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 生命生理は、自律して機能していて、生存の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 生きていること自体が絶妙にできていることを直に経験し続ける知能も備わっていて、相応の学習もでき、上達し、基本動作や日常会話などは熟練する。
 約束やルールや信頼や尊重や愛や幸福などの目には見えないことでも理解し合えるようになり、よって協力し合い信頼し合い尊重し合えるようにもなる。
 しかも、理解は、無料で、誰でも可能だ。むしろ、売買すると崩壊する。
 以上の、普遍的なことや誰にでも共通することが、当ブログのテーマです。
 でも、進化・自身が形成された経緯・自身の生命生理などは、通常は知らない。
 直に経験し続ける知能や学習力や理解力をさえ、具体的に理解するとは限らない。
 知らないことだからこそ、想像もする。自分のことでも、勘違いし思い込みもする。
 自分以外のことに目を奪われると、自分を見失う。心まで奪われると、自分の人生も見失う。つまり、そういう状態に陥っていることに気づけなくさえなる。
 普遍的ではなく、共通でもなく、異なることほど、理解し合うことは困難になる。
 私利私欲を貪り、相殺して蝕み合い、競争で優劣を決め、転嫁し暴力で片づける。
 非理解、非協力、非信頼、非尊重、そういう非知的なことは、むしろ避けたい。
 いずれも、マスメディアが発達した現代では歴然としていることなんですから。
はじめに 更新2013/01/21
目次:無知の悟「俺は、異常ではなかったんだ、病気でもない」
主観的とは 客観的とは  客観的な考え方の特徴は  主観的な考え方の特徴は
「心を開く」とは 「心眼を開く」とは   「悟り」とは 2016/12/27
アルバム「普遍に臨む」  アルバム「趣味の園芸」  アルバム「その他」
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カテゴリ : ◆自分の心を理解する:猫が気付かせ考えさせてくれた

早く冬モードに切り替えなきゃ


 沢山の応援アクセスに、感謝を申し上げます。

 悪天候続きの農繁期、野良仕事に気を取られ、ブログの記事からは意識が離れてしまいました。
 予定していた今回の記事の内容は、タモ(雄猫)は返事をするようになり、やがて死にます。
 そして、次回から予定している具体的な自己理解が始まります。
 ですが、野良仕事に気を取られ、記事には集中できなかった……。
 よって、今回も、この記事を、予定中だった記事と、いずれ入れ替えることにします。

 というわけで、むしろ冬モードへの意識の切り替えに臨みました。





そうこうしているうちに、一気に冬景色に……。20171120撮影



 思えば、天候が好転しないまま、やがて雪が降ることを気にしながら野良仕事は続いた。
 その他のことへの意識の切り替えは、難しくなっていった。
 ブログの予定していた記事は、どんな内容だったっけ……。と思ったが、その確認にすら集中できなくなっていた。
 野良仕事以外のことは、億劫になっていった。

 やる気を出すためにも、好奇心を維持するためにも、以前から各種のことをやってきたのに……。


 収穫は終わり、野良仕事が一段落した。が、そろそろ雪が降ることを気にしながら、後片付けや、来年の準備は続いた。

 雪で行動が妨げられがちな冬場にこそ、メインにしていることを優先してきた。
 その冬モードへの意識の切り替えは、もう急がないと……。
 億劫、そんなイメージは覆さなければならない。
 覆すためには、その理由を解明する必要があり、その要になっている記憶を想い出さないと……。

 いずれにしても、自分の記憶にあることや、それを参考にした思い考えている内容が、行動を左右し、結果を左右する。
 この自分の行動上の中枢を、自分がより具体的に把握できないと、むしろ強行してしまったりもするし、それゆえに自分が困ってしまったりさえする。


 思えば、億劫だと思い、ずうっと気になっていたことがあった……。

 というわけで、記憶に残っていることを参考に、一進一退を繰り返しながら整理し始めた。


億劫で、先送りしてきたことがある……。



 近年、ノートパソコンの修理再生を始め、CPUを高性能化しても早くなるが、HDDをSSDにした方が驚くほど速くなることを知った。
 SSDに少し慣れてから、HDDに戻すと故障したのかと思うほど遅く感じられることも分かった。
 そして、自分のPCでもクローンSSDを使い始めた。
 その後、自分のPCもWindows10無償アップグレードを行った。

 あの時、念のために、アップグレードの前に、再度クローンSSDを作って保存した。


 ところが、Windows10では動画が見れなくなり、内蔵のテレビも見れなかった。
 メーカーでは、当PCのWindows10アップグレードには対応しないと言っている。
 一ケ月以内はWindows7に戻せると言うので、Windows7に戻した。
 けれども、削除済みのメールまでが大量に復活し、しかも通常のようには削除できなくて大変だった。

 あの時点で、念のために作ったクローンSSDに換装すれば良かったのに、そうせずに先送りした……。

 当時、すでに、ノートパソコンの分解や部品交換や再生を始めていたのに……。
 しかも、本来は自分のPCに不具合が発生した場合に備えて始めたことだったのに……。
 難しいと思い込み、そう決めつけて、事実確認をすらしない。そんな思い込みや先入観や固定概念や偏見などを、覆すために始めたことでもあった。
 知らなかったことを憶え、できなかったことも随意にできるようになり、上達もする、その学習とはどういうことかを理解するためでもあった。

 けれども、自分のPCは、まだ不具合が発生しているわけでもなく、むしろ実用していた。それを、分解や解体してみるわけにはいかなかった。
 だから、安価なノートパソコンを入手して、まず分解や解体の仕方を憶えはじめたのだった。
 そして、小遣い稼ぎも狙うようになったが、むしろ赤字になるので今春で止めた。
 が、VPCEH****の再生品だけでも70台以上ヤフオクで売った。その際に、CPUがi3などの場合は、i5に換装していたのだが、SSD化も始めたことで、SSD化によってスピードが激変することに驚き、SSD化をするようになった。
 よって、自分のPCもSSD化したのだった。

 が、あの時、自分のPC(VPCJ****)は一体型で重くて丈夫な作りだったので、分解自体が容易ではないことが分かった。
 その後に、念のために作ったクローンSSDに換装する機会があったのに、自分のPCは分解は容易ではないと思った当時の記憶を思い出したので、SSDの換装はつい先送りしたのだった。


 その後、Windows10無償アップグレードは締め切ると言うので、締め切り間近に再度Windows10無償アップグレードを行った。
 やっぱり、動画もテレビも見れない。が、Web検索をしていれば、いずれ解決策を見つけられるだろうと思っていた。
 ところが、一か月近く経った頃に、起動途中で勝手に再起動を繰り返すようになった。でも、どうにか起動した。そこで、早々にWindows7に戻した。
 結果は、初回と同じで、他に後遺症も残った。後遺症に関しては、幾度かWeb検索をしたが解決策が見当たらない。でも、毎回、自動で処理される。なので、そのまま使っていた。

 あの時点でも、念のために作ったクローンSSDに換装すれば良かったのに、億劫で、また先送りした。


 夏場は、気象条件次第である気象現象の撮影にも気を取られがちだった。
 そして、野良仕事の忙しさと重なって、他のことは、容易ではない、億劫だ、といったイメージだけが意識上に残った……。


 そうしているうちに、秋の農繁期に突入した。
 紅葉の撮影もしておきたかった。

 他方では、容易ではない、億劫だ、といったイメージだけが意識されるようになった。
 その理由に関しては、どこかに押しやられた状態になっていたわけだから、見失いかけた。
 だから、億劫だと思うばかりで、ブログの予定していた記事にも集中できなくなったのだ……。


 ところが、自分のPCの液晶画面が劣化し始めているような気がし、それが気になりだした。
 そこで、ヤフオクを覗いてみた。
 液晶パネルだけでも、一万五千円前後している。
 また、自分のPCと同シリーズのPCも出品されていた。通電も起動不能だが、液晶は使えそうだという。それが、1,010円で落札。なんと、送料の方が高い。
 自分は、老化とともに、大画面にしてよかったと思っている。が、タブレットなどの普及の所為か、一体型の21.5インチは大き過ぎるからなのか、他の出品品も安く落札されている。
 なので、次々に落札した。
 農繁期中だったので、液晶パネルを確保しておくつもりだったのだが、夜間や雨の日に、分解し、壊れている部分を交換し、在庫のSSDを実装し、リカバリして再生しはじめた。

 思えば、安価なノートパソコンから分解や部品交換や再生をはじめたわけだが、本来の目的は自分が使っているPCに不具合が発生した際には自分で可能な限り対処できるようになることだった。
 それを、意外なかたちで、やりはじめていたのだった。


 野良仕事中、甥が言った。
「SSDって早いの?」
「CPUを高性能化しても早くはなるのだが、それとは比較にならないほど、HDDをSSDにした方が早くなる」
「ええ」
「ただし、HDDの場合は、動かなくなっても、ディスクに記録されているだけにデータは救済できる可能性があると言われる。その点が、電気的に成り立っているSSDの弱点だと言われているが、クローンを作っておくとか、外付けドライブを使うなどで対策はできる」
「そう」
「SSDだと、スイッチオンからデスクトップ画面が表示されるまでの時間が、以前に再生していたノートパソコンの場合は15秒前後、いま再生している一体型でも20秒弱だよ」
「そうなんだ」
「実際に使ってみると納得できるよ。いま再生中の一体型を、再生し終えたら、あげるよ」
「いいの」
「いいよ。まだ他にも再生可能なものがあるから。ただし、SSDに慣れてから、HDDに戻すと、故障したのかと思うくらい遅く感じるけど、故障じゃないから。それは、勘違いしない方がいいよ」
 というわけで、最初に再生し終えた一体型PCを甥にあげた。

 結果的に同シリーズの一体型PCを6台落札して夜間や雨の日に4台再生した。
 この内の1台は、自分の予備PCにする。
 他の2台は、農繁期後にヤフオクに出して、いつものように費用をできるだけ回収する。

 自分のPCは、重くて、分解も容易ではないと思い、億劫だったのだが、意外なかたちで、自分のPCをいじる自信もついた。


 そして、収穫は終わり、農繁期は一段落した。後片付けや、来年の準備などは続くわけだが……。
 冬場には、自分のPCを軽快に使えるようにしておきたい。
 というわけで、自分のPCの、先送りにしてきたSSD(2016年に念のために作ったクローン)の換装を行った。
 Updateも、すぐに終わった。
 さすがに、改善され、快適になった。

 もっと早くやればよかった……。
 容易ではないと思い、先送りしてきた、そのイメージも覆された。

 2016年までは、実装SSD内に個人データも有った。
 その後に、個人データはUSB接続の外付けドライブに移動した。
 なので、SSDの換装を決心した段階で、デスクトップ内のショートカットなども外付けドライブに保存しておいた。それも入れ替えた。
 ところが、慌ただしかった中で、確認を疎かにし、勘違いし、以前から毎日更新している大事なファイルの、2016年の古いファイルを開いてしまったことにも気づかず、それを一部修正したので、その古い方で、外付けドライブの新しい方を上書きしてしまった。
 その直後に、そうだったことに気づき、愕然とした。
 急いで、バックアップから、より最新のものを探した。が、ほぼ1カ月前のもので最新だった。
 よって、早々に、更新の都度に別ドライブにバックアップされる設定もした。

 もっと早くやっていれば、こんなことも無かったのに……。


 齢だからなあ……。
 普段でも、何かに気を取られると、他のことを忘れがちになったわけだから……。
 なにかと億劫になりがちになった……。
 たしかに、老化は進んでいる。
 肉体的な老化に対して、為す術が無いことも事実だ。

 違う。
 自分の記憶にあることや、それを参考にして思い考えている内容が、行動を左右し、結果を左右している。つまり、行動上の中枢である。
 自分が参考にしている記憶や思いや考えを、より具体的に把握できないと、強行したりもするし、それゆえに自分で困ってしまったりさえする。
 実際にそうだったからこそ、自分の記憶や思いや考えを、こうして整理することにも慣れた。
 自分の記憶や思いや考えの無理や矛盾も、解明でき解決できるようにもなった。
 精神的には、まだ新たな学習は可能だし成長も可能なのだ。
 むしろ、まだ未熟なのだ。
 まだ思いや考えに無理や矛盾があり、その無理や矛盾に陥るからこそ、こうして整理や解明が必要になるわけだから。


歳の所為じゃない。勘違いや思い込みの類だったのだ。



 そもそも、自身を解剖することはできないし、自身を以て実験することも限られているわけだから、個人的には不可能なことや知らないことがあることになる。
 その性質上、計り知れないほど多いと言っても過言ではない。

 事実確認は困難でも、想像はできる。
 それゆえに、やってみる前から、容易ではないと思い込んで、やってみもしなかったり、決めつけたり、諦めていることも、少なくない。
 ところが、事実確認をしたつもりだったのに、すぐに上手になったりもする。
 こんな場合、事実確認をしていない段階で、容易ではないと思うのは想像に過ぎない。
 しかも、その想像を基に、行動もしないし、容易か否かの事実確認もしない。となると、容易ではないと思ったことは、思い込みの類だということになる。


 知らないことだからこそ、想像する。
 しかも、事実確認をしていない、想像ゆえに、勘違いしがちで思い込みもする。
 それゆえに、勘違いや思い込みや固定概念や先入観などには、無理や矛盾が多い。
 その無理や矛盾を把握できないと、好結果を駄目にしていたり、損をしたり、痛い目にあったりもするし、自分が困る結果に通じることが多い。


 思えば、夏場は写真に気を取られがちで、秋には野良仕事に気を取られがちだった。
 よって、自分が本来優先していることが、疎かになった。
 自分のPCのSSDの換装は容易ではない、億劫だ、というイメージや思いが、単に他のことは億劫だというイメージだけになった。
 だから、その理由などの具体的なことに関しては、事実確認もしなかった。

 野良仕事が忙しくなるにつれて、一層、他のことは容易ではない億劫だと思うばかりで、その理由や解明からは遠ざかった。
 つまり、事実確認をすらしなくなり、むしろ遠ざかったわけだから、容易ではない億劫だという思いが、理由を伴わない単なる思い込みに変わり、それに基づいた考えや判断をして億劫だと思っていたようなものだったことになる。
 まさに、自己暗示にかかっていたようなものだった。
 よって、他のことへの集中が難しくなった。

 ところが、意外なことをきっかけに、分解が容易ではないと思ってい自分のPCと同型のPCの分解や再生を行うことになった。
 もちろん、自分のPCを分解する自信も得た。
 よって、容易ではない億劫だと思って先送りにしていた自分のPCのSSDの換装を実行し、改善できて快適になった。
 精神的にも、鬱陶しかった点が晴れ、本来優先すべきだと思っていることをやり始めた。

 結果的にみても、容易ではないと思い、先送りにし、遠ざかった頃は、容易ではないと思ったことが、理由を忘れた単なる思い込みに変わっていったからだった。


 こんな勘違いや思い込みに、まだ陥るなんて……。
 思えば、勘違いや思い込みではないかと気にしたりした。にもかかわらず、確認をしなかった……。

 経験上、錯覚や勘違いや思い込みの類には陥りたくないだけに、事実確認を繰り返し、勘違いや思い込みの性質や特徴に関しても詳しくなったのに。
 だからこそ、勘違いや思い込みに陥っていないかは、自分で確認できるようになったとも思っていたのに。
 今回は、事実確認をすらしなかった……。

 だから、単に思い込んだ状態に陥ったのだ。

 現に、こうして記憶を整理して考えはじめただけで、次々にいろんなことが解明できるようになったのに。
 記憶を整理して考えること自体も、いわば確認だからだ。
 しかも、一進一退を繰り返すほど、詳しく解明できる。
 なのに、そうしなかった……。
 野良仕事に追われたからでもあったが、他のことは思い込んだ状態に陥っていたからにほかならない。

 勝手な想像をすることや、不都合なことを意図的に隠し偽ろうとしたり都合よく歪曲させることも、慎めるようになった。
 自分の精神面に関しては、弱点や欠点などもけっこう具体的に分かったからだ。
 だから、自分の精神面に関しては、分かったつもりでいた……。
 が、これも、勘違いや思い込みの類だったことになる。
 自分の精神面に関する過信もあったのだ。


反省。



 かつては、自分のことをさえ勘違いし思い込み、そうであることに気づくことさえできないまま暮らしていた。

 自分の記憶や思いや考えの無理や矛盾に、気づけなくさえなると大変なことになる。
 直に経験し続けている自身のことに関しても、自分で意識し識別し思考している自分の精神面に関しても、ほとんど無知だったことを思い知らされた。
 生理面が自律して機能していることをさえ、未理解で自覚できなかった。精神面が平常どおりに機能していて、異常があれば直ちに気づける状態にあることをさえ、自覚できず確認できなかった。
 そうだったばっかりに、精神的に異常なのかもしれないと勘違いし、そう思い込んで異常者扱いされることを恐れさえした。

 でも、そうであることが不本意で不快でさえあった。
 そうだったがゆえに、その要因である自分の思いや考えや記憶にあることも把握しやすくなった。
 よって、自分の思いや考えや記憶にあることの無理や矛盾を解明でき解決できた。


 よって、出来ないと思い込み、その事実確認をすら行わなかったりしていたことも、捉えやすくなった。
 そんな、事実確認をしていない思い込みや先入観や固定概念などは、個人的に可能なことは確かめ覆すようにもなった。


 初めてパソコンを買おうか迷った時も、自分には使えないかもしれない、無駄遣いになる、などという先入観があった。
 でも、それは確認をしたわけでもなく事実でもなかった。
 なので、少なくとも、自分は使えるか否かを確かめ、無駄遣いになるのか否かを確かめ、思い込みや先入観に過ぎないのなら覆すべく、パソコンを買った。
 その結果、自分には使えないかもしれないとか、無駄遣いになるかもしれないとかは、事実確認もしていない根拠も理由も無い想像上の思い込みや先入観に過ぎなかったことが、事実を以て明らかにされ、覆された。


 落胆なんか、する必要は無い。
 他人に迷惑をかけたわけでもないし、余命を告知されたわけでもないんだから。
 意外な方から自信を得ることになったからではあったが、PCの修理再生をはじめた本来の目的に適ったことまで、ついにやり始めたわけだから。
 先送りにし、億劫になっていったことも、実行でき改善でき快適になった。
 個人データの管理上の整理もできた。
 更新する都度、別ドライブにバックアップされる設定もした。
 ディスクトップのアイコンの整理もできた。
 自分のPCと同型のPCの再生を行ったことによって、グラフィックチップの違いによる画質の違いや、Windows の Professional と Home Premium の実行上の違いもなども分かった。
 ブルーレイは使ったことが無かったのだが、リカバリする際にディスク一枚でできるので便利だった。

 認め難いことをすれば、その事実関係を把握できないだけに、改善も難しいが、そういうことをしたわけでもない。
 不利だとか不都合だと思って隠し偽れば、事実関係を把握できないし改善できないどころか、更に隠し偽らざるをえない悪循環に陥るが、そういうことをしたわけでもないんだから。


 ああ。すっかり忘れていた。
 Windowsは、サポートに期限があるんだった……。
 いつまでも使えるような気がしていたが、これも錯覚や勘違いや思い込みの類だ。
 というわけで、Web検索をして確かめた。
 Windows 7 の延長サポートは、2020年 1月14日で終了だという。
 残り2年と少しか。
 ん?、だから、ヤフオクで安すかったのか。あああ、そういうことだったのか。
 それより、延長サポートの終了までには、自分は……。
 でも、2年なんて、あっという間に過ぎてしまう。
 その先も続けられるようにしておくべきだ。
 たしか、Linuxは、その先も使えるはずだ。
 なら、Windowsは、もう止めよう……。
 そうだ。Linuxなどを検討しよう。


 いずれにしても、自分の記憶にあることや、それを参考にして思い考えている内容が、行動を左右し、結果を左右しているわけだから、行動上の中枢である。
 自分で把握できないと、強行してしまったりもするし、それゆえに自分が困ってしまったりさえする。

 でも、いつものことだが、記憶に残っていることを、こうして文章化して事実関係を整理するだけで、今更のように事実確認も行われ、こんな実態だったことも分かる。

 自分の思いや考えや記憶だけに、その内容を直に知り得るのは唯一自分だけだ。
 思考力も理解力もある。
 詳しく把握できたことほど、相応の識別や適切な判断が可能になり、相応の対応対処が可能になるので己管理が可能になる。
 そうなれてこそ、精神的自立とも言えるし、相応の意義がある。
 勘違いや思い込みが無くならない自分の、残り少ない人生上では、衣食住は二の次にしてでも最優先すべきことだといえる。

 衣食住に拘らない猫たちこそ、愛情の深さは命懸けであり、相応の幸福感もあるからだと考えられるわけだから。

 むしろ、目に見える衣食住こそが、上辺を繕いやすく、優れているかのように見せかけやすいだけに、囚われやすくもなる。
 つまり、目には見えない勘違いや思い込みや固定概念の、温床になったりする。


 思えば、数年ぶりに、昨夜、DVD「ローマの休日」を観た。
 観ようと思ったのは、何故だったのだろう……。

 
カテゴリ : 趣味の写真「里山の晩秋」

今日は雨なので野良仕事も一休み


 沢山の応援アクセスに、感謝を申し上げます。

 野良仕事をさぼって紅葉を撮りに行っただけに、今回、予定の記事は間に合わず……。
 よって、この記事を、予定中だった記事と、いずれ入れ替える予定です。

 今日の雨で、今年の紅葉も、落葉してしまったであろう……。
 というわけで、紅葉の画像も、まとめて掲載しました。
 クリックすると、1622x1080の画像が表示されます。
 なお、ダウンロード時間を短くするために画像のファイルサイズなどは縮小してあります。




 農繁期中は、ブログもパラパラと拝見するだけなのですが……。
 多くの写真ブログも拝見していると、それぞれに一貫した傾向や特徴や個性がある。
 つまり、どういう物事を撮ろうとしているのかが、ブログ毎に違うことが分かる。
 なので、撮影者の気持ちや考えが、個人毎に異なるんだということも分かる。
 もちろん、それぞれの画像には、撮影者の気持ちや考えが反映されたり投影されたりしていることになる。
 むしろ、それぞれの画像には、撮影者の気持ちや考えも写っている。と言っても過言ではない。

 ちなみに、今はやりの自撮り。あれとは、ほとんど真逆だと考えられる。

 自分も、目には見えないものも撮りたいわけだが、まさにそれが、皆さんが撮った画像には写っていることになる。
 だから、説明文も要らないのでしょう。

 写っているであろう撮影者の気持ちや考えを、具体的に捉えることは、残念ながら自分にはできない。
 もちろん、自分も、目には見えないのだが明らかに存在するものを、なんとか明らかにしようとしている。
 が、その方法としては言葉の方が優っている、と自分は思っている。
 そんなことも思い考えもする、この精神機構(知能)の構成要素や本質も、目には見えない。
 だが、構成要素や本質は誰にも共通だ。誰もが直に経験し続けていることでもある。むしろ、意識し識別し思考している、それ自体に関することである。
 これを、理解し、浄化し、本来はどうなのかを理解することの方が、自分の場合はメインでもある。
 それらが反映されたり投影されていると思う場合などは、それらを理解するためにも格好の機会でもある。
 むしろ、それらを、文章化し、書き出し、引き出しもするわけだが、自分が撮った画像にも説明を添えずにはいられない。


ちなみに、自分好みの紅葉は……。



 人によって整えられ管理されているものは、その都合上、余計なものが育つと引き抜かれたりする。そんな場所は、自分は好まない。
 整えられ管理され見映えもいい庭園や公園などは、立ち入り禁止だったりする。そういう権利などで支配された場所も、自分は好まない。
 むしろ、長年、人が関与しなかった。かつて、下の方の沢に二頭の小熊がいた。そんな野性味のある世界が、自分の好みだ。
 本来の自分に戻りたい、という願望があるからなのだろう……。

 立ち入ることを拒みもしない。そういう世界だが、畏れながら立ち入る。
 それが許されている。
 そういう自然が存在する。それだけで、安らぎを感じる。
 もちろん、雑然としている。なのにである。
 なのに安らぎを感じるのは、自分の人生も、自分の記憶の世界も、雑然としているからなのだろう……。
 老化や死を余儀なくされることも、事実なんだから。

 もちろん、上辺を繕ってしまうと、大事なものを見失ってしまう。
 まして、上辺を繕っているに過ぎないのに、満足したり有頂天になったり慢心したりすると、これ以上は言うまでもないか……。

 里山の、雑然とした、いわば懐の中に入らせてもらう。
 雑然としているのだが、いろんなものが育つことも許されている。
 そんな懐の中で見れる世界を、撮らせてもらう。
 もちろん、自分の心の整理もしながら……。

 植物は、産まれる機会に恵まれ、虫などに食べられながらも、病気に侵されながらも、生きることを全うする。
 大きな樹が落葉すると、林の中にも陽が当たるようになる。
 主張することも無かった、誇示することも無かった、そんな美しさも輝きも見せてくれる。
 もちろん、自分の心の中でも育つものがある。



というわけで、紅葉も撮っておきたい。



 夏場は悪天候続きだった今年は、秋の訪れとともに早くから気温が下がった。
 なので、昨年よりは、鮮やかに紅葉することに期待した。

 台風21号の後の10月28日。晴天になった。
 早速でかけた。が、まだ葉が多過ぎて、林の中から撮る紅葉の撮影にも早過ぎた。
 林の中だけに、木々の葉が多いと、好天時でも暗過ぎる。
 紅葉の撮影のために手振れ補正機能付きレンズにしたのだが、樹木に寄りかかったり、カメラを持った腕を樹木に押さえつけたりしながら撮る。
 それでも、手振れしている。
 齢はとりたくないものだ。



20171028-紅葉-a




20171028-紅葉-b




 台風22号で、けっこう落葉したはずだ。
 10月31日。午後は晴れそうだったので、出向いた。
 三脚を使おうか、と思った。が、そんなことをしていたら、この季節は日が暮れてしまう。
 購入後、ほとんど使っていなかったモノポットを持って行こうか、とも思った。が、けっこうな急斜面を上り下りしたりするだけに、転倒したりもするわけだから、むしろ障害になりかねない。
 現地では、雲間から時々射し込む日差しを待つ状態だった。
 結果は、手振れ補正機能付きなのに、手振ればっかり。



20171031-紅葉-a




20171031-紅葉-b




 11月2日。朝霧。もしかして、今日は快晴か。今年、最後のチャンスかもしれない。
 野良仕事は、雨合羽を着てでもできる。が、自分が撮りたい紅葉は、好天であることが望ましい。

 理想は、例年なら、初雪が降って、かなり落葉してから、いわば晩秋に近い頃(11月に入ってから)の、残された紅葉を、林の中から撮りたい。
 好天であることが重要になるのだが、季節的に好天になることはかなり少なくなる。
 この季節的になると、太陽の明るさ自体が、かなり減少する。
 でも、樹高が高い樹が落葉すると、明るくなる。

 快晴だった。
 が、かなり落葉している……。



20171102-紅葉-a




20171102-紅葉-b




20171102-紅葉-c




20171102-紅葉-d




20171102-紅葉-e



 雨が降った後だけに、林の中で幾度も転倒した。
「おまえの運動能力の野性味が衰退している」と言われたような気さえした。
「でも、来年も来たい」
 10年以上も前、D200で撮った時よりも、更に好条件になる場合だってありえるはずだから。


 
応援アクセス、ありがとうございます。
応援アクセスに、とても励まされております。
好みや価値観は百人百様ですが、
それゆえの好刺激も戴いております。
老化と眼精疲労により、
相互応援アクセスは断念します。
拍手ボタン等は非表示中です。
プロフィール

kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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