計なことばかり気にするようになった。事実とは違うことを事実だと思い込んでしまうと、更に事実確認をしなくなる。これも、重要な一因だった」
凉香「自分の気持ちや考えに関することだから、自分は分かっていて当たり前だ。という上辺だけのイメージを基に、自分の気持ちや考えに関することは分かっていると思い込んでいた」
理於「思い込んだからこそ、事実確認もしなくなった。だから、具体的なことはほとんど分かっていなかったことも分かっていなかった。もちろん、不本意な方に進む一方だったことも分かっていなかった。だから、不本意な方に進む一方だった」
凉香「自分の気持ちや考えに関することが重要だったわけだし、記憶に溜まっていることを確認したり整理したりするだけで分かることだった。なのに、記憶に溜まっていることを確認したことも無かったし整理したことも無かったので、自分の気持ちや考えに関することなのにほとんど分かっていなかった。分かっていて当たり前のことなのに、実際にはあまりにも知らなかった」
理於「結局、不本意な方に進む一方だったことを裏付ける理由が次々に明らかになった。知らなかったことが、これだけ具体的に明らかになった。しかも、具体的なことを知らなかった、この理由もこんなに明らかになった。重要だと思える理由も明らかになった。だから、まだ知らないことが同じくらいあると考えられる」
凉香「けど、重要だと思える理由を解明できたのは、解明するために必要な確認や整理が重要なんだということも明らかになったので、難関は突破できている」
理於「うん。あとは、納得できるまで徹底的に解明して解決なり解消なり改善なりをするだけだ。徹底的に解明しようよ、凉香」
凉香「うん。具体的に分かったことも記憶に残っているので、こんな再確認を更に繰り返すこともできる。こんなことも、話し合っただけなのに分かってきたわけだから、徹底解明は可能よ、理於」
理於「うん。具体的なことは分かっていなかったので、困りはじめていた。その理由が、話し合っただけで、ここまで分かった。環境上の見た目や上辺だけのイメージを基にした勘違いや思い込みに関することも次々に具体的なことが分かったので、いつのまにか環境上のことや余計なことは気にしなくなった。だから、徹底してやるしかないよ」
凉香「うん。大事なことは、環境上のことではなく見た目や上辺のイメージでもない。錯覚や勘違いや思い込みをしがちな自分の気持ちや考えであり、自分の記憶に溜まっていることを客観的に捉えて確認したり整理したり解明したり理解したりすることだし、これにも慣れてきたし」
理於「うん。五感は、環境上の物を捉える器官だ。だから、感覚で捉えることができる環境上のことに気を取られがちだが、環境上のことに気を取られると、感覚では捉えることができない記憶に溜まっていることを確認したり整理したりすることは疎かになる。しかも、客観的に記憶に溜まっていることを確認したり整理したりすることは、目に見えないことだ。だから、錯覚や勘違いや思い込みに関することを未理解だったし、不本意な方に進む一方だったのに、そうであることをすら具体的には分かっていなかった。もちろん、具体的な把握はまだ不十分だが、コツは掴んだかのように、内向にはすっかり慣れた」
凉香「うん。理於とわたしに課されていた解明や解決だったんだから、納得できるまでやろう、理於」
理於「うん。二度と不本意な方に進まないためにも、勘違いや思い込みをしないためにも、距離感を感じるようになった理由も、納得できるまで解明して解消しよう」
 

◆記憶に残っていることを整理してみた



・あれが本心だった

理於「凉香が言うように、幼い頃ほど知らないことや出来ないことばかりなので、保護者にやってもらうことで生き続けることができる。子供が育つためには、保護養育は欠かせないわけだよな」
凉香「そうであることを分かってもらえることが重要だし、信頼関係も重要になる」
理於「そうであってこそ安心できる。そうでないと不安だし、不安を解消してもらえないと危機感を感じるし怖くなる。なので、不安を感じるようなことや恐れを感じるようなことは避けたり嫌ったりするようになるし、安心できることを求めるようになるし、楽しい方が好いわけだし、仲良くしたいし、そうなることには期待もする」
凉香「言いなりになる人もいるし、言いなりになって競争する人もいるので、いつのまにか、友達は限られ、親友は更に限られてゆく」
理於「出来なかった鉄棒の逆上がりでも、確かな知識を得ると出来るようになる。そういうことでも、教えてくれる子とは仲良くする」
凉香「知っているのに教えないよう子とは、仲良くなれない。隠し事をしたり嘘を吐いたりすることは、見抜けないだろうと侮っているからできることでもあり、そういう子を警戒する。親でも友達でも知識でも、信頼できる方を選ぶし、疑わしいことや損をするようなことや痛い思いをするようなことや危険なことなどは避けるし嫌う」
理於「ということは、保護養育が必要だから、理解が必要だし、信頼関係が必要だし、仲良くしたい、こういうことは本心だったわけだよな」
凉香「うん。こういう客観的なことや具体的なことは理於と話すようになってから知ったことなので、こういうことを分かっていない子供の頃でもそうしていたんだから、本心だと思う」
理於「動物の場合は本能って言うけど?」
凉香「人の場合は、育つ環境次第では、わたしたちは、不本意な方に進んでしまい、本心を見失いそうになっていた。なので、本能とは違う」
理於「そうだよな。自分の気持ちや考えに関することだった。事実確認をし、理由も解明し、少なからず不本意な方から戻り、本心を取り戻し始めたから、いま本心だと分かった。だから、動物のような本能とは違う」
凉香「うん。本心がそうだったから、一年生のとき、本心には反する競争や勉強は嫌いで成績は悪いのに平気だった理於とは、理解し合えると思ったし、そうなることに期待するようになった」
理於「俺も、一年生のとき、そうだった。でも、具体的には分かっていなかった。今は、こうして客観的に捉えられるようになったので、一年生の頃に凉香と理解し合えると思ったのは本心に基づいたことだったことが分かるし、そうなることに期待するようになったのも本心に基づいたことだったことも分かる」
凉香「わたしも、本心だったことは、いま具体的に分かった。さっきまで、具体的には分かっていなかった。けど、子供の頃は本心だけなので、本心か否かを分かっている必要も無かったのだと思う」
理於「でも、本心だし、見失うと困るし大変なことにもなるし、大事なことだし、そうであることを客観的に具体的に理解することも大事なことだった」
凉香「けど、理解し合う環境ではなかった。むしろ、煽てたり脅したりして、勘違いさせたり思い込ませたりして、騙してでも、言いなりにならせようとする。しかも、逆上して口封じまでする」
理於「子供ながらに、信頼を回復しようとした。あれも、本心に基づいたことだった」
凉香「けど、逆上し子供の口封じをする大人の、理解は得られなかった」
理於「でも、成績が良くなく、仕方なく勉強していると思えた、凉香とは、理解し合えると思いはじめ、話す機会がくることに期待するようになった。あれは本心だったことになる」
凉香「そういう状況だったので、勉強を嫌い成績が悪くても平気だった理於とは、理解し合えると思い、そうなることに期待するようになった。あれは本心だった」
理於「でも、そういうことも、あの頃は具体的には分かっていなかった」
凉香「あの頃は、自分の本当の気持ちを話すことが無かったので、客観的に確認したり整理したりすることも無かったから、具体的なことはほとんど分かっていなかった」
理於「主観的に上辺や見た目のイメージを基に考えたり判断したりしがちになったから、錯覚し勘違いし思い込んだから、余計なことを気にするようになったので、本心を見失いはじめ、しだいに声をかけづらくなり、いつのまにか距離を感じるようになり、普通に会話することも無かった」
凉香「このまま卒業してしまうのかと思ったりするようになった」
理於「つまり、本心を見失ってしまったわけではなかった」
凉香「うん。声をかけづらくなってゆくことが気になったのも、距離を感じるようになったことが気になったのも、本心は理於とは理解し合えるような気がして話したかったのに、それに反する方に進んでゆくからだった」
理於「うん。話すことが無いまま卒業してしまうことを惜しんだのも、そうだった。だから、本心に反する方に進んでいることは、イメージ上では分かっていた。でも、具体的にはほとんど分かっていなかった。本心を見失いそうになっていたことも」
凉香「そうだったことを話すようになり、記憶に残っていることを客観的に確認したり整理したりするようになったから、次々に具体的に分かってきた」
理於「うん。それは、予想外のことを基に、俺たちは話し始めた。話しはじめたから、次々に具体的なことが分かった」
凉香「話しはじめた頃は、不本意な方に進む一方だったことや本当の気持ちを言えなくなっていたことに、気を取られた。でも、その解明が徐々に進んだことによって、見失ってしまいそうで萎えてしまっていた本心を取り戻しはじめていた」
理於「うん。もっと取り戻すぞ、凉香」
凉香「うん。不本意な方に進んだ理由は可能な限り解明して、幼いまま萎えてしまっていた本心をしっかり育てないと」
理於「うん」

・大人の嘘を見抜いていた

理於「子供の頃は、大人の嘘を見抜いていたからだよな」
凉香「それだけ、本心がしっかりしていたからだし、まだ余計なことを気にすることも無かったからだと思う」
理於「知らないことや出来ないことばかりが多くて保護者が必要なわけだから、見た目や上辺はほとんど気にしていなかった」
凉香「けど、大人は、見た目や上辺を気にする」
理於「うん。それを、子供にまで強いる。子供を煽てたり脅したりして、つまり子供にそうだと勘違いさせたり思い込ませたりして騙して、子供を言いなりにならせようとする。そこまでは、小学生の頃には見抜いていた」
凉香「子供の気持ちや考えは本心に基づいたことだったのに、重視されなかったし、理解し合う環境でもなかった。なので、信頼関係を回復しようとした。けど、『親のおかげでああだこうだ』とか『あんたの所為で大変なんだ』などと逆上され口封じされた」
理於「結局、拗ねるしかなかった」
凉香「そうすることしかできなかった。けど、ダダをこねることで、大人を言いなりにならせたり自分の都合良くさせようとしているとも思え、されて嫌だったことを仕返すようなことだとも思え、信頼回復には反することをしているとも思ようになった」
理於「大人の嘘を見抜いていたのに、いつのまにか、俺たちも同じようなことをやりはじめていたことになる」
凉香「大人は、口先だけで煽てたり脅したりして、そうだと勘違いさせたり思い込ませたりするようなことをして、騙して、暴力的に口封じをしてでも、子供を言いなりにならせようとする」
理於「勘違いや思い込みに関する具体的なことは知らなかったが、勘違いせず思い込まずに、そんなことを見抜いていたのは、本心がしっかりしていたからだ。だから、子供なりに信頼関係を回復しようとした」
凉香「嘘を見抜いていたことも、子供なりに信頼関係を回復しようとしたのも、本心に基づいたことだったことになる」
理於「でも、大人は、聞く耳持たない、口先だけで言い返し、反抗だと決めつけ、逆上して子供の口封じをする」
凉香「強制してでも、子供を言いなりにならせようとしていたことを自分で物語っているようなものだった」
理於「それでも、子供は見抜けないだろうと侮っているのか、大人はエスカレートする」
凉香「大人は反省することは無い」
理於「一方的に押し付けるだけだから、子供の気持ちを理解しようともしない。子供の本心を大事だとも思わない。本心に関する話をしたことも無い」
凉香「『勉強しなさい』とか『学校へ行きなさい』とか『学歴は大事だよ』などと言い、保護者なのに、他人任せにする」
理於「どんな動物も、親が子どもを守る」
凉香「子供の保護や子育てを他人任せにするのは、人だけなのかもしれない」
理於「他人任せにした上に、その他人の責任を追及するわけだから、親としての子供の保護責任を放棄し無視しているようなものだ」
凉香「保護者が必要な子供なのに、最低限必要な家庭や親子の信頼関係が成り立たない。しかも、『勉強しなさい』とか『学校へ行きなさい』とか『学歴は大事だよ』などと言うけど、学校では子供同士に競争させるわけだから、子供が死んだほうがいいと思っても不自然ではない」
理於「学校だって、大人の考えを一方的に子供に押しつけ強いるだけなんだから、子供の気持ちを理解しようとは全く思っていないことになる。でも、家庭外でどんなことがあっても、家庭や親子の最低限の信頼関係が成り立っていれば、死んだ方がいいとは思う必要が無いわけだから」
凉香「わたしたちは、理解し合えると思い、そうなることに期待した。けど、声をかけづらくなり、距離を感じるようになった。それでも、学校に来れば、理於と会えるから」
理於「うん。勉強をしに来ていたわけではなかった」

・学校も強制的で差別的だと思った

凉香「学校も、巧みに競争心を煽るようなことをしたり敵対心を煽るようなことをしたりして、子供が言いなりになるように一方的に仕向けたり強いたりしている」
理於「学校でやらされたことをやって、宿題を出されて家に帰ってからまでやらされて、どれだけやったかをテストされて、〇×をつけられ点数をつけられて順位をつけられて対抗意識や競争心を煽られて、競争させられて敵対心まで煽られて、仕向けられている」
凉香「子供は知らないことや出来ないことばかりだから保護者が必要なんだし、子供は知らないことや出来ないことは当たり前のことなのに、自分勝手に宿題までやらせた上に、それを基準にして、子供が知らないことや出来ないことに、×をつけ点数をつけ順位をつけて差別的なことをして対抗意識や競争心を煽って競争させ、仕向けている」
理於「×をつけ点数をつけ順位をつけて差別的なことをして劣等感を感じさせたり優越感を感じさせたりして対抗意識や競争心を煽って、競争させられ仕向けられている。戦場に行かされて、知らない同志に殺し合いをさせられる戦争のようなものだ」
凉香「教え合ったり見せ合ったり助け合うことは、罰される。教え合ったり見せ合ったりして助け合ってもも憶えて欲しいと思うようなことを、憶えてもらおうしているわけでもないし教えているわけではないことになる。むしろ、そうではないことを強いている。強いるしかないことだからこそ、強いる」
理於「競争は、協力することとは逆で仲良くすることにも反し、友達は限られてしまうし、親友は更に限られてしまうし、本心に反する」
凉香「先生は聞き入れてくれるかもしれないと期待し信じて、先生が作った問題に無理があることを指摘したのに、生徒を相手に先生が逆上して暴力的に口封じをした」
理於「耳を貸すことすら無い」
凉香「平気で裏切る。子供の気持ちを理解する気は全く無い」
理於「つまり、そうしてまで仕向けている。その言いなりになり、本当の気持ちや考えを言えなくなって、むしろ対抗意識や競争意識を剥き出しにして競争する」
凉香「中学校まででも十五年。高校までだと十八年。保護養育下で大学まで出る場合は二十年以上よ」
理於「言いなりになるほど、疑問を抱かなくなり、肝心な本心を見失ってしまう。一方的なことをやらせるだけで、子供の気持ちを理解しようともしないわけだから。子供の本心に関する話をすることも無いんだから。子供の本心を大事だとも思っていない」
凉香「むしろ競争心や敵対心を煽られて、競い争うようになり仕返しをし合うようになり、そのトップに君臨することを目指すようにさえなる。信頼関係を大事にし仲良くしたいと思う本心は見失ってしまう」
理於「そんなことに抵抗があっても、本心としては自然だ。そんなことの成績が良くても優秀賞をもらっても、それが優れたことだとは俺には思えない」
凉香「戦争の練習をさせられ、自発的に戦争の練習をするようになるようなものだ」
理於「保護や信頼関係や仲良くすることとは逆に、差別的なことをしたり競争したりするとなると暴力に優るものはない。だから、軍事力が欠かせないし、一気に大量殺人が可能な核兵器を開発する」
凉香「反対に、保護や信頼関係や仲良くすることを大事にした場合は、競争を嫌うし、言いなりにならないので、当然に成績は良くないが、少なくとも自分の気持ちや考えを大事にしていることになり、本心に基づいていることになる」
理於「だから、そんな成績なんか悪くても平気だったし、成績が良いことを羨ましいとも思わなかった」
凉香「なので、理於とは理解し合えると思った。あれは本心だった」
理於「俺も、凉香とは理解し合えると思った。あれは本心だった。でも、一年生の頃は、イメージで見分けたり判断したりしていた。こうして話し合う相手もいなかったし、話し合うことも無かったので、ここまで具体的には捉えていなかった」
凉香「なので、むしろ勉強嫌いで成績が悪いことを理由に声をかけるような気がして、声をかけるのは気が引け、しだいに声をかけづらくなっていった」
理於「本心の重要さも分かっていなかったし、そもそも本心を具体的に捉えていなかった。むしろ、余計なことを気にするようになっていったが、そうだったことも具体的には捉えていなかった。だから、不本意な方に進む一方だったのに、そうだったことも具体的には捉えていなかった」
凉香「理於と普通に話すことも無いまま、卒業してしまうのかと思うようになった」
理於「俺も。しかも、勉強は嫌いなのに、進学することにした」
凉香「不本意な方に進む一方だったけど、本心を見失ってゆく一方だった」
理於「それだけ、環境上の見た目や上辺だけのイメージを基に考えたり判断したりして、それなりの錯覚や勘違いや思い込みをして、それに基づいたことを行うようになっていた」
凉香「勝手に思い込もうとしたり決めつけたり独断するようになっていた」
理於「自分の本心を疎かにしていた。自分が考えて行っていることを、確認しなかったし、整理しなかったし、理解しようとしなかった。むしろ、知られまいとし抑圧さえするようになっていた」

・テレビも目を奪うことばかりで本心に反する

理於「テレビでも、子供の本心が大事だとは言わない。むしろ、目を奪うかのようなことばかりで、視聴率を気にしたり、テレビを高性能化したり、目を奪うことを競い争っているとも思える」
凉香「本心を具体的に理解できたのは、客観的に記憶に残っていることを確認したり整理したりするようになったからだった。そうしたことによって、関連することも具体的に理解することができたので、大事なことだったことも理解できた。なので、それ以外のことに気を取られただけで、それは疎かになっていた」
理於「そもそも、目だつことには目を奪われがちで、そうだと勘違いしたり思い込んだりし、それなりの行動までしたりする」
凉香「なので、五感で捉えることができることを、尤もらしく見せかけたり、本当らしく工作したり、優れたことであるかのように祭り上げて、目を奪い、そうだと錯覚させ、それが大事だと勘違いさせ、思い込ませて相応の行動をさせようとする」
理於「そういうことに心まで奪われると、客観的に記憶に残っていることを捉えて確認したり整理したりすることは疎かになり、勘違いや思い込みに関することを未理解だと、騙されていることも自覚し難い。そうだったからこそ、そんな上辺だけのイメージを基に考え判断しがちになった。だから、勉強嫌いで成績が良くないことを理由に声をかけるのは、し難くなったのだ」
凉香「以前はイメージを基に考えたり判断したりしていただけで、今のように具体的には捉えていなかった。本心も具体的なことはほとんど未理解だった。なので、見た目や上辺だけのイメージを基に考えたり判断しがちだったので、目を奪われ、五感で捉えることができる何かで優れているとか勝っていることが大事なんだと勘違いしはじめた」
理於「歌だとかテレビドラマのような恋だとか愛だとか、ああいうことだとは思われたくなかった。なのに、見た目や上辺だけのイメージを基に考えたり判断しがちになった」
凉香「知らないことや出来ないことだらけの子供は、差別的なことだと思いつつも、太刀打ちできないことが多いし、劣等感を感じやすい」
理於「少なくとも劣等感を感じなくてもいいレベル、人並みのレベルまでは頑張ろうと思いはじめた」
凉香「優越感を味わいたいとも思ったりした。けど、そういうことには抵抗があった」
理於「俺も。見返したいとか仕返ししたいとも思ったりするようになった。でも、そういうことには抵抗があった。運動会でも本気にはなれなかったのだが、今年の春の運動会にはほぼ本気で走るようになった。凉香が手を振って応援してくれたのも目に入り、誰かの声援も聞こえたので、更に加速して走った。でも、本気にはなれなかった」
凉香「そういうこともイメージ上では考えたり判断したりしていたのに、具体的にはほとんど分かっていなかった」
理於「上辺だけのイメージを基に錯覚し勘違いし思い込み、競争や差別的イメージを抱いたからこそ、劣等感を感じるようになり、それを満たそうとするようになった」
凉香「自分の本心の方が重要だったことを未理解なうちに、上辺だけのイメージを基に錯覚し勘違いし思い込み、競争や差別的イメージを抱いた」
理於「本心を未理解なまま、見た目や上辺で判断しはじめ、多数派がやっていることを肯定しはじめた。大人の言いなりにはならなかったのに、言いなりになりはじめた」
凉香「いつのまにか不本意な方に進みはじめた。なので、理於には声をかけづらくなっていった」
理於「そうだったことは、もちろん具体的には分かっていなかった」
凉香「けど、理於との間に距離を感じるようになった。理於とは理解し合えると思い期待したのに、本心に反する方に進んでいたからよ」
理於「凉香とは理解し合えると思い期待した本心を見失いそうになったからだったのだ」
凉香「本心は、大事だったどころか、人生上の重要なものだった」
理於「だから、本当の気持ちや考えを、誰にでもいいから言いたかった。たまたま、先生が作ったテストの問題に無理があった。目鎮先生は聞き入れてくれるような気がした。言えば、凉香の反応も見れると思った」
凉香「『問3は、断層の左右の地層をどこまでずらしても一致しない。だから、問題として成立しないと思います』って言った」
理於「先生は黒板拭きを手にして俺を睨み据えて近づいてきた」
凉香「けど、理於が先生に向かって本当の気持ちや考えを言ったことで、わたしの、本当の気持ちや考えを言えなくなっていた心は打開された」
理於「俺は、先生が逆上して口封じしようとしたことに、気を取られた」

・考えるだけで理解できる準備は整っていたのに

理於「一年生の頃でも、経験は十分で、相応のことが記憶に溜まっていた。思考力や理解力も、日常会話で発揮していた。だから、記憶に溜まっていることを、客観的に確認したり整理したりすると具体的に理解することも可能だった。その準備は整っていた。」
凉香「けど、一方的なことを強いるばかりで、子供の気持ちを理解しようとする気さえ無い。子供の本心に関する話をすることも無い。子供の本心を大事だとも思っていない」
理於「保護養育下では、保護者の理解を得られないことを理解することは難しい」
凉香「なので、理於とは理解し合えると思った。けど、余計なことを気にするようになり、声をかけづらくなっていった」
理於「俺たちが本心を理解し合うことも無かった」
凉香「テレビで放送されることなどの上辺だけのイメージを基に、そういうものだと錯覚し勘違いし思い込みはじめた。理於と普通に会話することさえ難しくなっていった」

・批判視に限界を感じはじめた

理於「批判視に限界を感じはじめた」
凉香「テレビで放送されることなどの上辺だけのイメージを基に、そういうものだと錯覚し勘違いし思い込みはじめ、それを基に考えたり判断したりするようになったからでもある」
理於「本心を見失いはじめた」

・自分の間違いが判明したのに謝れなかった(本心上・勘違い

理於「信頼関係が回復できなかったとはいえ、自分にとって必要な保護者を自分が批判視していたことは、間違っていたような気がしはじめた。でも、謝れなかった」
凉香「もともとは信頼関係を確保したいと思う本心だった。けど、信頼関係を回復できなかったので、言いなりになるのは危険だし、批判視するしかなかった」
理於「見た目や上辺のイメージを基に考えたり判断したりするようになったので、批判視が間違っているような気がするようになった。でも、本心には反する。言いなりになるのは危険だし、批判視せざるをえないので、謝れなかった」
凉香「自分が間違っていると思うようになったことが勘違い。本心よりも、勘違いや思い込みを優先するようになった」
理於「謝れなかったので、強情だと思った」
凉香「勘違いや思い込みに気づけなかった。すっかり、見た目や上辺のイメージを基に考えたり判断したりするようになっていた」

・強情は大人の逆上の予備軍 知られたくなかった (思い込み

理於「強情は大人の逆上の予備軍だと思った。だから、知られたくなかった」
凉香「勘違いどころか思い込んでしまった」
理於「上辺を気にするようになったこともあって、信頼関係を回復できない自分の親のことも知られたくないと思うようになった」
凉香「勘違いどころか思い込んでしまったから、それに基づいたことを考えたり判断したりしてしまう」

・知られまいとした 他を信用しない 理解し合うのとは逆

理於「」
凉香「」
理於「」
凉香「」
理於「自分の首を絞めているようなものだった」

・客観的な事実確認や整理をしないことは理解できない

理於「思い込んでしまうほど、疑問を抱かなくなる」
凉香「」
理於「」
凉香「」
理於「」

・批判視していたことを自分もやるようになった

理於「」
凉香「」
理於「」
凉香「」
理於「自分が考えて行っていることなのにほとんど未理解だった」

・嘘の悪循環に陥っていたのだ

理於「解明や理解や解決や改善に反する」
凉香「」
理於「」
凉香「」

・自分を理解することが大事だった

理於「親や学校やテレビや社会には太刀打ちできないが、自分のことは直に経験し続けているわけだし、相応のことが自分の記憶に溜まっている」
凉香「子供の気持ちを理解しようとすらせず、言いなりにならせようとするばかりの親を、子供がどうにかできるわけでもない」
理於「自分の学習力や思考力や理解力や客観力などを、自分で客観的に確認し整理して具体的に理解することこそが重要だったのだ」
凉香「子供の気持ちを理解しようとすらせず、宿題まで出して一方的なことを強いる学校も、自分がどうにかできることではない」
理於「俺は、学歴や資格は要らない」
凉香「テレビにも太刀打ちできない でもファンにはなれない」
理於「内向を妨げ自己理解を妨げ本心の重要さを理解することを妨げ、目を奪い心を奪う。俺は、テレビは要らない」

・見抜かれることを恐れ 更に隠し偽った 把握や理解を困難に

理於「でも、客観視することも無く、具体的なことはほとんど分かっていなかったどころか、すっかり勘違いや思い込みに捕らわれていた」
凉香「すっかり見た目や上辺を気にするようになり、見抜かれることを警戒しはじめた」
理於「見抜かれないように、言い訳をし更に隠し偽った」
凉香「つまり、把握や理解を困難にしていた」
理於「客観的な把握や理解に逆行していた。だから不本意な方に進む一方だったのだ」

・無秩序を恐れ 一転して偽装(良い子・進学 本心を見失う

理於「」
凉香「」
理於「」
凉香「」
理於「」

・思考力や理解力を未理解なまま不本意な方に進む一方だった

理於「」
凉香「」
理於「」
凉香「」
理於「」

・知能を誤用するようになっていたのに気づけなかった

理於「悪循環に陥っていたどころか、自分の気持ちや考えに関することも未理解なまま、知能を誤用するようになっていた」
凉香「思考力や理解力は日常的に発揮していたのに、思考力に関することも理解力に関することも未理解なまま、知能を誤用するようになり、そうであることに気づくことすらできなかった」
理於「解明や理解や改善や解決に、反する方に進む一方だった。本心を見失う一方だった。その理由が、不都合なことを隠し偽る悪循環に陥っていたからだったことを解明できた」
凉香「解明できたのは、学習力、思考力、理解力、客観力などを客観的に確認し整理し理解し、発揮できるようになった。本心を取り戻すことができたからから」
理於「」

 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

第一章 第3節 自分で考えて行っていたことなのに知らなかった

 
 
 経験や学習や理解の性質上、自身の生命生理に関することは、もともと知らない。
 経験相応の情報が記憶に残り、記憶に残っている情報を参考にした識別や思考や予想などが可能になる。

 内面的なことである、記憶や、記憶を参考にした識別や思考や判断などは、対環境的な感覚器官である五感では捉えることはできない。
 でも、「知らない」、「知っている」、「憶えていない」、「憶えている」などと言うようになる。記憶にある情報を参考に識別や思考や判断をしているだけに、該当する情報が記憶にあるか否かも判断できる。
 識別や思考や判断などの情報処理は、行動を左右し結果を左右することだけに、行動上の中枢でもある。対環境的な感覚器官である五感では捉えることはできない内面的な存在である性質上、口先だけの言い訳を考えることもでき、相手を騙し欺く嘘を考えることもでき、強行してしまったりもする。五感では捉えることはできない内面的なことだけに、具体的な内容は他者は知り得ないが、本人は意識上のことであり意思に基づくことでもあるだけに直に知り得る。
 記憶を参考にした思考上では(刹那的時間制約が無いこともあって事前と事後の比較もでき理由も分かり)密接な関係がある一連のこととして理解することも可能になる。
 何かを理解し、それを基に、理解自体の法則や性質などに関することを客観的に理解することも可能になる。
 通常の経験や学習上、自ずから、内面的な個々の性質や条件や因果関係や理由などに関することを理解可能な準備が整う。

 五感では捉えることができない内面的な性質や条件や因果関係や理由なども、思考上で整理できた場合は理解でき納得などもできる。
 理解したことは記憶にも残る。
 記憶に残るので、それに基づいた行動も可能になり、相応の結果にもなる。

 そういう性質上、思考上で整理をしたことが無いことは、未理解な状態にある。準備が整った理解可能な内面的なことも、例外ではない。
 未理解なことは、記憶に無い。
 記憶に無いことは、記憶を参考にすることはできないので、記憶を参考にする識別や判断や自覚はできない。
 内面的なことは、意識上のことであり意思に基づいたことだが、対環境的な器官である五感では捉えることはできない。

 識別や思考や判断などの情報処理上で生じることでもある、「勘違い」とはどういうことか、「思い込み」とはどういうことか、などに関しても同様だ。内面的なことで、五感では捉えることができない。
 相応の自分の経験や記憶に残っていることを、思考上で整理した場合は、それらが生じる理由や性質や条件や特徴や事実関係や因果関係など(対環境的な感覚器官である五感では捉えることができないこと)を理解することは可能だ。
 理解できた一連のことは、記憶に残る。
 記憶に残っていることは、本人は何時でも何処でも随意に想起可能なので、それを参考にした識別や思考や判断が可能になる。相当の自覚も容易になり、理解したことを参考に、自分が勘違いしていないかとか思い込んでいないかを独自に確認することも可能になる。
 そういう経験も記憶に残り、更に理解を深めることも容易になる。理解を深めたことほど、確かで詳しいことが記憶に残る。
 そういう経験を基に、もともと備わっている本質や法則的なことや、能力的に基本的なことも、客観的に理解することが可能になる。


 識別や思考や判断などの情報処理上で生じることである、「勘違い」とはどういうことか、「思い込み」とはどういうことか、などに関することも、思考上で整理をしたことが無い場合は、それらが生じる理由や性質や特徴などは未理解な状態にある。
 未理解なことは、記憶に無い。
 記憶に無いことは、思考上で参考にすることもできないので、識別や自覚をし難いので、勘違いしていることや思い込んでいることを自覚し難い。
 そういう性質に関することを理解することも難しい。

 事実とは違う勘違いや思い込みに過ぎず、事実が伴わないからこそ事実確認もできない、そういうことであることをも自覚できない。
 自分の情報処理に関することであり、精通可能な条件が十分に整っているのに、思考上で整理したことが無いがゆえに未理解で、識別や自覚や判断ができないからこそパニックに陥たりもする。


 本人は直に知り得ることである自分の記憶や意思や思考に関することで、経験も十分にあり必要な情報も十分に記憶に溜まっていて、精通可能な条件が整っていることであっても、例外ではない。
 五感では捉えることができないことであり、内面的なことである性質や条件や因果関係や理由などに関しては、思考上で整理をしたことが無いことは未理解な状態にあり、未理解なことは自覚もできない。

 日常会話が可能になり、思考力や理解力は日常的に磨かれ、経験も十分にあって必要な情報も十分に記憶に溜まっていて、本人は直に知り得ることである記憶や識別や思考や判断に関することでも、思考上で整理をしたことが無いことは、客観的なことは未理解な状態にある。


 もともと備わっている知能の、本質的なことは自ずから経験し、能力の基本的なことは繰り返し経験する。
 そんなことに、凉香と理於は気づきはじめる。
 余計なことに捕らわれていたことにも気づき、余計なことに捕らわれていた事実確認をし、次に悪循環に陥っていたことを具体的に解明したことで悪循環から脱っする。この事実関係や因果関係を客観的に理解することで、すでに備わっている知能の性質や条件や機能や能力などを理解しはじめ、理解する準備がすでに整っていたことも理解する。
 

◆自分で分かっていなかったことが問題だった


理於「まだ曖昧なので、不思議なんだけど……。自分の気持ちに反する状態に、自分がなってゆく。なのに、具体的なことは分かっていなかった。つまり、自分で考えて行っていたことに関することなのに、具体的なことは知らなかった。ということなんだよな」
凉香「理於と、一年生のときから話したかった。なのに、声をかけづらくなってゆき、いつのまにか理於との間に距離を感じるようになった。なので、自分の気持ちや考えに反する方に向かっていることに気づいた。それは嫌だった。けど、なぜ、そうなってゆくのか具体的なことは知らなかった。むしろ、具体的なことは分かっていんだということをすら、具体的には知らなかった。そうなってゆく理由があるんだとも思わなかったし、改善が必要だとは思いもしなかった」
理於「俺も、そうだった。このあいだから凉香と話すようになったことで、自分の気持ちや考えに関することなのに分かっていなかったんだということや知らなかったんだということが具体的に分かってきた。以前は、本当の気持ちや考えを言えなくなっていたことも、分かっていなかった。そうだったことが、具体的に分かった。改善は、論外って言うの、そういう状態だったことも分かった。本当の気持ちや考えとは違うイメージを抱きはじめていたことも分かってきたし、そのイメージに基づいたことをしはじめていたんだということも分かってきた」
凉香「わたしも、理於と話すようになったので、いろんなことが具体的に分かってきた。距離を感じるようになったことなど、普段はイメージ上では見分けているけど、言葉にすることは無かったことも多くある。そんな、イメージ上で見分けていただけだったことも、理於と話すようになったので、言葉にして話すようになった。ちゃんと説明しようと思うので、考えて整理するようにもなった。だから、イメージ上のことだったのに、具体的に分かってきた」
理於「そうなんだよな。俺も、凉香と話すようになったから、事実確認もするようになったので、具体的なことも分かってきた。つまり、以前は、話す機会も無かったし事実確認をすることも無かった。だから、具体的なことをほとんど分かっていなかったし知らなかった。ということも、分かってきた」
凉香「一年生のときから、理於がわたしのことを気にしていることは、見て分かっていた」
理於「凉香が俺のことを気にしていることは、俺も見て分かっていた」
凉香「けど、一年生の頃からお互いに話したかったんだということは、理於と話すようになったから、具体的に分かったことよね」
理於「うん」
凉香「話すようになったから、信頼関係が成立するからだったことも分かってきたし、一年生の頃の気持ちの方が素直だったことも分かったし、正しかったことも分かった。けど、あの頃は、そういうことは知らなかった。しかも、声を掛けづらくなっていった」
理於「いつのまにか距離を感じるようになった」
凉香「自分の気持ちに反する方に向かう一方で、嫌だった。けど、そうなってゆく理由は知らなかったし、改善は思いもしなかった」
理於「俺も、もちろん理由は知らないし、改善は論外だった。むしろ、自分の気持ちに反する方に向かう一方だった」
凉香「けど、予想外のことを基に、理於と話すようになった。話すようになったから、一年生の頃の気持ちも、具体的に分かってきたわけだし」
理於「そうなんだよな。予想外のことを基に、凉香と話すようになった」
凉香「保護養育があってこそ生きられる子供は、信頼関係が大事なので、子供同士でも仲良くしたい。なので、子供同士で競争することや敵対関係を煽られることは、嫌う。そんなことをする大人の、言いなりにはなりたくないし、勉強も嫌うので、成績は良くない。けど、そういう子供同志間には信頼関係が成り立つ。反対に、大人の言いなりになり、競争すると敵対関係が増し、そんな子供同士は理解し合うのが難しくなるし仲良することも困難になるし、友達は限られ親友は更に限られる。だから、勉強はしないし成績は良くないけど平気だった理於と、わたしは話したかったんだということも、実際に理於と話すようになったから分かった」
理於「うん。凉香と話すようになったことで、いろんなことが分かってきた。だから、以前は、自分で考えて行っていることに関することなのに、具体的なことは知らなかったんだということも具体的に分かってきた」
凉香「うん。自分の気持ちに反する方に向かっていたことが、具体的に分かってきた。自分の考えや行っていることに関することなのに、知らなかったことも具体的に分かってきた。それは、具体的なことは分かっていなかったんだということを、裏付けるようなことが分かってきたからよ」
理於「初めて具体的なことを知るたびに、それまでは具体的なことは知らなかったんだということが明らかになる。当然のことでもあるよな」

凉香「実際に理於と話すようになったから、もともとお互いに話したかったことも具体的に分かったし、いろんなことが具体的に分かってくる。事実はすでにあるし、当然に理由もあるはずなのに、それは知らない。だから、それを知りたい。解決や改善ができるのなら、そういうこともしたい」
理於「うん。上辺だけで判断するようになっていたことは事実だし、そうなった理由などがあるはずなのに、なぜそうなったのか具体的なことは分かっていない。だから、それを知ろうとしてしまう」
凉香「うん。信頼関係を深め合えることも分かったので、どんどん話す。頭の中では未整理なことが錯綜しているって言うの、それを整理しながらどんどん考えるし、どんどん話す」
理於「うん。話すために考えもするし、話すことを考えて整理もする。だから、曖昧だったことが、具体的に分かってきた。だから、どんどん話す」
凉香「一年生の頃の方が素直だったけど、具体的には分かっていなかったので、上辺だけで判断するようになっていることにも気づけなかった。そうだったことも、理於と話すようになったことによって、明らかになってきた。本当の気持ちとは違う、多数派だとかの上辺だけのイメージを優先するようになったことも分かってきた。それで、距離感を感じるようになったのだとも思う。だから、素直だった頃に戻りたいのかも」
理於「そうかもしれない。直ぐに確かめることができないこともあり、具体的な判断ができないと、上辺だけで判断する。仲良くしたいので、競争は嫌いで、勉強も嫌いだ。なのに、成績が良い方が良いことであるかのように思えてきていた」
凉香「人柄よりは、身なりが良い方が良いような気がする。だから、おしゃれもしたくなり、流行まで気にしたりする。値段が、安いものよりは、高い方がいいような気がする」
理於「本当の気持ちとは違う、見た目だけで判断しているに過ぎない上辺だけのイメージを、優先するようになった。それが問題だったのなら、解消したい」
凉香「理於わたしは、五感では捉えることができない気持ちや考えに関することを、分かっていなかった知らない。だから、本当の気持ちや考えとは反する方に進み、距離を感じるようになったのよ」
理於「見た目だけで判断しているに過ぎない上辺だけのイメージを、優先するようになったことが、重要な問題だったことは間違いない。見た目や上辺なんかを気にしている場合じゃない」
凉香「うん。五感では捉えることはできないけど、気持ちや考えに関することのほうが重要なのよ。解明したいし、解消したい」
理於「凉香が、笑顔じゃなくて、冷静で真剣だから、信頼感がある。しかも、いろんなことが分かってくるのですっかり期待している」
凉香「ときどき冗談を言って笑わせている理於の、冗談が全く無いから、冷静になれるし真剣にもなれる」
 

◆もともと知らないことなんだ


凉香「ね、理於。もともとは、知らない。会うと、顔などを憶える。名前を聞くと、名前も憶えるのよね」
理於「うん。経験相応のことは、記憶に残る、憶えている、知っている。経験が無いことは、記憶に無い、知らない」
凉香「『知らない』とか『知っている』とか『憶えていない』とか『憶えている』などとも言うようになる」
理於「知らない場合は、必要に応じて尋ねもする。『なぜ』とか『どうして』とかも言うようになり、理由を知ろうとする」
凉香「理由や法則的なことなどは、目には見えない」
理於「自分が考えていることも、内面的なことなので、目には見えない」
凉香「自分が考えて行っていることに関しても、もともとは客観的なことは知らない。ということよね」
理於「学校でも教えない。家でも教えない。自分も、どこかで憶えるようなことをしたか、そんなことも無かった」
凉香「もともとは知らないことなのよ」
理於「そういうことになるよな。しかも、余計なことも学習する。もちろん、肝心なことを学習するとは限らない」
凉香「わたしたちは、まだ保護者が必要な子供。これから知るべきことがあるのよ」
理於「そういうことだよな」
 

◆でも知らないと自分が困ることにもなってしまう


凉香「もともと言葉を話せない子供は、言葉を憶えるほど気持ちや考えを伝え合えるようになるから、自発的に盛んに言葉を憶えようともする。聞いてくれる人がいるから、話す。そうだと、信頼関係もますます確かになる。分かってもらうために、整理して説明する。そうすることで、子供の気持ちや考えは、育つようにできているんだと思う」
理於「うん。でも、実際には、口封じする人はいたが、聞いてくれる人がいなかった。信頼回復もできなかったし、話すことも無くなった。だから、自分で考えて行っていたことに関することなのに、知らなかった」
凉香「うん。自分で考えて行っていることに関することは、理於と話すようになって初めて話すようになったことだから」
理於「うん。こういうことは、俺も、凉香と初めて話す。家庭でも話し合うことは無かったことだし、学校でも教えない」
凉香「うん。だから、自分で考えて行っていることに関することなのに、具体的なことは分かっていなかった」
理於「躾や教育は、大人の考えを一方的に子供に強いたり、煽てたり脅したりしてでも子供を言いなりにならせようとしているだけだから。この悪影響も、無視はできないよな」
凉香「大人の所為にはできないことも、もう分かっているけど、子供の気持ちに理解の無い大人の悪影響は無視することはできないよね」
理於「自分で考えて行っていることに関することだが、具体的なことを知らなかったとしても、まだ中学生なら別に不思議でもない。ということでもある」
凉香「けど、知らないと、自分の気持ちや考えに反する方に行ってしまったりするし、そうであることをすら知らなかったりする。ということよね」
理於「自分の考えや行っていることに関することだけに、自分が知らないと、自分が困ることにもなってしまう」
凉香「うん。自分の気持ちに反する方に進んでいたことは事実よ。その理由もあるはずだけど、知らない。知らないから、改善もできなかった。けど、理於と話すようになったことで、けっこう分かってきている」
理於「うん。やっぱり、自分の気持ちに反する方に進んだ理由は、解明したい。解決や改善もしたい」
凉香「うん。それができることに、もうすっかり期待しているもの」
 
 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

第一章 第2節 本当の気持ちを言えなくなってきている

 
 
 人は、目には見えないことでも、理解できるようになる。

 教えてもらった道順も記憶に残り、それを頼りに目的地に向かうこともできるようになる。
 教えてもらった道順が不確かな場合は、迷ったり、目的地に到達できなかったりする。

 日常会話でも、根拠や理由が乏しかったり無理や矛盾があったりすると、理解できないし納得できない。
 理解できなかったり納得できないと、会話は滞る。理解できないことや納得できないことを、強行したり勝手に歪曲させたりすれば、損をしたり痛い思いをしたりする。
 そういう経験上、必要に応じて尋ねたり確かめたり、調べたりする。教えてもらった道順が不確かな場合は、現地で尋ねたりする。知る必要がある内容しだいでは、教習所に通ったり学校に行ったりする。
 教えてもらった道順が適切な場合は、目的地に到達する。日常会話でも、思考上で、事実関係や因果関係に基づいた整理ができた場合は、相応の関係上や構成上で理解でき納得もできる。
 理解できたことは、記憶に残る。目的地に到達できた場合は、相応の道順に関する情報が記憶に残る。
 自分の記憶に残っていることは、何時でも何処でも想い出すことが可能で、想い出したことを参考に識別や思考や自覚なども可能になる。道順を知った所へは、迷わずに到達できる。
 繰り返し行くほど、道順は詳しくなる。日常でも、繰り返し見聞きしたことに関する記憶は確かになり、繰り返し確かめたりしたことに関することは詳しく記憶に残る。
 詳しい情報が記憶にあることほど、具体的に的確に可否や是非などの判断が可能になる。感覚的なことも記憶に残るので、繰り返し試して修正したり微調整したことほど上達し、繊細な識別や判断や俊敏かつ的確な動作などが可能になる。更に熟練すると、一々確認しなくても、記憶に残っている情報だけを参考に識別や思考や判断が可能になるだけに、条件反射的な速さで繊細な識別や判断や俊敏かつ的確な動作などが可能になる。
 具体的で的確な識別や思考や判断が可能なことほど、適切な動作や説明や行動も可能になる。記憶に残っていることだけを基に、道順を詳しく的確に教えることも可能になる。
 適切な動作や説明や行動などが可能なことほど、悪しき結果になることは避けることが可能になるとともに、より好結果にすることも可能になる。
 こういう経験も、本人の記憶に残る。基本的なことほど、繰り返し経験する。繰り返したことほど、本人の記憶に確かに残る。自分の記憶に残っていることは、何時でも何処でも想起可能なので、こういうことを思考上で整理するだけで客観的に因果関係や理由などを理解することも可能になる。
 備わっている各感覚器官や意識や記憶力などで構成されている知能の機能や本質や能力上、学習力や思考力や理解力など自体は、日常会話で発揮するようになるだけに、日常的に磨かれる。
 日常会話は、記憶に残っている情報だけを参考に識別や思考や判断が可能になったことを物語っていて、それを基に条件反射的な速さで口や唇や舌や呼吸などを俊敏かつ的確に操作できるようになったことを実証しているとも言える。
 経験し、記憶に溜まっていることを、思考上で客観的に整理する場合は、現在と言う時間に捕らわれることなく、時間経過上の一連のこととして客観的に捉えることも可能で、事実関係や変化や因果関係や理由などを関連していることとして理解することも可能になる。備わっている知能の機能や本質や能力上、独自に客観的に理解できる準備は自ずから整う。

 凉香も理於も、独自に客観的に理解できる準備は十分に整っていた。
 そんな、客観的に捉えることが可能になったことに、凉香と理於は気づきはじめる。
 ただ、躾や教育の内容は、それ以外のことばかりで半ば強制的なだけに、そんなことに気を取られがちだった。
 

◆本当の気持ちを言えなくなっている事実確認


理於「凉香」
凉香「ん?」
理於「俺も、自分の本当の気持ちを言えなくなってきている」
凉香「理於は、先生にでもあんなことを言えた。わたしは、あの日は何もできなかった。次の日も、やっと言えた。皆の目ばかり気にして、余計なことばかり考えてしまい、自分の本当の気持ちを言えなくなっている」
理於「俺も、そうだ。凉香が言うように、本当の気持ちは、仲良くしたい。だから、競争は嫌いだ。競争を強いる大人の、言いなりにもなりたくない。でも、競争を強いる大人の、言いなりになって競争する方が多数派で、言いなりにならない方は少数派だと考えられる。もちろん、友達は限られ、親友は更に限られ、理解し合える人は更に限られる。むしろ、気持ちや考えが違う人が多数派だから、気にもなるわけだよな」
凉香「うん。もともと、保護者が必要な子供は、協力関係や信頼関係が必要なわけでしょ。それで、自分を守ることもできるわけだから。だから、子供同士でも仲良くしたい。だとすると、競争を強いる大人の言いなりになること自体が、自分の素直な本当の気持ちや考えを捨てることになる。敵対関係を煽られて競争するほど、協力関係や信頼関係に背くことになる。現に、理解し合うことは難しい」
理於「うん。保護者が必要な子供は仲良くしたい。なのに、言いなりになったり競争したりすることは、自分らしさを見失うことだったり、自分らしさを捨ててしまうことだったりするわけだからな」
凉香「だから、登校したくない子だっているんじゃない。それでも、『学校へ行け』とか『勉強しろ』と言われる家庭だと、保護者が子供を保護しているとは言えない。親子間の協力関係や信頼関係も成り立たない。保護者が必要な子供にとっての最低限の信頼関係も成り立たない。だから、死んだほうがいいと思う子だっているのかも」
理於「それ、当たっていると思うよ、凉香」
凉香「もともと、保護者が必要な子供は、仲良くしたい。だから、競争や勉強が嫌いで、大人の言いなりにはならない。もちろん、成績が悪い。けど、平気。仲良くしたいから、競争は嫌いなので、そんな子供同士間には信頼関係も成立する。だから、話したいとも思う」
理於「俺も、そうだった。だから、一年生のときから凉香と話したかった。なのに、本当の気持ちや考えを言えなくなり、皆の目を気にするようになり、余計なことばかり考えるようになった。いつのまにか距離感を感じるようになったのも、同じことだったんじゃないかな」
凉香「うん。距離感を感じるようになったので、寂しかった。こうして話しはじめたら、こんなに話し合えるわけだから、一年生の頃に話したかったのは素直な気持ちや考えだったし本当だったのにね」
理於「うん。なのに、話せないでいるうちに、いつのまにか凉香に嫌われたのかと思ったりした」
凉香「わたしも。いつのまにか、理於が近づくのを避けているような気がしたり、理於が目が合わないようにしているような気がするようになった」
理於「え、俺も、そうだった。この事実関係もよく分かっていなかったが、本当の気持ちや考えに反している感じがするようになった。それなりの理由があったことになるよな」
凉香「皆も、本当の気持ちや考えを言えなくなっているんだと思う。先生が作った問題が間違っていたことには、わたしよりも成績が良い人たちは気づいていたはず。だから、気づいていた人は少なくなかったはずよ。なのに、誰も先生に言わなかった。たぶん、大人の言いなりになっている人や、自分の本当の気持ちや考えを言えなくなってしまっている人は多いんだと思う」
理於「凉香は、そんなことにも気づいていたんだ」
凉香「けど、他人のことは確かめようが無い。自分の気持ちに反する状態になってゆくし、それは嫌だったのに、具体的なことは分からないし解決できなかったんだから」
理於「俺は、凉香と話し始めてから、いろんなことが分かってきた。自分の本当の気持ちや考えを言えなくなっているんだということには、俺は気づいていなかった」
凉香「理於は、あんなことでも言えた。だからなんだと思う。理於は、自分の本当の気持ちや考えを先生にでも言えたんだから」
理於「誰でもいいから、俺の言い分を聞いてほしかったような気がする。そして、目鎮先生は聞き入れてくれそうな気がした。もちろん、凉香がどんな反応をするのかも気になった。だから、言えた」
凉香「わたしは、自分の本当の気持ちや考えを言えなくなっていることには気づいて、なんとかしたい気がしたりした。だから、理於が先生に言ったことで、打開されかけた。けど、言いなりになっているような人の目が気になったり、後ろ指を指すような目で理於を見ている人のことを気してた。だから、理於にでもやっと言えた」
 

◆理由が分かっていないし解決できていない


理於「いつのまにか距離感まで感じるようになったのに、こうして凉香と俺が話すようになったのは、先生が逆上したからであり、予想外のことを基にこうなったわけだよな」
凉香「そうよね。もともとは話しかった。けど、自分の本当の気持ちを言えなくなる一方だった。なのに、こうして理於とわたしは話すようになった」
理於「うん。距離感を感じるようになった具体的な理由が分かったからではないし、本当の気持ちを言えなくなった具体的な理由が分かったからでもないし、解決できたからでもないんだよな」
凉香「うん。予想外のことを基とはいえ、こうして話すようになった。だからなのか、本当の気持ちを話しているような気はするけど、一年生の頃に話したかったことは思い出せないし、的外れなことを話しているような気もする」
理於「だよな。話せるようにはなったが、もともと話したかった内容は話せていない」
凉香「たぶん、誰も言えなくなっていて、少なくとも誰も言わなかった。そういうことを、理於は、先生に言った。理於は本当の気持ちや考えを言えた。あのことは、わたしには衝撃的だった。けど、先生は逆上した。なので、わたしは自分の本当の気持ちを示すことはできなかった。あの日は、自分の気持ちを理於に言うこともできなかった」
理於「俺も、先生が逆上して口封じしたので、そのことに気を取られた」
凉香「けど、先日、理於が確認してくれたので、距離感は無くなり、こうして理於と本当の気持ちや考えを話すようになった」
理於「凉香には伝わり、凉香は聞き入れてくれた。でも、先生には、伝わらず、逆上された。ということだったんだ」
凉香「うん。先生が作った問題に無理があるとか間違っていることには、たぶん皆も気づいていたはずよ。けど、誰も言わなかった。だから、たぶん本当の気持ちや考えを言わなくなり、大人の言いなりになるようになって誰も言えなくなってしまっていた。わたしも、自分の本当の気持ちや考えを言えなくなってしまっていた。それを、理於が言ってくれた」
理於「俺は、予想外の展開に気を取られたが、凉香は、あの時点で共感してくれていたんだ」
凉香「もともと、やらされることは嫌いで、競争させられる勉強は嫌いで、本当の気持ちや考えを大事にしていたことや、だから話したいと思っていた点も、共通していたからだと思う。なのに、距離感を感じるようになったわけだから」
理於「もし、先生が逆上しないで、聞き入れてくれたとしたら?」
凉香「理於が言った時点で、わたしは感動した。けど、先生は逆上した。先生が、台無しにしたのよ」
理於「凉香と俺は、普通に話すようになったんだ」
凉香「そうなったと思う」
理於「一気に距離感は無くなった、ということか」
凉香「だから、余計に目鎮先生を嫌いになった」
理於「俺も、一転して嫌いになった。でも、もし、そうだったとしても、距離感を感じるようになった具体的な理由が分かったわけではないし、本当の気持ちを言えなくなった具体的な理由が分かったわけでもないし、解決できたわけでもないよな」
凉香「うん」
 

◆でも本当の気持ちや考えを言えてきている


凉香「理於が聞いてくれるから、わたしはこうして本当の気持ちや考えを言える。理於には、愛想笑いをする必要も無い」
理於「凉香が聞いてくれるから、俺も本当の気持ちを言える。でも、凉香が言ったように、本当の気持ちを話しているような気はするんだけど、一年生の頃に話したかったことは思い出せない」
凉香「わたしも、的外れなことを話しているような気もする」
理於「でも、凉香が聞いてくれるから、俺も本当の気持ちを言える。だから、いままで気づいていなかったことにも気づくし、確かめたりもするので分かっていなかったことも具体的なことが分かったりする。それなりに本当の気持ちを言えているっていうことだよな」
凉香「うん。理於が聞いてくれるから、しだいに本当の気持ちを言えるようになっている。本当の気持ちを聞いてくれる人がいるだけで、子供の気持ちや考えも健康的に育つのだと思う」
理於「これはなに?あれは?なぜ?どうして?って自分が知りたいことや必要なことは自発的に憶えようとしたんだからな」
凉香「本当の気持ちを聞いてくれる人がいて、どんどん本当の気持ちを話せば、距離感を感じるようになった具体的な理由もきっと分かるし、本当の気持ちを言えなくなった具体的な理由もきっと分かる」
理於「だよな。具体的な理由が分かれば、具体的に打開や解決や解消もできる。的外れなことに気を取られているだけかもしれないし」
凉香「うん」
理於「本当の気持ちや考えを言えなくなって、自分の意に反する状態になっていっていたのに、具体的なことは自分で分かっていなかった。っていうことなんだよな」
凉香「わたしも。なんとかしたい気はしたが、どうすればいいのかも分からなかった。だから、それ以外のことに気を取られていた」
理於「うん。理由などは自分で分かっていなかった。だから、打開や解決はできるはずがなかった。むしろ、それ以外のことに気を取られていた。でも、聞き入れてくれそうだった先生に向かって、とりあえず本当の気持ちや考えを言った」
凉香「それが基で、理於と話すようになった。そして、自分の意に反する状態になっていっている事実を認め、本当の気持ちや考えを言えなくなっていることを確認して、この理由も知ろうとしている」
理於「理由を具体的に理解できるほど、具体的に解決や解消もできる」
凉香「具体的な理由を見つけて、具体的に解決できたら、理於とわたしの心からはモヤモヤは無くなって、本当の気持ちや考えを普通に話し合えるようになる」
理於「逆上したり口封じする人とは、話したくない。相手しだいで、話せる内容が限られる。俺と凉香とだけでも、余計なことを気にせずに、本当の気持ちや考えを話し合えるようになれたらいいよな」
凉香「もともとは、できそうだった。なのにそうではなくなった。そんなことでもある」
 

◆逆上して口封じする大人の所為ではない


理於「自分の気持ちや考えとは違い、実際には、あんな結果になった。ああなると、ああいう先生とは、もう口は利きたくなくなるよな」
凉香「大人の言いなりにならない子供を大人は口封じをするから、子供は本当の気持ちを言えなくなる。そして、大人の言いなりになり、やらされたことをやるようになる」
理於「俺も、本当の気持ちを言えなくなったから、距離感を感じるようになるなどしたのか。距離感を感じるようになるなどしたから、本当の気持ちを言えなくなったのか。この関係も、具体的には分からないけど、関係はしてるような気がする」
凉香「うん。保護者が必要な子供同士は、仲良くしたいわけだし、これが本当の気持ちだと思う。競争が嫌いだと成績は悪いけど、仲良くしたい本当の気持ちや考えは共感もしやすいんだと思う。けど、信頼を回復したいのに反抗だと決めつけられ、大人の言いなりになり、更に暴力的に口封じされたりすると、本当の気持ちや考えを言えなくなってしまう」
理於「口封じする先生とは口も利きたくなくなるが、話を聞いてくれる凉香とはどんどん話したくなる」
凉香「本当の気持ちや考えなのに、暴力的に口封じしてしまうのは横暴過ぎるけど、それに屈服して本当の気持ちや考えを言えなくなってゆくって、大変なことなんだと思う」
理於「言いなりになるだけで、危険だ。だから、大人の言いなりにはならなかった。大人の上辺だけや横暴さを批判視していた。だから、本当の気持ちを言えなくなったことや距離感を感じるようになったのは、大人の所為だとは言えない」
凉香「そうよね。大人を批判視していたし、大人の言いなりにはならなかったんだから。逆上されたり暴力的に口封じされたりすると、そういう人とは口を利きたくなくなるけど、信頼関係を回復しようともした。反抗だと決めつけられるようなことも言っていた。反抗だと決めつけられて、理解し合えず、信頼回復もできない。けど、本当の気持ちを言えなくなった理由や距離感を感じるようになった理由は、他にあるっていうこと?」
理於「理由は他にあることになる。そう考えないと、本当の気持ちを言えなくなった理由や距離感を感じるようになった理由は見つけられないし、解決できない」
凉香「うん。母さんが作ったご飯だと、食べたくても、『いらない。食べたくない』って言ったりもする」
理於「えっ。俺も、そんなことを言ったりする。そして、気まずかったりする」
凉香「うん。自分で考えて言ったのに、気まずかったりする」
 

◆本当の気持ちとは違うイメージを真に受け始めたからだ


理於「逆上されるまでは、ちゃんとした先生だというイメージで見ていた。つまり、具体的なことは知らないまま、単に先生だという上辺だけの事実を基に、信頼できる人であるかのようなイメージで見ていたことになる。だよな」
凉香「うん。勉強も良いことなんだというイメージだった。けど、保護者が必要な子供たちは仲良くしたいのに、子供同士に競争させてでもやらせようとする。だから、勉強は嫌いだった。こっちが本当の気持ちなのに、上辺だけのイメージとして勉強は好いことなんだというイメージも抱いていた」
理於「子供が本当に憶える必要があることなら、子供同士が教え合ったり見せ合ったりしてでも憶えた方がいいはずだ。なのに、見せ合ったり教え合ったりすると、罰される。つまり、子供が本当に憶える必要があることを憶えてもらおうとしているわけではない、ということになる」
凉香「だから、点数をつけたり順位をつけたり表彰したりして子供同士に競争させて、子供同士の敵対心を煽ってまで子供を言いなりになるように仕向けている」
理於「だから、逆上して暴力的なことをしてでも口封じし、逆らうことを許さない。もちろん、大人は間違っていることは認めない」
凉香「子供たちは保護者が必要なくらいだから、仲良くしたい。なのに、それに反することばかり。だから勉強は嫌い。なのに、こんな自分の気持ちとは関係なく、いつのまにか勉強は大事なことなんだというイメージも抱いていた」
理於「凉香と話したかったのに、いつのまにか距離感を感じるようになった理由も、似たようなことなのかもしれない。一年生の頃には、成績が良い方ではなく、勉強が嫌い、という理由で凉香に近づくのは、気が引けた。そして、いつのまにか、勉強も大事なことであるかのようなイメージを抱きはじめていたわけだから」
凉香「わたしも。距離感を感じてしまう元になるようなイメージを抱きはじめていたんだと思う」
理於「うん。自分の気持ちや考えがあるのに、それとは違う上辺だけの事実を基にしたイメージを抱くようになり、そっちが優先するようになった。歌手だとか俳優だとかも、肝心な人柄は知らないのに、テレビに出ているだけで、それなりに優れた人なんだというイメージで見るようになっていた」
凉香「わたしも。歌だとかテレビドラマのような恋だとか愛だとか、ああいうことだとは思われたくなかった。なのに、テレビに出ているとか沢山お金を稼いでいるとか見た目や上辺だけで、優れた人なんだというイメージを抱くようになっていた」
理於「俺も、歌だとかテレビドラマのような恋だとか愛だとか、ああいうことだとは思われたくなかった。なのに、凉香とは距離を感じるようになった。本当は、凉香と話す機会が来ることに期待していたのに」
凉香「わたしも、そうだった。本当の気持ちや考えで捉えていたことがあるのに、それとは違う、しかも見た目や上辺だけを基に判断したイメージを抱くようになっていたことになる」
理於「俺も。自分の気持ちや考えを大事にして、言いなりにはならなかったのに。保護者が必要な子供だから、仲良くしたい。だから、競争させられることは嫌った。なのに、高校進学や学歴は大事なことであるかのようなイメージを抱きはじめていた」
凉香「わたしも。言いなりになったり、競争させられているのに、そんなことに夢中になったり成績が良いことで優越感を感じたりしているような人は嫌いだったのに」
理於「自分の気持ちや考えとしては、肝心なことを見抜けていたことになる。なのに、いつのまにか、それとは違う上辺だけの事実を基にしたイメージを抱きはじめていた」
凉香「自分の気持ちや考えを大事にする方は少数派で、言いなりになる方は多数派なので、少数派は多数派に圧倒されて、そっちに流されそうだったのかも」
理於「うん。やっぱり、自分の本当の気持ちや考えの方が大事なんだ。大事なことを見抜けていたんだから。大人が上辺だけで騙して子供を言いなりにさせようとしていることも見抜いていたわけだから。な、凉香」
凉香「うん」
理於「凉香と俺の気持ちや考えが少数派だから、多数派が気になり、多数派のイメージを抱くようになり、それが優先するようになったのかもしれない。だから、自分の本当の気持ちや考えを見失いそうだったくらい、余計なことを気にしていた。つまり、多数派の方に移行しかけていた、っていうこと?」
凉香「仲良くしたいから、つい上辺だけ愛想良くしたりしていた。けど、後ろめたかったから。本当の気持ちではなく、それとは違うイメージを基にして考えたり判断したりするようになっていたっていうこと」
理於「だと思う」
凉香「自分で考えて行っていたことなのに、知らなかった」
理於「うん。大人は、煽てたり脅したりしてでも子供を言いなりにならせようとし、敵対関係が煽って競争させてでも勉強させようとする。だから、大人の言いなりになるのを嫌い、自分の気持ちや考えを大事にしていたから、成績が悪くても平気だった。そういう子供同士間には信頼関係が成り立つわけだから」
凉香「もともと保護者が必要な子供同士は仲良くしたいわけだし」
理於「凉香と話したかったのに、勉強が嫌いで成績が悪いことを理由に近づくようなものなので、気が引けた。あの時点で、すでに間違ったイメージを抱きはじめていたからだったことになる」
凉香「うん」
 

◆言いなりにはならなかったのに同じような結果に……


凉香「うん。自分の本当の気持ちや考えを大事にして、もっと確かに育てよう、理於」
理於「うん。自分の本当の気持ちや考えを、もっと確かなものに育てないと。肝心なことを見抜けないと、つい見た目だけで判断して、そっちに流されてしまう」
凉香「まだ保護者が必要だし、子供なのよ。だから、知らないことや出来ないことばかりなのよ。だから、自分の本当の気持ちや考えを、これからもっと確かなものに育てないといけないのよ」
理於「そうだよな。まだ、保護者が必要だし、知らないことや、出来ないことばかりだし、子供だ。自分の本当の気持ちや考えも、未完成なんだ。これからもっと確かなものに育てないと」
凉香「わたし、理於だけが頼り」
理於「俺も。凉香だけが頼りだ。萎えてしまいそうだった自分の本当の気持ちや考えが、凉香と話せるようになったので救われたわけだから」
凉香「わたしも。理於と話すようになったから気づいたけど、あのまま話さなかったら気づけないまま、多数派に流されたと思う」
理於「本当の気持ちや考えとは違う見た目や上辺のイメージの方を、メインにしはじめていた、ということだよな。俺は、凉香が『余計なこと、気にする必要ない』って言ってくれたのだ、間違いない、と思ったのに、余計なことばかり気にしていた。だから、むしろ大事なことを、凉香に確かめることができなかった」
凉香「よく分からないんだけど、わたしは自分の気落ちに反する方に行っているような感じがして、それをなんとかしたいような気もしたりした。だから、先生にああいうことを言えた理於を、応援したかった。けど、次の日になって、やっと言えたから、ちゃんと言えなかった。理於の反応も無かった。もう一度、ちゃんと言わなきゃとも思った。けど、皆の目ばかり気にして、言えないままになった」
理於「俺だって、あそこの桜の木の下でやっと確かめて、凉香が『応援した』って言ったのに、訳の分からない複雑な余計な考えが一瞬よぎった。こうして話ながっら考えると、俺も、余計なことばかり気にして余計なことばかり考えるようになっている。あの次の日、俺の前を通った凉香は、俺の方を見て、一瞬だったが俺の目をしっかり見て、何とか言って、去った。凉香は、笑顔ではなく、無表情に近かった。そうだったことを思い出しながら、それに当てはまる言葉を考えていたら、『余計なこと、気にする必要ない』って凉香が言ってくれたんだと思った。あの時の雰囲気とも一致していた。この部分だけは間違いないと思った。なのに、余計なことばかり気にしていたから、何日も、凉香に確かめることができなかった」
凉香「わたしだって、皆の目を気にして、余計なことばかり気にして、本当の気持ちを言えなくなっている。けど、理於は、あんなことでも言えた」
理於「先生だって、聞き入れてくれるかもしれないとも思ったから言えた。凉香とも、大事なことだとか、確かめる必要があるとか、気づいたから、話し掛けたが、やっとだった」
凉香「いろんなことを気にしたり考えたりするから、相手によっては話す内容も限られるし、話せる相手も限られる。わたいも、理於とは一年生のときからずうっと話したかったのに、やっと話せた。話しはじめたら、話しながら、他の話したかったことも思い出そうとしていた」
理於「俺も。話すことが途切れたらどうしようと不安で、頭の中で常に話題を探しているような感じだ。信頼回復したいのに、反抗だと決めつける大人に対しては、言わずにはいられないこともあるが、あれとは違っていた。大人に対して言うときは、逆に口封じされるかもしれないという思いが少なからずあるわけだから。逆上した先生とは、もう口は利きたくない」
凉香「生徒の本当の気持ちを、踏み潰してしまうような先生なんて、最低、最悪」
理於「でも、先生に呆れて気づかなかったし、できなかったけど、逆上や暴力的な口封じにこそ抗議すべきだったのかも。でも、目鎮先生は聞き入れてくれると思ったから言ったわけだから、逆上に抗議する準備はしていなかった。だから、呆れて言葉を失った……」
凉香「大人は、自分にとって都合がよくないことが育ちそうなだけで、その芽を摘み取ったり踏み潰したりしてしまうのよ」
理於「だから、逆上に対する抗議や説得の準備もできないんだ」
凉香「けど、あれで十分よ。自分がされて嫌なことなのに、自分がするのは抵抗があるし、仕返しや喧嘩は両成敗されることだから。先生こそ、間違いを指摘されたのに、反省できなかったり自分の間違いを正せないのなら、本当は先生の資格が無いんだと思う」
理於「俺、小学校6年生のときも、同じようなことを言って、先生に逆上されて、逃げた……」
凉香「同じようなことって?」
理於「友達と中庭で遊んでいた。その中庭を、直角に曲がった渡り廊下が囲んでいる。その渡り廊下を通る先生が帽子を被っていた。子供たちには『校舎内では帽子を取りなさい』と常に言っていた先生だったので、そのことを言った。そしたら、先生は血相を変えて外に出てきた。だから、走って友達と一緒に校庭を走り一気に校門を抜けて農協の前まで逃げた」
凉香「それでよかったのよ。暴力的なことはしちゃダメ。そんなことがあったのに、このあいだも理於は先生に言うべきことは言えたことが大事だと思う」
理於「逆上に対する抗議や説得はせずに、逃げてばかりだ」
凉香「けど、暴力沙汰になってしまうのを、理於たちが避けたことになるわけでしょ。暴力的なことに反感があると、暴力的なことはできない。暴力的なことを自分が嫌っているのなら、自分で暴力的なことをすることは無理だし。このあいだも、先生は、暴力的に片付けようとした。そのことに、理於が呆れた。だから、暴力的な対抗はしなかった。自分がされて嫌だったことだから、同じことを仕返すことも理於はしなかった。だから、暴力沙汰にはならずに済んだ。理於の気持ちや考えの方が理に適っているのよ」
理於「格好だとか見た目だとか、余計なことを気にしていた。暴力的に片付けようとすることには、呆れるしかないわけだ」
凉香「言葉で指摘できるだけで十分なのだと思う。理於が言ったことは正しくて、先生が間違っていたことも、先生は分かったわけだから。なのに、更に間違ったことを先生はしてしまったのよ。わたしも、余計なことを気にし過ぎて、上辺だけの間違ったことをするようになったからだと思うけど、自分の本当の気持ちの方が説明できないくらい萎えているような気がする」
理於「俺だって、やっと凉香に確かめることができた。最近、余計なことを気にして、それに巻き込まれたり流されたりしている感じがしたこともあった。やっぱり、多数派の方に移行しかけていたのかな」
凉香「わたしも。余計なことばかり気にして、そっちに流されそうな感じだった」
理於「大人が強いることには反感があるのに、進学とかを気にしていたりする。そんなことは、俺にとってどうでもいいことなのに……」
凉香「理於。余計なことは気にする必要ないよ」
理於「だよな、凉香。大人の言いなりになる人もいるんだから」
凉香「あることを支持る人たちがそれを、それを持て囃している。誰もが持て囃しているわけではないし、誰もが支持しているわけでもない。それを嫌っている人だっているわけでしょ」
理於「俺は、悪いことをしているわけじゃない。勉強以外のことを重視している。自分の気持ちや考えを大事にする」
凉香「わたしも。理於と一緒。勉強以外のことを重視する。自分の気持ちや考えを大事にする」
理於「誰かに言われなくても、自分で考えて判断できるようになることが大事なわけだから」
凉香「自分の本当の気持ちを大事にするのは自然よ当然よね」
理於「一年生のときから、できなかったことや見失いかけていたことを、一気にやっている感じだ」
凉香「このあいだ、話し始めたときは、一年生のときからそうすればよかったと思ったけど、全然、遅くない。もう、友達関係を超えたよね」
理於「数日で、友達関係を超えた」
凉香「親友関係とも、ちょっと違うよね。もう、親友関係も超えちゃったのかな」
理於「大事だと思うことが共通な関係だから、こういう関係って、同志とかって言うんじゃない。凉香、『俺たち』って言っていい?」
凉香「同じことを重視する、『わしたち』って言おう」
理於「うん。自分で考えて判断できるようになることを大事にしよう」
凉香「自分の本当の気持ちを大事にするんだから、これからだよね。よろしくね、理於」
理於「うん。よろしく、凉香」
 
 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

第一章 第1節 やっと話せた

 
 
 記憶を参考にした識別や思考や理解などの機能的なこと関すること、機能上で処理される情報の具体的な内容。
 それらは、本人だけが直に知り得ることでもある。
 それらは、行動や結果を左右する中枢であり、意思に基づくことでもあり、中学生になると、独自に客観的に理解できる条件も整う。

 記憶を参考にした識別や思考や理解などの、基本的なこと。
 これは、誰でも日常会話で理解力を発揮するようになることであり、共通なことなので、理解し合うことも可能になる。

 そういうことだからなのか、中学三年生の凉香と理於に対する躾や教育には、行動上の中枢に関することは盛り込まれていない。
 凉香と理於に対する躾や教育の内容は、行動上の中枢に関することは無く、それ以外のことばかりで、しかも半ば強いていた。
 凉香と理於も、自分が考えていることや自分が行っていることことに関することでもあり、わざわざ考えたことは無かった。

 本人は直に知り得る自分の記憶や思考に関することであっても、理解できる準備が整っていることでも、思考上で整理をしたことが無いことは、性質や特徴や関係などの具体的なことはほとんど未理解な状態にあり自覚もできない。
 そういう性質がある自分の精神面に関することを、未理解なだけに、そうであることに、凉香と理於は気づくこともできずにいた。
 精神面に関する具体的なことを未理解な状態にある凉香と理於は、精神的な悪循環に陥りはじめていて、矛盾ゆえの葛藤を余儀なくされていたが、そうであることに関しても気づけずにいた。
 
 

◆やっと話せた



 休み時間。
 左の方から近づいてくる凉香に、理於は気づいたが、凉香は一向に理於と視線を合わせない。
 数日前に同じように近づいてきた凉香は声をかけてくれただけに、意図的に視線を合わせまいとしているように理於には見えた。
 凉香は、そのまま目の前を通り過ぎようとする。
 俺が声を掛けることに凉香は期待しているのか……。むしろ、こんな状況になることを俺が待ち続けていた……。
理於「あ……凉香……さん」
凉香「なに? 理於君?」
理於「ああ……。理於でいい。俺、呼び捨てでいいよ」
凉香「……わたしも。『すず』でいい」
理於「え……。凉香は、香もあったほうがいいよ、凉香」
凉香「皆、『すず』って呼ぶよ」
理於「俺は、凉香、って呼んでもいい?」
凉香「いいよ、理於。理於に、凉香って呼ばれるのって、新鮮」
理於「凉香に理於って呼ばれるのも、いい感じだ」
凉香「呼び捨てで呼ぶからなの、ちょっと嬉しい」
理於「俺も。凉香が呼び捨てにしてくれたから」
凉香「呼び捨ては、親しい人同士がすることだからかな」
理於「一年生のときから一緒のクラスで、もう三年目なのに、やっと話せたから」
凉香「そうだよね。こうして話すの、初めて」
理於「三年目で、やっと話せた」
凉香「理於。これからは、ちゃんと話そ?」
理於「うん」
凉香「わたし、理於と話したかったの」
理於「俺も。凉香と話したかった」
凉香「理於と話したかったことが、いっぱいあったのに……。皆の目も気になるし……」
理於「俺も。皆の目が気になる。凉香と話したいこともいっぱいあって、やっと話せたのに……、話が途切れることばかり心配している」
凉香「わたしも。何を話したかったかを思い出せない……」
理於「俺も……。凉香、昼休み時間に、ちゃんと話そ?」
凉香「理於、これから、どんどん話そ?」
理於「うん。これから、どんどん話そ、凉香」
凉香「うん。約束よ」
理於「うん。約束する」

 昼休み時間。
凉香「さっきは、皆の目が気になって、あんまり話せなかった」
理於「俺も。皆の目を気にしてたから」
凉香「ね。あそこ。あの桜の木の下。あそこへ行って、座って話そ?」
理於「うん」

凉香「さっき、これからどんどん話す約束までしたから、理於とのことばかり考えてた。これまでちゃんと話せなかったことがなぜだったのかとか」
理於「俺も。もっと早く声を掛ければよかったとか、なぜそうしなかったんだろうとか、凉香とのことばかり考えていた」
凉香「一年生のときから、ずっと、理於と話したかった。なんでもいいから、理於と話したかったのに」
理於「俺も。ずっと、凉香と話すきっかけが欲しかった。さっきみたいに凉香に声を掛けやすい状況になることにずうっと期待してた……」
凉香「理於と話せなかったから、小学校で理於と同級生だった千恵ちゃんに、理於のことをいろいろ訊いた」
理於「俺も、凉香を知った一年生の時とは全然違っている。後ろから見ても凉香だって分かる。声だけでも凉香だって分かる」
凉香「わたしも。一年生のときから、なにかを話したくて、いつも理於のことを気にしていたから」
理於「一年生の時、凉香は鉛筆の持ち方を直した」
凉香「鉛筆の持ち方が変だと言われて、自分でも気にしていたんだけど、理於に見られてるのが気になったから直した」
理於「こうして話すのは、今日、初めてだけど、学校に来ると凉香と会える。そうなってから、三年目なんだよな」
凉香「うん。だから、今日、初めてちゃんと話すのに、初めてじゃないような気がする」
理於「俺も。もういろんなことを知っているから。こうして話すと、凉香が言葉にしたこと以上のことも伝わるし」
凉香「うん。理於の、息づかいとか、言葉の間隔とか、言葉の微妙な抑揚だとか、そういうことからも理於の気持ちを感じる」
理於「凉香の、ちょっとした手の動きとか、振り向いたときとか、そういうことから、言葉にはならないことも伝わるから」
凉香「『相手の目を見て話しなさい』って大人は言うけど、こうして同じ方を向いている方が、わたしは自分の本当の気持ちや考えは言いやすい」
理於「俺も。自分の本当の気持ちや考えは、目には見えない。だから、目に見えるものに気を取られると、自分の本当の気持ちや考えは、自分でも捉えらるのも難しくなるわけだろ。大人は、強制的だったり支配的だったりするだけだ」
凉香「理於、ちゃんと話すって、いいね」
理於「うん。大人は子供の話は聞いてくれなかったから」
凉香「ちゃんと説明することさえ許されなかったから。子供が本当の気持ちや考えを言っても、大人は聞く耳持たないどころか口封じする」
理於「凉香。俺と仲良くしてください」
凉香「はい。わたしと、仲良くして。理於」
理於「たくさん話そう、凉香」
凉香「理於、これからはたくさん話そう」
理於「凉香、ありがとう。今日は好い日だ」
凉香「ありがとう、理於。今日は最高の日だわ」
理於「こうなるんだったら、一年生のときに頑張って話し掛ければよかった」
凉香「わたしも。ね、ね、一年生の時、音楽の先生がコーラス部を作ると言って、わたしたちが呼ばれた時のこと、憶えてる?」
理於「黒板の前に並ばされて、後ろの一段高い列に左側から凉香が上がって、その次が俺だった。俺の足元を見ていた凉香は小刻みに足を動かして右に移動して、俺の場所を空けてくれた。そして、まっすぐ下したままの左手をチョコチョコチョコチョコと動かして手招をきして小声で『もっとこっちに……』と言ってくれた」
凉香「理於と隣になれることが嬉しくて、自然にああした。つい、手を貸そうとした」
理於「うん。凉香の指先が俺の方に向いて、腕も少し俺の方に動いて、俺が上がるとき凉香は思わず手を貸そうとした」
凉香「子供の頃に自然にしていたように、理於と手を繋ぎたかった。だから、残念だった」
理於「俺も、小さい頃にしていたみたいに、凉香の手を掴みそうになった。でも、子供みたいだと気になって、そうしなかった。凉香と初めて並んだけど、何もできなかったことを惜しんでいた」
凉香「あの時は立った状態だったけど、今と同じように並んだ」
理於「そうだ、同じだ」
凉香「理於。今度、自然にそうしたくなった時は、自然にそうしよう?」
理於「うん」
 二人は手を繋いだ。
凉香「ね、自然にくっつきたくなったときも?」
理於「うん」
 凉香が理於との間隔を詰めた。
凉香「あの頃は、もう理於と話したかった。理於は、成績が悪いことは気にしていなかったから」
理於「俺は、あの時から、一気に凉香のことが気になりだした。そして、凉香も、成績が良い方ではないのに気にしていないことが分かった。あれから、凉香と話す機会が来るのを待つようになった。いま気づいたけど、成績が良い方ではなく、勉強が嫌い、という理由で凉香に近づくのは、気が引けた」
凉香「わたしも、そうだった。理於に話し掛けられないでいるうちに、皆の目を気にするようになって、ますます理於に話し掛けられなくなった。更に、歌だとかテレビドラマのような恋だとか愛だとか、ああいうことだとは思われたくないと思うようになった。すると、理於との間に以前よりも距離が空いたと感じるようになった」
理於「俺も、そうだった。やらされたことをやって、競争までさせられて、成績が良くても、優れたことだとは、俺には思えない。言いなりにならない方が当然に成績は良くないが、自分の気持ちや考えを大事にしているからだ。だから、そんな成績が良いことを羨ましいとも思わないし、そんな成績なんか悪くても平気だ。そういう人とは、話も合うはずだし気持ちも通じるはずだし、そうなることに期待もする。だから、歌やテレビドラマのような恋だとか愛だとかは違う。ああいうことだと思われたくない。そう思うようになった頃から、凉香が遠く感じるようになった」
凉香「自分の気持ちや考えを大事にすると、そういう人同士間には信頼関係が成り立つ。だから、理於と話したかったし、こうして話し始めると話も合うし気持ちも通じる。むしろ、実際には、歌手や俳優も、歌やテレビドラマのようには、いかないし、できない」
理於「逆に、やらされたことをやる場合は、危険だ。やらされたことをやる場合は、嫌なのに嫌だと言い得なかったり、自分の気持ちや考えを大事にしないわけだから、俺だったら後ろめたい。しかも、そういうことをやらされ競争させられるわけだし、競争すること自体が助け合うことや仲良くすることとは逆のことだよな」
凉香「そういうことには、抵抗があるほうが自然よね。保護者が必要な子供は、助け合うことが必要だし、仲良くしたいわけだから。そういうこととは反対のことを、競争してまでやるようになり、夢中になるほど、そういう人同士は敵対関係になる。学校へ行きなさい、勉強しなさい、と言う親とも信頼関係が怪しくなるし敵対関係にもなる」
理於「うん」
 
 

◆気になっていたことを確かめた



理於「凉香?」
凉香「ん?」
理於「このあいだ、応援……してくれた?」
凉香「応援した……」
理於「やっぱり。そうだったんだ」
凉香「わたしも、あの時のこと、気になっていた。次の日になってからだったし、それでもやっと言えたし、理於みたいに大きい声では言えなかったし、あの後で理於の反応も無かった……」
理於「こめん。あの時は休み時間で、皆が騒いでいたし、俺が皆の前で先生に屈服させられた次の日だったから……」
凉香「皆が騒いでいたから、わたしは言えた。皆の目を気にしてたから……」
理於「俺も。皆の目を気にしていた。しかも、今日みたいに、凉香が俺の前を通り過ぎながらだったから……」
凉香「立ち止まれなかった。だから、理於は聞き取れなかったかもしれないとも思った」
理於「俺も、聞き返そうと思った。でも、皆、まだ俺を避けているようだった……」
凉香「もう一度ちゃんと言おうとも思ったけど……、わたしも皆の目が気になって、言えなかった。だって、先生が作った問題が間違っていたのよ。成績が良い人たちは気づいていたはずなのに、誰も先生に指摘しなかった。理於が指摘したのに、誰も応援もしなかった。先生が逆上して暴力的に理於の口を封じようとしても、誰も止めようともしなかった。わたしは、立つだけでもいいから気持ちを示そうと思った、けどできなかった。あの後も、皆は理於を遠巻きにしている感じだった。あの日は、わたしも本当の気持ちを、理於に言うことはできなかった……」
理於「俺も、そうだった。凉香は応援してくれたような気がした。でも、前の日、皆の前で先生に俺が屈服させられた。それに関係することであることは間違いなかった。しかも、凉香とは、会話らしい会話をしたことが無かったわけだから。だから、まさかとも思い、凉香に確かめることはできなかった。でも、気になって、記憶に残っているあの時のことを思い出して凉香が何と言ったのかを何度も知ろうとした。凉香が応援してくれたような気がした。なのに、俺の勘違いかもしれない、と思った」
凉香「あの次の日なのに、皆は理於を遠巻きにしているような感じがあった。わたしだって、本当の気持ちを言えなくなっている。でも、理於は、あんなことでも言えた。次の日になってこんなことに気づくなんて、と思った。それでも、理於にでも、やっと言えた……」
理於「俺も余計なことばかり気にしていた。思った通りだとしたら大事なことなのに、凉香に確かめることができなかった。でも、何と言ってくれたのかを知りたくて考えてしまう。不確かな記憶をさまざま自分なりに補っていたら、『余計なこと、気にする必要ない』って凉香が言ってくれた気がした。あの時の雰囲気とも一致していた。この部分だけは間違いないと思った。でも、俺がそう思いたかったから、そう思えたのかもしれない。そんなことばかり考えていた」
凉香「あの日、ギッて椅子が床を擦る音がした。理於だと思って見たら、理於が立って、先生に向かって『問3は、断層の左右の地層をどこまでずらしても一致しない。だから、問題として成立しないと思います』って言った」
理於「でも、俺は、皆の前で先生に屈服させられた」
凉香「あんな先生、大嫌い。先生が間違っていたのに、黒板拭きを手に持って睨み据えて理於に近づくなんて、大人げないと言うより、まるで異常者だった。わたしは、立つだけでもいいから気持ちを示そうと思っていたけど、できなかった」
理於「俺は、勉強しないのに、あんなことを言ったから」
凉香「全面的に先生が間違ってる。理於に言われたので、皆の前で先生も問題を確認したのよ。自分で作った問題が間違っていたことも分かった。なのに、逆上して暴力的に理於の口を封じた」
理於「勉強しない俺も、先生の逆上には呆れた。大人は、上辺だけで、威張ろうとさえする。強引に、暴力的に。大人は上辺だけだ」
凉香「上辺だけで御機嫌取りをしたり脅したりして騙して、子供を自分の思い通りに行動させようとする。だから、思い通りにしない子供は気に入らない。子供は、そんな信頼関係を回復したい。子供は保護者が必要なんだから。なのに、反抗だって決めつける。子供が逆らうことを許さない。そんな大人なって、大嫌い」
理於「信頼関係を回復したいのに、反抗だって決めつける。もちろん、俺は、言いなりにはなりたくないし、勉強なんかしない。でも、あの先生は、聞き入れてくれるような気がした。だからこそ言えた。ああなるとは、予想もしなかった。だから呆れるしかなかった。屈服させられたことは、俺は問題外だった」
凉香「そうよ。理於は悪いことをしたわけじゃない。先生が、間違っていた。しかも、生徒に期待されたのに、それを裏切ったのよ。あんな先生、最低、最悪。先生は、理於に『ありがとう』って言うべきだったのよ。あの後でもいいから、みんなにも、『ごめんなさい』って言うべきなのよ。そうしないから、理於が悪いことをしたような状態になっている」
理於「生徒には、一方的なことをやらせて、間違っていると罰点をつけて直させる。だったら、先生は、問題を作った段階で採点をするように自分で確認すべきだったわけだし、直すこともできたわけだろ」
凉香「ただ威張りたくて、中学生を相手に強引なことまでする大人なんて、先生の資格無い」
理於「信頼関係の回復を拒否するどころか、逆上して口封じする。上辺だけで騙す大人の、言いなりになって利用されるなんて糞食らえだ」
凉香「皆、言いなりになり、やらされたことをやっている。けど、理於は、勉強しないし成績が悪くても平気だし、あんなことでも言えた。わたしは、理於を応援しなきゃ、って思った。次の日になってからだったけど、皆は騒いでいたので、やっと『先生が間違っているんだから、理於君は余計なことは気にする必要ないよ』って言えた」
理於「あああ。やっぱり、そうだったのか」
凉香「そうだけど」
理於「記憶に残っていることを何度も思い出して、ついに『余計なこと、気にする必要ない』って言ってくれたんだ、この部分だけは間違いないって思った。やっぱりそうだったんだ。なのに、余計なことばかり気にしたばっかりに、凉香に確かめることができなかった」
凉香「『余計なことを気にする必要ないよ』って言いかけた時、本当の気持ちを言えなくなっている自分に言い聞かせるべきことだと思えて、言葉を飲み込みそうになったから」
理於「でも、応援してくれたのは凉香だけだ。ありがとう。凉香」
凉香「もう一度ちゃんと言えばよかった」
理於「ごめん、凉香。俺のほうこそ、すぐにでも確かめるべきだったんだ。大事なことなのに、いままで確かめられなかった。余計なことばかり気にしていた」
凉香「わたしも。余計なことばかり気にするようになって、本当の気持ちを言えなくなってきた。友達と仲良くしたいのは本当の気持ちなんだけど、つい上辺だけ愛想良くしたりする」
理於「凉香が言ったとおりだ。余計なことは気にする必要ない」
凉香「あ。それ、わたしが理於に言ってほしかったのかも」
理於「余計なことは気にする必要ないよ、って?」
凉香「もう一回、言って」
理於「余計なことは気にする必要ないよ」
凉香「はい。やっぱりそうだった。ちゃんと話すことって、とても大事なことなのよね」
理於「うん。学校で教えることよりも大事だ。大人は逆上して口封じして、子供の話を聞いてくれなかったから」
凉香「ちゃんと話す機会さえ無かった」
理於「凉香に確かめて好かった。もっと確かめるようにしないと」
凉香「放課後にも、話そう?」
理於「凉香。これからは、毎日、話そう」
凉香「うん。毎日、毎日、話そう」
理於「ただ……、俺と凉香とは違って、自分の気持ちや考えを大事にしていない人もいるわけだよな。言いなりになり、やらされたことをやる人もいるだろうし。仲良くすることや協力することとは逆の競争することを好いことだと思っている人もいるだろうし。成績が良いことを好いことだと思っている人だっているわけだよな?」
凉香「うん。先生に間違いを指摘しなかった人たちは、ほとんど言いなりなんじゃない。先生に間違いを指摘した理於に、後ろ指を指すような目で見ていた人たちは、競争することや成績が良いことを好いことだと思い込んでいるんじゃない。わたしと理於のように、自分の気持ちや考えを大事にする人は少数派なんだと思う」
理於「それぞれ勝手な見方をしていることになる。だからこそ、皆の目も気になる」
凉香「そうよね。少数派だから、多数派に圧倒されてしまいそうだったのかも」
理於「たぶん、そうだ。だから、校舎内では本当の気持ちや考えは話しづらかった」
凉香「うん。話しづらかった」
理於「だから、校舎内では話さないようにしない?」
凉香「うん。自分の本当の気持ちや考えを、大事にしたいし話して育てたい。だから、余計なことは気にしなくてもいい場所で、話し合いたい。此処とか、放課後とか?」
理於「うん。余計なことは気にしなくてもいいようなこともして、自分の気持ちや考えを大事にしよう、凉香」
凉香「うん。自分の気持ちや考えを大事にするために、話し合って、助け合おう、理於」
理於「そうしよう、凉香」


 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「凉香と理於の本当の気持ち」

書き手用の「章立て兼あらすじ」

 

 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地、夏は雨不足でしたが、今度は必要以上に雨が降るようになりました。
 でも、すっかり秋です。これが何よりです。
 ところが、昨日7日と今日8日は真夏に逆戻りです。

 
 
 
 自分が、どういうことをしようとしているのか……
 やろうとしていることは、自分にとってはどういうことなのか……
 ああいうことではないし、こういうことでもないし、こういうことなのだ……
 といった把握でも、自分が臨んでいることが明らかになってくる。
 要は、自分は初めてのことにトライするだけに、出来ないかもしれないという先入観などの、雑念や邪念が邪魔になる。
 それを、解消したり解決することによって、自分がやろうとしていることが明確になってゆく。

 自分がやろうとしていることは、かつてのように、指図されたことをやることではない。指図されたことをやることでしか生きられない不満を癒すために、そうして得た給料をほとんど費やしていたが、そういうことでもない。
 あれから得た自分の知識や考えを基に自分で努力をして、その成果を出すことに臨んでいる。
 
 
 かつては、結果的に自分が困る道を選択していた。そうであることをすら知らなかった。
 自分が困る道を選択していたことに、せっかく気づいたのに、新たな勘違いをした。そうであることにも、三年間も気づけなかった。
 勘違いや思い込みに過ぎないことにも気づけなかったからこそ、死んだほうが増したと思い詰めた。
 だから、心の整理を、余儀なくされた。
 よって、生命生理は自律して機能していることに気づき、考えには無理や矛盾もあることに気づいただけに、一転して、そんな愚かなことで死ぬわけにはいかないと思うようになり、生きるために心の整理は必須になった。
 でも、自分の精神面に関することを理解するほどに、理解したことは記憶に残るだけに何時でも何処でも想起できるようになり、相応の識別や自覚が可能になるだけに、更に詳しくもなり、相応の自己管理が可能になっていった。
 が、整理して解明したり理解したことは、自分が考えて躊躇したり行ったりしていることで相応の感情も伴う自分の精神面に関することだった。成人なら十分に経験済みなことでもあり、最も多く記憶に溜まっているはずのことだった。そんなことを未理解だったのは、日常会話で理解力を発揮していることをすら未理解だったからだった。よって、記憶に溜まっていることを整理しただけで解明でき解決でき理解を深められることだったことも、今更のように知った。
 分かってみると、成人なら独自に精通していても不思議ではないほどの条件が整っていることだった。極めて個人的なことだった。そんなことをすら未理解だったがゆえに、悪循環に陥っていることにも気づけずに葛藤し、それらの解明を余儀なくされたんだということを、解明できたのは三十歳を過ぎてからだったっただけに、自分だけが理解しそびれていたような気さえした。
 すでに失格しているようなこともあって、自己管理ができるようになることで十分であるような気さえしていた。
 けれども、心の整理が相応に進んだことによって、学習能力や理解力などの可能性も明らかになった。相応の成果も欲しい気がした。
 今回の構想は、すでにあった。が、自分にとって重要だったことは、精神面を可能な限り具体的に理解することだった。それ以外の、まして事実でもないことを尤もらしく見せかk本当らしく工作することには、抵抗があった。
 抵抗がある類は抑制し、あくまでも自己管理を重視し、心の整理の最終段階として「他界に臨む心の準備」をするようになった。
 ところが、その条件も、自分は満たせないことが判明した。

 そこで、冥途への土産くらいは必要だと思い、抑制してきた成果に臨むことにした。が、これまでの自己管理重視にも反する。
 こんな、自分の心の中にある反するイメージとの関係も、解決する必要がある。
 よって、今回の創作は、意外にも心の整理の仕上げのようなことだと分かった。

 こんな自分の場合、創作とは、自分に課題などを課すようなことでもないようだ。
 指図されるまま言いなりになることでもないし、ましてや誰かの気に入られることをやることでもない。
 自分の知識や考えに基づいて自分で努力をすることであり、本来の自分をどれだけ育てることができるかでもある。

 そのために、現在の自分が、精神的に逸脱しはじめた中学生や小学生の頃まで可能な限り戻るわけだが……

 登場人物の二人は、まだ保護者を必要とする中学生で、理解や協力が必要なだけに、仲良くしたい。
 だからこそ、煽てたり脅したりして騙して言いなりに行動させようとすることは、嫌いだ。が、単に言いなりにならないだけで、大人は反抗だと決めつける。
 その言いなりになって、差別的なことをしたり、威張ったり、馬鹿にしたり、嫌がらせをしたり、そんなことを競い争ったり、逆上して口封じしたり、親子間でさえそうする、そんなことは嫌いだ。だからこそ、信頼を回復したい子供の気持ちを、大人は理解しようとすらしない。
 が、登場人物の二人は、大人の理解を得られないだけに、いつのまにか不都合なことを隠し、言い訳や嘘を吐いてでも上辺を繕うようになっていた。
 でも、共感するものがあった二人が、ついに会話する。
 会話したことによって、精神的悪循環に陥っていたことに気づき、共通の問題を解明し解決する。

 そして、猫も犬も、基本的には同じなんだと気づく。
 猫も犬も、経験や興味に相応する情報が記憶が残り、それを基に、現在地からは見えない所まで出かけもするし、帰っても来る。
 近道をして野菜畑の中を通りもするし、駆けても行くし、走っても行くわけだから、相応の気持ちや考えもあることになる。
 子供を命懸けで大事にするし、仲良くもしたがる。自分ができないことをしてくれる飼い主とは、仲良くしたいし、一緒にいたいし、一緒に寝たがる。そうであるほど、飼い主に叱られたことも、学習してやらなくなる。飼い主の反応を、気にするようにもなるし、相応の学習だってする。
 それとは逆の、差別的なことをしたり、威張ったり、馬鹿にしたり、嫌がらせをしたり、虐待したりすることは、猫や犬でも嫌う。そういうことは仲良くすることとは逆のことなので、そういう相手とは仲良くもならない。
 猫も犬も、仲良くなるためにこそ知能を駆使している。

 やがて、誰にでも共通する非人工的な法則の存在に気づき、非人工的なことこそが優れていて尊いことを協力し合いながら理解し合い、確信や自信を得ながら信頼し合い尊重し合うようになる道を歩み始める。

 実際には、子供の頃には躾や教育の悪影響が大きくてできなかったことを、創作の中では、二人が独自の考えを大事にすることによって自由に随意に展開してゆき、理解し合い、よって協力し合い信頼し合い尊重し合う。
 それを、書いている自分がどれだけ好とし楽しみ堪能できるかでもある。
 
 
 ただ、油断すると、意欲を自分で萎えさせるようなことに気を取られたり、そうであることに気づけなくなったりする。
 先日も、ふと気づいたことが、このイメージも切り替えた方がいいと思っただけに、意外で大事なことだった。が、そもそも気づけなかったことであり、以外だったこともあってか、以後、思い出せない。
 客観的な把握でも相応のことが明らかになってゆくが、記憶は勝手に消したり書き換えたりすることはできないだけに、邪念を解消するようなことも意外なほど重要だ。
 むしろ、こんなことを書きながら、実は、書き癖をつけられるのではないかとも思ったり、創作意欲も萎えさせず維持し育てられるような気もしている。
 
 
 いよいよ、「総概要」を基に、「章立て兼あらすじ」を整理する。
 必要に応じて、「総概要」も再調整しながら、「章立て兼あらすじ」の再調整を重ねることになる。

 この「章立て兼あらすじ」が整うと、これを基に、下書きを書き出してゆくことになる。
 次に、下書きを創作作品として仕上げるわけだが、創作作品として仕上げる行程は、想像も及ばないことであることが明らかになってきた。そんなことを目標にしようものなら、下書きで挫折しかねない。
 なので、下書きを書き終えることが、今回の目標だ。
 先走ったことに思いを馳せることは、可能なことを台無しにしてしまう一因にもなる。それも、邪心にほかならない。
 そもそも、過信するからこそ挫折する……
 
 
 
 タイトル 「凉香と理於の本当の気持ち」
 テーマ  「精神面を理解して自己南里が可能になる精神的自立」
 
 

序 章 発想構想



「戻れるものなら、あの頃に戻りたい」
 そんな思いに駆られたことが、一度だけあった。
 もちろん、実際には戻れない。
 ならば、仮想の世界で、と思い立った。そのときの構想だった。
 
 

第一章(起) 精神的悪循環からの解脱


 登場人物の二人は、自分の考えや行っていることを未把握・未理解だったので、精神的悪循環に陥っていることにも気づけずにいた。
 でも、会話しはじめたことによって、五感では捉えることができない精神的悪循環に陥っていることにも気づく。気づいたが具体的なことは不明だからこそ、記憶に残っていることを整理し始め、精神的な悪循環に陥っていたことを解明し、解明できただけに悪循環から脱する。

   第1節 やっと話せた
    一年生のときから話したかったのに……
    あの時……応援してくれた?
    うん。応援した。大きな声では言えなかったけど……
    俺もやっと確かめることができた。確かめて好かった。
   第2節 本当の気持ちを言えなくなっている
    大人が逆上して口封じするから。
    でも大人の言いなりにはならなかった。なのに……
    信頼回復したいのに、大人は反抗だと独断する。
    理解は得られない。
    子供が自分の保護者を批判するには限界がある。
    批判視が不十分だったからか。堰を切ったかの批判視。
    批判視できるわけだから、大人がどうこうではなかった……
    自分で考えて行っていたことになる。
   第3節 自分で感じ考えて行っていたことなのに未把握だった
    自分の記憶に残っていたことを、整理してみた。
    信頼回復のためだったのに、大人は反抗だと決めつけた。
    子供が自分の保護者を批判するには限界があり……
    上辺だけで騙すことを批判不能になり、自信が無くなり……
    人目を気にし、上辺を繕い、不都合なことは隠し偽り……
    皆そうしていると相殺して、正当化までし……
    勉強する気は無いのに、進学することにした。
    自分が批判視していたことを、自分もやるようになった……
    しかも考えるだけで分かることだったのに未把握だった……
   第4節 自分で把握を困難にしていたのだった 難関突破
    上辺を繕い、不都合なことは隠し偽ることは……
     それは把握や改善を困難にすることだ
     理解力に背くことでもあったのだ
     五感では捉えることができない心の中に明りが射した
   第5節 精神的な悪循環に陥っていたなんて 悪循環解明
    悪循環に陥っていたことも知らなかった
    二度と陥らないために悪循環を具体的に解明
     批判視不能になり自信も無くなる。 他人の目を気にする
     本当の気持ちを言わなくなり、見た目を比較 子供劣等感
     相殺正当化、批判視不可無秩序
     上辺を繕う 不都合は隠し偽る 把握や改善を困難にする
     目に見えない内面でも思考上では理解でき改善もできる
    本当の気持ちを話すことでも理解は進む
    話せて好かった。確かめて好かった。もっと早くに

   第5節 もし大人の言いなりになっていた場合は
    未知・不能なことばかりで要保護者の子供は劣等感に苛まれ
    競争社会で不都合なことを隠し偽り上辺を繕うようになり
    されて嫌なことを仕返し合い 競い争い 地位や名誉 独裁
    暴力的に優越感を得るか 知的に優越感を得るか
    自分が考えて行っていることに関して無知だとは認め難く
    愚かで卑劣だとは認め難く逆上して口封じ 自ら実証
    悪魔の僕になりかけていたことに気づけなかったなんて
 
 

第二章(承) 理解力の蘇生・理性の復活


 精神面が悪循環に陥っていたことを知らなかったが、気づき、事実関係を整理したことで悪循環に陥っていたことを解明し、解明できたことでだすることもできた。その経験上、精神面の把握を重視する。
 そして、悪循環を解明した経験を基に、事実関係を整理できたことは理解できること自体を理解し、精神面をより具体的に理解することを重視する。

 日常会話で思考力や理解力を発揮しているのに、そうであることを具体的には理解していなかった。そんなことにも、会話をすることによって登場人物の二人は気づく。
 未理解だった理由・理解できた理由・未理解な場合と理解した場合の決定的な違い、そんなことも経験済みなのに、具体的には理解できていなかったことにも、気づく。
 そこで、経験済みで記憶に溜まっているのに、未整理で未理解だったことを、整理し始め、具体的に理解する。
 思考よりも優先的に機能している理解の法則や理性などの経験済みなのに未理解だったことも、思考上で捉え整理して具体的に理解する。
 具体的に理解することによって、相応のことが記憶に残り、自分の記憶に残ったことは何時でも何処でも想起可能になるだけに、相応の識別や自覚や活用などが随意に可能になる。いわば、理解力が蘇生されて本来の能力を発揮できるようになり、理性も復活して理に適った判断をするようになる。

   第1節 自分の精神面を未理解だったことが問題だった
    自分が考えて行っていることを未理解だった。
    だから悪循環に陥っていたことにも気づけなかった。
    もちろん悪循環に関することも未理解だった。
    でも、理解できた。だから悪循環から抜け出せた。
    しかも、考えるだけで分かることだった。
    嘘を見抜けることは重要だったのに未理解だった。
   第2節 精神面を具体的に理解することこそが重要なのだ
    発揮しているのに理解力の重要さも未理解だった
    日常会話で理解力を発揮するようになったのに未理解だった
     第1項 未理解だった理由・理解できた理由
      考えて整理できたことは理解でき納得もできる
      記憶に有っても考えないことは具体的なことは未理解
     第2項 未理解な場合と理解した場合の違い
      理解したことは記憶に残る
       記憶に残ったことは何時でも何処でも自覚できる
      考えず未整理で未理解なことは記憶にも残らない
       未理解なことは識別もできないし自覚もできない
     第3項 目には見えないが思考上では理解できる
      行動上の中枢こそが重要だから要理解
   第3節 独自に精通できる条件が整っている
    考えて行い結果に一喜一憂し記憶に溜まり独自に精通可能
    理解相応の自己管理が可能になるだけに相応の自信にもなる
    目には見えないことこそが優れている

   第4節 でも理解するとは限らず弱点もある
    目には見えない 思考上で整理しないと理解できない
    理解力の性質上、精神的悪循環に関しても未理解だった。
    日常会話で発揮している理解力を未理解だった。
    経験や学習や理解の内容は個人毎に異なる。
    精神面を未理解なほど、好みや価値観は百人百様になる。
   第5節 精神面を未理解で考慮できない躾や教育もありえる
    大人は精神的な悪循環に陥っている
    悪影響を未理解だと悪循環に陥りやすい
    親子の信頼関係が確かなら子供は自殺しない
     親子の信頼関係が未確立だkら子供は自殺する
    目を奪い心まで奪う人工的なことは二の次でいい
    悪魔の僕にはならない
 
 

第三章(転) 知能の基本能力の蘇生


 備わっている知能の能力上、誰でも独自に学習し日常会話ができるようになり理解力を発揮するようになる。それを知能の能力の基本とし、その基本をより具体的に理解することを重視する。
 経験済みで記憶に溜まっていることを整理して、非人工的なことで普遍的で誰にでも共通する知能の基本的な機能や能力や法則などを理解する。
 五感では捉えることができないが、思考上で理解できることであり、非人工的な理由や法則などこそが優れていて尊い。

   第1節 知能の構成器官を理解
    人工的には創れない知能が誰にでも備わっている
   第2節 誰でも共通な知能の能力の基本を理解
    独自に経験し学習し好奇心旺盛になる
    誰でも経験し学習し上達し熟練する。
    ここまで基本的には猫や犬も同じだ。
    人は、事実関係や因果関係や理由や法則などを理解できる。
   第3節 誰でも日常会話で理解力を発揮するようになる
    もともと目には見えない記憶を参考にしているだけに
    目には見えない関係や因果関係や理由なども理解できる
    理解したルールなどを基に行動 結果
   第4節 普遍的だから共通で理解し合うことが可能だ
    理解する以前から存在していて人工的には変えようも無い
    普遍的だから理解し合うと信頼し合え尊重し合える
    自分の子供の頃の気持ちを理解すると子供に理解のある親に
    本来は家族なら精通できる条件が整っている
    非人工的な存在こそが優れていて尊い。

   第5節 理解しようとしない大人は阻害していることも未理解
    煽て脅し逆上して強い口封じする大人は
     子供の精神面を理解しようとしない
     自分の精神面をも理解しようとしない
    精神面を未理解な躾や教育は子供の能力の発達を阻害する
    天使の僕を目指す
 
 

第四章(結) 知能がここまで進化した理由


 生存や生態の背景に在る進化などの自律していることで人工的には変えようが無く、普遍的なことを理解する。
 未理解だっただけで、非人工的なことで植物や野生動物にも共通で歴然としていることを理解する。

   第1節 生命生理は自律して機能している
   第2節 簡単には死なない機構も備わっている
   第4節 生きることを大事にするほど世代交代の確率も高い
   第5節 世代交代を重ねて種族を存続し進化も継続される
   第6節 遺伝し個体も成長し強化され
   第7節 知能も備わっている
   第8節 理解し協力し信頼し尊重するほど存続され継続される
   第9節 本来は人類規模で精通できる条件が整っている
    普遍的で誰にでも共通な理由や法則こそが優れている。
    もともと神様が用意してある約束がある。
     理解力もあり、理解するだけで……
    目には見えず物体でもない、理由や法則こそが優れている。

   第5節 なのに物欲を優先して破壊を止めない
    野生動物や植物よりも劣る
    猫や犬でさえ
 
 

終 章 冥途への土産


 はたして冥途の土産になり得るものか……


 

予想もできず思い通りになることでもない朝焼けや夕焼けに期待して臨む写真と、自分の知識や考えや努力次第の創作とでは、精神的エネルギーの使い方が全く異なる。
いつのまにか、趣味の写真は二の次に……
しかも、いよいよ秋の農繁期です。
画像は、しばらく使いまわしになります。




2019 夏の早朝の文明


 

応援アクセス、ありがとうございます。
応援アクセスに、とても励まされております。
好みや価値観は百人百様ですが、
それゆえの好刺激も戴いております。
夏場は、相互応援アクセスは中断します。
拍手ボタン等は非表示中です。
プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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