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 生命生理は、自律して機能していて、生存の基礎であり、人生の根拠に相当する。
 生きていること自体が絶妙にできていることを直に経験し続ける知能も備わっていて、相応の学習もでき、上達し、基本動作や日常会話などは熟練する。
 約束やルールや信頼や尊重や愛や幸福などの目には見えないことでも理解し合えるようになり、よって協力し合い信頼し合い尊重し合えるようにもなる。
 しかも、理解は、無料で、誰でも可能だ。むしろ、売買すると崩壊する。
 以上の、普遍的なことや誰にでも共通することが、当ブログのテーマです。
 でも、進化・自身が形成された経緯・自身の生命生理などは、通常は知らない。
 直に経験し続ける知能や学習力や理解力をさえ、具体的に理解するとは限らない。
 知らないことだからこそ、想像もする。自分のことでも、勘違いし思い込みもする。
 自分以外のことに目を奪われると、自分を見失う。心まで奪われると、自分の人生も見失う。つまり、そういう状態に陥っていることに気づけなくさえなる。
 普遍的ではなく、共通でもなく、異なることほど、理解し合うことは困難になる。
 私利私欲を貪り、相殺して蝕み合い、競争で優劣を決め、転嫁し暴力で片づける。
 非理解、非協力、非信頼、非尊重、そういう非知的なことは、むしろ避けたい。
 いずれも、マスメディアが発達した現代では歴然としていることなんですから。
はじめに 更新2013/01/21
目次:無知の悟「俺は、異常ではなかったんだ、病気でもない」
主観的とは 客観的とは  客観的な考え方の特徴は  主観的な考え方の特徴は
「心を開く」とは 「心眼を開く」とは   「悟り」とは 2016/12/27
アルバム「普遍に臨む」  アルバム「趣味の園芸」  アルバム「その他」
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カテゴリ : 創作下書き 仮題「人生を語りに来た」

第四章 ◆事実に基づいていない考えだから迷う


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地の天候、5月になっても好転しません。どうしたの?

 新カテゴリー:創作の下書き 仮題「人生を語りに来た」
 当下書きは、今回で終了です。
 下書きだけに、整理不十分なる部分は未投稿で、重要な部分は非公開なので、当ブログに投降した内容の2倍近くを実際に書き出し済みで、自分が盛り込みたいことを初めて十分に書き出すことができました。
 今回の後半の、恋愛や結婚の信頼関係に関する部分は、予定外で、つい最近、調子に乗って書き足した部分なので、第五章にしようかと分別中です。

 明日24日は、従弟の田植えです。
 その後は、自分の家の冬の暖房用の薪の準備をします。

 当下書きは、しばらく熟成なり発酵なりさせて、腐るような部分はそうなるのを待ちます。
 その後、気が向き次第、削ったり、部分的な入れ替えをしたりしながら、実在感を出すための状況設定を書き加えてゆきます。
 文学的表現とは、無縁につき、残念ながら考慮不能です。
 いずれの段階でも、「創作として成立する」とを自分が納得できた場合、公募に応募してみるつもりです。
 もちろん、まだ自分の寿命があればの話です……




 自分のペース。自分の考えを大事にする。大事にするわけだから、間違っていた場合は、納得できるまで修正を繰り返す。これらが、とても重要だったことを確認できた。

 婆(母)は、自分では、やらない。言い訳や嘘まで吐き、騙し、回りくどい言い方をしてでも、俺にやらせようとする。
 俺が言いなりになると、婆(母)はいい気になる。上手く騙せたとでも思うのだろうか。
 しかも、事実を認めまいと強情を張り、逆上して俺の口封じをする。
 反省とか改善とか成長とか進歩とかは、無縁の世界にいる。

 でも、会話も成立しない、訳が分からない、そんな婆(母)を、俺は説得できない。
 いつのまにか「鬼婆。さっさと死ね。いつまで生きているんだ」と怒鳴るようにさえなった。
 巷では、母の日だと言うが、うちでは悪魔の日だ。
 が、俺が、自制が必要になった。
 婆(母)も、決して悪意でやっているわけではない。早い話が、訳が分からないだけだ。無視しても、とんでもない暴走をするとは考えられない。

 そうこうしているうちに、妄想や仮想の世界でだったが創作の下書きに集中できるようになった。
 結局、自分の手に負えないことは無視し、自分のペースや自分の考えや自分の人生を重視して、それらを優先させていた。


「まだ小雨だけど、今日は雨みたいだから、また来ちゃいました」
「大歓迎だよ、真由」
「ワラビも、採らせてもらっています」
「好きなだけ採ってよ。俺は俺で、野菜をやっている上の方から採っているから」
「うん」
「今年は、出始めたと思ったら、一気に伸びてきたけど、今年のワラビはどう?」
「雪が少なかったし、早く雪が消えた。だけど、寒かったからか、採り始めた日は去年と同じ。でも、豊作。大豊作かも。去年より、安いし」
「そうか。あそこの、以前は井戸だった所の周りに、俺が植えたシオデも芽も出てきているけど、あれはまだ採っちゃだめだよ。あれから種を採って、増やすんだから。増えたら採っていいから」
「シオデって、種からも育てられるの?」
「植物だから。しかも、どれにでも種が実るわけではなく、雌雄別だった。ネットで検索したら、一年目に根が出て、二年目に地上の芽が出る、って言う。だったら、やって確かめてみようじゃないの、っていうわけ」
「う~ん」
「井戸の周りに育っているタラの芽も、もう俺が切り戻したけど、来年は採れるよ」
「うちでも、タラの芽が生えてきた所がある」
「知ってる。あれも、切り戻しておくと、複数の枝が育つし、手が届く位置で採れるんだよ」
「やってみる」


「わたし、人生に関心があったんだけど、キー(喜助)と話したことで、わたしは人生に関することをほとんど知らなかったんだということが具体的に分かってきた。ほとんど知らなかったから、知りたいと思ったのかなあ」
「分かった。このあいだ予定にした、勘違いや思い込みに関する具体的なこと、今日、話そう」
「わたしは、聞くだけだけど」
「俺だって、勘違いや思い込みだらけだ。だからこそ、そういうことの解明や解決をしてきた。なので、相応のことだけは知っている。もちろん、誰かと話すようなことではなかった……」
「だから、わたしもほとんど知らなかった……」
「俺は、記憶に残っていることを整理したことで、あまりにも知らなかったことが具体的に明らかになっただけに、見た目を気にしない努力もけっこうしたし、他のことは二の次にした。結局、真由が知っている通り、貧乏暮らしだ。だから、自慢できるようなことは皆無だ。おまけに、昨年、ネット・オークションで落札した軽自動車、安かったが、見た通りで、これまでで最悪の傷だらけの車が届いた。あれが、俺の人生の最後の自動車になるかもしれないんだよ」
「でも、キー(喜助)と話したから、わたしも、自分の考えに関することだからこそ把握できるんだということが具体的に分かった。具体的に把握するほど、勘違いなどを改善もできるんだということも分かった。詳しく分かっていることほど、勘違いはしないんだということも分かってきた」
「うん。要は、自分の考えに関することを把握できると、自分で確認したり自覚したり改善したりすることも可能になる。当然に、そういうことが分かってくる知的基本的なことの方が、勘違いに関することよりも重要で、その知的基本的なことを理解できていれば、おのずから勘違いは激減する」
「うん」
「うちの婆さんには、それが足りない。でも、ガスコンロに火を点けた際に、傍を離れなくなったし、火を使うことも少なくなったからだが、鍋を焦がすことは無くなった。何度か話したが、あれ以来、『ボケてしまった』と言って絶望的になることも無くなった。だから、できないわけではないのに」
「うん」
「うちの婆さんとは、こういう会話が成立しない」
「……」
「子供の頃からそうだったからだろ、俺は、いまだに順序よく話せない」
「……」
「順序通りでなくてもいいか、真由も」
「うん」
「うん。そもそも、過ぎてしまった過去のことばかりを参考にして話すわけだから、順序通りにはいかなくても仕方ないよな」
「うん」
「うん」

「わたし、キー(喜助)と話したから、具体的なことは分かっていなかったんだということが、具体的に分かってきた。だから、そういう刺激が、わたしには必要だった、足りなかったんだと思う」
「うん。俺と話していることは、日常的には、話し合うことはまず無いから」
「うん」
「かつての俺も、自分の人生に関することを、考えたことも無かった。だから、ほとんど知らなかった。しかも、そうなんだということをすら分かっていなかった。でも、自分自身のことは誰でも直に経験し続けている。だからだったのか、自分のことは、知っている分かっていると思っていた。つまり、自分のことを、勘違いしたり思い込んでいたりした……」
「わたしも、そうだったみたい」

「でも、そもそも、知らないからこそ、知ろうとしたり、関心を持ったり、刺激を必要としたりするわけだよな」
「うん」
「まして、知らないので出来なくて困るような場合は、尋ねもするし自分で確かめもするし調べたりもする。だろ」
「そうだよね」
「誰にでも間違いや勘違いがあるものだと分かると、自分が間違っていないかとか勘違いしていないかとか確認したりもする」
「あ、もともとそういうことをしているのに」
「うん。でも、かつての俺は、自分が日常的にやっていることを、把握できていなかった。勘違いや思い込みに関する具体的なことも知らなかった。だから、勘違いや思い込みに気づきくことも難しかったことになる。だからこそ、具体的なことは知らないのに知っているとか分かっていると思い込んでしまったのだと考えられる。もちろん、それが勘違いや思い込みに過ぎないんだということにも気づけなかった」
「わたしも……」
「しかも、知っているとか分かっていると思い込んだことに関しては、知ろうとも思わなくなる。そうだろ」
「ああ……。わたしも、そうだったんだ」

「分かってから考えてみたら、誰でも自分自身のことだけは、直に経験し続けている。しかも、生理的には自律的に成熟し、成人と言われ、社会人にもなる。俺は、騙し合いでしかなかったが、異性関係も経験した。そんなことを基に、俺は、精神的にもすっかり大人になったと勘違いし、いつのまにかそう思い込んでいたのだと考えられる」
「うん。わたしもそう」
「でも、勘違いや思い込みに関することなどを具体的に知ったことに因って、以前も勘違いし思い込んでいたんだということも具体的に明らかになった。だから、それ以前には、ほとんど知らなかったこともあって、知っているとか分かっていると勘違いし思い込んでいるに過ぎないんだということに気づくことも容易ではなかったことも分かった」
「うん」
「同じように、具体的なことが伴わない、つまり見た目だけのイメージを基に、勘違いしたり思い込んだりしていたことも、次々に明らかになったわけだから」
「わたしも、キー(喜助)が話すことを、聞いて気づいているようなものだけど、だんだん分かってきている」
「うん。でも、こういうことって、自慢するようなことではないし、誰かと話すようなことですらない。そんなこともあって、把握できていなかったりもする。ということなんじゃない」
「うん」
「勘違いは的外れだということで、思い込みも事実とは違うことを事実だと思い込んでいるというようなことだ。そういうことの確認や自覚ができないと、その思い込みを基に考えたり、それを基に行動してしまったりする。もちろん、事実に基づいていない考えだから迷っているようなものだ」
「うん。自分の頭の中で思考の世界で迷っている」
「その通りだよ、真由。いいこと言うね~」

「キー(喜助)、酔ってる?」
「あ、バレたか。今日は雨だって言うし、真由が来るとも思っていなかった。だから……」
「いつもと違うから……」
「むしろ、自慢するようなことではない。他人と話すようなことですらない。そんなことの解明をやっているからなのか、むしろ歳だからかな、缶ビールから意外な元気を貰えることが分かったんだ」
「うん。わたしより、元気。だけど、まだお昼前……」
「他人に話すようなことですらないのだが、家族とか身内には分かっていてほしいとも思う。でも、うちの婆さんは、駄目だ。俺、けっこう協力しているつもりなんだけど、そうするほど、うちの婆さんはいい気になる。いまだに俺をバカ息子扱いしている。そんな婆さんでも分かるような方法を見つけたいものだとも俺は思う」
「……」
「あ、そういう話をする予定じゃなかった」
「ごめんなさい。わたし、気が利かなかった。わたし、有意義なことを聞けたから、何度も来たのに。わたしが、缶ビールとか持参するべきだった」
「いいんだよ、真由、そういうことは。俺は真由の爺さんに借りがある。だから、真由の役に立てれば、何よりなんだ。真由は、そういう気を使わなくていい。しかも、前にも言ったけど、俺、自分の健康管理は自分でしようということで、かなり前に缶コーヒーや缶ジュース類を止めて、2002年の暮れにタバコをついに一気に止めて、二年ほど前からは酒類も実は止めていたんだ。同時に、正月過ぎから春まではダイエットもするようになった。だから、そういう気は使わなくていいよ、真由」
「でも、呑んでるし、わたしよりも元気いいし。わたし、今度来るときは必ず持参します。キー(喜助)が飲んでる銘柄も、帰るときに空き缶でチェックします」
「そんなことは、無用だ。……けど、そこは真由しだい、ということにする?」
「うん。そうしてくれた方が、わたし来やすい」
「俺も、話せる相手が欲しい」
「じゃ、決まり」
「うん」


「このあいだ、真由も言ってた。『生きていても、後悔もすることもある』って。好いヒントをくれた。あの後でも、俺は考えた。だから、この話をしようか」
「うん」
「日常でも、不安にもなる、心配にもなるし、苦にもなる、後悔もする。俺は、山で『迷ったのか』と思ったときには、パニック気味になった。うちの婆さんは『ボケてしまった』と言って絶望的な様相になり、本当にボケてしまったのかと俺も思ったものだった」
「うん」
「ということは、死ぬとなると、どうだろう」
「え。死は、恐怖の象徴。恐怖の象徴が、死」
「そうだよな。でも、事実に基づいたことではなくて、想像や勘違いや思い込みが基でも、苦にもなるし、パニック気味にもなるし、絶望的にさえなる。だよな」
「たしかに、暗いいだけでも、危険を感じたり、急に怖くなったりもする。たしかに、想像しているに過ぎない段階なのに、そうなる」
「うん」

「俺は、山で『迷ったのか』と思った。でも、まだ想像の段階だとか勘違いだとかに気づけなかった。だから、焦ってパニックに陥りそうだった」
「うん」
「でも、ほどなく、迷ったわけではないことに気づき、『迷ったのか』と思ったのは想像や勘違いだと分かった。だから、無事に下山した」
「うん」

「うちの婆さんが『ボケてしまった』と言って絶望的な様相になったとき、俺も絶望的になりそうだった」
「うん」
「でも、うちの婆さんも、会話ができ、分別もでき、感情も機能していることが分かった。だから、『ボケてしまった』と想像し勘違いし思い込んでいるに過ぎないことも分かった。そうだったことを俺を自覚させたが、それによって勘違いや思い込みに過ぎなかったことも分かったからだろ、平常に戻った」
「うん」
「うちの婆さん、幾度か繰り返したが、いつも俺が同じようなことを自覚させ、平常に戻らなかったことは無かった」
「うん」
「その都度、俺は、平常通りに機能していることに関しても詳しくなり、勘違いや思い込みに関しても詳しくなり、説得力も増したからだったとも思っている」
「うん」
「しかも、もう何度か話したことだが、あの分かりやすい経験をした。婆さんでも、明らかに勘違いだと分かる内容だった。だから、勘違いでも苦にもなり絶望的にもなるんだということも分かりやすかったはずだ。俺も、分かりやすい格好の経験だと思った」
「うん」
「あれ以来、婆さんは、やらなくなった。あの頃よりは、うちの婆さん老化しているはずなのにだよ」
「うん」

「つまり、恐怖もパニックも絶望も、事実に基づいたことではなかったりする。ということだ」
「うん。まだ想像の段階なのに、そうであることを自分で判断できない。だから、恐怖を感じている」
「そうだよな。自分の考えに関することなのに、自分で判断できないと、考えが暴走することもある。つまり、『恐怖の象徴が死。死は恐怖の象徴』だったりするからであり、そうなるかもしれないからでもある。でも、まだ想像の段階でのことだ。ということだよな」
「うん。自分の考えに関することを把握できていないことも、恐怖の一因なのよね」
「そうだな。もちろん、恐怖感は、安全上重要なことでもある。でも、それとは別の話だ」
「うん。想像や勘違いや思い込みに過ぎないのか、事実に基づいた考えなのか、自分の考えに関することを把握できているかどうかよね」
「うん」


「俺は、高所恐怖症だった。なのに、実は、その事実関係や理由などはほとんど考えたことも無かった。だから、その事実関係や理由などはほとんど把握できていなかった。という事実関係をすら、実は分かっていなかった」
「うん。事実関係や理由などが分かった段階で、以前はそうだったんだということも分かる。そういうこと、わたしも分かるようになってきた」
「うん。ところが、屋根の雪下ろしの際に、ふと気づいた。落ちたら少なくとも怪我をするとか、場合によっては死んでしまうかもしれないとか、毎年ニュースになる屋根の雪下ろしに伴う事故などを、自分が想像して、自分で恐怖を煽っているようなものだった。しかも、気づいた当時は、高い所から転落した経験は一度も無かった。つまり、事実に基づいたことではなく、自分が想像していることを基に、恐怖を感じていた」
「分かる。自分が未知であることにも、想像が煽られる。だから、恐怖感が増すんだ」
「そうだよな。未知で、具体的な判断ができないから、想像してしまうわけだが、そういう状況上、危機的な想像をしてしまう」
「あ、そうか」
「経験をしていたから、その事実関係や理由が分かった。まさに、事実に基づいたことではなく、自分で想像して、それで恐怖を煽っていたようなものだった。そうだったことが判明したわけだから、アホらしいことだと思えた」
「うん。分かってみると、ちょっと恥ずかしい」
「うん。でも、事実関係や理由が分かったらこそ、事実に基づいたことではないんだということを自分で確認したり自覚することもできるようになったし、想像を基に恐怖を感じているに過ぎないんだとかも自分で確認したり自覚することもできるようになったし、場合によってはアホらしいことなんだとかも自分で確認でき自覚できるようになった」
「うん。分かる」
「つまり、恐怖感が生じている理由や事実関係を自分で確認したり自覚することができるようになったから、想像や勘違いや思い込みなどの類に基づいて生じていた分の恐怖感は減少した。もちろん、恐怖感は、安全上重要なことなので、その分の恐怖感は残った」
「うん。恐怖を感じていた段階では、想像を基に恐怖を感じているんだということをも把握できていないし未知だったから、恐怖感がリアルだったんだ」
「そういうこと」
「でも、想像を基に恐怖を感じていることなどの事実関係や理由が分かると、自分が分かったことは自分で確認や自覚ができるようになるので、自分の想像や勘違いなどに基づいた感情などは解消されるし、勘違いも改善されるんだ」
「だから、そういう風に説明することもできる」
「あ、そうだ」
「俺も、こういうことの解明を始めてからのことであり、屋根の雪下ろしの場合は冬に二度は行っていた頃のことでもあったが、具体的に解明するほど、自分で確認や自覚が可能になるので、改善される。このことを体験的に確認することもできた。だから、事実関係を可能な限り詳しく把握しようともしたし、繰り返し整理したから詳しくなった」
「うん」
「その結果、余計な想像は止めるようになり、梯子の上り下りにも集中できるようになり、屋根の雪下ろしにも集中できるようになった。もちろん、恐怖感は、安全上重要なことなので、その分は重視している」
「うん」
「でも、数年前の屋根の雪下ろしの際に、ついに屋根から落ちた。でも、無傷だった。雪が多かった年で、屋根から下ろした雪の上に落ちたから、胸のあたりまで雪に埋もれたけど」
「うん。その頃、その話をしてた」
「うん。話した気がする」

「話を戻すけど、想像や勘違いや思い込みを基にした心配や苦や恐怖やパニックなどは、自分の考えに関することを把握なり理解なりすれば、場合によってはアホらしいこと分かるから、当然にやらなくなる」
「うん。でも、わたし、知らなかったんだけど、そういう貴重な経験をしていて、それなりのことが記憶にも溜まっていいて、思考力や理解力は日常的に磨かれているようなもの。だから、記憶に溜まっていることを、思考上で整理するだけで把握でき理解できる。なのに、記憶に溜まっていることを整理するとは限らないので、把握や理解をするとも限らないんだよね」
「そういうことが分かってきたということは、そういうことだからだよな」
「うん。分かってみると、実にアホなことだったりする。肝心な自分の考えに関する弱点を把握できていなかったわけだから。でも、把握できた分だけアホなことを繰り返すことは減少する。なるので、そういうことをもっと知りたいと思う方に向かっている気もする」
「でも、アホなことに気づかせるわけだから、通常は他人には言えない。婆さんは、俺と親子なのに、認めまいと強情を張り、逆上して俺の口封じする。それでも、身内や家族には、アホなことを減少させられることは分かってほしい」
「うん。見た目を大事にし過ぎると、不都合なことや不利なことは知られまいとする」
「うん。知ったか振りをしているわけではなく、知っていると勘違いし思い込んでいるだけだったりもするが、それが独断的だったり偏見に近かったりもする」
「うん。単に、負けたくない、勝ちたい、優位に立ちたい、威張りたい、プライド、そんなものの方が先行してしまったりもする」
「となると、知らないとか、勘違いや思い込みとか、知的弱点は、不都合なことや不利なことになるので、知られまいとする。知られまいとすれば、そのことに関しては自分でも把握や改善は出来ないわけだから、それらは知的障害ともいえる。精神面は優れていて、理解力や改善力もあるのに、それらが、本人の考え方次第で使えなくなるわけだから。つまり、本人の考え方次第で知的面に欠陥が生じてしまう」
「弱点なんだけど、把握でき理解も可能なので、改善も可能でで、繰り返さずに済むようになれるのに」
「それだけじゃないんだよ。弱点を把握するとはいえ、把握することや理解することや改善することこそが知能の高度な面を発揮することである。それを発揮できてこそ、それを具体的に理解することも可能になるわけだから」
「え、弱点を把握する際にも、すでにそういうことをしているから、その事実関係や理由を把握することもできるし改善することもできる。そういうことができる事実関係や理由に関しても、事実関係や理由を把握できるということ」
「そういうこと。むしろ、真由は、すでにそういう領域に入っている。すでにそういうことをしているから、その事実関係や理由を把握することもでき、それなりの確認や説明もできている。が、整理が十分にはできていない、という段階だ」
「ええ、すでに事実関係とか理由を把握したりしているから、更にその事実関係や理由をも把握したり理解したりすることもできる、ということ」
「うん。すでに、知能の高度な面を発揮している。なのに、それに関することを具体的には把握や理解できていないだけなんだから。だから、そろそろ、俺が説明しなくても、真由は独自にそういうことを把握したり理解したりすることになる。そうであることは、俺が保証する」
「でも、わたしも、そんな気もしてきた。だって、なんか嬉しい」
「うん。もし存在するものなら、一言で分からせる方法を見つけたいとさえ、俺は思っている」
「それ、わたしにも使ってほしい」
「残念。それに関しては、手がかりすら、まだ無いんだ」


「缶ビール、もう一個あるんだ。外は雨だ。呑みながら話そう、真由?」
「え……」
「禁酒していた所為か、買い置きすると、呑みたいだけ呑んでしまう。だから、今日呑む分だけ買ってくるので、一個しか残っていないけど、呑みながら話そう?」
「ちょっとだけなら……」
「よ~し。じゃ、ちょっと待ってて。まずトイレに行ってくる。そして、簡単なつまみも作るから」
「ええ」

「ごま油、アスパラ、豚肉、卵、このうちのどれか嫌いなものあるか、真由?」
「嫌いなものは無い」
「山椒の芽があるんだった。山椒の芽は嫌い?」
「食べたこと無い」
「そうか。じゃ、豚肉味の山椒の芽炒めを作ろう」
「ええ」
「そういえば、このあいだ事故があった日。見通しの良い高い所から五人ほどの人が事故現場を見降ろしていた。その目の前に、食べ頃のタラの芽が十個近く有った。ところが、タラの芽を他と見分けられないという人が複数いた。あれには驚いた」
「ええ……」

「できた」
「ええ」
「ちなみに、俺が一番気に入っている銘柄とサイズは、これ」
「分かった」


「わたし、もういい歳だけど……、もういい歳だからなのかな……、恋愛とか結婚にもまだ関心がある……」
「大丈夫だよ。真由はまだ若い」
「もう歳よ」
「そんなことはない。いまは、みんな長生きだ。女は特に長生きなんだから」
「それはそうだけど……」
「諦めたら、そこで終わりなんだよ、真由」
「うん」
「俺は、長年やってきたことを、この歳になってもまだ諦めていないよ」
「うん」
「応援する……と言いたいところだが、俺は、女関係は騙し合いばっかりだったから、諦めるしかなかった。そういうことだから、有意義な話は全くできない」
「……」

「恋愛とか結婚に関する、男の人の考えとか気持ちとかは……」
「ん……。そもそも、男と女は、身体が違う。子供頃は、子供は当たり前のように外でオシッコをしていた。外で男の子が立ってオシッコをしていると、女の子が回り込んで覗いたりしていた。外で女の子がじゃがんでオシッコをしているのを、男の子もしゃがんで覗き込んだりもしていた。もちろん、子供頃は、スケベな気持ちや考えは無い。だから、純真な気持ちで、オシッコの仕方が違うのはなぜなのかを知ろうとしたり、男と女の身体が違うんだということを確かめたりしてしていたんだと思う」
「うん」
「やがて、衣服の上からでも、女の子の胸が小さく膨らんできたことが分かるようになる。男は男なりの性的成長を経験する。男の身体からは子供は産まれないが、女の身体から子供が産まれるようにできていることも知る。男は、単純に、女の身体に関心を抱き続けるんだと思う」
「うん」
「大人になるにつれて、女の方が肌もきれいだし、清潔にもしているし、自身を大事にもしている」
「大人になるにつれて、女性の方も、奇麗にしたり清潔にしたりするけど、男性の視線や気持ちを意識しているから……」
「それも、男は意識する。それが、自分に対してなのかどうかも気になる。結局、男の女への関心は増す」
「うん」

「でも、大人になるほど、興味本位なことや勝手なことは、できない」
「それは、駄目」
「そんなことをされたら、女は困る」
「うん。一般的に許されない。法律上でも犯罪扱いだし」
「その配慮が必要になる。だから、相手を選ぶし、どうだと許容してもらえるのか、女の気持ちや考えにも関心が向く」
「うん」

「犯罪か否かは、最低でも合意があったか否かが重要になると聞く」
「でも、合意の有無の違いだけだと、犯罪と大差が無い」
「俺もそう思う。性を売り買いすることを、肯定するとか、犯罪ではないことにする、そのための決め事なのか。とさえ思う。結局、合意さえあればいいとか、それぞれの気持ちや考え次第だとか、それぞれの自由だ、などということになる」
「……」
「当然に、単なる合意だけの軽薄な恋愛関係も成立する。俺の女関係もその類だった」
「……」
「合意どころか、金銭的に片づけたりもする。お金を稼ぐ目的のセックス産業もあるし、宣伝までするし派手で目立つし客引きまでする」
「……」
「でも、派手な結婚式や披露宴をやったのに、それは嘘だったのかと思うような関係だったりもするし、田舎でも離婚も珍しくなくなった」
「合意とかでは、その程度……」
「その程度のことで合意したということなんじゃないのかな。ハードルを下げると楽になるけど、そういうこととは違うよな気もする」
「でも、他人に対する見栄とかは、大事なことではないよね」
「俺もそう思っている」
「二人の気持ちや考え次第だけど、二人の気持ちや考えの内容が大事なんだと思うけど」
「そういうことになるよな。的外れなこと執着したり、我儘を主張したりしても、上手くいかないはずだし、高望みは自分でハードルを上げているわけだから」
「友達とか、その友達とかの話を聞いていても、話題は噂になるようなことばかりで、そういうのは嫌だ、って思うようなことばかり」
「ああ、十分にありえることだもの」


「むしろ、具体的な理由を基に間違いなく良いこととか正しいこととして公認されるような、そういう恋愛関係や信頼関係や子育てって……」
「俺は自分の勘違いや思い込みに関することを具体的に解明できたことによって、若い頃の女関係は騙し合いでしかなかったことも明らかになったわけだが、いま真由が言ったようなことが欠落していたからでもあった……」
「……」
「今年になって古いオーディオを復活させて、最近は歌謡曲や演歌などしか聴かないが、このあいだふと思った。ほとんどの曲の内容は、失恋だ。歌詞も、失恋なのに、美化していると思うような内容だ。なのに、これみよがしに尤もらしく歌い上げているんだ。と思った」
「ああ、いわれてみると、そんな感じがする」
「いま真由が言ったようなことは、むしろ影が薄いっていう感じだよな」

「具体的な理由を基に間違いなく良いこととか正しいこととして公認されるような、そういう恋愛関係や信頼関係や子育てって、無いのかな……」
「無いことは、ないんだと思う。そういうことになると、それなりのことを把握して、その条件を満たさないと成り立たない。ということなんじゃないかな」
「ああ。そこまで考えたことが無かった。けど、そうだったんだと思う」
「それなりのことを把握して、その条件を満たすと成立する。ということかもしれない」
「わたし、ああいうのは嫌だとか避けたいようなケースにばかり気を取られていたんだ」
「うん、そうなりたくないので、そういうことを気にしてしまうんだと思う」

「単純に考えても、子育てをするとなると、更に協力や理解や信頼関係が重要になるわけだよな」
「うん」
「しかも、女は自身から子供が産まれるわけだから、その子供は通常は間違いなく自分の子供だ。男は自分の身体から子供が産まれるわけではないので、女のような自分の子供だという確信は無い。そういう本質的な性質上、女が男の信頼性を重視する以上に、男は女の信頼性を重視せざるをえない。とも考えられる」
「うん。本質的な違い、分かる……」
「本気で子育てを前提にするほど、女の身体に関する関心よりも、自身を管理したり行動を左右している女の気持ちや考えの信頼性を重視せざるをえなくなる」
「うん。信頼関係が充実していれば、仮に子供が産まれなくても夫婦関係も続く」
「うん。そういう信頼関係になるほど、自分と関係する以前がどうだったかが重要な要素になる」
「うん。分かる。日常的にも、口先に騙されないために、以前の事実を参考にして、その可能性を判断する。やってしまったことは覆せないし……」
「テレビでは結婚後の浮気がよく問題になるが、一緒に暮らすようになってやることをやってから、信用できない、疑わしい、怪しい、騙した、そんな過去のことが浮上したということだよな」
「うん」
「暴力的で支配的だとか」
「ある。知っている。本人が嘆いてた。なんで離婚しないのって思う」

「世の中の夫婦を見ても、男がまとわりつくような美人ではなく、気持ちや考えの信頼性を重視したと思わされる夫婦は少なくない」
「スーパーなどで、仲良が良さそうに見えた夫婦って、そういう夫婦だったりする」
「表情が明るくて好い感じだよな」
「ちょっと羨ましい」
「ああいう人たちは、真由が言ったようなことを、把握できていて、その条件を満たせている、そういう人たちなのかもしれない」
「そうかもしれない」

「逆に、中古などを嫌うプライドが高い男だとなると、尚更、女が、自分と関係する以前がどうだったかを重視するんじゃないの」
「ああ」
「女を騙して弄んで捨てるとか、女をお金で買うとか、そういうことでもプライドを保っている可能性だってあるんじゃないのかな」
「……」
「セックス産業が成り立っているのは、女に対する不信感が男にあるからだとも考えられる。が、そういう男を見下しつつお金をいただいている女だっているかもしれない」
「……」
「いずれにしても、怪しいことや信頼できないことは決して少なくないが、それは気持ちや考えに因ることだ。過去や気持ちや考えは目には見えないだけに、嘘も吐くし、上辺を尤もらしく見せかけもする。軽々しいことは危険だ。だから、過去や気持ちや考えを重視するので、躊躇もする。これも、自然なことだよな」
「うん。他人の気持ちや考えは見えないし、身近でも変なことをしていたということが噂になったりするし、そうなりたくない。信頼関係を左右することだから」
「自然なことだ」
「うん」


「自然なことといえば、日常的にも、単に知らないことだというだけでも、好結果になる保証は無い。だから、軽々しいことは躊躇する。これも、自然なことだ」
「人は、いろんなことをしているんだということがニュースにもなるし」
「見た目だけで百パーセント判断するのは良くないが、相手によっては、接近することを避けたりもする。知っている人だからこそ、話すことすら嫌だったりもする。話したとしても、話す内容は限られる。だよな」
「友達は限られる。更に、親友は限られる。それ以上の関係になると、難しくなる」
「つまり、日常的にも、それなりの条件を満たさないと成り立たないこととか、それなりの条件を満たさないと好結果にならないことがある。そうであることを、日常的に重視している。ということになる」
「考えたことも無かったし、把握できていなかった。でも、たしかに、日常的にそうしている」

「俺も、男女関係から離れたことを考えたので、気づいた。接近するにしても、どんなことでも話せるにしても、それなりの信頼関係があってこそだ」
「あ……。日常的にも、信頼関係を重視している。その条件が満たされるほど、話す内容も制限されなくなるんだ」
「そういうことだよな。信頼関係上必要な条件が満たされるほど信頼関係は確かになる。だから、その先へも進展する」
「そうだったんだ。わたしは、騙さないとか、嘘を吐かないとか、約束は守るとか、そういうことが大事なことだと、思っているけど」
「そういうことだよ。ゲームやスポーツなども、ルールが分かっていてこそ楽しめる。ルールに反したということで、乱闘になったりもするわけだから」
「だよね……。同じようなこと?」
「うん。車の運転も、最低限のルールが分かっていることを認められて免許を取得した人同士が運転していると思っているから、あんなにスピードを出せる。でも、ちょっと油断しただけでも死亡事故になったりする」
「ええ……、みんな似たようなことだったんだ」
「つまり、日常的に、信頼関係や信頼性を重視している。だから、相応の重要なことを具体的に理解し合えているほど、それを基に信頼関係が成立している」
「そういうことだったんだ」
「だからこそ、それなりのことが可能になる。ということだ」
「日常的にしていたことなのに、考えたことも無かったし、話し合ったことも無かったので、把握できていなかったんだ」
「俺も。信用や信頼という視点では考えたことが無かったから」

「勘違いや思い込みに関しても、具体的に把握できているほど、具体的な確認や自覚なども可能になるので、それなりの思考や判断も可能になるわけだし、それなりの行動や結果に反映されるわけだよな」
「うん」
「信頼関係を確かにする場合も、日常的に信頼関係を重視していることを把握するだけで、同様のことが可能になる」
「ああ、勘違いや思い込みも、具体的に理解していると、理解したことを参考に自分で確認したり自覚したりできるから、改善もできる。それと同じようなこと?」
「うん。恋愛関係とかで信頼関係を重視するとなると、そういう日常的に行っていることや重視していることを具体的に理解し合えているか否かも重要になるんだと思う」
「うん。そういうことを具体的に理解し合えないようだと、むしろ信頼関係は成立し難い」
「むしろ、怪しいわけだろ」
「え……。あ、そうか。でも、そもそも日常的に重視していることも把握できていなかった。だから、信頼関係を成立させることができなかった。だから、その先も無かった。もしかしたら、怪しまれていたかも」
「大丈夫。真由が、怪しまれるようなことをしていなければいいんだから」

「そんなことを具体的に理解し合ったことによって信頼関係が成立した。となると、そういうことを重視していたということだし、それなりのことを理解できているとなると、相応の理解力があるということでもあり、信頼関係に反することはしないということでもあり、そういう相手を大事にするということでもある」
「ああー、そうなるんだね」
「そうなると、何でも話せるわけだし、協力もし合う」
「分かる分かる」
「協力するわけだし、信頼に反するようなことはしないし、そういう相手を大事にもするわけだから、身体に触れ合うことにも抵抗が無くなる。むしろ、一緒に暮らしたいとも思うんじゃないの」
「もともと、誰かとそうなりたいと思っているのかもしれない」
「そうかもしれない。猫も、仲良くなると、昼寝中でも、尻尾の先だけでも触れているし、接触していたがる。夜、一緒に寝ることを許可すると、布団の中で喉をゴロゴロし続けてなかなか眠らないほど喜ぶ」
「ええ」
「人は、日常的に重視していることなどを具体的に理解することもできるし理解し合うこともできる。そういうことを具体的に理解し合い、理解し合ったことを基に信頼し合い、そういうことを大事にし合って協力し合うようになると、どんどんそういう方に進んでゆくんじゃないの」
「夢のよう」
「もちろん、必要なことを具体的に理解し合って信頼し合って尊重し合い協力し合う同士なら、その子供は、理解し合って信頼し合い尊重し合い協力し合た結晶とも象徴とも言える存在になる。だから、子供が産まれてほしいと望むんじゃない」
「そこまで具体的には分かっていなかったけど、もともと、イメージ的にはそうありたいと思っているような気もする。そうありたいのに、そこまで具体的には分かっていなかったということなのかな」
「うん。いずれにしても。そういう条件が満たされていてこそ、産まれた子供を大事にもする」
「うん。そうだと好いとも思う。そうでありたいとも思う。でも、そこまで考えたことが無かった。だから、わたし、そこまで具体的には分かっていなかった」
「俺も、そういう経験はしたことが無い。騙し合いしかできなかったから、諦めたことだから。だから、いま言ったことは、確認できた事実でもない。つまり、他のことを参考にして、想像しているに過ぎない。だから、保証もできない」
「わたしも、確認できた事実ではないけど、そうありたいと思う」

「更に、子供の保護養育が必要だ。子供が成人するまで、二十年前後。義務教育が終わるまででも十五年。真由には、まだ十分に可能性がある」
「うん」
「それだけ、夫婦の信頼関係も重要になるわけだが、だからこそ夫婦の信頼関係が深まるはずだ」
「うん」

「更に、経済力が必要になる。それだけ、夫婦の信頼関係も重要になるが、だからこそ夫婦の信頼関係が深まることんいなる。この点でも、真由にはまだ十分に可能性がある」
「うん」

「わたし、昔の人はどうだったんだろうと思ったことがある。医学にしても現代とは比較にならないほど普及していなかったはずだし」
「昔の子供は、兄弟姉妹が沢山いた。でも、うちの婆さんや真由の婆さんの話を聞いていると、小さいうちに亡くなっている子がけっこういる。真由の爺さんの兄も、中学生の時に亡くなったという。つまり、もともと生存率が悪かったから、沢山産んだ。でも、進化上は、より健康で元気な子供を産む確率が高くなる」
「少子化は、進化上では退化に通じているの」
「そうかもしれない。人以外の生き物は、産めるだけ産んでいるんだとも考えられる」
「より健康で元気な子供を産む確率が高くなる。だから進化したのかな」
「それどころか、今でも、野生動物は、医学無しの世界で、子育てをしている」
「ああ、より健康で元気で生き延びた子が、子孫を残してゆくことになる」
「猫の親が子育てを放棄した子猫と、出産して数日後に親が死んでしまったがまだ生きていた子猫の面倒を見たことがあったが、どっちも俺は育てられなかった。こういうことからも、生き物自体が生理的に絶妙にできていることが分かる」
「うん。人の理解力を超越している。人工的なものでもない」
「野生動物は、託児所だとか保育所だとか幼稚園だとかも無いし、そもそも子育てを他人任せにはしない。それどころか、自分の子供を守るためには、自身が怪我をしているように見せるようなな行動もするし、命がけで反撃もする」
「あ、そういうことに関しても、人は勘違いしたり思い込んだりしているの」
「それもありえる。生命生理自体が絶妙な秩序に基づいて自律して機能していることになり、人の理解力を超越しているわけだが、下等動物などと言うし相応の扱いをしているわけだから」
「目には見えないほど小さいウイルスに、翻弄されているのに」
「まさにそうだよな」
「幸せとかも、テレビでやっているようなことではない?」
「人以外の生き物に目を向けるようになってから、人は、私利私欲優先、経済優先、そういう文明文化を推進してきたんだと、俺は思うようになった」

「そもそも、俺は、三十歳を過ぎるまで、自分の考えに関することでさえ把握できていなかったし、把握できていないんだということをすら自覚できなかったんだから」
「わたしも、やっと分かってきた」
「自分の勘違いや思い込みに関することが具体的に分かったのは、三十歳を過ぎてからだった。真由が言ったように、自分の頭の中で思考の世界で迷っていたようなものだった」
「そうだったことも、わたしもやっと分かってきた」
「自分の勘違いや思い込みを改善できるようになり、自分の考えを事実や事実関係などに基づいて整理するようになった。だから、こういうことも分かるようになった」
「うん」
「でも、記憶を整理することだっただけに、二十歳代の俺は騙し合いばかりだったことも具体的に明らかになった。異性関係は諦めざるをえなかったというより、勘違いや思い込みの解明を優先するしかなかった」
「でも、キー(喜助)が言ったことを、わたしはまだ具体的には理解できていなくても、信頼関係は日常的に重視していたんだということも、それは日常的に経験していたことだったんだということも、具体的に分かった。だから、そういうことは理解し合って、それを基に信頼し合って、そういうことを尊重し合って、協力し合うことが大事なんだ、ということくらいは理解し合う必要がある。それが大事なんだって、わたし思えてきた」
「うん。たぶん、的の中心には当っていなけど、的からは外れていないと思う」
「信頼できる。その先は、まだ夢の世界だけど」
「諦めるな、真由」
「うん」


「……わたし、トイレ」
「ああ。水洗じゃないよ……」
「うちも、数年前まではそうだった」
「うん。そこの戸を開けて、その先の戸を開けると、そうだから」
「うん」


「キー(喜助)は、若い頃には、勘違いなどに関しても知らなかったわけだから、悪意ではなかったのよね」
「もともとは、好意だった。でも、さっき話したことは三十歳を過ぎてから分かったことであり、異性関係があった二十歳代にはああいうことを考えたことすら無かった。だから、二十歳代には把握できていなかったが、異性関係は勘違いや思い込みだらけだった」
「……」
「当時は具体的なことは把握できていなかったが、経験した際の残像は記憶に残っていた。しかも、勘違いに関することを具体的に分かった。更に勘違いを解明したり理解を深めるためだったが、記憶に残っていたことを整理しただけに、二十歳代の異性関係は騙し合いに過ぎなかったことも明らかになった。でも、勘違いに関しては更に詳しくなった」
「ああ……」

「俺は、女が笑顔で愛想良くしただけでも、俺に気があるのかなって思ったりする。でも、『バカみたい』って言われるほど、俺の勘違いだったりする」
「とりあえず愛想良くする人っている。八方美人」
「いつのまにか近づいて支障の無い話をするようになっただけなのに、仲良くなれた気がしたりもするし、良い人だと思ったりもする」
「それは、わたしも、ある」
「俺は、言葉で確かめず、手を出して彼女に触って、彼女がどういう反応をするかを見て彼女の気持ちを確かめる方だった」
「痴漢……、犯罪……」
「そういうことは、無かった。気がありそうだと思えるようになってから、手を出して確かめるわけだから」
「……」
「女も、俺の手を押さえて『駄目』とも言うが、触っている手を抑えつけたまま払い除けなかったり、怒っているわけではなく笑顔だったりもする」
「……」
「女も、先になって暗がりに向かったり、人気が無い方に向かったり、人気が無い方から顔を出したりして、誘う」
「……」
「もちろん、日常的にも重視しているはずの肝心な信頼関係に関する具体的なことは、把握できていなかった。なのに、雰囲気だけで信頼し合えているような気さえしたりした」
「うん。もともと誰かと好い関係になりたいという気持ちがあるんだと思う。でも、日常的に重視しているのに、その肝心なことは把握できていない。なので、上辺だけのイメージを基に想像するし、上辺だけを比較したりもする。それを想像に過ぎないんだと自覚できないと、事実だと勘違いしたり、思い込んでしまったりする、ということよね」
「おお~、真由も分かってきたね~。そういうことばかりだった、というこということになる。しかも、真由が言ったように、もともと誰かと好い関係になりたいという気持ちがあるからだとも思えてきた」
「うん。誰でもそうなんだと思う」
「結局、肝心な把握が欠けていて、上辺だけなのに、仲良くなれた気がしたり、悪い人ではないと思ったり、信頼できるとさえ思ったりする。すると、相手を悪い人だとは思うまいとするし、相手を疑うようなことも考えまいとするようになる。もちろん、自分も良い人であろうとる」
「肝心なことが欠けている、妄想……。なのに、信じようとする」
「うん。上辺だけの、見せかけだけだ。でも、そうだということも具体的な把握はできていなかった。しかも、一見、悪いことではないようにも見える。だが、日常的に重視していることを理解し合ったわけでもなく、理解したことを基に信頼し合うわけでもなく、協力し合うこともなかった。つまり、安易な私利私欲のためであり、そのために都合よく思い込もうとしているようなものだった」
「一見、良いこととして捉えてしまって、思い込む方に向かってしまう?」
「そういうことだ。思い込むと、それに基づいた行動もする」
「うん」
「最低限のことを理解し合うでもなく、信頼し合っているわけでもなく、そういうことが大事だとか必要だということをすら理解し合っていなかった。だから、上辺だけ大人振ったり尤もらしく見せかけたりするしかなかった」
「……」
「結局、背景的な条件を満たしていないのに、子供が産まれるようなこともする」
「あ、もともと誰かと好い関係になりたいという気持ちがあるので、背景的な条件を満たしていなくても、信頼関係が成り立っているような勘違いや思い込みをして、それを基に、そこまで行ってしまう。ということ?」
「そういうこと。でも、本来は理解し合い信頼し合ってこそ行うことをしているので、信頼関係が成立しているからそうしているような勘違いをさえした」
「ああ、結果的なことだけは、同じことをしていたから」
「うん。でも、仕事でもそういうことは通用しない。日常的でさえ、さっき言ったようなことを重視している。しかも、理解力がある。結局、上辺だけ尤もらしく見せかけていることは、嘘や騙す類だとか、騙し合いだとしか思えなくなった。上辺だけ尤もらしく見せかけることは限界に達した」
「……」
「責任のなすり合いや痴話げんかになりそうになったので、そうなる前に終わりにして、むしろお互いにまだ若いんだからもっと相性の好い相手を見つけよう、などということで関係を終わりにした」
「……」
「そしたら、彼女が『男の人はエッチなほうが好きなんだと思って、わたしも尤もらしく見えるように頑張ったけど……』って言う」
「……」
「たしかに、俺もそうしていたこともあって、彼女もそうしているのではないかと思ったことが幾度かあった。でも、彼女はスケベなことが好きなんだと思い、俺も尤もらしく見せかけていた」
「いろんな勘違いや思い込みがあった」
「肝心なことが欠けていたわけだから、ほとんど勘違いや思い込みだったことになる。そこまでしてたんだから、良い方に持ってゆけば良かったのに、そういう知恵や知識は無かったわけだから」
「……」
「だから、その後も、結局、騙し合いだったどころか、異性関係がだらしなくなっていった。結果、スケベだった」
「……」

「初めてそういう関係になった彼女が、『初恋の人と結ばれるとは限らないわけだから』と言って、俺もなるほどと思った。世の中には、さまざまな男女関係があることも事実だ。つまり、一見、同じようなことをしているようだが、さまざまな意図や思惑や目的に基づいて、それぞれ違うことをしているようなものだ」
「人は、想像もするし、だから勘違いもするし、思い込みもする。そんな数だけ、さまざまな男女関係がある」
「うん。野生動物は、本能的に子育てまでするので、みんなそうする。でも、人は事実に基づいていない想像や勘違いや思い込みなどに基づいたこともしてしまう。事実に基づいていない想像や勘違いや思い込みだからこそ、さまざまな男女関係があり、セックス産業まである」
「恋愛とか結婚だけは、アホなことはしたくない」
「それ、大事なことだよ。一旦、軽薄なことをしてしまったとなると、信頼関係は一層成立し難くなる。だから、上辺だけ尤もらしく見せかける方に向かったりもする」
「うん。気づく以前に信頼関係からは堕落し始めるんだ」
「おお、いいね。その通りだ。過去の事実は、覆すことはできないわけだから。把握できたときには、すでに手遅れだったりする」


「雨、けっこう降ってきた」
「うん。外での仕事はダメだ。この時期は、雨が降るたびに緑が鮮やかさを増すけど」
「うん。わたしも、けっこう分かってきた。だから、もっと話して」
「同じことの繰り返しになるけど」
「繰り返すと、再確認もできるので、詳しくなれることも、分かってきたから」
「うん」
「ちなみに、このあいだも言ったけど、俺が話したことを全て憶えようとする必要な無いんだよ。俺が話していることは、考えに関することで、しかも基本的なことは誰にでも共通することなので、真由があちこち気づいただけでも真由は自分のことに気づいたに等しい。それが真由の記憶に残るわけだから、相応の確認や自覚や思考などが何時でも何処にいても可能になる。そのことに関しては独り歩きを始めるはずだから」
「うん」
「だったら、基本的なことを話してみる?」
「うん。話して。教えて」

 
 
カテゴリ : 創作下書き 仮題「人生を語りに来た」

第三章 ◆事実に基づいた考えには迷いが無い


 たくさんの応援アクセス、ありがとうございます。

 当地。4月30日、気温20度を超え、暖房は不要になった。
 連日、気温20度を超えた。
 5月3日、4日、最高気温28度。冷風機試運転。
 山菜たちが一気に成長。でも、例年より遅れ気味。雪は少なかったのだが、4月の悪天候ゆえか。
 5月6日、朝の最低気温0度。快晴。
 5月8日、タラの芽、初収穫。今年の出来は見事。
 やっと、この時期の当地に相応しい季節感が出てきた。
 5月9日、トウモロコシ、直播き。食べ頃になる前に、タヌキ対策必須。

 
 
 
 実生活では、理解者も、応援してくれる人も、誰もいない。
 そんなこともあってか、真由が本当に缶ビールを持参するのではないかと、ちょっと期待した。
 もちろん、俺の妄想に過ぎなかった。
 あの日は、真由はほとんど会話せずに帰ったわけだから。呆れて帰ったようなものだったかもしれない。
 雪が消えてしまう頃だったから、仕事も忙しくなったはずだ。

 俺も、妄想は、終わりにするか……。

 でも、文章にして整理することは、長年やってきた。会話よりは、明らかに整理し易い。
 今回は、きっかけを、真由が実際に用意してくれた。俺も誰とも語り合ったことが無い、「人生を語りに来た」。素材として使える事実も豊富だ。
 創作は俺にとってはかなり難しいことであることが分かったが、未熟な俺が成長するためには、好機だ。むしろ、めったにない好機だ。だからこそ期待もし、時間や労力を費やすることもできた。
 諦めるな。

 母もそうだが、何をすればいいの分からなくなってしまったかのようにウロウロしている老人を見かける。
 あれは、高度な知能が備わって産まれた人という生き物の理想的な終末だとは考え難い。

 やがて死ぬことを思うと、要らないものばかりが明らかになるが、他界に臨む際にでも成立する期待や希望も見出したい。ここまで可能性を捉えることができている。このことが大事なのだ。
 自分の場合、母が先に死ねば、自分が死ぬ際には遺族はいないわけだが、本来は遺族を安心させるだけの具体的なことを死んで逝く側から説明できることの重要性も分かっている。
 一年ほど前に目の前で死んでいったモコちゃん(猫)に、死んで逝くときの家族の信頼関係の重要さにも気づかされ、そこそこ具体的に知り得ている。
 あとは、更に具体的なことを模索して捉えるだけだ。
 生理的には爺だが、精神的には未熟なんだから。

 よし、妄想を続ける。
 未熟さを育てるためなら、安易な方法も許す。
 個人的なことなんだから、自分を甘やかすことも許可しちゃう。
 個人的なことなんだから、禁酒は、解禁だ。缶ビールは自分で買ってきて、自分で気を良くして、自分で頑張る。
 ただし、500mlを2本だけだ。だよな。それ以上は駄目なんだよな。
 自分の精神管理ができていること。これが最優先だから。


 ああー、久しぶりのビール、まさに美味だ。
 一緒に買ってきたコンビニのこの唐揚げ、この色は何度も揚げたからなのか濃過ぎる、衣も厚い、味付けも俺の好みではない。
 唐揚げは、母が作ったものの方がよっぽど美味しい。母が作るのは、唐揚げとは言わないのかな……。醤油の下味をつけておいた鶏肉に、片栗粉をまぶして揚げるだけだ。揚げたてを食べるのが美味しい。が、冷めても十分に美味しい。
 あの唐揚げも、母は作らなくなって久しい。

 先日、久しぶりに、俺を一蹴した。
「なんと言われたって、かまわない」
 いまだに俺をバカ息子扱いして、聞く耳を持たない。
 でも、俺は言い方を変えた。そんなこともあって、母は反省したのだと思っていたのに……。
「そんな考え方は止めろ。いい加減なことばかりだと、火事にだってなるんだから。火事を出してしまうと、言い訳や嘘はまったく通用しないんだよ。そんなことが分かったから、火を使うときは傍を放れなくなったんだろ。ちゃんとしたことも、おまえはできるだろ」
 とは言うが、九十歳半ばの母は、既に他のことを考えてボソボソ言い、聞く耳持たず、聞こえない振りまでし、会話にはならない。
 そんな母に、かまっている余裕は、俺の人生にはもう無い。

 馬鹿な親の下に産まれて、精神面は成熟していない俺は、些細なきっかけや妄想を活用してでも、自分をまだ育てなければならないのだ。


「真由」
「ん?」
「今日は、『ちょっと人生っぽい』そんな話をしてみようと思っているけど」
「うん」
「生存上のことは、どんなことでも人生の一部だとも考えられる。だから、前に話したこととも、重なる。単に違う角度から捉えただけのようなものだ」
「うん」


「植物も野生動物も人も、生理面は自律して形成されて自律して機能している。人が生後に知り得たことを以て創ったものではない。盆栽や山野草などを始めた際に分かったことだが、植物を枯れ死させずに健康を維持して楽しむためには植物の生理や性質を理解することは必須だが、目には見えないことでもあるだけに、簡単には理解できない。そういうことからも、高度で絶妙な秩序に基づいて自律しているんだということは分かる」
「うん」
「ちなみに、具体的な知識が無いがゆえに、高価なものほど枯れ死させまいと思う先入観が先行し、知識が無いがゆえに水をかけ過ぎるなどの余計なことをしてしまい、衰弱させたり、再起不能になったりもする。そんなことからも、生命生理は自律して機能していることが分かる。根や葉などには、それぞれの植物によって異なる性質がある」
「うん」
「つまり、目には見えないが、植物の種類毎に根や葉にも性質があり、それを無視ししたり適さないことを行っていた管理者の側の知的問題に因って、植物が衰弱したり枯れ死させていまったりするんだということも分かる」
「うん」
「人の場合は、目には見えないんだが、直に経験し続けている経験上で分かる範囲の自身の生命生理を、未理解だったり、無視したり、自身の生命生理に適さないことを行ったりもする」
「ああ……」
「健康管理がままならなかったり、暴飲暴食をしたり、自殺したりもするわけだから」
「そうだよね」
「いわば、目には見えない事実も存在する。しかも、直に経験し続けていることだったりする。会話では過去のことでも話題にできるし理由やルールも理解できるわけだから、目には見えないことも思考上では捉えることができる」
「うん」
「そんな、解剖や実験などは不要なレベルの話だ」
「うん」


「個人的な生理面は、誕生から死亡で終わりだが、誰でも共通することばかりだ」
「うん」
「人の場合はそこそこの知能も備わって産まれるだけに、自律して機能している生理面の方が自分の理解力を超越しているほど巧妙にできていることも、誰でも直に経験し続けていることになる」
「うん」
「生理的な誕生から死亡までは、生後に知り得たことを以ては変えようが無い」
「うん」
「生後に知り得たことを以ては、変えようが無いし、理解も困難だし、健康管理もままならない、この生理面が人生の基礎だと、俺は考えている」
「うん。わたしも、そう思う」

「生命生理は自律して機能しているからこそ、通常は具体的なことは未理解でもかまわない。自身を解剖するわけにもいかないし、自身で実験するわけにもいかないので、生理面を理解すること自体が難しい。そんなこともあって、経験上で知り得る生理面のことをさえ、未理解だったりする。誰にとっても自身のことであり、共通なことも多いのだが、生理面を話題にすることはほとんど無い。そうだろ」
「うん。こういうことを、わたしは、キー(喜助)と初めて話すわけだから」
「俺も、誰かと話したことは無い。この話題を、真由が持ってきてくれた。だから、俺も、人生に関することを真由と初めて話している」
「うん」


「知的面は、誰でも会話ができるようになるわけだから、相応の理解力を誰でも発揮するようになっていることになる。ここまでは誰にも共通だから、理解力を発揮するようになることが知的面の基本的なことだ。俺は、そう考えている」
「うん。誰でも出来るようになるわけだし、その基本的なことだから」
「本人がどういうことを知っているかとか、どういうことが出来るか、それに行動が左右され結果が左右される。つまり、その生後に知り得たことを以て、生存を維持管理している。自身のことに関してもそうだが、盆栽や園芸をやる場合でも、その人が知り得た内容に行動や結果が左右される」
「うん」
「ということは、誰でも会話できるようになり相応の理解力を発揮するようになる知的面の基本的なことは、人生の基本だとも考えられる」
「うん」
「むしろ、その人が生後に知り得た内容に、その人の人生が左右される。そう言っても過言ではないと思う」
「うん」


「ところが、その人生の基本と考えられることも、誰にでも共通な知的基本的なことも、誰にでも理解力を発揮するようになることも、誰でも理解するとは限らない」
「うん。わたしは、知らなかった」
「そもそも、俺こそが、このあいだ言ったように、三十歳を過ぎてから知った」
「うん。このあいだキー(喜助)が言っていたように、義務教育だけでも九年。しかも、学校では違うことを教える。宿題も出す。それを憶え成績が良いことを優れたことであるかのように表彰もする。そんなことも、初めて具体的に知った。いろんなことが共通なんだということを具体的に知ったのも、初めて」
「俺も三十歳を過ぎてから、なぜ知らなかったのかと考えてみたから、このあいだも言ったように、経験や学習の性質上、影響も受けやすいこともあって、どんなに重要なことを知りそびれていても不思議なことではないことも分かった」
「うん」

「しかも、会話ができるようになり理解力を発揮できるようになれば、日常的には用が足りる。だから、理解力を発揮するようになったことを、具体的に理解する必要は特に無いわけだから」
「ええ~」
「誰でも会話ができるようになり理解力を発揮するようになる知的面の基本的なことが誰にでも共通であることも、具体的に理解する必要は特に無い」
「言われてみると、知らなくても不思議なことではない……」

「でも、生存上の基礎ともいえる生理面に関しても、個人毎に直に経験し続け、最も多く経験し続け、経験上では最も直接的で具体的なことが記憶に溜まる」
「あ……」
「生後に知り得たことも、言葉に関しては片言で話し始め、微調整をしただけ上達し、文法を憶えただけ説明が上手になり、『なぜ? どうして?』というほど理解力を発揮するようになる。その後、日常的に思考力や理解力は磨かれると言っても過言ではない」
「うん……」
「特に、考えに関することは、行動を左右し、結果を左右し、それゆえに一喜一憂することだけに、把握できていないと大変なことになったりもする」
「うん、要な部分だ……」
「うん。特に考えに関することは、本来は何よりも詳しくても不思議なことではない。それだけの条件が自ずから整う。そういうことだとも考えられる」
「ええ……でも、知らなかった」
「俺も、知らなかった。このあいだ言ったように、二十七歳になって人生を左右する重要なことに、幼児たちに気づかされて知った。その後、三十歳を過ぎてから、人生を左右するほど重要なことをなぜ二十七歳になるまで知らなかったんだろうとも考えるようになった。そして、知らなかった理由として、いま話していることを次々に知ることになったわけだから」
「うん……。知らなくても、不思議ではないということでもある」
「うん。そういうこと。でも、知らないと大変なことにもなる。当然に、知っていた方が得だ。そういうことでもある」
「あ……、大事なのは、そっちだ」

「誰でも共通で生存上の基礎ともいえる経験上の生理面に関することを未理解で、しかも誰でも共通な生後に知り出来るようになった基本的なことも未理解だ。となると……」
「え……」
「生後に知り得る以前から存在している優れていて誰にでも共通する面を未理解だということになり、生後に知り得ることよりも優れていて誰にでも共通する面を未理解だということになる」
「あ……」
「生存の維持管理をしている基本的なことも誰でも共通で、誰でも理解力を発揮するようになっているのに、そうであることを未理解だと、基本的なことや理解力を発揮するようになったことを、尊重することはできないし、配慮したことをすらできない」
「わたしも、知らなかったから、できていなかった」
「真由。かつての俺は、自分自身に対してさえ、そうだったわけだから」
「え、わたしも。直に経験し続けている自身のことだけに、知らないだけなのに、損をしていた」

「しかも、誰にでも共通な基本的なことを未理解な場合は、生後に知り得る内容は個人毎に異なることばかりになる」
「ああ、会話にならないことばかり」
「うん。となると、好みや価値観は百人百様になる。だから、理解し合えること自体が限られる」
「うん。遊び友達でさえ限られる」

「知的面には、間違いや錯覚や勘違いや思い込みなどもある。これらは、意図的なことではないので、誰にでもありえる。錯覚や勘違いや思い込みなどに関することも、行動を左右し結果が伴うし一喜一憂する。なので、記憶に残っている関係することを整理すると、勘違いはどういう場合に生じるのかとか、それぞれの異なる特徴などを、具体的に理解できる。理解できたことは記憶にも残り、その知識を参考にして考えることも可能になるので、自分で勘違いしているか否かなどを確認することもできるようになる。しかも、そういう考えの弱点に関することを、語り合うことも理解し合うことも可能になる」
「うん」

「でも、未理解だと、自分が勘違いしていたり思い込んでいることに気づくことすら難しい。しかも、そういう考えの弱点に関することは、語り合うことは無いし、その改善を語り合うことも無い」
「そういえば、話し合うことで、勘違いしていたことに気づいたりすることがある。でも、気まずかったりする。だから、どういうことが勘違いで、勘違いはどうして生じるのかとか、そういう具体的なことを話したことは無い。だから、具体的なことは知らない」

「独断とか偏見とかもある」
「うん」

「そこの隣の隣の婆さん。散歩代わりなのか、よその家に行っては、その場にいない人の蔭口や悪口を言って、行く先々で嫌われているって、真由の婆さんから聞いたんだけど」
「うん。うちの婆さんの所にも来るのよ。うちの婆さんの友達の所にも行っている。うちの婆さんとは、同じ曜日に同じ病院に行っている。たぶん、皆に嫌がられていることを、本人は分かっていないのよ」
「そうだと思う。もちろん、嫌われるようなことをしているわけだから、尊重し合えていない。それでも、自分がやっていることが、そういうことなんだということを、自分で分かっていないんだと思う」
「そうだよね」
「むしろ、他人をバカにしているわけだから、自分はいい気になっているのかもしれない」
「あ、そういうことか」
「以前は、うちの婆さんの所にも来て、上下が逆なくらいの他人の悪口を言っていることは、俺も耳にしていたし、うちの婆さんから聞いていた。ということは、よそに行くと、うちの婆さんが悪口を言っていると考えられる。だから、うちの婆さんにも、そう言って『来ても相手にするな』と言った。その後、うちには来なくなった。うちの婆さんが何と言ったかは、俺は知らない」
「チクッと刺さるようなこと、言ったのかな」
「そこまでは、分からない。が、独断とか偏見とかになると、共通性も薄れるわけだし、独断自体や偏見自体に関して話し合うことはますます無くなる。というより、言及されると都合が悪いので、それなりの振る舞いをする」
「……悪口に参加しないだけで、その人を警戒して近づかなくなり、よそへ行って自分が警戒している人の悪口を言うのかも」
「それはありえる。しかも、反省や改善をしない人に、問題点を指摘したり言及したりすると、拒否し強情を張り逆上して相手の所為にしたり相手の口封じさえする。そういう目に合ったことがある人は、そういう展開をすることも予想できるから、口出しもしない」
「そうだよね。さまざまな理由があって、知らなかったり語り合うことが無かったりするんだ。誰でも共通なことで、誰でも直に経験し続けている優れた面を、理解し合えていないし尊ばれていないし発揮されていない……」
「そういうことになるよな」
「うん」

「でも、もともとは直に経験し続けている自身のことだったり、自分の考えに関することだったりするわけだから、他人には見えないことだが、本人は分かっている。独自に理解できることでもあり、本人が一番詳しく知っていてもいいことだとも言える」
「そうだよね。本人が考えてそうしているわけだから……」
「他人の悪口を言うだけの思考力や理解力があるわけだから、自分が嫌われ馬鹿にされるようなことをしていたことに、やがて自分で気づく。しかも、いい気になっていた。となると、気づくと大変なことになる」
「……」
「反省や改善をしないで、否認し拒否し強情を張り逆上して相手の所為にしたり相手の口封じさえする人が、自分が嫌われ馬鹿にされるようなことをしていたことに気づくわけだから」
「……」
「気づいても、他人の所為にしようとするので、被害妄想的になる。会話できるだけの思考力や理解力があるからこそ、狂気的様相を呈する」
「反省や改善はしようとしないから……」
「そういうこと。反省や改善が必要なのに、そうしようとしないだけだ、ともいえる」
「うん……」


「個人的にも、生後に知り得た内容次第では、健康管理もままならなかったりする。暴飲暴食もする」
「自律していて、普段は未理解でもかまわないから、疎かにしている。何かあったときは、病院に行く」
「俺も、そうするしかない。つまり、生きていることを、生後に知り得たことを以て維持管理していることになるが、生後に知り得たことは実に頼りないということでもある。そうであることも、誰でも直に経験していることになる」
「うん。いろんなことで不安になるもの」
「それも、そういうことだよな。俺は、直に経験し続けていることなんだということをすら把握できていなかった頃は、的外れな勘違いをしたりして大変だった」
「うん。キー(喜助)が手伝いに来てくれて、何度か言った話。お婆さんが『ボケてしまった』と言って何度も落ち込んだものだけど、いつも勘違いや思い込みだったと言っていたので、勘違いや思い込みに関することを具体的に知りたいなって思ってた」
「うん。分かった。でも、勘違いや思い込みに関する具体的な話は別の機会にする。ま、いま簡単に言うと、肝心な事実を具体的に詳しく知っていることほど、具体的に的確な判断ができるわけだから、そのことに関しては勘違いしないし思い込んだりもしない。つまり、事実が不明なことだと、推理したり想像したりする。その推理や想像上のことであり、事実とは違っているのに、そういうことに気づかないと、その想像上の事実とは違うことを事実として考えを展開したりする。自分がそうしていることに気づけないと、その事実ではないことを事実だと勘違いしてしまう。勘違いであることにも気づけないと、事実だと思い込んでしまったりする。思い込んでしまうと、それに基づいた行動をしてしまったりする。ま、生後に知り得たことは頼りない話をしているわけだから、勘違いなども含まれるわけだが、具体的なことは、今度にしよう。経済社会には、目を奪い、心まで奪い、私利私欲を貪る詐欺と大差が無いようなものこそが溢れているわけだから、騙されないためにも大事なことなんだ」
「うん」
「生後に知り得たことは頼りない話に戻るが、真由の爺さんが死に、その前に俺の爺さんが死に、俺の爺さん兄弟は六人だが四人死んでいるし従弟も三人死んでいる。なので、死に関しても早くから考えてきたが、俺も歳だ。個人的には死ぬことで終わりになるわけだが、生後に知り得たことが、まったく役に立ったないことばかりだったとしても不思議なことではないよな」
「……そうか。死んで逝くしかないわけだから。生後に知り得たことは、何も役に立ったないから、死んで逝くしかない。むしろ、役に立つことが何かあるとも思えない」
「それどころが、日常でも、後悔したりする。好みや価値観の違いで、生存上は的外れなことに夢中だったりもするわけだから、最期に後悔することもありえる」
「役に立たないどころか、むしろ大変なことになることもある」
「勘違いや思い込みの内容次第では、死んだ方が増しだったり、自殺したり、殺人を犯したり、死刑になったりもする」
「ええー。自分自身のことや生きていることがどういうことかは、誰でも直に経験し続けていることで、共通なことでもあるのに、把握できていないから、具体的に尊重し合うこともできない。なので、生後に知り得た内容は百人百様になる。当然に、人生上では的外れなことの方が多い」
「おおー、いいね。その通りだと思う」
「生理面は理解できないほど高度だけど、生後に知り得たことで成り立っている知的面は頼りないどころではないんだ」
「うん。そうであることをすら、かつての俺は把握できていなかったわけだから」
「わたしも。今、やっと分かってきた」
「最期には、寝たきりになり、生後に知り得たことでは為す術が無いことに直面する。つまり、最期に、自分が生後に知り得たことや生き様がいかがなものだったかを自問自答することになる。そうだとすると、最期の審判は自ら下すことになっている、と俺は考えている」
「最期でなくても、生後に知り得たことや生き様がいかがなものだったかを問われることがあるから、死んだ方が増しだということにもなる」
「おおー、いいね。その通りだと思う。俺も似たようなものだったが、語り合うに値しない人生になってしまっている場合だってある、ということだ」

「こうして話してみると、人生に関することは、本来は早めに把握できていた方がいいことの第一位なのかもしれない」
「うん。具体的に把握できているほど、後悔することようなことは少なくとも減らせる」
「うん」
「そういうことを、今、話している」
「うん。通常は語り合うことは無い。でも、真由が人生を語りに来てくれた。だから、それなりのことを話すようになったわけだよな」


「俺は、もう歳だし、死に対する考えを重視しがちだ。特に、事実に基づいた考えが大事なんだと思っている」
「うん」
「俺の叔父さんや従弟などがかなり他界し、俺の爺さん(父)が死に、その後に真由の爺さん(真由の祖父・俺の母の弟)が死んだ。その死んでいった人たちが教えてくれたようなことだけど、事実に基づいた考えが大事なんだということだ」
「うん。想像とか独断だとか偏見とかではないこと」
「そういうこと」


「真由の爺さんよりも先に、俺の爺さんが死んだわけだが……」
「……うん」
「俺の爺さん、入院してから八十八歳になったが、『八十八歳まで生きたんだから十分に生きた。もういつ死んでもいい』と言った。俺の姉夫婦も、そう言っていたと言っていた」
「……」
「俺の爺さんは、生きていた頃にも、『死ぬとなると、最初に死んだときにそのまま死んでゆくのが一番楽な死に方で、蘇生される都度、苦しむだけで、死ぬのが辛くなるはずだから、蘇生はしなくてもいい』と言っていた。俺も、それが一番楽な死に方だと思った」
「……」
「俺の爺さんのすぐ上の俺の叔父さんも、病院で俺たちの目の前で死んでいったが、そうだった。『ご臨終です。ご愁傷さまです』と医者が言った後も、叔父さんの身体は動いたが、心肺停止後も筋肉の収縮があるからだと医者が説明してくれた」
「……」
「俺の爺さんも、俺と婆さんの目の前で息を吹き返さなくなった。俺がナースコールを押した」
「……」
「かけつけた担当医が『蘇生しますか』と、俺に確認した。が、生前に爺さんと話したことを告げて、『蘇生してもまた苦しむだけだ、このまま死ねば楽になれるんだから』と言って、俺は蘇生を断った」
「あの時の電話に、わたしが出た……」
「うん。そうだった。お父さんに伝えてくれと言ったのを憶えている」
「うん」
「実際に爺さんの心情がどうだったかは想像の域を出ない。が、爺さんは、喉が詰まって呼吸ができなくなったはずなのに、咳ばらいをしなかった。むしろ、意図的に咳ばらいを我慢しているように俺には見えた。呼吸しなくなったのに、一切もがかなかった。だから苦しんでいるようにも見えなかった。自分の意思で呼吸を止めているんだと、俺には思えた。そんなこともあって、ナースコールを手にはしたが、押さなかった。爺さんと話した事実を基にした俺の判断には、迷いはほとんど無かった。目の前にいた婆さんには相談も確認もしなかった」
「……」
「人に限らず、生きていたいから頑張るわけだが、生後に知り得たことを以て出来るようになることは限られているだけに、最期は苦痛や苦悩を余儀なくされ、医者だって死ぬ。もうだめだとなると、蘇生するたびに、最期の苦痛や苦悩を思い知らされるだけだ」
「……」
「死ぬということは、人生が終わってしまうことであり、二度と産まれてくることは無いわけだから、人生上で、これ以上の決定的なことは無い。しかも、親のそれを、俺が決定する。でも、爺さんの気持ちを読み取ろうとした俺の気持ちや判断には、迷いはほとんど無かった」
「……」
「事実に基づいた考えや判断だと、それを誰かと理解し合わなくても、迷わずに済むわけだよな」
「……」


「俺の爺さんが死んで、数年後に、真由の爺さんが死んだ」
「うん」
「真由の爺さん、俺の婆さんの弟だから、俺の婆さんよりも後から産まれたわけだが、先に死んでしまった」
「うん」
「順序通りに逝くわけではない。思い通りになることは限られている。ということでもあるよな」
「……うん」
「もちろん、誰も変えることができない事実でもあるよな」
「……うん」
「真由の爺さん、生きていた時の口癖が、『誰も生き続けることはできない』とか『誰でも死ぬんだ』ということだった」
「うん」
「医者を頼るのは無駄だとも、口癖のように言っていた。病院に行っても死ぬわけだから、個人的には例外なく死ぬ。医者だって死ぬわけだから。坊さんも死ぬ。真由の爺さんの口癖通りだし、誰も変えることができない事実でもあるよな」
「うん」
「真由の爺さんは、医者を嫌っていた。網膜剥離の手術の際に、パジャマがびしょ濡れになるほどの思いをしたことも、何度も言った。それでも、手術した方の眼が、ほとんど見えなくなったわけだから」
「うん」
「真由の爺さんは、事実に基づいた、しっかりした考えを基に生きていた。ということだよな」
「事実に基づいた考え……」
「うん。目には見えない事実でもあり、誰も変えることができない事実でもある。それに基づいた考えだったわけだから、誰かと理解し合うことは無くても、むしろ誰かに理解されていないことが分かっても、迷いは無かった。ということじゃないかな」
「事実に基づいた考えだったから……」
「うん。いま俺が話した真由の爺さんことも、事実に基づいたことだ。真由も俺も知っている事実に基づいたことだから、そうだったことを率直に認め合うことができるわけだろ。つまり、事実に基づいたことだから、考えや判断に迷いは無いわけだよな」
「事実に基づいたことだから……」
「うん。俺が自分勝手なことを言ったり、俺の勘違いしていたり思い込んでいたりして、俺が言ったことが事実とは違っていたら、認め難かったり、どう応えていいのか迷ったりするわけだろ?」
「あ~そういうこと。普段は話さないことだったから、なかなかピンとこなかった」
「うん。普段は、こういうことは話さないからな……」

「当然に、昔のことになると、俺の記憶も曖昧になる。普段は話さないからでもあるよな」
「……うん」

「まして、真由が産まれる前のことだとなると、真由は事実か否かも判断できないわけだよな……」
「うん」

「真由が産まれる前、昔からの古い家だった時、俺も、あそこで産まれた。小学校低学年の頃まで、あそこで育った」
「う~ん」
「当時の家は、勝手口を入ると八畳くらいの土間だった。そこで、毎年、冬場や正月には臼と杵で餅つきをしていた。だから、周りの壁や出入り口の窓ガラスは飛び散った餅だらけだった」
「う~ん」
「土間の北側は馬小屋で、当時も馬を飼っていたので、糞尿の匂いがしていた」
「え~~」
「だらだったのだと思う。真由の爺さんは、家の北側の小屋の一部を馬小屋した。やがて、普及し始めた耕運機を買った。その数年後を、トラックも買った。そうやって頑張った真由の爺さんが今の家も建てた」
「え……、わたしのお父さんが建てたのだと思っていた」
「真由のお父さんも働くようになってからだから、そう思っていても別に問題は無いけど……」
「勘違いしていたりする……」
「うん。具体的に知っていることほど、勘違いすることは少ない。真由が産まれる前のことだから、真由は具体的なことは知らない。具体的なことを知らないことほど、勘違いも多くなる」
「うん」

「当時のことになると、俺の記憶も確かなことはかなり限られているが……。真由の爺さんがトラックを買う前から、自転車にエンジンを付けたものを乗り回す人を見かけるようになった。やがて、現在のバイクのような形になって、俺が中学を卒業した頃、そのバイクも真由の爺さんは買った」
「う~~ん」
「その買って間もないバイクを、まだ免許も無いしバイクにも初めて乗る俺にも『乗ってみろ』と言って貸してくれた。当時は、今のように教習所には通わずに、無免許で練習して、免許試験に臨むこともできた時代だったからでもあった」
「うん」
「ところが、当時は砂利道ばかりで、お寺の先の方の左カーブで横滑りして曲がりきれなかった。なので、意図的にバイクを左に倒してしまい、傍の右側の川に俺が飛び込んだ。が、結局、バイクも落ちてきた。俺は擦り傷だけだったが、バイクは前輪の方が使えないほど壊れた」
「……」
「通りかかった人が、ロープをかけて引き揚げてくれて、耕運機のトレーラーに積んで運んでくれた。その人は、かなり早く死んでしまったが……」
「……」
「真由の爺さんは、『お前が怪我をしなくてよかった。お前が無事でよかった。バイクの方が壊れて良かった』などと言ってくれたような気がする」
「自分が事故を起こしたかもしれないから……」
「そんなことも言っていたような気がする。真由の爺さんは、『もうバイクは要らない』と言ったからだったような気がするが、定かではない。でも、その後、真由の爺さんは、壊れて乗れなくなったバイクを、処分しないで長い間保管してあった。しかも、その後、バイクは買わなかった」
「そのバイクで、誰かが、大怪我をしていたかもしれないから……」
「そんなことを言っていたような気もするが、定かではない。俺は弁償しなかった、このことは確かだ。真由の爺さんは、それを望まなかったからだった気がする」
「誰かが、死んでいたかもしれない……。だから……」
「記憶は曖昧だが、確かな事実関係を整理すると、真由の爺さんは、バイクは危険だと考えるようになったんだと思う。当時は、国道が、まだ砂利道だったから」
「事実に基づいた考え方をした……」
「うん。そういうことだったわけだよな」
「わたし、自分の爺さんのこと、よく知らなかった……」
「俺が話したことは、真由が産まれる前のことだから」
「爺さんのこと、勘違いしていたかもしれない……」
「真由、誰でも誕生前のことは知らない。誕生してからでも、自身の内臓なのに見たことすらない。自分が未理解でも、内臓などの生命生理は自律して機能している。病気などに関する知識も、通常は無い。つまり、生後に知り得ることは限られているし、できるようになることも限られている。人生に、勘違いや思い込みもつきものなのも当然なんだよ、真由」
「うん……」
「だから、医者だって死ぬ。坊主だって死ぬんだから」
「うん……」
「ただ、勘違いしていたり思い込んでいたりしていて、考えが事実と違い過ぎているほど迷ったり苦しんだり後悔したりすることになる」
「……」
「今度来たときは、勘違いや思い込みが、生じないのはどうしてかとか、生じるのはどうしてかとか、その話をしよう」
「うん」
「そういうことが分かると、その知識を基に、自分が勘違いしていないかとか思い込んでいないかとかを確認できるようになる。だから、勘違いや思い込みは、激減する」
「うん」
「残念ながら、記憶自体を消したり書き換えたりすることはできないので、根深い思い込みは残る。が、そんな思い込みに関係することが生じる頃には、思い込みを解明しやすくなっているので、解消できる。」
「うん」
「もちろん、自分の考えに関することなので、自分で理解して解決できるようになるしかない。言うまでも無く、他人の勘違いや思い込みを解決するのは難しい」
「うん」
 
 
 
 
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それゆえの好刺激も戴いております。
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kisuke(喜助)

Author:kisuke(喜助)
 生きていることを尊重し、思考力や理解力を信頼し、それらを理解し合えればいいのだが……
 むしろ、懐疑や不信感に囚われ、不都合なことは避け、言い訳もし、隠し偽りもし、強情を張り、相殺し開き直り、自分でも認め難いことをする。
 尤もらしく見せかけもし、本当らしく工作し、優れたことであるかのように競い争い、私利私欲を貪り砦に籠り、理解し合うことを困難にしている。
 
 投稿は毎月2回(ノルマ)です。

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